第130話 宣告
今回のお話は美月ちゃん視点でのお話になります。
鈴音先輩の子供みたいないたずらがあった翌日、紅葉ちゃんが休んだ。
普通ならそこまで気にする必要はないんだろうけれど…明らかに緑川さんの様子がおかしい。
昨日の夜から今日の朝にかけて紅葉ちゃんから返信がこない理由と何か関係があるんだろうか…。
無いとは思うけれど、昨日の帰り道に何かあったのか…。
でも、最近皐月が妙に非協力的になったことから考えて…その可能性は否定できないところがあるのも事実…。
そして案の定、放課後緑川さんと皐月は2人でどこかに行ってしまった。
怪しい。とても怪しい…けれど、尾行するより確実にその答えを知れる方法を、私は知っている。
「あら?あなたは確か…」
「奥田美月と言います。紅葉ちゃんが休んだのでどうしたのかなと…」
「あ〜はいはい。ちょっと待ってね〜」
そう。こういう時は本人に直接聞くのが良い。
相手が皐月や凛なら話してくれるかどうかわからないけれど、紅葉ちゃんなら…うまいこと話を持っていけば話してくれると思うし。
チャイムを鳴らしてすぐにお母さんが玄関を開けてくれて中に通される。
そのまま紅葉ちゃんの部屋に直行し、一応ノックをする。
「紅葉ちゃん〜。私。入っても良い?」
「え…あ美月ちゃん!?うん良いよ〜」
「お邪魔しま〜す…」
恐る恐る中に入ると、凛の部屋とは比べ物にならないほど女の子らしく、綺麗な部屋が目の前に広がる。
あの子の場合、ゲーム部屋は異次元の汚さだし、普通の部屋も…綺麗とは言い難い。
皐月の部屋は…女の子らしいものと言えば化粧台くらいしかないしね…。
それにしても…まだその抱き枕使ってくれてるんだ。
私がだいぶ前にあげたやつなのに…。
「結構気に入ってるんだ〜これ。それで?今日はなんでここに?」
「いや…紅葉ちゃん連絡もなしに休んじゃうから、何かあったのかなって」
「え…あ〜そうだね。心配かけてごめんね?別に体調が悪いとかそういうことはないから安心して?」
「ふ〜ん。じゃあ何もないんだ?」
「…ないよ?あるわけないじゃん!」
必死で弁明する紅葉ちゃんを見て、疑惑が確信に変わる。
紅葉ちゃんは純粋ゆえに、嘘をつくことにはとことん向いていない。
本人はどう思ってるかわかんないけど、紅葉ちゃんの嘘は凛の嘘以上にわかりやすい。
これは…私が思っている最悪の事態が起こったと思って良さそうかな…。
その場合、答えがまだ決まっていないことを祈るしかないんだけども…。
「あ、はいこれ。今日のプリント」
「え、あ〜ありがと〜」
「ねぇ紅葉ちゃん。もしかして、誰かから告白された?」
「ふぇ!?」
今日配られたプリントを渡す瞬間、私がそういうと、案の定かなり動揺した紅葉ちゃんは紙を掴めず床に落としてしまった。
なるほど…。いや分かってたけど!
