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1

 甲斐(かい)君と出会ったのは放課後の教室だった。


 部活もしなければ成績も振るわない私は、とうとう担任からお叱りをくらった。

「とにかく海野(うみの)さん、もう少しなんとかしようよ」

 捨てゼリフと共に私は解放された。


『モウスコシ』

『ナントカシヨウヨ』

 担任の最後の言葉が頭の中でこだまする。

 目頭が熱くなってちょっと視界が霞む。

 もう少し。何か結果を出さないと。

 でも私にはこれで精一杯だった。

 本命校と滑り止めさえ落ちた私が奇跡的に補欠で入れたのは、まさかの目標高校だった。

 家からも遠く、友達もいない。しかも授業はハイレベルでついていくのもしんどい。

 とても部活している暇はない。

 ドロップしないためにひたすら予習復習したが、中間テスト平均は82点、私は68点。

 そうしてとうとう担任にお叱りを受けた。

 ダメだ。

 わかってる。

 デモガンバッテル

 もう、無理。

 暗い気持ちのまま(かばん)を取りに教室に入った私は、何故かそのまま別世界に転移した――――気がした。


 目に入ったのは横一文字の白い模様。


 どこかリズムを感じさせる記号の羅列――――シャーロック・ホームズの『踊る人形』?

 見たことない模様のような白い何かが右から左へ増えていく。

 よく見ると男子だろう背中が黒板に不思議な文字?模様?を書き出していっている。

 呪文でも書くかのように背中は摩訶不思議なオーラさえ漂う。

 本当に呪文みたい。どこかコミカルで不思議な記号。

 そういえば大昔の中国の文字ってこんな感じだったような。

 重厚長大な漢字より軽やかでちょっとコミカルな。

 ボンヤリ眺めていると、描き終わったのか急に背中が振り返った。


 見開かれた黒い瞳。

 ウェーブの掛かった長めの黒髪が頬に揺れる。

 何かの呪文を背景に振り返ったその人は、驚く程美しかった。


 全体的にハッキリした顔立ちは計算しつくされたかのように整っていて、その造形はどこか異国的な華やぎをも(まと)っている。長い睫毛(まつげ)に縁取られた黒目がちの大きな瞳は見開かれているのにどこか謎めく。

 彼方を見つめる熱い視線。

 私は彼の熱を帯びた不思議な瞳に吸い込まれていった。

 形の良い唇が(わず)かに動いた。

 何かを(ささ)やいている?

 それはあまりに(ほの)かで聞こえない。

 なんとか聞き取ろうと耳を澄ますと、(かす)かに風を感じた。


 熱い。大地から沸き上がる湿気を帯びた熱い風。

 遠雷が鳴り響く彼方の地から聞こえるのはどこか懐かしい響き。

「…何?何て言って―――」

 私は思わず声を―――――


「甲斐君!探したよ!」

 担任が教室に駆け込む。

 私は束の間の幻覚から現実に引き戻される。

 熱い風?なんのこと?

 私はボンヤリと辺りを見回す。

 ここは教室。

 目の前には現実離れした麗しい男子が変わらずいた。

 彼は幻覚ではないらしい。

――――甲斐君?

 そういえば入学式からずっと来てないクラスメイトの男子が甲斐という名字だったような。

 担任が『甲斐君』の肩に手を掛けると、それまで私を見つめていた『甲斐君』はビクッと震え担任に視線を移す。

「ああそうかゴメン」

 担任はメモを取りだし何やら書いて『甲斐君』に見せる。

 『甲斐君』はそのメモを読むとチラリと私を見てから担任についていく。

 そうして二人は出ていった。

 残されたのは黒板の奇妙な模様――


 それは全部で10コ横に並んでいる。

 葉っぱみたいな形が4つ。他はアルファベットみたいなような?

「…やっぱり『踊る人形』みたい」

 ならさしずめ私はワトソンか?

『踊る人形』のように見えるのは、少なくとも解読を目的とした暗号に見えるからだと思われ―――

 じっと見つめるとまた心に熱い風を感じるような気がして、幻覚に打ち勝つべく慌てて黒板消しで消そうと。


 パシャリ。


 思わず携帯で撮ってしまった。

 何?なんで??

 急に恥ずかしくなって黒板消しを手に取り白い暗号?を消す。

 そして消してから消すべきでなかったと気付く。

 アレは誰かに見せたかったのでは?

 消したら怒られる?

 手元に目をやると携帯の画面に模様が残る。

――――私と彼しか知らない。

 あの男子と秘密を共有したみたい。

 あの美しい人と。


 ゾワリとする。

 後ろめたい中に心の浮き立つ何かを感じた。

 それが何かわからなくて、私はときめく何かから逃れるように急いで下校したのだった。

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