第144話 最善の選択
私が紅葉のお母さんに気持ちを吐露してリビングに戻った時、すでに凛がソファの上で眠そうに携帯をいじっていた。
まぁ、この子がこうなっているのはいつものことなので放っておく。
とりあえず、今私が考えるべきは、まだ寝ている美月のことだ。
なにが美月にとって最善の選択なのか。
私が後悔をできる限り残さず、美月が私たちのことを気負わずにこの先過ごしていけるような行動なんて…本当にあるのだろうか。
「何思いつめたような顔してんの〜?」
「…ちょっとね。まぁ、私にも色々あるんだよ」
ここで凛に本当のことを言っても無意味だと言うことは経験上よくわかっている。
実際今は、こんなアホよりも優先しなければならないことがある。
「凛。悪いけど、私は用があるから先に帰る。皆への説明は任せていい?」
「え〜?良いけど…何するの?」
「大事なことをする」
「…皐月ってさ、時々語彙力なくなるよね〜。それも、大事な時に限って」
「…否定はしない」
元々の予定では昼にどこかに遊びに行って、夕飯も適当に済ませてから解散となっている。
だけど、昨日の気まずい雰囲気の中、一緒に行動できる自信がない私は、皆が寝ている間に1人紅葉の家を後にした。
葉月には悪いけれど、別に家出をするわけじゃないし、行くところは自分の家だ。
連絡をしてくれればもちろん出るけれど、1人で考えたいことがあるといえば気持ちを汲んでくれるかもしれない。
嫌だと言われた時は…仕方がないので本当のことを言って相談するしかない。
急いで家に帰った私は、そのまま部屋着に着替えると、ベッドの上にダイブして考えをまとめ始める。
明日の夕方には出発なんだ。なので、期間は1日とちょっとしかない。
まだ海外に行く準備すら全部はできていないので、その時間も取るとなればあまり時間はない。
「かと言って、そんなに簡単に思いつくほど天才じゃないんだよ…」
思わずそんな独り言を呟いてしまうほど、私は追い込まれていた。
こう言う時、ポンポン答えが出てくる人は羨ましい限りだ。
私が恋愛経験豊富ならそんなことにはならないんだろうけど…あいにく、1人しか好きな人はできたことがない。
初恋がこんなに重いと、ちょっと自信無くすけど…多分、美月以上に誰かを好きになるなんて、今後はないと思って良い。
それほど、私にとって美月という存在は大きく、それでいて大切なものだった。
まぁ、その大切なものを自分の手で手放したも同然なんだけどさ…。
(何やってんだろ私…。自業自得じゃん…)
自業自得というその言葉が、私の心にずっしりと重くのしかかる。
今のこの状況には、まさしくその言葉がふさわしいと感じる。
何度後悔してもあの時に戻れるはずもなく、美月の気持ちは変えようがない。
なら、私に出来ることはなんだろうか。
私が美月のためにできることなんて、本当にあるのだろうか…。
美月を追い込んでしまった張本人の私が何かをしたところで、美月は救われないのではないか。
そんな暗い考えが、私の中で渦をまく。
大事なのは気持ち。そう真里さんは言っていた。だけど…分からない。
いくら考えても、自分の取るべき行動が見えてこない。
(私が美月の立場だったら…何をされたら一番嬉しいのかな…)
それですら、何も見えてこない。目の前は真っ暗なままだ。
美月のことは凛の次か、それ以上に詳しいと思っていたのに…。
この場合、私は簡単に結論を出せそうにない。
皮肉なことに、私自身を救う手段ならいくつか思いつくのに、美月を救うとなれば途端に分からなくなる。
私はそもそも、自分が救われたいから海外に逃げるのだ。ここで私が救われても仕方がない…。
そんなころを考え始めて2時間が経過したところで、枕元に置いていた携帯がけたたましく鳴り始める。
電話だ。相手は…葉月か。
「もしもし?」
「あ!お姉ちゃん!?私置いて行くなんて酷くない!?今どこ!」
「…うちに帰ってるよ。凛に聞いてないか?私は大事な用が…」
「関係ないの!お姉ちゃんは明日行っちゃうんだから、私はその時までずっと一緒にいるって決めてるもん!私が帰った時家にいなかったら、本気で怒るからね!」
言いたいことだけ言ってさっさと電話を切った葉月は、少しだけ悲しそうな声だった。
いや、自分勝手な行動だったのは悪かったけど、私があの場にいても空気をさらに悪くするだけだし…。
それに、美月も私がいない方が気分が少しは楽だろう。
(私が美月にできること…。最終手段…?)
