第139話 準備
紅葉に連絡を取ったところ、母親がなぜかノリノリなのでいつでもいけるとの返答をもらった。
なんでそんなにノリノリなのか、それは言いたくないらしいけど私に取っては好都合だ。
凛はどうせ大会がない日は年中ゲームだから、あとは緑川と美月の予定次第だ。
2週間後の週末とかの方が美月の精神状態を考えれば良いだろう。
振られたばかりの相手と新婚みたくイチャついている2人見て、さらに私たちが海外に行くとか言われたら…。
だが、私たちは2週間後の週末にはもうこの国にはいない。
そこら辺の調整がかなり難しい。
最悪、お泊まり会でのカミングアウトは諦めないといけなくなる。
「で、凛。どうする?」
「どうするって?」
「お泊まり会ができなかった時だよ。紅葉たちはまだしも、美月には伝えないといけない」
最終手段はまだ使いたくないし、凛にも言いたくはない。
凛は絶対に反対するし、そもそもそうなるならここに残れとも言いかねない。
最終手段を使わざるを得ない時は、それこそ凛が見ていないところでだ。
「電話とかでサラッと言うってどう?」
「私はそんなキャラじゃないんだよ…。知ってるだろ...?」
「え〜?でも、告白と同じなんだからさー、そんなに仰々しくしても仕方ないじゃん」
「言わんとしてることは分かるけどさ…」
そんなに簡単に割り切れないのが私だ。
そもそも、私はなんでも重く受け止めすぎると前に凛から言われたことがある。
だが、それは仕方ないと思うんだ…。
私があの時、紅葉より先に助けに入ってさえいれば、今美月の想い人は私だったかもしれない。
少なくとも、今みたいに美月を辛い目に合わせることはなかった。
これは、この事実は、誰がなんと言おうと私の責任なのだから。
それに、今も自分の感情を優先して美月を辛くしている。
そんな私が、美月のことを好きでいる資格。友達でいる資格なんて…あるのかな…。
「…皐月がどんな思いで私の提案を受けてくれたのかは分からないけど、自分の数年の想いに嘘ついたらダメだと思うよ」
「…なんだよ急に…」
「前に考えすぎて熱出してたでしょ。そこからずっと考えてたんだよね。あんた、いざとなったら美月と絶交しようとか考えてるんじゃないの?」
「…そんなこと--」
「自分の好きな人と嫌々絶交して、相手の気持ちを少しでも考えてる気になってるなら、それはドラマの見過ぎ。そんなので救われる人間なんているわけないでしょ。バカなの?」
普段バカ以外の何者でもない凛からそう言われると無性に腹が立つけれど、実際そうなのだ。
前にドラマで見た、最終手段。美月と喧嘩別れすることで、相手の気持ちが少しでも楽になるならと思っていた。
私は海外に逃げるのだから、少しの心の傷くらいすぐに埋められる。
日本に帰ってくることがあっても、美月とは会わないようにすれば良いと思っていた。
できれば取りたくない、本当の最終手段だった。
「小さい頃お兄ちゃんが言ってたんだけどね?喧嘩別れしても少しの間はその怒りで前が見えなくなる。だけど、1月も経てば後悔するんだって。それに、あんたがどんな手段で絶交しようとしてるのかは知らないけど、二度と会わないつもりでしょ?」
「...仮にそうだったとして、それは私の覚悟だろ。自分の気持ちをとことん優先してきた私には、それくらい背負うべき罪として--」
「いや待って!?てか、なにその考え方。皐月って、そういうところあるよね〜。厨二病っていうかさ〜?」
「…どういうことだよ」
「私ら女子高生だよ!?なにそんな世界と好きな人、どっち取るかみたいな主人公の顔してんの?それに、なに罪って。そんなこと一々考えてたら恋なんて一生できないけど?」
「好きな奴ができたことない凛には分からないかもしれないけど、私は真面目なんだよ!」
