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噂の極悪魔法使いに会いに行った結果

作者: はねうさぎ
掲載日:2019/01/06

 東の小さな街の片隅、そこに噂の薬屋がある。

店員は男が一人。

無愛想だが、カウンセリングは的確で、とてもよく効く薬をくれる。

ただし値段も超一流。

なぜなら彼がくれるのは魔法使いの薬。

しかし店には魔法使いの姿はなく、彼に尋ねるとニヒルな笑みを浮かべこう答えてくれる。


――彼はそこの森にいるよ

けど会いに行くのはオススメしないな

せっかく元気になったのに

何かあってもしらないよ?――


そこは病を治す『希望』をくれる店。

そこは『死を望む』極悪魔法使いの営む店。

そんな噂の薬屋〈スノードロップ〉に、今日も人々は希望を求めて訪れる。



その青年が余命三ヶ月を宣言されたのが三ヶ月前。

その青年がスノードロップの噂を知ったのは二ヶ月前。

その青年が薬を処方してもらったのは一ヶ月半前。

その青年が医者に信じられないものを見るような目で見られたのが半月前。

そして余命宣告からちょうど三ヶ月。

彼は噂の魔法使いに会うためにその森へと足を踏み入れた。



「……またか」

 人の通った形跡のない獣道を進む青年の耳に、人工的な鈴の音が聞こえた。彼が森に入ってからもう四度目だ。

 まるで警告のようだなと彼は思ったが、引き返す気など更々なかった。元よりもう死んでいるはずだった身だ。それにここで引き返すようなら、最初からこんなところまで来ていない。


 森には地図もなく、あるのは酷い獣道のみ。今進んでいる方向が正しいのかなど知る由もないし、そもそもあの店員が言う魔法使いが本当にこの森にいるのかもわからない。

 ただ青年は自分の直感には自信があった。なんといっても今こうして生きているのだから、これ以上の根拠は必要ないだろう。

 そして青年の信じる通り、今回も彼の直感が正しかったことが証明された。


「ここは……」

 青年の辿って来た獣道が突然終わり、大きな湖のある広場へ出た。その開け具合と明るさから一瞬森の向こう側へ抜けてしまったのかと思ったが、よく周りを確認すると全面を森で囲まれており、ここがまだ森の中だということが伺える。

 しかし彼の期待した魔法使いの姿はない。ここもハズレかと思ったが、小一時間歩き通しだった青年は丁度いいと思い湖の側で少し休憩することにした。


 湖の近くまで来たところで、あることに気がついた。ある一画だけ、植物が規則正しく並んで育っているのだ。さらに青年は、それらの植物が薬効の高い種であることを知っていた。


 青年は期待に逸る気持ちを抑えて辺りを見回した。すると先ほどまで気がつかなかったが、広場の周りを囲む森に一ヶ所、植物が不自然に絡み合っている箇所があるのを見つけた。それはまるで人が通った跡を隠しているようで、当然先ほど青年が通ってきた場所ではない。


「当たったか?」

 絡みあった植物を掻き分けると、そこは人一人が通れるサイズの蔦のトンネルになっていた。

 一歩足を踏み入れると青年の耳に五度目の鈴の音が聞こえたが、彼は躊躇うことなく奥へと進んでいった。



 蔦のトンネルを抜けると、そこは同じ森の中とは思えないような世界が広がっていた。

 例えるならイングリッシュガーデンが近いが、そこに植えられているのは薔薇や季節の植物などではなく、全て薬あるいは毒と成り得る薬草の数々だ。そのため一見美しいのだが、所々にグロテスクな見た目の植物が混ざっており、あまり女性受けは良くなさそうだ。


「ウィルフレッド様に御用ですか?」


 目の前の光景に気をとられていると、突然後ろから話しかけられて青年はひどく驚いた。気をとられていたといっても魔法使いの住む森の中、警戒を怠ったつもりはなかったのだが、背後に立つ人物は気配が全くしなかったのだ。

