第108話 文化祭2日目 第3部
体育館から出た私達が向かった先は、いつもの非常階段だった。
後10分か少ししたら、私はどうなってるか想像もしたくないけれど、もう一度覚悟を決める。
今は、この恋は叶わない。
だけど、今後の私の頑張りで、今のこの絶望的な状況はどうにかなるかもしれないんだから、今ここで挫けるわけにはいかない。
優しい紅葉ちゃんは、私のことを振るとしても、そんなにきっぱりとは言わないと思うから…少しだけ気が楽だ。
「あのさ…紅葉ちゃん。どこから話したらいいか--」
「どこからでも良いよ?みっちゃんが急にいなくなっちゃった理由が知りたいんだし!」
「わかった。ちょっと待ってね…」
ここに来るまでに、心の中で何度も深呼吸をしたけれど、もう一度だけ深く深呼吸をする。
全然違うのに、今から高層ビルの屋上から飛び降ります!みたいな心境になってきた。
今すぐ逃げ出したいような…そんな感じ。
震える足をなんとか抑えて、決意を固めて、私はずっと隠してきた気持ちを話して行く。
もう嘘はつかず、全部正直に…。
「紅葉ちゃんが私を助けてくれたあの時ね?本当に、すっごく嬉しかったの。顔も知らない、喋ったことすらない私を助けてくれたのは、紅葉ちゃんだけだったから…」
「うん…」
「それで、その時から、紅葉ちゃんのことが…好きだったの。皐月や凛も好きだけど、そう言う好きじゃなくて…その、分かりやすく言うと、春奈先輩達みたいな好きって言う感情を持ったのね…」
心臓の鼓動が一気に早くなって、今すぐ泣きながら皐月か誰かに慰めて欲しいけれど…。それでも、私の気持ちを伝えられるのは、今この時だけだから…明日緑川さんに告白されちゃうと…もうタイミングが無くなっちゃうから…。
紅葉ちゃんがどんな顔をしているのか、下を向いているから分からないけれど、紅葉ちゃんの顔を見ちゃうとなぜだか泣き出しちゃいそうで…。
だから、告白しているのに、顔を見ていないと言う不思議な光景が、そこにはあった。
「だから、2人で色んなところに行ったあの頃は、本当に楽しかったのね…。だけど、私を庇っちゃったせいで、一時期紅葉ちゃんへのイジメが酷くなっちゃって…。その時、私が離れたら…もしかしたら治るかもって…」
「なんで…!?私は、そんなこと全然大丈夫って!あの時もちゃんと言ってたじゃん!」
「紅葉ちゃんは優しいから…私の前ではそう言ってくれてただけなの…知ってるよ?皐月も同じ中学だったって言ったでしょ?あの子から聞いたの…。紅葉ちゃんが、男子を見る度に、少し震えてるって…」
「いや…それは…あったかも知れないけど…」
「でしょ…。だから、一旦離れて少しでも紅葉ちゃんへのイジメが和らげばって思ったの…。私は守ってもらったのに…私のせいで紅葉ちゃんが酷い目に遭ってるなんて…耐えられなかったの!」
気がつくと、下を向いている私の顔からは、涙がポツリポツリと落ちてきていた。
他にも色々と理由はあるけれど、一番大きな理由は、実際にこれだ。
これは、皐月とも相談して2人で決めた結果だった。
皐月が紅葉ちゃんのことを報告してくれたって言うのは記憶があやふやだから怪しいけど…多分大きくは間違ってないと思う。
だけど、そうは決めても、当時から紅葉ちゃんのことが好きだった私は、紅葉ちゃんがどこの高校に行きそうか予想を立てて、同じ高校を受験した。
付き合ってくれた皐月には、本当に感謝しかない。
結局、離れると決断した後も、ちょくちょく話しかけに行きたい気持ちを我慢していたし…。
好きな人と離れるなんて…当時の私はかなり辛かった。
「でも…じゃあなんで、同じ高校に入ったのに、すぐに言ってくれなかったの!?」
