第113話 お泊まりへの布石
「それで…なんで来たんですか…」
「え〜?春奈のメイド姿を見たかったからぁ〜」
今現在、私は頬を少し染めた春奈に叱られているところだ。
散々駄々をこねていた春奈は、紫苑と言われていた子のおかげで、なんとかチェキを撮ってくれた。
私の手元にある写真には、満面の笑みの私と、恥ずかしそうに笑う春奈。
そして、真ん中でハートを作っている写真がある。どちらも、間違いなく私の宝物になった1枚だ。
だけど、浮かれていたのもつかの間で、チェキを撮り終わるやいなや、座席まで手を引かれて、絶賛叱られ中なのだった。
ただ、私は写真を見てずっとニヤついてるから…ほとんど話を聞いていない。
そして、メグの計らいなのかは分からないけど、春奈に指名が入るまでは、私と一緒にいて良いらしい。
「先輩。今日は絶対にこないでって言ってましたよね?なんで来ちゃったんですか…?」
「良いじゃん最後の文化祭なんだし!それに、似合ってるぞ?」
「そういうことを聞いてるんじゃ無いんですよ…。恥ずかしいんですから…本当に嫌なんですけど」
「あ春奈。後でその姿もっと撮らせてね?」
「話聞いてました!?嫌ですって!」
可愛く俯いて、ボソボソ言っている春奈が、なんだかいつも以上に可愛く見えて、そのまま連れ出したい気分に襲われる。
まぁ、流石にそんなことはしないけど…でも、本当に可愛い。
ただ、これ以上イジメちゃうと、本当に泊りに来てくれなさそうだから、一旦切り上げる。
お店が終わるの何時だっけ…。文化祭が10時開始で、お昼休みもあるはずだから…16時とかかな。
一緒に帰る約束だけして、早く帰ってあげたほうが機嫌は治るかもしれない。
「じゃあ、今日一緒に帰ってくれるなら、今日のところは勘弁してあげる〜」
「…分かりましたから早く帰ってください…。お店が終わるのは16時頃なので、終わったら連絡します…」
「やった!約束ね!」
それだけ言うと、私は残っていたクリームソーダを飲み干して、お会計に向かった。
チェキ1枚で500円とか撮られるから…1200円ちょいか。
相場がどれくらいなのか知らないけど、文化祭で出すには少し高めなんだろう。
お店を出る時に、例の片思いコンビが座っている方を見てみると、結構楽しそうに満喫していた。
まぁ、お互い好きな人と一緒に回れてるんだし、あんなに幸せそうなのは納得だ。
少しだけ羨ましく思うけれど、前々から文化祭の後の2日間は春奈と回るって約束してたから、私も明日にはあんな風にイチャつける。
もうちょっとだけ辛抱すれば良い。しかも、今日は春奈が泊まりに来てくれるし!
まだ確定してないけど、押し切るつもりだ。
メイド喫茶を出た私は、とりあえず明日春奈と回ろうと思っているお店は無視して、適当にその辺をダラダラと歩く。
体育館でやるって言う出し物にも興味はないし、パンフレットを貰った段階で、春奈と回りたいと思ったところ以外は面白そうだとは思えなかった。
「射的とかやってもなぁ〜って感じだし…たこ焼き、焼きそば〜。ん?そう言えば、紅葉達のクレープ屋って誰がやってんだろ…」
不意に疑問に思った私は、とりあえずその疑問を確かめに行くため、朝紅葉達と話した中庭に行ってみることにした。
どうせやることなんて無いし、まだ文化祭が始まって30分しか経っていない。
1回家まで帰るのも面倒だし、適当に回ったら近くの漫画喫茶で時間潰そうかな…。
靴箱で靴を履き替えて、中庭に出ると、当然ながらかなりの人で賑わっていた。
中でも目を引くのは、美術部が出しているという祭りでは定番のお面だ。
最近話題になったアニメのキャラや、鬼や狐。エイリアンみたいなお面まであった。
こんなの買う人なんているのか…。と少し思ったけど、小さい子供なら買うのかな…。
そもそも、この学校の文化祭が3日間もあるのは、部活や同好会なんかも、所属しているクラスとは別で出し物を出せるからだ。
生徒会に申請して、生徒会が問題ないと判断したものは、職員会議に回される。
そこで通れば、晴れて個別での出し物が許可される。
至って普通の高校なのに、文化祭がやたら長く、屋台が信じられない数並ぶのはこのせいだ。
今年で3回目だけど、屋台と人の多さに少しウンザリするのは毎年のことだ。
「ん…。誰だあれ…」
そんなことを考えながら歩いていると、あっという間に紅葉達のクラスの屋台の前に着いた。
てっきり、美月と皐月だっけ?あの子達がやっていると思っていたけれど、見たことの無い女の子達がお店を切り盛りしていた。
しかも、1人ギャルみたいなお母さんいないか…?