 青年が振り返ると、そこには先ほど湖の側で見た植物の入った籠を抱えた少女が立っていた。


「ウィルフレッド様っていうのは、スノードロップの魔法使いか?」

 青年が問いかけると、少女は躊躇いがちに頷いた。

「そうか。俺はリーって言うんだ。余命宣告を受けていたんだが、スノードロップの薬に助けられた。会ってお礼がしたいと思ってるんだが」

 青年、リーがそう言うと、少女は最初は嬉しそうに聞いていたが、魔法使いに会いたいと聞いた途端に困ったような顔をした。

「それは良かったです。けれど、ウィルフレッド様に会うことは止めた方がいいかと……スノードロップの店主にも聞いたのでは?」

「確かに聞いた。けどやはり会って直接話をしたいと思った。ところで、あんたは?」

「あ、申し遅れました。ウィルフレッド様の身の回りの世話をしています、フィオナと言います」

 フィオナと名乗ったその少女は、にこりともせず淡々とそう言って頭を下げた。

「フィオナか。あのな、本当のことを言うと俺はその魔法使いに弟子入りしたくてここまで来たんだ」

 リーがそう白状すると、フィオナの顔が強ばった。

「ウィルフレッド様は弟子をとりません」

「頼んでみないとわからないだろ?」

「殺されますよ?」

「元々彼に助けられた命だ。彼に殺されても文句は言わないさ」

 何を言ってもリーが引かないのを見て、フィオナは困り果てている。何とかしてリーを諦めさせる方法はないかと考えているようだったが。

「何を言われても諦める気はねーよ。殺されるかもって分かった上で会いたいって言ってんだ。悪いけど、あんたが諦めてくれ」

 リーが挑発的に笑ってそう言うと、フィオナは深くため息をついた。

「確かにそれ以上に効果的な言葉は思いつきませんね。幸いにも貴方の大切なものも知りませんし」

「おい、大切なものが何だって?」

「あ、お気になさらず」

 フィオナはそう言うと、リーの側を通り過ぎた。

「ウィルフレッド様のところへ案内します。着いてきてください」



 庭にはハーブも数多く植えられているようで、リーには何かはわからなかったがとてもいい香りがした。その香りを嗅いでいると不思議と気分が落ち着いてきたため、リラックス効果のあるハーブなのかもしれない。

 そこを通り抜けると、蔦に覆われた立派な屋敷が立っていた。植物ばかりに気をとられていたが、かなり大きな屋敷だ。

 鍵はかかっていなかったようで、フィオナは扉を開けるとリーに入るように促した。中も立派で、少し古いが隅々まで綺麗に掃除されているようで埃っぽい感じはしない。


「ここで少し待っていてください」

 リーを応接室に案内すると、そう言い残してフィオナは屋敷の奥へ消えていった。

 リーは言われた通り大人しく待っていたが、暫くして奥から微かに声が聞こえてきた。何を言っているかまではわからないが、あまり穏やかではなさそうだ。

「そういえば、身の回りの世話をしていると言っていたな……」

 ふと、リーはフィオナの言葉を思い出した。彼女は自らのことをそう言っていた。身の回りの世話をしているということは、フィオナは魔法使いの召し使いのようなものということだろう。

 そして魔法使いは弟子を望まないとも言っていた。

 もしかすると、リーを連れて来たことでフィオナが責められているのではないだろうか?

 リーは自分が酷い目に合わされようと自業自得なので気にしないが、それに人を巻き込むとなると話は別だ。

 待っていろと言われた手前少し躊躇ったが、また聞こえてきた声に心を決め、その声のする方へ足早に向かった。



 奥に進むにつれ、徐々にその声ははっきりしてきた。どうやら魔法使いは男のようだ。

 何やら喚いている声はその男のものだけで、言い争っているのではなくやはりフィオナが一方的に叱られているのだろう。

 早く助けなければと更に足を早めると、断片的にだが話の内容が聞き取れるようになってきた。男はやはりリーを連れてきたことに対して怒っているらしい。反対だ、無理だなどという言葉が聞こえてくる。


 ようやく二人がいる部屋に辿り着き、フィオナを庇うべく部屋に飛び込もうとしたが、部屋にはご丁寧に鍵が掛けてあり、勢いよく開こうとした扉はドアノブがガチャリと音を立てただけだった。

 しかし中にいる二人にはリーの訪問が伝わったらしい。一瞬の静寂の後、近づいてくる足音がして扉が内側から開かれた。

 扉を開けたのはフィオナだった。


「待っているように、と伝えたはずですが。お手洗いにでも行きたくなったのですか?」

 出会った時と変わらないフィオナの様子に、魔法使いに責められて怯えていると思っていたリーは安心してため息をついた。そんなリーの様子をフィオナは不思議そうに見つめている。

