第110話 文化祭3日目 第2部
朝10時、私は学校の校門で紅葉ちゃんがくるのを待っていた。
昨日の夜から今日の告白のことを考えていた
けれど、告白を実行するかどうか、未だに迷っているのが現状だった。
なにせ、鈴音先輩が言っていたことには、私も一理あると思っているからだ。
紅葉ちゃんが、恋愛とはどういうものなのか分からないという理由で美月さんを振ったとしたなら、それは私に取っても同じだろう。
だから今日のミッションとしては、紅葉ちゃんにさりげなく昨日のことを聞いて、予想が当たっているか確認するのが1つ。
当たっていた場合、その後をどうするか、昼の14時までに決めること。
無理なら無理で、対策を考えながら今日を過ごすこと。
大まかにこの3つだ。
慎重すぎるかもしれないけれど、失敗するだけで状況がかなり悪くなるのだから、仕方ない。
この間、友達として好きだと言われただけで、恋愛的な好きとは違う。みたいなことをやんわり言われた気もするし、そこのところも不安な要素だ。
「あ〜雫ちゃん〜!おはよぉ〜!」
そんなことを考えていると、向かいの歩道で紅葉ちゃんが手を振っているのが見えた。
なんか…小学生みたいで可愛い…。
しかも、しっかりと美月さんと手を握ってるし…。
やっぱり美月さんも、紅葉ちゃんが手を繋いでいると、余計に幼く見えて可愛いことに気付いてるんだ…。
なんか危ない人みたいだけど…事実なんだもん…。
「おはよ。時間通りね」
「まぁ…私はクレープまだ食べれてないし…」
「皐月ちゃん達がくるまでは、3人で回るんでしょ〜!?はやくいこ〜!」
そう。今日私達が文化祭が始まった瞬間に来た理由は、紅葉ちゃんが少しでも良いから3人で回りたいと言ったからだ。
美月さんがまだクレープを食べれてないとのことだった。だから、あんまり遅いと昨日みたいに行列ができると予想した私が、ならこの時間に集まろうと、昨日凛さんと電話をする前に提案したんだ。
なぜか知らないけど、とんでもない行列が出来るからね…。
今日は昨日の倍くらい並ぶとか、そんなありえそうな冗談は言わないことにする…。
本当に笑えないし…。
とにかく、美月さんだけ紅葉ちゃんの手を握るのは許せないので、私も反対の手を握って紅葉ちゃん達の横を歩く。
なんか…美月さんだけずるいって思うじゃん…。
「あ〜良かった〜。まだあんまり並んでないよ〜」
「まだ始まって数分しか経ってないのに、もう5・6人並んでるのはどうかと思うけどね…」
「たかだか文化祭の出し物でしょ?なんであんな、有名レストランみたいな並び方してるの?」
「そんなこと、私に言われてもね…」
純粋な紅葉ちゃんはともかく、私と美月さんは、目の前に広がっている光景が異常すぎて、少し引いていた。
さっきも言ったけど、まだ文化祭が始まって5分くらいしか経ってない。
しかも、ここはどっちかといえばあんまりお客さんが来ない中庭だ。
それなのに、有名レストランのランチタイムみたいに、数人が並んでいるんだ。
普通の文化祭なのに、こんな光景が広がっていれば、ため息の1つや2つ出るだろう。
まぁ…よく見ると、2人は知ってる顔なんだけども…。
「あ…響さん。昨日はお世話になりました」
「ん?ああ〜昨日凛と一緒に回ってくれた子か。どうも」
「凛のお兄さん!?おはようございます!」
「凛ちゃんの!?は…初めまして!」
「どうも…」
そのうちの1人は、昨日凛さんの暴走を抑えてくれていた、お兄さんの響さんだった。
昨日から思ってたけど、この人はなんだか不思議な雰囲気がある人だ。
凛さんは別として、他人…特に女の子とは、どこか一線を敷いてるような気がする。
なんていうかな…。なんだか、壁を感じるんだよね。
まぁ、昨日初めて顔を合わせたんだし当然といえば当然なのかもしれないけど…。
そしてもう1人は、お兄さんの1つ後ろで待っていた…紅葉ちゃんと仲のいい子だ。
名前は…確か、紅葉ちゃんが春ちゃんって呼んでたっけ…。フルネームは分からない。
「あ〜春ちゃん!?おはよぉ〜!」
「紅葉ちゃん!?おはよぉ〜!」
「どうしたの!?この前、文化祭は参加しないって言ってたのに!」
「ちょっとね〜!昔の友達から呼び出されたの〜!」
その春ちゃんと呼ばれている女の子と話すために、紅葉ちゃんは私たちの手を離して、その子の横に並んでしまった。
なんだか…紅葉ちゃんを取られたみたいで…すごくモヤっとする。
だけど、私はこの人とほとんど関わり合いが無いし、私も一緒に横に並ぶのは…ちょっと気まずい。
仕方なく、おそらく同じ心境の美月さんと、列の最後尾に並ぶ。
そこで、私はいきなり大胆な行動に出た。
本人に、
昨日の告白のことを聞いてみることにしたんだ。
「ねぇ…。昨日紅葉ちゃんに…なにか言った…?」
「なに急に…」
「別に?なんとなく気になっただけ…」
「仮に、私が何か言ったとして、どうするの?」
「結果と、理由が知りたいなって思っただけ。参考までに…」
これは賭けだ。紅葉ちゃんがいない今、美月さんに昨日あったことを聞いて見る。
これの良いところは、たとえ聞き出せなかったとしても、私はそこまで痛手は負わない。
後で紅葉ちゃんに聞けば解決するんだ。
逆に、今ここで聞き出せれば、対策を練る時間と策を考える時間が格段に増える。
つまり、ノーリスクハイリターンってやつだ。
昨日、一緒に回っている時に凛さんが自慢げに、格闘ゲームのコツを語っていた時に言っていた言葉だ。
