第125話 大事な話
雫ちゃんが3年生の人から狙われている。そんな現実味のなさすぎる話を聞いた日の放課後、私は剣道場に来ていた。
霧島さんが前に、あの人は剣道部に入っていると言っていた事を思い出したんだけど…。
当然部活中は、部員でもなんでも無い私が中に入る事はできなくて、大人しく部活が終わるまでの2時間外で待ち続ける事になってしまった...。
だってさ!いつ終わるか知らないし、話の続き早く聞きたいじゃん!?
勝手に帰られると困るし、こうするしか思いつかなかったの!
「それでずっと待ってたのか?…バカだろお前」
「さっき理由は説明しましたよね!?仕方ないじゃ無いですか!」
そして今、私たちは近くの喫茶店で向かい合っていた。
先輩も私がくる事は薄々予想していたようで、いつもより早く部活を切り上げたらしい。
いつもより早く切り上げたのに2時間も待たされたって言うのは…なんだかなぁって気もするけど!
いやそれよりも、髪が濡れているせいか少しだけ色っぽく見えるのは気のせいかな…。
別にどうって事はないけど、お店の中の男の人の視線が気になる…。
「部活終わりの剣道部の連中だ。な?全員バカだろ?無視でいいから話し続けるぞ。で〜どこまで話したっけ?」
「雫ちゃんが3年生の…なんとかって先輩に狙われているってところまでですかね?」
「あ〜なんだっけ。源だっけ?男子なんて興味ないからよく覚えてないんだよなぁ〜」
「とりあえず、詳しい説明が聞きたいんですけど…。私と雫ちゃんがどうのって話は置いておいて…」
確か朝説明された時は源なんて名前じゃなかったような気もするけど…今は一旦おいておく。
今はとにかく、雫ちゃんの話が聞きたい。
あの時から、ずっと心臓の鼓動が早くなってて落ち着かない。
なんで雫ちゃんの事でこんなに不安になるんだろう…。
皐月ちゃんや美月ちゃんが狙われているのだとしたら、ここまで取り乱しているかわからない。
美月ちゃんは大切な友達だし、相手が酷い人ならちょっと怒るだろうけど…。
それでも、ここまで不安になるかと言われると…。
「私は別にそう言う意味で言ったんじゃない。言ったかどうか忘れたけど、緑川が狙われている。じゃあお前はどうするのかって話だ」
「言われましたね…。でも、具体的にどうしろとまでは…。奪い取れとか言われても分からないんですけど…」
「そんなに難しくないだろ。春奈達みたいに付き合えばいいじゃん。朝も言ったろ?女子同士で付き合うのなんて別に変じゃないって」
「そうは言ってもですね…。第一、雫ちゃんが私のことをどう思っているのか分からないし、私自身も…その」
「なるほどな?じゃあ聞くが、緑川がそこらの男子や他の女子と楽しそうに話してたり出かけてたりしたらどうだ?」
どうって言われても…。
美月ちゃんや皐月ちゃん、凛ちゃん相手なら別になんとも思わないけど…その他の子はちょっと…。
男の子と一緒なんて、すっごいモヤモヤする!
ただ、モヤモヤするだけでその先どうするのかは分からない。
多分、美月ちゃんが知らない男の人と話してても少し変な気持ちにはなるし…。
「その美月って子の事は知らないけど、そのモヤモヤが大きいのはどっちだ?」
「圧倒的に雫ちゃん…ですかね?」
「ふむ。ちょっと待ってな?」
私が即答すると、先輩はトイレに立って2分もしないうちに帰ってきた。
随分早い…っていうか、なんで胸ポケットにスマホ入れてるんだろう。
「これは気にしないでいい。で、さっきの話に戻るけど緑川が狙われてるって聞いた時、率直にどう思った?」
「そんなこと言われても…」
「簡単でいい。へぇ〜そうか程度にしか思わなかったのか、多少なりともショックだったのか」
「そりゃ…ちょっとショックでしたよ。でも、私は雫ちゃんの彼女でもなんでもないんですし、こう思うのは変ですよね…?」
先輩達みたいに恋人同士の関係で、モヤモヤするのはなんとなくだけど分かる。
恋愛ドラマなんかでよくそういうシーンあるし!