 その奥、フィオナの後ろには先ほどの声の主であろう男が立っていた。その男は背が高く、顔立ちは整っているのだが、こちらを品定めするように見つめる瞳は鋭く、獰猛な野性動物を思わせた。

「貴方がスノードロップの魔法使い、ウィルフレッドか?」

 リーが尋ねると、その男、ウィルフレッドはピクリと片眉をあげた。

「揉めているようだったので、悪いとは思ったが勝手に立ち入らせてもらった。俺がここにいるのも、こうやって強引に押しきったからで、フィオナのせいじゃない。単刀直入に言う。俺をあんたの弟子にしてくれ」

「断る」

 間髪を容れずウィルフレッドが唸るような声で返した。しかしリーにとってはそれは想定内だ。

「ならば召し使いでも構わない。ここに置いてもらえないだろうか?」

「必要ない。フィオナがいれば十分だ。わかったら諦めて帰れ」

 ウィルフレッドは先ほどまでより苛ついている。

「俺は帰る気はない。どうしても追い出したければ俺を殺せ」

「何だと?」

 リーの言葉にウィルフレッドは可笑しな生き物を見るような顔をした。本気かどうか判断しかねているのだろう。

「さっきフィオナにも話したが、俺はあんたの薬がなければとっくに死んでいた身だ。せっかく長らえた命、悔いのないように生きようと思ってここに来たんだ。だからあんたが気に入らないというのなら殺せばいい。あんたが助けた命だ。あんたが終わらせるのなら構わないさ」

