第134話 幸せな時間
後半は雫ちゃん視点でのお話になります。
晴れて付き合うことになった私達は、そのまま手を繋いで近くのモールに足を向けた。
なんだかまだ少し恥ずかしいけれど、思ってたほど酷い状態にならなかったのは…成長したのかもしれない。
最悪、恥ずかしすぎて逃げ出すとかも覚悟してたし…。
でも今は、幸せな気持ちが心の奥底からどんどん湧き上がってきてるっていうか…。
自分の想いを伝えただけで、こんなに楽になるんだって…。
もちろん雫ちゃんが先に告白してくれなかったら、ずっとこの気持ちは伝えられなかっただろうし…。
まだこれからどうして行けばいいとかは分からないけれど、しばらくは雫ちゃんに任せて見ようとも思う。
「そういえば、今日は何するの?」
「え…。あ、告白のことで頭がいっぱいだったから何も考えてない!」
「うん。なんとなくそんな気はしたけど…」
モールについて最初に雫ちゃんが言ったのはその言葉だった。
なんとなくモールに来ちゃったけど、思えば今日は想いを伝えることを目標に考えてたから、その後のことは深く考えてなかった…。
どうしよう。この間美月ちゃんと買い物に来たから、また洋服とかみるのは…。
「じゃあさ、久しぶりに映画でもみる?ちょうど気になってたやつがあるんだよね」
「そう〜?なんかごめんね?」
「全然いいよ。それよりも…今後美月さんと2人で出かける時は、必ず私に言ってね?」
「え?なんで?」
「そりゃその…心配だから…」
「心配ってどういうこと?」
少しだけ顔を赤くした雫ちゃんは、私が真顔でそういうと、私をトイレに引っ張っていった。
しかも同じ個室に入って、その中で美月ちゃんのことについてたくさん怒られた。
その中でも、美月ちゃんとだけ手を繋いだことに関してすごく怒られた…。
当の私は、怒ってる雫ちゃんがなんだか可愛くて話半分で聞いちゃってたけど…。
とりあえず、美月ちゃん以外の人がそこにいれば連絡はしないでもいいけれど、2人きりで遊びに行くときは連絡して欲しいって…。
私のことは心配してないらしいけど、美月ちゃんが何をするか分からないって…。
多分何もしないと思うけどなぁ…。
「紅葉ちゃんは美月さんがどれだけあなたのことを好きなのか分かってないの〜!私と同じくらい…って!結構恥ずかしくないこれ!?」
「今気付いたの…?」
「もしかして…私結構…?」
「いっぱい好きって言ってくれた!」
「も〜!ちょっとそこで待ってて!」
顔をタコみたいに赤くした雫ちゃんは、私を1人残して個室を出た。
それからしばらくして帰ってくると、なんでだか物凄くテンションが落ちていた。
何があったんだろう…。
雫ちゃんに好きって言ってもらえるのが単純に嬉しいって思えるのも、多分色々考えた結果なんだと思う。
恥ずかしがってたら…美月ちゃんに申し訳ないって気持ちもあるかもしれないけど。
それでも、雫ちゃんを誰かに取られたくないなら、私も一生懸命頑張らないとだし!
「ほら…行くよ…」
「うん!」
少しだけしょんぼりした雫ちゃんは、そのままトボトボと歩いて映画館へと向かった。
なんでだか分からないけど、雫ちゃんの反応が今日はものすごく可愛く見えるんだけど…。気のせいかな?
