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第142話 お泊まり会 第2部

さすがに紅葉の部屋は全員寝られるほど広くはないので、リビングで布団を敷いて寝ることになった。


凛は布団よりソファがいいとごねたので、1人だけ満足げにソファで寝転がっている。

いや、凛も一緒にこれから話すのに何やってんだ…。


今はご飯やお風呂を諸々済ませ、皆で修学旅行の夜のような雰囲気で話が盛り上がっている。


話の中心は美月で、葉月がいることを考慮してからか、学校での話は極力出さず、他愛ない世間話に花を咲かせている。


お風呂上がりの髪を濡らした紅葉を見た時、少しだけドキッとして気もしたけれど、そこは見逃してあげよう。

こんなに早く気持ちの整理がつくなら、美月はあんなに悲しい思いはしていなかっただろうし…。


緑川に関しては、なぜだかこの場で一番恥ずかしがっていた。

あれで主導権がどうのって言ってたんだから、なんだか笑えてくる。

将来はすっかり紅葉に引っ張られている気がする。


「そういえば、紅葉のお母さんはなんの仕事してるんだ?」


「お母さん?弁護士やってるよ〜」


「弁護士…。ほんとか?」


「皐月、失礼だよ…。分かるけどさ…」


弁護士ってもっとこう、ピシッとしてる気がしていた。

それこそ、ドラマで見ている検事や弁護士はそんな感じだ。


でも紅葉のお母さんからは、そんな威厳?なんてものは微塵も感じない。

それこそ、ドラマでいう冤罪で捕まる人役的な…。

それか、主人公の周りで色々事件を引き起こす人みたいな…。


「ねぇお姉ちゃん…。弁護士さんって何する人なの?」


「ん〜?紅葉、説明よろしく」


「え!?えっとね〜…。雫ちゃんパス!」


「自分のお母さんの仕事なのに知らないの…?本当に…?」


「だってお母さん、仕事の話なんて家でしないんだもん!」


「まさか、紅葉も弁護士がどんな仕事か知らないとか言わないよな…?」


「いや、さすがにそれは知ってるけど!説明が難しいじゃん!」


何をそんなに慌てているのか…。

それよりも、葉月が弁護士のことを知らないということに驚きが隠せない。

この子は私よりドラマを見ているし、そこらへんの基本的な知識は身につけているとばかり…。


「だって…ああいうのってちょっと怖いじゃん…。私はもっとこう…キラキラしたやつがいい」


「…うちの妹、こんなに可愛かったか…?」


「あ!やっと気付いた!?遅すぎるってば〜!」


「イチャつくのは他所でやってもらっていい…?あのね葉月ちゃん。弁護士っていうのは、簡単に言えば困っている人を助ける仕事なの。よくドラマで『異議あり!』とか叫んでる人いるでしょ?ああいう人」


「え!?」


そう驚きの声を発したのは私に抱きついている葉月…ではなく、紅葉だった。

何を驚いてるんだこの天然は…。


「私、今まであの偉そうにしてる人のことかと思ってた!」


「偉そうにってなんだよ…」


「ほら!黒い服着て、ハンマー叩いてる人!」


「ハンマーってなんだよ…」


「あれじゃない?木のやつ!名前まで知らないけど」


「そうそう!それ!ヒゲもじゃのオジさんが偉そうに叩いてるアニメ見たことある!」


なんとなく紅葉が言いたいことがわかってきた。

でも、そのアニメを見てて、なんで裁判長を弁護士だと勘違いできるのか…。


私が知る限り、それ弁護士の人が主人公なんだけど…。

なんなら、そのアニメ中でガッツリ説明されてた気がするんだけどな…。


「ねぇ皐月〜。私もう眠いから早く話そ〜よ…」


私たちが紅葉の勘違いに呆れて苦笑していると、後ろで退屈そうに携帯をいじっていた凛が唐突にそんなことを言い出した。


まだ23時だし、凛はいつも徹夜でゲームやってるのに何が眠いだ…。そんなツッコミは必死で飲み込んだ。


多分凛が言いたいのはそういうことではなくて、このままじゃ私が切り出すタイミングを逃すと思ったんだろう。


実際、こんな重い話を楽しい雰囲気で満ち溢れているここで話すのは…かなり勇気がいる。

しかし、私のそんな気持ちを知ってか知らずか、凛が能天気に話し始めてしまった。


「皆には言ってなかったけど、私海外に住むことにしたんだよね〜。だから、これからはあんまり会えなくなる〜」


「…はい?ごめん。もう一回言ってくれない?」


「だから〜海外に住むことにしたんだって〜。緑川さんも知ってるでしょ?私が英語だけは完璧にできるって!」


「そういう意味で言ったんじゃないんだけど…」


呆れている緑川を横に、美月は私に「大事な話ってこれ?」と目で訴えかけてきていた。

いや、こんなにサラッと話されるとあれなんだけど…。

私が心の準備を終わらせるまで待って欲しかった…。


「え!?いつ出発するの!?」


「月曜の夜!来週の!」


「急すぎない!?もうちょっと早く言って欲しかった…」


「ごめんって〜。これも最近決まったことだったからさ〜」


紅葉は思ったよりショックを受けているのか、隣にいる緑川に寄りかかっている。

緑川はそんなこと気にせず、最近まで頻繁に紅葉のことに関して相談していた仲間が減ることにショックを受けているのか、空いている口が塞がっていなかった。


その中で唯一冷静だったのは、その話を事前に聞いていたという美月だけだ。


「月曜に出発するのは分かったけど、大事な話ってそれだけ?違うんじゃない?」


「ん〜?なんでそう思うの?」


「…ねぇ皐月。何か隠してない?」


私の真横にいた美月が、そう言いながら顔を近づけてくる。

お風呂上がりだからか、いつもよりいい香りがするけれど、今はそれどころじゃない。


私は、私が決めたことをちゃんと伝えないといけない。

せっかく凛がここまで能天気に話したことで、そこまでずっしり重い空気にはなってない。


なら、そのまま流れに乗って私も――


「私も…一緒について行く…。黙ってて、ごめん…」


出来なかった。やっぱり私は、凛のように頭を空っぽにして打ち明けられるほど気楽には出来ない。

そういうキャラじゃないし、そもそもそんな性格じゃないのだ。


今にも消えてしまいそうなくらい小さな声になってしまったけれど、美月にはちゃんと聞こえていたらしい。


「そう…。やっぱり、そういうことね」


「美月、気付いてたの?」


「なんとなくね。今日の皐月、どこかおかしかったしさ」


「ごめん…。ほんとに…」


私の目からは、いつの間にか涙が溢れ出していた。

泣きたいのは絶対に美月だろうに、私が先に泣くまいと…。そう決めていたのに、我慢ができなかった。


自分の身勝手さが嫌になる…。


「ま、待って?じゃあ、美月ちゃんも行っちゃうの?」


「いや、美月は行かないよ〜。私と皐月だけ」


「な、なんで…?」


「なんでって言われても…。話すと長くなっちゃうけど、私が皐月についてきて欲しいって思ったから?」


「じゃあ、なんで美月ちゃんも――」


「紅葉ちゃん。良いよ。2人が決めたことなら、私は反対しない。それに、黙って行かれるよりは全然マシだから…」


美月震える声でそういうと「ごめん」とだけ残し、先に布団をかぶって寝てしまった。

残った5人のうち、能天気だったのは1人だけだった。

次回のお話は3月8日の0時に更新します。

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