 リーの言葉にウィルフレッドはしばし唖然としていたが、リーの本気度は十分に伝わったのだろう。暫く頭を抱えて呻いていたがやがて諦めたようだ。

「……残りたければ好きにしろ。但し弟子にはしない」



「強引にも程がありますね」

 部屋には入るなと言われ、応接室に戻ったリーはフィオナに呆れたようにそう言われた。

「けど一番手っ取り早く伝わっただろ?」

 得意気に言うリーを、フィオナはなにも言わず胡乱げに見つめた。


「これからどうするつもりですか?」

「そうだなぁ、弟子にはしないって言われちまったことだし……とりあえずフィオナの手伝いでもするか」

「私の?」

 フィオナはぱちりと瞬いた。

「そー。あんたはウィルフレッドの身の回りの世話をしてるんだろ? じゃあウィルフレッドに一番近い存在だ。将を射んと欲すれば先ず馬を射よってね。」

「私に馬ほどの価値はありませんよ」

 相変わらずいけしゃあしゃあと言うリーの態度に、初めてフィオナが少し寂しそうに笑った。



「そういえば、フィオナも魔法使いなのか?」

 フィオナはウィルフレッドの身の回りの世話をしていると言っていたが、スノードロップで扱う薬を煎じる手伝いもするらしい。

 先ほど湖の側から採ってきた植物を仕分けるというので、それを手伝いながらリーがフィオナに尋ねた。

「まさか。私はただの人間です」

 フィオナは真剣な顔で正確に植物を仕分けながらおざなりに答えた。

「ならなんでウィルフレッドの付き人なんてやってるんだ?」

「そういう家系だからです。ほら、手が止まってますよ?」

「あ、悪い。なぁ、じゃあウィルフレッドはなんでこんなとこに住んでるんだ?」

「それは……」

 これまでポンポンとテンポよく返っていたフィオナからの返事がピタリと止まった。しかしその手は相変わらず淀みなく作業を続けている。

「それは「そういうことは本人に直接聞いたらどうだ?」」

 突然後ろから聞こえた声にリーは驚いて手に持っていた植物をばらまいてしまった。

 フィオナといい、ウィルフレッドといい、どうしてこうも気配を消すのが上手いのかと悔しく思ったが、せめてものプライドでそれを表に出さずにリーは振り返った。

 ウィルフレッドの表情はやはり不機嫌そうだ。先ほどより不機嫌そうに見えるのは、影でこそこそと自分のことを嗅ぎまわっているように見えたからだろうとリーは思った。

「直接聞いたら教えてくれるのか?」

「教える訳がないだろう」

 ウィルフレッドは当然のようにそう答えて、二人の仕分けた植物を見た。

「ずいぶん早いな」

 そこでフィオナも首を傾げた。

「……そういえば私、何も教えてないですね」

「そりゃあ、このくらい出来ないと弟子にしてくれなんて言わねーよ。()()()()薬や薬草の知識は持ってる。なんせ死にかけたもんでね、いろいろと知識は付いたさ」

 リーが大げさに肩を竦めて冗談っぽく言うと、フィオナが意外そうな顔をした。

「努力してるんですね」

「なぁ、俺のことどういう奴だと思ってるんだ?」

「ノリと勢いで生きている方かと」

 先ほどとは違い即答したフィオナに、リーは堪らず項垂れた。

 そんなリーにウィルフレッドは同情のこもった眼差しを向けた。

「……まぁ、努力するのはいいことだ」

 思いがけず慰められたことにリーは驚いたが、なんだか複雑な気分だった。

「それだけあれば今日の分は十分だろう。フィオナ、それを持ってこい。仕上げだ」

「分かりました。貴方はここで残りの仕分けをお願いできますか?」

「おー、任せとけ」

 少し凹んだままのリーを残して、ウィルフレッドとフィオナはウィルフレッドの部屋へ向かった。



 ウィルフレッドの部屋に入ると、二人は近くにリーの気配がないか慎重に確認した。

「……どうやら今度は着いてきていないみたいですね」

 外の様子を伺っていたフィオナがウィルフレッドに告げると、彼は腹の底からため息を吐いた。

「もうダメもう無理俺には出来ないってぇ……」

 フィオナにすがりつき情けない声を出すウィルフレッドにフィオナは苦笑し、その頭を慰めるように撫でた。

「大丈夫よ、ちゃんと立派なウィルフレッド様だったわ」

「本当?」

「ほんとほんと。だからもうちょっと頑張りましょう?」

 フィオナの優しく諭すような言葉に、ウィルフレッドは渋々ながらも頷いた。

「うー……ルーがもっとちゃんと脅してくれないからこんなことになるんだ」

「いや、あれはどんなに脅しても無理でしょう?」

 フィオナがリーとウィルフレッドのやり取りを思い出して遠い目をしたのに対し、ウィルフレッドも乾いた声で力なく笑った。

「まああまり鋭くはなさそうだし、すぐに諦めて帰ってくれるのを期待するかぁ……期待……出来そうにないなぁ……」

 自分の言葉に絶望して、ウィルフレッドは項垂れた。

「……いつもみたいに、消してしまっても構わないのよ?」

 そんなウィルフレッドを気遣ってフィオナはそう言ったが、ウィルフレッドは彼女がそれを望んでいないことを知っている。

「とりあえず出来るとこまでがんばってみるよ」

 そう言ってウィルフレッドがフィオナを安心させるように笑いかけると、フィオナもどこかほっとした様子で微笑んだ。



 一方、一人部屋に残されたリーはフィオナに頼まれた仕分け作業を黙々とこなしていた。

「よし、これで全部だな」

 最後の一房を籠に入れ終え、リーは大きく伸びをした。気づけば大分長いこと集中していたようで、窓から見える外は夕焼けを通り過ぎ薄暗くなってきている。

 さてこれからどうするかと考えていると、タイミングよくフィオナが部屋に戻ってきた。


「よう、頼まれた分終わったぞ」

「あら、早かったですね」

「弟子にしたくなったろ?」

「それはウィルフレッド様が決めることです」

「ちぇー」

 リーは不満そうにしながらも、否定されなかったことに内心笑みを浮かべた。

 リーには、少なくともフィオナは自分を追い出そうとしていないように見える。


 これまでの二人の様子を見る限り、フィオナとウィルフレッドの関係は良好のようだ。

 だからまずはフィオナを味方につければウィルフレッドの気も変わるかもしれないし、それが無理でもフィオナからウィルフレッドに口添えしてもらうことも出来るかもしれない。

 正に将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、だ。

 もちろんそんな下心だけではなく、一緒に生活するのだから仲良くなりたいというのも本心だ。それにリーはフィオナのはっきりとものを言う性格にはどちらかというと好感を持っている。


「じゃあそのウィルフレッド様に認めてもらうためにも、フィオナの手伝いがんばらねーとな」

 リーがそう言うと、フィオナは戸惑ったような困ったような曖昧な顔をした。



「あ」

「?」

 先ほどの植物について二人で和やかに話していると、突然フィオナが真剣な顔をして話を止めた。そしてその口元に人差し指を立ててリーに静かにするように伝えてきたため、リーも素直に口を閉ざした。

