第140話 凛という女の子
今回は凛ちゃん視点でのお話になります。
昔やったゲームに、恋をしている女の子は普段の何倍も可愛いというセリフがあった。
その当時は小学生だったためなんのことだかサッパリだったけれど、それは1年後の夏に解明されることになった。
その日、私は最近仲良くなった皐月という女の子と、普段となにも変わらない会話をしていた。
当時の私は週に3回は学校に行くような優等生だったから、今ほど友達が少ないわけではなかった。
もちろん恋なんてものには興味もなく、仲良くしようとしてくれる男子はもちろん、女子とも比較的仲が良かった。
「ゲームやりすぎてると目が悪くなるよ?ほどほどにした方がいいんじゃない?」
「最近新しいゲーム買っちゃってさ〜。それが結構面白くて〜!ついつい夜中までやっちゃうんだよ〜」
「まさか、それで学校にきてないとか言わないよね?」
「…あはは〜。そんなわけないじゃん〜」
「図星ね…。期末試験で赤点とったら、ゲームなんてできなくなるよ?」
「あ!?それヤバイ!皐月!勉強教えて!」
皐月はこの時、まだ今のような口調ではなく、そこらへんによくいる女の子だった。
私ももちろんそんな女の子の1人だったけれど、皐月の気持ちに気付いたのは夏休みに入ってからだった。
無事に期末を乗り越えられたお礼も兼ねて、美月の家で祝杯をあげることになったんだ。
「なんでわざわざ祝杯なんですか…?ただの期末ですよね…?」
「ごめんね〜?でも、凛に勉強教えてくれたんでしょ?この子、中間の時全教科赤点だったから、今回はね…」
「全教科って…。でも、唯一英語は私が教えなくても問題なくできてましたよね?」
「答え書くところ1問ずつズレてたの〜!帰ってきたやつ見たら書く場所違うだけで満点だったもん!」
「それは…なんとも…」
そう。皐月は、私と2人の時はタメ口だったのに、美月といる時は自然と敬語になっていた。
一瞬仲が良くないのかなとも思ったけれど、学校で2人が話していたところを何度も見ていた私は、すぐにそうではないことに気づいた。
その瞬間からかな。皐月をなんだか気になり始めたのは。
私が好きになったのは、皐月が美月の顔を見ている時の横顔だった。
好きな人のことを嬉しそうに、それでいて本人には気付かれないように眺めている皐月は、どこか可愛さがあった。
だけど、それは2年に上がって形がだいぶ変わってしまった。
美月に好きな人ができたのだ。
この時の皐月は、それこそ見ていられないほど辛そうだった。
私の親友が好きな皐月。そして、その皐月を好きな私。
私は恋なんてどうでもいいので、好きな人を遠くから見つめるだけで十分なタイプだ。
間違っても告白なんかして、今の関係は壊したくない。
だから、皐月が美月と付き合うとかそういう話になるのであれば、それは祝福するつもりだった。
だけど、美月は皐月ではなく紅葉という、私が顔も知らない女の子を好きになってしまったのだ。
人を好きになることは素晴らしいことだし、それ自体はいい。
だけど問題は、その子のことを嬉々として皐月や私に話してくるところだ。
この時の皐月がどれだけ辛かったか、私には想像もできない。
ちょうどその頃からだろう。皐月は1年の時と比べると、まるで別人になってしまった。
感情豊かだったその顔は、いつも怒っているような顔になり、可愛かった話し方さえ、今は男子のようになってしまった。
幸い、私にはゲームという現実逃避の手段があった。
そのため、皐月に対する色々な思いをゲームにぶつけることで、そんな皐月を前にしても感情を表に出すことがなかった。
そのままズルズルと高校生になり、紅葉という人と初めて会う機会が訪れた。
「皐月…。大丈夫?」
「ん?明日の件か?元々言い出したのは私だしな。それに、入学式を休んだどっかの誰かと違って、私は一回紅葉らしき人は見てるぞ」
「そういうことじゃないんだけどね…。まぁ、皐月が良いなら私は何も言わないよ」
「ん?おお…」
しかし、お食事会と銘打った敵情視察は大失敗だった。
私が皐月の様子を見ていられず、下手な言い訳で先に帰ったのだ。
表面上は楽しそうにしていたけれど、色々我慢しているのが丸わかりだったのだ。
