第135話 もう一人の少女
今回のお話は皐月ちゃん視点でのお話になります。
「相談って何かと思えばそんなことかよ…」
凛の家ですっかり恒例となった、紅葉対策会議で本日の議題を聞いた瞬間、私は思わずそう呟いた。
どうやら、昨日紅葉から告白されてめでたく緑川と紅葉はくっついたらしい。それは良いんだ。
だが、自分が主導権を握れないどころか、紅葉に圧倒されてしまった現状をどうにかしたいそうだ。
私も別に暇じゃないんだけどな…。
凛も苦笑いしてんじゃん…。
こりゃ、鈴音先輩達みたいなバカップルまっしぐらか…。
「そんなことじゃないでしょ!?これは重要な問題だって!」
「でも嬉しいんだろ〜?なら良いじゃん」
「いや…違うじゃん…。なんか立場がないっていうかさ…」
「でも、紅葉ちゃんがそこまでグイグイ行くのって心許してる証拠なんじゃないの?紅葉ちゃんって、あんまり自分から行くタイプじゃないでしょ?」
「私もそう思うぞ?大体、今まで主導権握れてたのは紅葉が奥手すぎただけだろ?なら本来の形に戻ったって考えれば良いんじゃないか?」
「え…。急に突き放すじゃん…。どうしたの?」
そんな涙目で見られてもなぁ…。思ってることズバズバ言ってるだけなんだよな…。
大体、美月が正体明かした時も怒ってたし、心を許している相手には結構大胆になるんじゃないかな…。
紅葉とそこまで付き合いが長いわけじゃないから確証があるわけじゃない。
ただ、私達の中で1番付き合いが長い人には…協力を求めにくいしな。
美月は最近家から出てきていない。
一応連絡は取れるけれど、家にはこないで欲しいと言われてしまった。
美月の気持ちを思えば、裏切った形になる私が行くのは…流石に申し訳ない。
「私は別に、嬉しいなら気にする必要ないと思うけどな。春奈先輩もそんな感じだろ?」
「あの人と比べないでよ!あの人達が特殊なんだって!」
「いやいや。あんなもんじゃないか?一年も経てばすっかりああなってるだろ」
「想像したくないんだけど…。というか、それまで私が持つかどうか…」
「なぁ凛…。もう解散して良いよな?惚気は2人でしてくれ…」
「は!?いや、私もしなきゃいけないことあるんだけど!?」
涙目になる凛を放っておいて私はその部屋を出た。
どうせゲームをするだけだろうし、惚気話の相手は丸投げしよう。
それよりも心配なのは美月だ。まだ紅葉のことを好きなのか、諦めるつもりがないなら私はまだ敵に回らないといけなくなる。
それは勘弁願いたいんだけども…。
私が電話してしまっても大丈夫なのか。少し迷ったけれど、結局電話することにした。
明日は学校だし、気まずいまま迎えるよりは良いだろう。
今よりさらに疎遠になるのは、私としても少し辛いし…。
「皐月?どうしたの?」
「あ〜いや、紅葉の件で…どうするのかなって。本人から聞いてるだろ?」
「うん。昨日言われた。どうするって、今後?」
「そう。諦め…きれるのか?」
「どうだろ…。怪しいかな」
画面越しでもわかる、辛そうな笑いが聞こえた。
多分、昨日の夜は泣いていたんだろう。若干声が枯れている気もする。
そこについては何も言うまい。ここで口を挟んでも良いことはないし…。
ただ、慰めることも私にはできない。
紅葉と緑川をくっつける手伝いをした手前、ここで美月を慰める資格は無いだろう。
それどころか、若干卑怯にすら思える。
「そっか…。じゃあ――」
「でも、多分諦めると思うよ。皐月が心配するようなことにはならないと思うから心配しないで?」
「…。私に遠慮する必要はないんだぞ?私は別に、美月が紅葉を諦めきれないって言うならそれでも良いんだ。私の気持ちに遠慮してるなら、それは――」
「違うの。私が紅葉ちゃんを諦めるのに、皐月は関係ないよ。もっと...個人的な理由」
「個人的な…?」
「まだ気持ちの整理ができてないけど、紅葉ちゃん自身が出した結論に対して、私がどうこうするのは違う気がするの。曖昧なまま緑川さんと付き合うって言うなら諦めなかった。ただ、紅葉ちゃんにも説明されたけど、緑川さんを選んだのには明確な理由があった。なのに、私が横から入るのは違う気がする。ただ、それだけ」
紅葉が緑川を選んだ理由…。私ももちろん聞いている。
紅葉が私と美月をくっつけたいと思ってくれてたことも知っている身からすれば、当然の結果ではある。
美月を誰かに取られたくないと思っていれば、私とくっつけようとは思わないからだ。
ここで自分のせいだと悲観するほどバカではないけれど、少しだけ気まずい。
私が自分の気持ちを隠したままにしていなければ、こうならずに済んだかもしれないと考えてしまうのは悪い癖だろう。
そして、この気に乗じて美月を自分のものにしようなんて浅ましい考えを浮かべるほど、私は楽観的な人間ではない。