 リーが口を閉ざすと、フィオナは静かに目を閉じてじっと何かを聞こうとしている。

 リーもそれに習い耳を済ませば、聞き覚えのある鈴の音が微かに聞こえてきた。ここにくる道中で聞いたあの音だ。

「鈴の音……」

「森へ人が立ち入った合図です。あぁ、でもこの音は大丈夫」

 フィオナがほっとしたように警戒を解いたが、リーは首を傾げた。

「俺の時と同じに聞こえるんだが」

「そうですね。音、といっても私が確かめているのは音色ではなくその間隔です。規則正しく、淀みなく。この場所を知っている者の鳴らし方だから」

 そう言ってフィオナは客人を迎えるべく玄関に向かった。その足取りは軽く、心なしか嬉しそうだ。

 リーは自分には見せないフィオナのその態度に面白くないと思ったが、なぜ自分がそう感じたかわからずに一人首を傾げた。



 客人はリーも知っている人物だった。

「あれ? ホントに来ちゃったんだ」

「あんたは薬屋の」

「そーそー。僕はルーシャン。スノードロップの魔法使いには会えたかな? リー・エインズワースさん?」

 ルーシャンと名乗ったのはスノードロップでリーに薬を処方してくれた店員だっだ。

 しかしリーが彼に会ったのは薬を処方してもらった時と魔法使いの話を聞いたたった二回だけだったため、彼が一顧客である自分のことをフルネームまではっきりと覚えているとは想定外だった。

「エインズワース?」

 フィオナがピクリとその名前に反応した。

 リーが彼らにファーストネームしか名乗らなかったのは、その名前が一部でとても有名だったからだ。

「そう、有名な薬屋一族の魔法使い。彼はそこの三男だよ。そりゃあ、たった二度しか会ってなくても覚えてるさ」

「なるほど。どうりで仕事が早い訳ですね」


 エインズワースと言う一族は代々薬屋を家業としてきた。

 一族の子供たちは小さな頃から薬について学び、触れて育つ。もちろんリーもそうして育ってきた。

 今日やった植物の仕分けなんてものはリーの家では5歳の子供の仕事であり、今のリーなら考え事をしていたとしても素早く正確に仕分けることができる。

 リーはばつが悪そうに頭を掻いた。

「あー……誤解しないで欲しいんだが、俺がエインズワースを名乗らなかったのは俺が俺個人として弟子にしてほしかったからだ。エインズワースを名乗れば善かれ悪しかれ先入観が入るだろう?」