「確かに私は恋するならゲームするよ。ただ、皐月が色々考えすぎて面倒な女だってことは分かるよ!いつまでも過去を引きずって前に進めないでいるなんて、人生損だよ!?綺麗事かもしれないけど、人はみんな自分が可愛いんだよ。人のことが考えられないなんて当然のことなんだから!」
じゃあ、紅葉はどうなるんだよ…。
あいつは、自分のことなんか考えずに美月を助けた。
あの時の紅葉は、私から見てもヒーローだった。
凛の言う通り、人はみんな自分が可愛いんだろう。
だけど、そう思わない人間も一定数いるんだ。
その一定に人間になれなかった私には――
「じゃあなに!?一部のヒーロー志望の人しか恋しちゃダメだって皐月は言いたいの?」
「ヒーロー志望って…。別にそう言うわけじゃないけど…」
「皐月が言ってるのはそう言うことだよ?そもそも、中学生が虐められてる現場に、後先考えず助けに行けとか言われても無理なんだよ。紅葉ちゃんが特殊だっただけ。あの子は例外なの。分かる?」
「分かんないよ…」
「私たちの世界では、そういうのを仕方ないって言って笑うの。『あいつは例外なんだ。なら仕方がないな』って!」
凛は意気揚々と話していた。しかし、私の顔はとても見られたものじゃないだろう。
結局紅葉の純粋な気持ちも利用して、自分のワガママな気持ちを伝えようとしている。
そんな卑怯な自分が、私は一番嫌いだ。
「そんな、割り切れるもんじゃないだろ…」
「割り切れないのが普通だよ。だから、いっそのこと笑い飛ばしてやろうってこと!皐月みたいに重く捉えるより、笑った方が楽でしょ?人間、楽な方に逃げるのは得意なんだよ?」
「楽な方ね…」
「そう。好きな人のことを色々考えるのは素敵なことだと思う。ただ、いつまでも引きずるのは違うよねって話。例外という紅葉ちゃんが入ってきて全てが狂っただけで、皐月はなにも悪くないんだよ?」
「…ごめん。私の頭では理解できない。ちょっと、考えさせてくれ…」
「うん。でも、これだけは忘れないで。皐月がやろうとしていることは卑怯じゃないし、人間としてなにも間違ってない。他の人がなんと言おうと、私はあなたの味方だから」
「あり…がと」
久しぶりに凛に論破され、私は複雑な感情を抱えながら家を後にした。
凛がゲーム以外であんなに真剣な顔をしているところ、なにげに初めて見たかもしれない。
「私はあなたに味方…か。なんだよ偉そうに…」
その夜、私は葉月の部屋で泣いたらしい。
朝葉月に言われるまで、そんな自覚はなかったけど…凛の言葉が嬉しかったらしい…。
◇ ◇ ◇
親友が帰った後、残された私は、黙ってモニターの電源を入れた。
いつもやっているゲームを再開するためだ。
それにしても、皐月は重たく考えすぎるのが悪い癖だ。
どうせ、私の無理に付き合ってくれているのも、奥の方では美月が関係しているんだろうし…。
(好きな人ができたことない私には分からないかも…ね)
実際のところ、中学の頃から好きな人はいる。
ここ数年、叶うことはないと知っていながらも諦めきれないでいる人は…いる。
ただ、私は自分から好きだと伝えるキャラじゃない。
誘ったのも、別に一緒にいたいからとかいう理由ではない。
ただ単純に、着いてきてくれたら頼もしいと思っただけだ。
言い出した時期も、紅葉ちゃんたちがくっつく大分前だったし、本人にはバレてないだろう。
実際、美月にもバレてないんだから。
誤解を生まぬよう、この気持ちは絶対気付かれては行けないんだ。
そう決意を新たにし、目の前に表示された相手と対戦することに思考を切り替えた私は、そのままいつものゲームへと集中することになった。
次回のお話は2月27日の0時に更新します。
しばらくヘビーなお話が続きますけど、なるべく早く終わらせる予定です。