「それは…色々理由があるんだけど…一番大きいのは、私が紅葉ちゃんを好きだったことが大きい…かな。恥ずかしかったのもあるけど…紅葉ちゃんの前から一回離れちゃって…怖かったの…」
「なにが…なにが怖かったの!?」
「私は男の子じゃないし…紅葉ちゃんに拒絶されたらどうしようとか…。忘れられたりしてたら--」
「忘れるわけないじゃん!私にとっては数少ない友達だったのに!忘れるわけ無い!」
実際、初めて紅葉ちゃんの家に行った時は、本当に覚えててくれたのが嬉しかった。
だけど、最初から言っていれば…。
最初から、私が変に恥ずかしがらずに自分のことを話していたら、緑川さんが入る余地がないほど、仲を深めることができたかも知れない。それは、私の自業自得だ。
それに関しては、時を戻すことができない以上、悔やんでも仕方がない。
大事なのはこれからだ。
「うん…。忘れられてないって気付いた時、本当に嬉しかったよ…。何度も言うけど--」
「ねぇみっちゃん…。そろそろ…顔あげてよ…。もう…分かったから」
そう今日一番の優しい声で言ってくれた紅葉ちゃんは、半ば無理やり、私の顔を上げた。
私の顔は涙で凄いことになってるだろうけど、紅葉ちゃんも、少しだけ涙を流してくれていた。
そのことが堪らなく嬉しくて、とても可愛くて…改めて、紅葉ちゃんの可愛さを認識する。
一時的に緑川さんに渡すことになったとしても…絶対、取り戻してみせる…。
「まずね…?私さ…みっちゃん--美月ちゃんのことは1番の友達だと思ってるの…。それこそ、皐月ちゃんや春ちゃんや、雫ちゃんよりもね?私が昔から知ってた友達なんて、美月ちゃんだけだから…」
「ありがと…」
「でも…私、好きってどういうものなのか、あんまりよく分からないから…美月ちゃんの気持ちに、どう答えたら良いか…分からないの…。ごめんなさい…」
「良いの…。私が、紅葉ちゃんのことを好きだって知ってくれていれば…今はそれだけで…」
「分かった…。じゃあ、そう思っとくね…」
これで…本当にいいのかな…。と一瞬思ったけれど、ここで深く踏み込んで墓穴を掘るより、最低限の怪我で済んだ今、撤退するのが賢い気がする。
想定通り…いや、想定以上に良い展開だけど…こんなに感情を表に出したのが久しぶりで…この後の文化祭をどう乗り切ったら良いのか、まるで分からない。
振られる覚悟はしてきていたけれど、その後どうするかなんて考えもして無かったから、この後どうしよう…。
私は…少し時間をもらえたら大丈夫だけど、紅葉ちゃんは…大丈夫かな。
よく分からないって言っていたけど、私と回るのが嫌だっていうなら…皐月に連絡して紅葉ちゃんは合流してもらって、私は帰ることにしようかな…。
そんなこと言われたら、今日一日泣く自信あるけど…。
「この話はおしまいね!で、この後どうするの…?」
「この後…紅葉ちゃんが大丈夫なら…まだ一緒に回りたいけど、無理だっていうなら--」
「なんで?私は全然大丈夫だよ?じゃあほら!行こ!」
さっきとは打って変わって、とびっきりの笑顔で私の手を引いて歩く紅葉ちゃんが、この時はいつも以上に可愛く見えた。
そして、その後体育館近くの射的のお店に行ってみると…凛が襲撃した後だったのか、さっきまで飾られていたゲーム機が無くなっていた。
こんな文化祭の射的でゲーム機を落とせる人材なんて、私は凛以外に知らない。
紅葉ちゃんと笑いあった後、私達もそのお店で少しだけ射的を楽しんだ。
結局自分達のクラスのクレープは食べられなかったけれど、当初想定していたより、楽しい文化祭2日目になった。
次回のお話は11月27日の0時に更新します。
文化祭3日目は、雫ちゃん視点で進みます。
もうすぐ投稿を初めて1年ですよ〜。
少しは成長してると嬉しいのですが...。