「確かにそうですね」

 納得したように頷いたフィオナは相変わらずの無表情で、リーにはそこから彼女の感情を読み取ることは出来なかった。

「追い出すか?」

 リーはフィオナに伺うように尋ねた。

 彼女はエインズワースを知っているようだから、いくらリーが個人的に弟子になろうとしていると言っても知識を盗みに来たと思われても仕方がない。

 ましてやリーは素性を隠していた。

 バレなかったのなら問題なかったのだが、バレてしまった今となっては逆に怪しさが増す結果となってしまった。

 こんなことになるならさっさと自分から話しておけばよかったとリーは後悔したが、それに対してフィオナの答えはまたもやリーの予想外のものだった。


「私達は……ウィルフレッド様は仮に貴方がエインズワースとして薬の知識を教えて欲しいと言うのなら、何の躊躇いもなく教えますよ」

「は?」

 リーはフィオナが何を言っているのか理解ができなかった。

「ですから、薬のレシピが知りたければお教えします」

「弟子にはしない、と言っていなかったか?」

「弟子にはしません。ですが薬のレシピを持ち帰って、それをそちらで作るというのならご自由にどうぞ。元より隠すつもりもありませんし」

 リーはいよいよ混乱してきた。

 とりあえず無意識に寄ってしまった眉間のシワを解しつつ、一つずつ質問して頭を整理することにした。

「弟子にしないのは、薬の知識が外に漏れるのが嫌なのだと思っていたんだが」

「そうではありません。そうではなく、外の人間との関わりが出来るのが嫌なんです」

 フィオナの言葉にリーは少し考えて尋ねた。

「薬のレシピを教わっても、レシピだけじゃ作れないだろう? ある程度は教えてもらわなければ。それはもう立派な師弟だと思うんだが」

「貴方の言う通り、きちんと作れるようになるまで作り方はお教えします。ただし、その場合こちらの条件をのんでもらうことになります」

「条件?」

「難しいことではありません。二度とここに関わらない、というより、関われないように呪い(まじない)をかけさせてもらいます」

「何だって?」

「あ、呪いといっても、ここに関われない以外は全くの無害なのでご心配なく」

 淡々とそう告げるフィオナに、リーは大きく溜め息をついた。

 リーは自分と彼らの間で、彼の望んでいるものの認識が大きく食い違っていることにここで漸く気がついた。

 そもそも、リーは彼らに弟子にしてくれ、としか言っていない。食い違うのも当たり前だ。

 一方フィオナは何故リーがそんな反応を見せたか分からずに戸惑っている。


「確かに俺はウィルフレッドの弟子になりたいと言った。けどそれは単に薬の知識に興味があったんじゃない。スノードロップの魔法使いそのものに興味があったんだ」

「ウィルフレッド様に?」

 リーは頷いた。

「エインズワースは有名な薬屋の一族だ。それ故に医療にも広く精通している。病を患ったときも、俺は一族の人間に相談すれば何とかなると思っていた」

 フィオナは静かに話を聞いている。

「しかし実際は誰にも治せなかった。絶望した。けど、世の中にはどうしようもないこともあるんだと納得したフリをしていた。そんな中、一族の中でも特に知識が豊富なある男がスノードロップの噂を教えてくれた。正直、最初は全く期待してなかったんだ」

 フィオナは相変わらず真っ直ぐにリーを見て話を聞いていて、その表情からは真剣さ以外に彼女の感情を読み取ることはできなかった。

「けど」

「たった一ヶ月だ。有名な一族の誰にも治せなかった病を、ほとんど誰にも知られていないような薬屋が治しちまいやがった。信じられなかったし、悔しかった。けど、それ以上に興味が湧いた」

「それは、良い意味で……ですか?」

 フィオナは不思議そうに首を傾げた。

「当然! 何故かほとんど知られていない店にも、そんな凄い薬を作る腕にも、人を救う薬を売りながら人を殺すと噂されているその人にも、全部に興味が湧いた。だから俺は薬の知識が欲しい訳じゃない。ウィルフレッドという魔法使いのことが知りたいんだ」

 リーが子供のように目を輝かせて語る姿を、フィオナは何か考えるようにじっと見つめている。

 やがて一言わかりました、とポツリと呟いた。その様子はリーとは正反対に、どこか悲しそうだった。


「興味本位で近づいたなんて、まるで珍獣扱いだな。失礼にも程がある」

「まぁお前は珍獣のようなもんだろ?」

 突然の声に驚いてリーが振り向くと、いつの間にか居なくなっていたルーシャンとウィルフレッドがそこに立っていた。

 どうやらリーとフィオナが話している間に、ルーシャンがウィルフレッドを呼んで来たようだ。


「気を悪くしたのなら謝る。別にそういうつもりで言った訳じゃなくて、単に仲良くなりたいと思ったって意味だったんだが……俺はどうも思ったことを素直に口にし過ぎるようで、あまり人間関係は得意じゃないんだ」