だけど、紅葉という女の子は可愛くて、それこそ魅力的な子でもあった。
皐月もそれを見抜いたのか、美月に対する気持ちは隠すようになった。
私にさえバレていないと思っているあたり、案外抜けているけれど、どうして良いかわからなかった私は、何もしないという選択をとった。
皐月が困っていればもちろん助けるし、皐月が頼んできたことならなんでもしよう。そう思っていた。
だけど、本人から頼まれたのは美月と紅葉。2人をくっつける手伝いだった。
正直、私は理解ができなかった。
いくら相手の子が良い子だったとしても、自分の好きな人の恋路を応援するなんて、そうそうできるものじゃない。
だけど、私はもう決めていたのだ。何があっても皐月を助けると…。
「あ…負けた」
そんな昔のことを考えていると、目の前のモニターにはloseの文字が表示されていた。
やっぱり、ゲーム中に余計なことを考えていると集中できない…。
今思えば、私は美月に腹を立てていたのかもしれない。
あんなに頑張っている皐月を見ないで、目の前の紅葉という女の子だけを見ている美月が、許せなかったのかもしれない。
だからあの時、美月は誘わずに皐月を海外に誘ったのかな...。
中学の頃に同じことを思っていれば、恐らく2人とも誘ったか、1人で大人しく海外に行っていただろう。
だから、美月1人を残して海外に行くのは、私なりの復讐なのかもしれない。
皐月を無下にした挙句、その気持ちには答えられないと簡単に距離をとった美月が…私は許せないのかもしれない。
いや、本当のところは私にも分からない。
美月のことを恨んでいるのか、それとも紅葉ちゃんを恨んでいるのか。
それとも、そんな醜いことを考えてしまう自分自身が許せないのか。
そんな簡単なことでさえ、私は分からなくなっている。
傍観すると決めたのだ。
気持ちは伝えず、皐月の気持ちを尊重しようと決めたのだ。
それなのに、私が皐月の思い人である美月や、紅葉ちゃんを恨むのは違う気がする。
ろくに学校に行っていなかったせいで、こういう時どう結論を出せば良いのかが分からない。
(また負けた…)
全く集中できていなかった私は、そのままコントローラーを置いた。
辛そうな皐月をそのままにして置いて、見殺しにしたようなものなのに、こんな感情になるのは間違っているのだ。
今の皐月の不安定な精神状態を作った1番の原因は、その気持ちに気付いていながら皐月のためだと見て見ぬ振りをした私だ…。
私が紅葉ちゃんと緑川さんをくっつけるのに協力したのも、美月が失恋をすれば、近くで頑張っていた皐月を見てくれるかもしれない。そう思ったからだった。
だけど実際は、皐月の方が罪悪感に押しつぶされそうになっている。
恐らく、海外に行ってくれると決断した理由の1つはそのことが原因だろう。
一度そのことで寝込んでしまった皐月だ。
あの時偉そうなことを言った私には言い出せないだろう。
あの時も、皐月の気持ちを尊重したいがための言葉だったけれど、全て裏目になってしまったのだ。
どうすれば良いか分からないなりに出した私の結論は、余計なことはしないという逃げの一手だった。
皐月が海外に行くことで、自分の心を守りたいと考えているのであれば、それは邪魔するべきではない。
それに、皐月が離れることで美月が当たり前だと思っていた日常が崩れるのだ。
そうなればいくら美月でも、皐月がかけがえのない存在であると認識してくれるはずなのだ。
この際私の気持ちなどどうでもよく、何年後かに帰ってくることがあれば、その時は2人がくっついてくれれば…。そう願っていたりする。
まぁ、考え出したらきりがないので今日は寝ることにするけれど、もしこの最終作戦が失敗した場合、私は皐月に謝ろう。
何年後になるかは分からないけれど、絶対日本に帰ってくる。その時、美月とくっつけると誓おう。
それができなかった時は…私が自分の気持ちや考えていたことを全て話し、謝ろう。
そう決意した私は、何年後かの自分の向けてエールを送り、そのまま床で眠りについた。
次回のお話は3月2日の0時に更新します。
一旦このお話を挟んだ方が今後面白いかもと思い、書きました。
次回からはお泊まり会のお話になります。