でも、そういう関係でもなんでもない私がそう思うのは…なんだかちょっと違うような気がする。
それに、雫ちゃんが私の立場だったとしても、多分こんなこと思わないし。
「まぁ確かに、緑川はもうちょい色々考えるだろうな」
「どういう意味ですか?」
「ん?いや、こっちの話。で本題に戻るけど、恋人でもなんでもない奴がそんな感情を持つのは全然変じゃない。むしろそれが普通だ」
「いや普通じゃ--」
「普通なんだよ。そういう気持ちの事を恋とか愛っていうんだよ。分かるか?」
キメ顔でそう言った名無しの先輩は、直後に顔を真っ赤にして手元にあったコーヒーを一気に飲み干した。
でも当の私は、急にそんな事を言われても…って感じでよく分からない。
そもそも、名無しの先輩にそんなこと言われてもってところから始まるんだけども…。
「あ〜そういえば名乗ってなかったな。私の事は〜ひなとでも呼んでくれ。本名はあんまり好きじゃないんだ」
「分かりましたけど…恋がどうのっていきなり言われても…」
「...はぁ〜!鈴音のやつ!今度会ったら飯奢らせるからなほんと!」
「なんですか急に…」
「いやこっちの話!紅葉の場合、緑川のことをどう思ってるか。それは、あいつが自分以外の人と楽しそうに会話している時、どう思うかで分かる」
その後、小学校の先生みたいに丁寧に分かりやすく教えてくれた先輩は、なぜか終始恥ずかしそうだった。
先輩の説明で恋がどうのとかが完全に理解出来たかと言われたら…ちょっと怪しいというのが本音なところだ。
一応、先輩が言うには私が雫ちゃんのことをどう思っているか。
答えは、聞いている方が恥ずかしくなるくらい大好きってこと。らしい。
いや…確かに雫ちゃんの事は嫌いじゃないけど…聞いているこっちが恥ずかしいとか言われても…。
「紅葉も経験あるだろ?分かりやすく言えば春奈と鈴音のバカっプルだ。あいつら、見てる方が恥ずかしくなるだろ?」
「いや…まぁそれはなんとなく分かりますけど!先輩達も人のこと言えないと思いますよ!?」
「私の場合、あやをいじめて楽しんでるんだよ。いやそれはいいや。まぁ聞いてる感じ、紅葉達も春奈達と負けず劣らずのバカップルになると思うぞ?」
「そんなわけないじゃないですか…。何度も言ってますけど、雫ちゃんは私のことどうとも思ってないですって…」
「ん?向こうから好きとかなんとか言ってもらったこと無いのか?」
「あるわけないじゃ無いですか!何言ってるんですか!?」
私が耳まで赤くして反論すると、なぜかあきれたようにため息をつかれた。
なに…。私何かした?別に変な事はしてない気がするんですけど…。
「いや、呆れたのは紅葉じゃ無い。鈴音に相談する行動力はあるくせに、いざとなったら怖気付く奴に呆れた」
「なんのことですか…」
「はぁ〜!じゃあ最後に1つ!仮に緑川が告白してきたらどうする?そんなのありえないとか頭ごなしに否定するの禁止な」
「それは…」
正直そうなったら飛び上がるほど嬉しい。他のよく分からない人に取られるくらいなら!とは思う。
だけど、付き合ったとしてもその後何をしたら良いかなんて分からないし…。
付き合ってる意味がないとか言われて別れるなんて事になるのが1番辛い…。
実際、朱音先輩が数ヶ月前にそんなことを話していたような気もする…。
「付き合っても普段と変わらない人達って、なんで付き合ってるんだろうね〜」
雫ちゃんがそう言って別れたい。なんて言ってくると…その後なんとなく気まずくなりそうだし。
そうやって色々考えちゃうと、本当にどう返して良いのか分からないって言うのが本音…かな。
「だぁ〜!もう良い!私は帰る!」
「え!?なんですか急に…」
「知らん!私の仕事は終わった!それだけだ!ここは奢ってやるから、お前もさっさと帰れよ!」
そう言うと、乱暴に2人分のお金をテーブルに叩きつけて先輩は喫茶店を出て行ってしまった。
残された私は、なんで急に先輩が怒ったのか分からずにしばらく呆然としていた…。
◇ ◇ ◇
「なんなんだよ!話聞いてる限り、悪いのお前じゃねぇか!私らに相談する前に、自分の気持ちくらいハッキリ伝えろよ!」
紅葉と話していて我慢できなかった私は、そのまま店を飛び出して胸ポケットの携帯に向かって怒鳴りつけた。
その先で今までの会話を聞いていた黒幕は、今電話の向こうでどんな顔をしているんだろう。
会話を聞かせるように指示を出してきたのは鈴音だけど、聞かせて本当に正解だった。
まず、紅葉の反応からして緑川に好意があるのは確定だろう。
両想いなのに関係が進まないのは、どっちも臆病で気持ちを伝える勇気がなかったからだ。
紅葉に関しては、高校生にもなって恋がなんなのか分からないって言う…ちょっと理解不能な理由もあったけど!
なんで部活仲間が結構いた中であんなことを力説しないといけないのか!
どんな羞恥プレイ!?明日からどんな顔で部活に出れば良いの!?
「そんなこと言われても…」
「あのな!?確かに気持ち伝えるのは怖いだろうし、勇気いるだろ!だけどな?人に頼る前に自分が出来ることしてから頼ったらどうなんだって言いたいんだよ私は!」
「ぐうのねも出ませんね…」
「鈴音になんと言われようが、もう私は何にもしねぇからな!自分らでどうにかしろ!」
そう言うと、私は乱暴に電話を切った。
なんだか、無性にイライラするんだけど…。
はぁ〜!あやに慰めてもらうしかないか…。
自分の可愛い彼女を想像しながら、私はあやの家へと少し早足で向かった…。
次回のお話は1月16日の0時に更新します。