むしろ、余計に私には美月と付き合う資格はないと思い知ったのだ。
「そっか…。明日、学校にはこれそうか?」
「どうだろ…。怪しいかな…。そんなに簡単に気持ちの整理ができるほど、出来た人間じゃないの。皐月も知ってるでしょ?」
「まぁな…。でも、あんまり休むと紅葉が心配するぞ?」
「うん。できるだけ早く登校するから、その時はよろしくね」
「ああ…。分かった」
たった10分程度の会話だった。だけど、私はこの短い会話で決めたことがある。
今は緑川がいるから無理だけど、後でもう一度凛の家に行ってみよう。
この前相談されていた件に答えを出す時が来た。
◇ ◇ ◇
その数時間後、緑川が帰ったと連絡をもらった私は、再び凛の家に来ていた。
お兄さんも交えて3人で話し合いをするためだ。
「…本気なのか?」
「うん!前からやってみたいなって思ってたし、皐月もついてきてくれるって言うから!」
「は?いや、待て待て。皐月ちゃんは本当にそれで良いの?」
「はい。少し迷ってましたけど、私は構いません」
「いや、それでもなぁ…」
私が凛から相談を受けていた件とは、海外移住の話だ。
凛の父方の妹さんが海外に住んでいるので、そこに居候させてもらおうと言うことだ。
なんで私が誘われたのか。それは、凛が1人じゃ寂しいからと子供みたいなことを言い出したからだ。
もちろん私の親にも相談済みで、相手の家族が良いのであれば語学留学と同じということで許可はもらっている。
葉月は絶対嫌だと泣いたけども…。
それもあって、結論は少し先送りにしてもらっていたのだ。
そもそもなんで海外に行くとか言う話になったのか。
それは、日本にいる限り面倒な母親がいつ来るかわからないし、どうせなら海外に逃げたいそうだ。
凛の母親は、ゲームに熱中している凛にあまり良い印象を抱いていないし、お兄さんは家出同然で出てきている。
ただ、凛はついてきているだけなので、最悪連れ戻される可能性もあるらしい。
どっかのご令嬢でもないくせに、なんでそんなにややこしい関係になっているのか…。
「そもそも、あの人はどう言ってるんだ?」
「沙耶さん?私の友達なら大歓迎だって言ってくれてるよ?英語もこっちで身につければ良いだろうって!」
「あの人は…相変わらずだな…。大人なら止めるとこだろ…」
高2になる前に向こうに行くと言う話だから、もうそろそろ決めないといけなかったと言うこともあり、お兄さんにはいきなりで申し訳ないと思っている。
しかも、高校生の女の子2人が海外に行くんだ。簡単には許可できないだろう。
「そもそも、なんでそんなに急ぐ必要があるんだよ…」
「最近お母さんが怪しい動きしてるでしょ?だから、なるべく早く逃げたいんだよね…。いつ最悪な事態になるかわかんないし!」
「怪しい動き…。あ〜お前が大会に行ってたら見に来たって話か。確かに言ってたな」
「そうそう!お金の件は沙耶さんだから問題ないし!なんならお兄ちゃんも――」
「行くわけないだろ…。俺はあの人苦手なんだよ…」
沙耶さんは向こうのお金持ちと結婚しており、財力にはかなり余裕があるらしい。
だから私も受け入れてくれるそうだ。ただ、お兄さんが苦手というのもちょっとだけ分かる。
この話が出た時、一応一回だけ電話をしたことがある。
あの人は…妙に距離感が近いのだ。
人のテリトリーに土足でヅカヅカ入り込むような人だし、好き嫌いが分かれるだろう。
私は別に大丈夫だったけど…。
「はぁ…。皐月ちゃん。もう一度確認するけど、君は良いの?」
「まぁ、私は別に大丈夫です。少し気になるところはありますけど…まぁ大丈夫ですよ」
「気になることっていうのは、美月ちゃんのこと?」
「…そうです。1人残されることになりますし、あの子は最近色々ありすぎています。メンタルがあまり強い子では無いので、少し心配です」
「ん〜。凛、向こうに行くとすればいつだ?」
「年越しは向こうで過ごそうかなって思ってるよ?」
「急すぎだろ…」
呆れたようにため息をついたお兄さんは、頭を掻いてこう答えた。
「皐月ちゃんが良いなら許可は出す。ただ、こっちを出る前にちゃんと周りには話すこと。黙っていなくなることは許さないよ?いいね?」
「...分かりました。ちゃんと説明します」
「美月ちゃんにも、ちゃんと説明しなよ?泣きながら訪ねて来たあの子に、俺が説明するのはごめんだよ?」
「…分かってます」
その日、私の海外行きが決定した。
凛は母親から逃げるため、私はそれについて行く。そういうことになっている。
私が海外に逃げる本当の理由は違うけれど、それは誰かに伝える訳には行かない。
私のメンタルの弱さが原因なのに、それを誰かに伝えたくは無いのだ...。
次回のお話は、2月15日の0時に更新します。