1人はイキイキと接客してるけど、もう1人の女の子はその子の後ろに隠れてるし…。
多分、接客してる方の子のお母さんなのだろう。でも…なんか並んでる人多く無いか…?
仕方ないので最後尾に並んで順番が来るのを待つ。
それにしても、文化祭にしては並んでいる人の数が多いなこの店…。
例年なら、中庭のお店はあまり盛り上がらず、楽をしたい生徒にとってはラッキーな位置となる。
毎回運動系の部活や、2年生が正面やグラウンドを使うから、1年のお店は校内でやる方が忙しくなるはずだ。
だけど、パッと見た感じ、例年の2倍はお店に人が並んでいる。
「あれ?鈴音?なにやってんのあんた」
不思議に思って改めて前の方を見ていると、クレープを手に持った朱音が前から歩いて来た。
意外だな。朱音は受験勉強で、今年の文化祭には参加しないのかと思った。
後輩には大丈夫とか言ってるらしいけど、推薦で入るわけじゃ無い朱音が大丈夫なわけがない。
しかも、少しレベルの高い文系の大学に進むらしいから、余計に文化祭には来ないかと…。
「沙織ちゃんから初日だけでも良いから来て欲しいって言われてたの。あの子に頼まれると、なんか断りにくいじゃん?」
「へ〜。ん?ならなんでこんなところにいるんだ?」
「沙織ちゃんのところに行く前に、なんだか美味しそうな匂いがして来て見たら〜って感じよ。あんたは?」
「春奈にお店を追い出されたから、適当に暇つぶして終わるの待とうかなって」
出来れば一緒に回るのも手かなと思ったけど、1年の後輩ちゃんと会ったら、多分帰るんだろう。
受験がもう終わって、12月頃には結果が出る私とは違うんだし、邪魔するのは悪い。
「ふ〜ん。イチャつくのは良いけど、校内で度がすぎると、獅子神さんがうるさいわよ。今回の文化祭は見回ってるって聞くし」
「げぇ…。あいつ、もう生徒会引退したんだろ!?なんでそんな面倒なことしてんだよ…」
「妹さんが今の生徒会長だから、良いところ見せたいんでしょ。とにかく、気をつけてね」
「はいはい〜」
それだけ言うと、朱音はクレープを美味しそうにパクつきながら校内へと歩いていった。
ちなみに獅子神とは、前生徒会会長で、規則と風紀にやたら厳しい3年の女だ。
去年から今ほどではないにしてもイチャついていた私達を、何回か邪魔して来た人だ。
クラスが違うから良かったけど、同じクラスになろうものなら本当に地獄だ。
私と獅子神は…犬猿の仲というか、相性が悪い。
さっき朱音も話していたけど、今の生徒会長は獅子神の妹さんだ。
妹さんは姉ほど厳しくはないけれど、私は少し苦手だ。真面目だし…。
そんなことを考えていると、いつの間にか私の順番が来たみたいで、エプロン姿の可愛らしい女の子が注文を聞いて来る。
とりあえず、朱音が持っていたチョコチップのを頼んで、出来上がるのを待つ。
「ねぇ…なんでこんなにお客さんが多いの…。話と違うじゃんあかり…」
「そんなこと言われても…私もここまで来るなんて思ってなかったんだもん。しょうがないでしょ?」
「お母さんが変にやる気出してるせいだよ絶対…。モールのより美味しいって誰かが言ってたもん…」
注文を待っている間、傍で待機していた2人がそんな会話をしていた。
でも…後ろでウジウジしてる子のお母さんなの…?今目の前でノリノリでクレープ作ってる人が?
見た目完全に逆なんですけど…。聞き間違いかな…。
ていうか、モールのより美味しいって何?どういうこと?
「は〜い。チョコチップね。お金はあっちの子に渡しといて〜」
「あ…ありがとうございます…」
「はいよ。次の人〜」
頭の中から?マークが消えないまま、私は注文を聞きに来てくれた女の子に代金を渡してその場を去った。
そして、モールより美味しいとか言っていたのが聞き間違いじゃないのは、すぐに分かった。
冗談抜きで、近くのクレープ屋なんか目じゃないくらい美味しい。
文化祭のこういう系の出し物って、材料とかが制限されることが多い。だから、言ってしまえばそこまで美味しくないことが多い。
だけど…なんて言ったら良いのかな…。
去年くらいに春奈と食べに行ったクレープ屋より美味しい。
結構有名なチェーン店だった気がするんだけどなあのお店…。
しかも、あのお店より安いし…。
「明日春奈と来ようかな…」
そう密かに思った私は、心のメモ帳にその事を記して、味わってそのクレープを食べた。
おそらく人生で1番美味しかったクレープを完食した私は、その余韻を楽しみながら、予定通り近くの漫画喫茶を目指して歩き出した。
次回のお話は、12月12日の0時に更新します。