その時頭に浮かんだのは、最終手段として残して置いた絶交という道だった。
ただ、凛も言っていた気がするけれど、これをやると私は一生後悔することになるだろう。
だから、これだけは無いと即座に否定する。
(そもそも美月が絶交なんて望むわけ…無いし)
いや、昨日の寝る直前の行動を見るに、ありえるかもしれない…。
ほんと、自分の恋愛のことになると、とことん向いてないな私は…。
さらに30分後、葉月が帰宅してきた。
そのままドタドタと走って私の部屋に入ってきた葉月は、ベッドで横になっている私にダイブしてきた。
「もう!お姉ちゃんのバカ!急にいなくならないでよ!」
「…ごめんってば」
「次やったら嫌いになるから!」
「…うん。ごめんね」
少し涙目になりながらそう訴えてくる葉月の頭を撫でながら、私は再び思案する。
そもそも考え方が間違っているのかもしれない。
美月が喜ぶことなんて、今のこの状況であるわけがないのだ。
美月は多分、私たちが海外に行くのをやめても喜んではくれないだろう。
自分の存在が障害になったと、そう思い込むかもしれない。いや、ほぼ確実にそう思ってしまうだろう。
そう考えるなら、美月が喜ぶことをいくら考えても無駄なのかもしれない。だって、そんなのは存在しないのだから…。
「なぁ葉月…。お姉ちゃんはどうしたらいいと思う…?」
「…それは、美月さんのためにってこと…?」
「うん。そう…」
「お姉ちゃんの好きな人って、やっぱり美月さんだったんだ…」
「葉月、気付いてたんだ…」
「2年くらい前から、薄々気付いてたよ…?でも、確証が持てなかったから…」
申し訳なさそうにしている葉月の頬を軽く撫でながら、自分の妹の賢さに驚く。
私は、多分凛にも気付かれなかった恋心を、妹は察していたのだ…。
素直に感心できる。
そしてそれを、無闇に人に話さず、自分の心のうちに止めて置いてくれたことも、すごくありがたかった。
「お姉ちゃんがどうしたら良いのかって話だよね…?そんなの、私はわかんないよ…」
「だよな…。ごめん。変なこと聞いた」
「だけど1つ言えるのは、お姉ちゃんはもう少し自分に正直になって良いと思う…」
「どういう意味だ…?」
「そのままの意味…。お姉ちゃんは、自分の気持ちを殺しすぎてるもん…。そんなの、限界がきて当然だよ…。我慢しすぎなの」
そんなこと言われたって…私にどうしろというのか。
今まで、自分の気持ちなんか曝け出したことなどない。
それこそ、美月にちゃんとした告白はしていないほどだ。
「私は、お姉ちゃんなら答えを出せるって分かるから…。何も言わないよ…」
「葉月も…真里さんと一緒のことを言うのな…」
「まり…さん?」
「ううん。こっちの話…」
可愛く首をかしげるその姿に、私は少しだけドキッとする。
でも…答えを出せないからこうやって相談しているわけで…。
結局、その後何時間も考えた結果は惨敗で、そろそろ海外行きの最終準備をしないといけない時間が来てしまった。
つまり、私は答えを出せずに時間切れとなったのだ。
こうして、私の日本で最後の日曜日は終わりを迎えた…。
次回のお話は3月14日の0時に更新します。
次でこのヘビーなお話は終わるので、もうしばらくお付き合いくださいm(_ _)m
関係ないですけど、久しぶりに後書きに何かを書いた気がします...笑