第141話 お泊まり会 第1部
日本から出発するまで残り3日となった土曜日、お泊まり会が実現することになった。
懸念だったのは美月が参加しないと言いださないかということだったけれど、私がその時に大事な話をすると半ば強引に呼び出したのだ。
葉月に関しては、物凄い泣かれたので仕方なく連れて行くことになった。
確かに、海外に行くまでずっと一緒に寝るって言った手前、悪いと思ってたけど…。
「葉月?お姉ちゃんが本当に海外に行く理由なんて、皆には話しちゃダメだぞ?」
「え〜?...お姉ちゃんの隣で寝かせてくれるなら我慢する」
「はいはい…」
前より葉月が私に甘えてきているような気もするけれど、今はいい。
問題は、美月を前にして私の決心が揺らがないかだけど…。
まぁ、その時はその時で…。
まず凛を迎えに行って、それから紅葉の家でみんなと合流って感じか。
「ねぇお姉ちゃん?」
「ん?なんだ?」
「なんで月曜の夜に出るって決まったの?そんな中途半端な時に」
「あ〜、凛の大会がオーストラリアであるんだけど、向こうは夏なんだ。観光とかしたいって言ってたから、早めに行く。大会が終わったらアメリカに行ってお世話になる」
「そう…なんだ」
見るからに暗い顔になった葉月の手を握りながら、凛の家まで歩みを進める。
この子は人前ではあんまり泣かないから大丈夫だと思うけど、お泊まり会で私が改めて話す時、泣かないか心配だ。
残されたこの子がどうなるかも心配だけど…そこらへんは信じることにした。
凛の家についた時、能天気にジャージ姿で出てきた凛を見て、あからさまに敵意をむき出しにした時は笑ったけど…。
いや、思えば当然か。
葉月にとっては、私を奪い取って行く悪者にしか見えないんだろうし…。
「え〜!?私、結構葉月ちゃん好きなんだけど…」
「私は嫌いです!」
「それ、結構ショックなんだけど…」
「ふん!」
「まぁまぁ。てか凛。その格好で行くつもりか?」
さすがに真冬で上下ジャージはないだろ…。そう思ったゆえの質問だったけれど、凛がアホなのを忘れていた。
こいつは、小学校に1人はいる、年中半袖半ズボンを着用しているやつだ。
もう…何も言うまい。
こっちでの大会もこんな格好だったし、海外でもそんなじゃないよな…?
さすがに、海外まで応援に行ったことはないから分からないんだけど…。
流石にないと信じたい…。
「そんな格好で出たら怒られるんだもん!だから私服〜」
「出たことあるのかよ…」
「出禁になりかけちゃった〜!」
「ねぇお姉ちゃん。この人本当に大丈夫なの…?前はこんなに…天然じゃなかったよね?」
「葉月。凛に関してはアホで良いんだぞ。天然なんて、紅葉が可哀想だ」
「何それ!酷くない!?」
そんな感じで会話していれば、変な人に絡まれることなく紅葉の家に到着した。
私はともかく、葉月と一緒にいると度々胡散臭い変な人が話しかけてくることがある。
だけど、真ん中に明らか怪しい人がいるからか、今回はそんなことなかった。
たまには凛も役に立つと思った瞬間でもある。
「皐月の扱いが段々酷くなってる気がする…」
「気のせいだ気のせい」
「葉月ちゃんもそう思うでしょ!?」
「気のせいだと思います」
「…お姉ちゃんいじけるよ!?」
お前は誰のお姉ちゃんだよ…。そんなツッコミを入れる前に、あまりに騒がしかったのか苦笑した美月が紅葉の家から出てきた。
その顔は思ったより明るく、心配していたようなことにはなっていないみたいだ。
それどころか、家に入ってビックリしたけれど、前に来た時とだいぶ雰囲気が違う。
言うなら、なぜかパーティ仕様になっていて、所々飾り付けられている。
誕生日会でも無いのに、なぜかそんな雰囲気なのだ。
「ごめんね…。お母さんがノリノリでやっちゃって…」
「なんて説明したらこうなるんだよ…」
「彼女ができたって言ったら…なんかこうなった」
「紅葉の母親だな…」
紅葉の少し変わったところは、母親由来か…。そう強く実感した。
美月は紅葉のこう言うところも全てひっくるめて好きなんだろう。
案の定、緑川は紅葉とイチャつく暇もないほどお母さんに質問攻めされてる。
そのおかげと言って良いのか、美月は紅葉とたくさん話せているらしく、思ったより辛くないそうだ。
なんで紅葉のお母さんが目を輝かせて緑川を追求してるのかは知らないけど…とりあえず心の中でお礼を言っておく。
「ねぇ〜お母さん!いい加減雫ちゃん返してよ!」
「え〜?良いじゃん別に!あ〜みんな来たんだ〜。あれ?君は?」
「葉月です…。お姉ちゃんの妹です…」
そう私の後ろに隠れながら言った葉月は、いつもの何倍も可愛く見えた。
ていうか、なんだその説明…。そんなに人見知りだったか?
「そう!ところでみんな、お昼ご飯は食べた?なんなら私が――」
「もう良いから!自分の部屋に帰ってよ!」
「え〜?じゃあほら、皆で写真でも――」
「そこまでお母さんがしなくて良いってば!恥ずかしいからどっか行って!」
顔を真っ赤にした紅葉が母親をリビングから無理やり追い出し、ドアを乱暴に閉める。
あのお母さん、紅葉より変わってるな…。
娘を溺愛してるって言ったほうがいいかもしれないけど…
「ごめんねうちのお母さんが…」
「だいぶ変わってるお母さんですね…」
「なんでか知らないけど、少し前からああなんだよ…。ごめんねぇ…」
「まぁまぁ。とりあえずせっかく集まったんだし、何かしようか!」
美月のそんな一言で場の空気は変わり、いつもの調子へと戻った。
それからは夜まで、いたって平和に、何事も無く過ごしていた。
だけど、本題は夜なんだ。私の勝負は、ここから始まる…。
次回のお話は3月5日0時に更新します。
4月までに終わらせたいと言っておきながら、本当に終わらせられるか不安です。
そこら辺は大目に見てくださると...笑