◇ ◇ ◇
「基本的に格ゲーってのは、リスクが少なくて、決まればリターンが大きい行動を取るのが重要でね〜?そりゃ、その行動ばっかりしてたらダメだけど〜基本の戦術はこれなんだよー?」
「どうしたの急に...」
「相手との読み合いとかも大事なんだけど〜私は基本的に、相手が攻めてきたところを返り討ちにする戦法が好きなのね?なんかこう〜スカッとするじゃん!」
「いやなんで急にそんな事を話し始めたのかを聞いてるんだけど...」
◇ ◇ ◇
急にこんなことを話し始めて、全く何を言ってるのか分からなかったけど…とりあえず、リスクが少なくてリターンが大きいことをしろって言いたいんだろう。
凛さんがなんで私にアドバイスをくれたのかは...全くもって分からないけども。
昨日は、ゲームなんてほとんどしないから分からなかったけど、今のこの状況は…なんだかちょっと面白い。
ラノベで良くある、恋愛ゲームをしているって感じだ。
攻略するヒロインは紅葉ちゃんで、私と美月さんが紅葉ちゃんを取り合う。
これに負けると、自分達の好きな人を取られるという…あまりにもデカすぎる代償がある。
ただその代わり、勝つことが出来たなら…という感じだ。
実際当事者になって見るとわかるけれど、これがかなり頭を使っているという実感があって面白い。
「何が言いたいのかは大体わかった。でも、それを聞いてくるってことは、大体の予想はついてるんじゃ無いの?」
「ふ〜ん?どうしてそう思うの?」
「あなたの性格上、確信がなければ、こんな危険な行動には出ないと思っただけ。実際、多分あなたが予想している答えと同じだと思うわよ。告白する気なら、私は止めないよ」
「…っ!」
全部読まれてるじゃん…。と、自分で自分に突っ込んでしまった。
美月さんと皐月さんなら、間違いなく皐月さんの方が頭が回ると思って油断していたのはあるけれど…美月さんも、ここまで頭が回るとは思ってなかった。
実際、今美月さんが言ってきたことは…大体あっているし、私の性格もピタリと当てている。
ラノベでもそうだけど、なんで恋愛ゲームをする相手って、頭がいい人が多いわけ!?
私…普通に平均的な頭なんだから…平均より少し上の2人が相手なんて…無理に決まってるじゃん!
勝てる自信がこれっぽっちも湧いてこないんだけど!
「まぁ、あなたがどうするつもりなのか、私には分かる。予言しといてあげる。あなたはこの後、体育館での告白祭を見て、自信を失い、今日の告白はしないと落ち着くはずよ」
「へ〜。随分自信満々で言うじゃん。根拠でもあるの?」
「頼れる親友が、一昨日言ってたの。文化祭なんかの勢いを借りて告白しても、良いことなんてないってね。それも、大勢の前で告白するなんてありえないって」
「そう…。当たると良いわね。その予言…」
そこで、紅葉ちゃんが前から歩いてきたので、このどろっどろの話は終わった。
軽い修羅場みたいになったけど…小声だったし、周りには気付かれてないと思う。
だけど実際のところ、私がこの後少し校内を回ったら、体育館に行くつもりなのは当たりだ。
告白祭には興味ないけれど…告白がどんな感じなのか、見て見たいと思う気持ちはあるから。
経験無かったし...勉強はしといて損無いでしょ?
「紅葉ちゃん。もう良いの?」
「うん!ありがと2人にしてくれて!」
『どういたしまして〜』
同時にそう言った私たちは、お互い見つめあって…改めてお互いをけん制した。
ただ、内心私は、目の前で笑っている少女の手強さに…少しだけ震えていた。
***
「あ〜美味しかったね〜!」
「そうね…。心なしか、初日に食べた時より美味しかったような気が…」
「いやいや!美味しかったじゃないでしょ!?文化祭で出して良いレベルじゃなくない!?普通にモールの中に入ってるようなお店のより美味しいってどう言うこと!?」
『そんなこと私達に言われても…』
動揺している美月さんを見て、私と紅葉ちゃんが同時にそう言った。
いや…初めて食べた時、私も同じ反応したけどさ…。
そこらへんのお店よりも美味しくて、そのくせ安いんだから…そりゃ人気出るか…。
でも、あの千夏さんのお母さんって何者なの…。
見た目と服装は完全にギャルなのに…恐ろしく美味しいクレープを作るって…。
それに合わせて、エプロン姿のクラスメイト2人ね。
1人は元気に接客しているけれど、もう1人は照れながらその子の背中に隠れてるし…。
そりゃ、お客さんがほとんど男の人になるわけだよ。
この学校に来る男の人は、全員やばい人しか居ないのか…。
「あ…皐月と凛着いたって…」
「そう。じゃあ私達はこれで」
「…。予言、ちゃんと覚えといてね!」
満面の笑みでそう言った美月さんは、スキップ気味に校門の方に歩いて行って、すぐに背中が見えなくなった。
残された私は、何が何だか分かっていない紅葉ちゃんと手を繋ぎながら、勝ち逃げされたような気分に襲われていた。
次回のお話は、12月3日の0時に更新します。
いつもの3人のお話しが終わった後、鈴音先輩組のお話になります。
その後はなるべく短くまとめて、その他の人達ver.を書くか、後回しにしていた修学旅行のお話を書くかで迷っています。
ご意見があれば貰えると嬉しいです。
葉月ちゃん達の青春と、霧島ちゃんと先輩の百合コンビを書くかもです。
どちらも頑張って1話にまとめる予定ですが、ご要望が無ければ後日サラッとだす形にします。