いつかこうなるって分かってたことだけど!予想よりかなり早い…。
「告白されたんだね。相手は緑川さんでしょ?」
「…凄いねみっちゃん。ほんとに、昔から頭良いんだから…」
「そんなことないって。それで?なんて答えたの?」
「それが…まだ気持ちの整理がついてないっていうか?本当に急だったから…」
「そう…なんだ」
「みっちゃんは私のことが好きって言ってくれたし、その気持ちは嬉しいよ!?でも…なんとなく相談しにくくてさ」
申し訳なさそうにそういう紅葉ちゃんは、そのまま頭を下げた。
別に私は謝って欲しいわけではない。
私も、紅葉ちゃんの立場なら相談できないし、同じことをしたと思う。
それに、そこまで考えて隠し通そうとしてくれただけでも嬉しい。
ただ、まだチャンスはあるかな…。
気持ちの整理がついていないのなら、まだなんとか巻き返しができるかもしれない。
「その…紅葉ちゃん的にはどうなの?緑川さん…」
「正直、好きか嫌いかで言われたら…好きだよ?でも、まだちょっとよく分からない…」
「分からないっていうのは?」
「私が分かりやすく嫌いなのって、近くで言うならお父さんなのね?反対にお母さんは好きなんだけど…。雫ちゃんはそれでいうとお母さんよりなの。ただ…それは友達としての好きであって、鈴音先輩達みたいな好きなのかわかんない…」
「な、なんとなく分かるような?」
さっき気持ちの整理ができないと言っていたからなのか、いつもより変な説明になっているような…。
絶妙に分かりにくいけれど、必死で考えればわかるような…そんな説明。
ここで緑川さんと付き合った方がいいというのは簡単だけれど、今皐月の協力が得られるか分からない以上、それはできない。
紅葉ちゃん緑川さんが付き合っても大丈夫というのは、皐月の協力があるからという意味も含まれているから...。
難しいなぁ…これ。
「最近ね?色んな人に恋愛ってどういうものなのか、好きってなんなのか聞いてたんだけどさ…」
「聞いた!?え?誰に…?」
「えっと…2年生の先輩とか、本当に色んな人?」
「気の毒に…」
「え?なにか言った?」
「ううん!?それで?」
「う〜ん。説明されてもよく分からなかったっていうのが本音。私、恋愛とかそういうのに無縁だったから…」
まぁ紅葉ちゃんの場合、それは仕方のないことだと思う。
だけど…先輩に好きとか恋について説明してもらったって…。
変に純粋だからそういうことを思いつくんだろうけど…。
説明してくれた先輩も大変だっただろうな…。絶対恥ずかしかっただろうしなぁ…。
「じゃあ、私と緑川さんなら…どっちの方が好き?」
「え…いや、そんなこと言われても…」
「あ…ごめん。意地悪な質問だった…よね」
「ううん。みっちゃんも雫ちゃんも、両方おんなじくらい好きだよ?でも、だから余計に分からなくて…」
「私に遠慮してるなら別にしなくても大丈夫だよ?私にとって1番大切なのは紅葉ちゃん自身の気持ちだから。紅葉ちゃんが緑川さんを選んだとしても、それは応援するよ?」
「いや、でも…」
紅葉ちゃんの反応で、大体察しがついた。
多分、告白された時すでに答えは決まっていたんだろう。
だけど、私が来ちゃって色々言ったせいで、その気持ちにブレが生じてるのかな。
これは…私がこの後何をしても、多分無駄なんだろうな…。
紅葉ちゃんがなんとなくで緑川さんを選ぶならいくらでも逆転は可能だ。
だけど、そうじゃないならもう…。
「いい紅葉ちゃん。私ね?紅葉ちゃんのことは好きだし、できれば付き合いたいよ?でも、私と同じくらい、緑川さんもそう思ってると思うの。だから、紅葉ちゃんがどちらかに遠慮するのは間違ってるの。むしろ、遠慮された方が私達は嫌かな。さっきも言ったけど、私も緑川さんも、大事なのは紅葉ちゃんの気持ちなの。その紅葉ちゃん自身が私達に遠慮して自分の意思で選ばないなら、私達には意味がないの。分かる?」
「う、うん…」
「だから、どちらかに遠慮する必要なんてないの。紅葉ちゃんは紅葉ちゃんが好きな人と、付き合えばいいと思うよ」
「わ、分かった!ありがとう!」
「じゃあ…私は帰るね!」
私は必死で平静を装いながら紅葉ちゃんの後にした。
涙を流さぬように、今にも大声で泣きたい気持ちを必死で抑えて…紅葉ちゃんの家を後にする。
あんなことを言った手前、これ以上紅葉ちゃんの決心の邪魔をするわけにはいかない。
あの子は優しいから…私が泣いているのを知れば、きっと迷ってしまうから…。
でも、その我慢も駅のホームで限界がきてしまい、休憩室で大泣きしてしまった。
ここまで頑張ってきた努力は、不完全な形で実ってしまい、その先に行くことはなくなってしまった。
こんな状況から逆転する術なんて、私には思いつきそうもない。
皐月や凛なら浮かぶかもしれない。だけど、最近あの2人は協力をしてくれなくなってしまった。
私1人の力じゃ...もうどうにもならないところまで来てしまった。
谷底に落ちたような、そんなくらい絶望が、私の心をどんどん染めていく...。
そして、どのくらいそうしていたのか分からないけれど、後は家に帰ってから泣こうと立ち上がったのは、辺りがすっかり暗くなってからだった。
次回のお話は1月31日の0時に更新します。