「え!?いや…そんなことは」
「あるってば〜!なんか、今日の雫ちゃんいつもより可愛い!」
「…まさか、私が春奈先輩の位置…?いや、そんなわけ--」
「ん?どうしたの?」
「いいや!?でも、人前でそういうこというのはやめてね?」
「は〜い」
なんだか不思議な注意をされた私は、そのまま雫ちゃんの案内に従って映画館へと入っていった。
そのまま私を残して、1人でチケットを買いに行ってくれた。
私はその姿を見ながら、やっぱり今日の雫ちゃんはいつもより可愛い…と人知れず思っていた。
◇ ◇ ◇
おかしい。そう思ったのはトイレの個室で紅葉ちゃんが私の顔をやたらと見つめていた時が最初だった。
美月さんと2人で遊びに行くのは…相手がどう出てくるか分からない以上、私に一言いって欲しい。
そうお願いしていた時、やたらと私の顔を見つめてくる紅葉ちゃんをみて、そう思った。
堪らず一旦個室を出たけれど、まさか私が春奈先輩の位置付けなのか…。
そう考えるしかなかった。
紅葉ちゃん本人はそういうつもりが無いのかもしれないけれど、付き合うと決まった公園から、妙に積極的になったような…。
それこそ、人が変わったみたいに。
「対策らしい対策を考えないと…。このままじゃ…マズイ」
私は、人から可愛いと言われることに慣れていない。
その相手が自分の好きな人だったら尚更だ。
だから今までは、クールぶって色々リードしてきたけれど、今その立場が危うくなっている。
創作物の中では、鈴音先輩みたいなタイプを攻めと言い、春奈先輩を受けということがある。
この場合、私が受けになってしまうと、私の精神の安定が怪しくなる…。
別に嬉しく無いわけじゃない。むしろ嬉しいけど!でも、あんまり可愛いとか言われ続けるとさ…。うん…。
「上映中に考えるしかない…か」
私がそう決めたのも必然だったと思う。
今は14時ちょうど。映画が終わるのが16時半だから、もう少しだけモールの中でブラブラするだろう。
その時に主導権を握れないと、今後もこうなってしまう可能性が高くなる。
鈴音先輩は、自分が主導権を握りたいなら、初デートで主導権を握るしかないと言ってくれた。
そのアドバイスを生かさなければ…紅葉ちゃんに主導権を握られてしまう。
しかし、私は紅葉ちゃんをまだ完全に理解していなかったのかもしれない。
映画が始まり辺りが暗くなると、唐突に手を繋いできたのだ。
やっと歩く時に手を繋ぐのが平気になりかけていたのに、これはちょっと…。
ただ、離そうとすると今後繋いでくれなくなるかもしれないと考えると…あれだし。
結局映画の内容はほとんど頭に入ってこなくて、終始頭から湯気を出して倒れそうになるのを必死で我慢していた。
映画が終わってからはもう酷くて、ずっと紅葉ちゃんにいい意味で振り回されていた。
もしかして紅葉ちゃんは、自分がどうすれば私が恥ずかしがるのかを試しているんじゃ…。
そんなありえない考えすらも思い浮かぶようになってしまう。
だって!今日はなんだか凄く可愛いとか連呼してくれるんだもん!
そう思うのも無理ないでしょ!?
嬉しいよ!?嬉しいけどさ!
言われ慣れてない身からすると、限界を迎えそうなんだよね!
「どうしたの?疲れた?」
「え…?いや、そうじゃないけど…うん」
「もう帰る?」
「…紅葉ちゃんがそれで良いなら」
気を遣わせてしまった…。別に疲れてるんじゃないの!ただ、あなたの無自覚な可愛いが、私の心をえぐってるの!
主導権を握りたい私からすれば、渡さないって強すぎる抵抗をされてる気分なの!
紅葉ちゃんはいい意味で純粋すぎて、好きな人からの可愛いがどれだけの破壊力を持ってるか分かってないんだって!
好きとかもそれと同じ部類だからね!?
そういうところもちゃんと教えてあげないと…遊びに行く度に限界化してるとダメだ…。
私がもたない…。
「じゃあね〜。また学校で〜」
「う、うん…。また、ね…」
紅葉ちゃんの家の前で別れた時、底知れぬ安心感が私を襲ったのはいうまでもない。
なんとか無事に帰れた…。そう思った。
幸せと恥ずかしさで死ぬかと思った…。
付き合えたは良いけれど、新たな課題と大きすぎる壁を前に、私はまた1つ大きなため息をついた。
次回のお話は2月12日の0時に更新します。