「確かにそんな感じですね」

「あんたも大概だがな」

 リーが困ったようにそう告げると、フィオナが納得したように頷いたので、リーは今の状況も忘れて思わず突っ込んだ。

 それに対しフィオナは自覚がないようで、そうでしょうか? と首を傾げている。

「……気が変わった。やっぱりお前はここを出て行け。今すぐにだ」

「ウィルフレッド様?」

 リーは確かに失礼なことを言ってしまったとは思ったが、そこまで気を悪くするとは思わなかったため、突然の通告に何と言っていいか分からなかった。

 フィオナもウィルフレッドの態度の変化に、怪訝そうに声をかけた。


 ピリピリとした場の空気を破ったのは、一人ウィルフレッドの態度の意味がわかっているらしいルーシャンの笑い声だった。

 その声にリーは驚き、フィオナはキョトンとし、ウィルフレッドは不機嫌そうにルーシャンを睨みつけた。

「ウィル、流石にそれはいけないな。フィオナも戸惑っているじゃないか」

「黙れ。そもそも俺は最初からこいつに出て行けと言ってるんだ。それに元はと言えばこの事態はお前の責任だろ? さっさと薬と一緒にそいつも連れて帰ってくれ」

「何でだよ? 僕はただそこの彼に魔法使いの所在を聞かれたから教えただけだし、ちゃんと警告もした。ほら、僕に責任なんてないだろ?」

「警告の仕方が甘いんだ。だからしょっちゅう下世話な来客があるんだろ」

 二人のやりとりにフィオナはオロオロとしているが、リーには仲の良い友人同士のじゃれあいにしか見えなかった。

 先ほどまでの険悪な様子はもう無く、リーは密かにルーシャンに感謝した。


「フィオナはどうしたい?」

「どう?」

「そう」

 ルーシャンはにこりと笑って指を折りながらフィオナに尋ねた。

「エインズワースを追い出したいか、それとも一緒に過ごしたいか」

「ルーシャン!」

 ウィルフレッドが咎めるように彼の名を呼んだが、ルーシャンは気にも留めていない。

「あ、ウィルフレッドのしたいようにってのは無しだからね? 僕はフィオナの気持ちを聞いてるんだから」

 それを聞いて、ウィルフレッドはぐっと押し黙った。

「私は……」

 フィオナはそこで言葉を切り、ウィルフレッドを見て、リーを見て、口を開きかけては閉じてを繰り返した。

 ルーシャンはしばらくその様子を見守っていたが、やがて仕方がないなと言う風に笑って口を開いた。

「ちなみに僕は、そこの彼に残ってもらった方が都合がいいんだけど。どうやら彼がここにいるのは僕のせいらしいから、それが不都合じゃなくなったら僕に罪はなくなるからね」

「自分の為かよ」

「当たり前じゃないか、僕は君に何の思い入れもないんだから。大体エインズワース、君もここに残りたいんだろ?」

「当然!」

「だったら理由なんてどうだっていいじゃない。僕は君が残ることに賛成。ほら、利害は一致しただろ?」

 リーはルーシャンの言葉にとりあえず頷いたが、まるでペテン師に騙されているような気分だった。


「フィオナ」

 やはり困った顔で応とも否とも言わないフィオナに、ウィルフレッドが声をかけた。

「俺のさっきの言葉は今は忘れていい」

 フィオナは黙って頷いた。

「フィオナは、あの男に残って欲しいのか?」

 三人の視線が集まる中、フィオナは少し考えた後、躊躇いがちに小さく頷いた。

 それを見てリーは嬉しくなったが、同時にウィルフレッドの反応が気になり彼の方を見ると目を丸くした。

 ウィルフレッドが今にも泣きそうな情けない顔でフィオナを見ていたのだ。

 リーは自分の見たものが信じられずに思わず目を擦り、もう一度ウィルフレッドの方を見た。

 すると彼はいつも通り不機嫌な顔をしていたため、リーはいよいよ先ほど見たものが現実だったのか分からなくなった。

「ルーシャン、ちょっと顔貸せ」

「はいはい」

 そういってウィルフレッドとルーシャンは再び屋敷の中に入っていき、リーとフィオナはそれぞれに考え事で頭がいっぱいで、暫くその場に立ち尽くしていた。



「何でアイツを残すわけ?」

 自室に入るなり、ウィルフレッドは不機嫌そうにルーシャンに訊ねた。

「アイツにバレたらどうすんの? エインズワースだよ? つまり魔法使いだ」

 ウィルフレッドはイライラと意味もなく部屋を行ったり来たりしているが、ルーシャンはそんな彼を呆れたように見つめている。

「フィオナの為に決まってるだろ?」

 ルーシャンの一言に、ウィルフレッドはピタリと動きを止めた。

「フィオナは決して言わないが、本当はヒトが好きで、とても寂しがりだ。ウィルもよく分かっているだろう?」

 断定的にそう言われて、ウィルフレッドは納得行かないというような眼でルーシャンを見た。

「俺がいるじゃないか。フィオナが望むなら、俺は片時も離れずフィオナの側にいるよ」

 ウィルフレッドの言葉に、ルーシャンは首を横に振った。

「それをフィオナが望まないことも、ウィルには分かってるんだろ? 仮に望んでいたとしても口にはしない。もし口にしたら、お前が自分の意思とは関係なく、必ず実行することがわかっているから」

「フィオナが望むなら、俺は自分の意思でそうするよ!」

「わかってるよ、僕はね。けどそれが百パーセントウィルの意思だったとしても、ウィルの立場を考えるとフィオナは信じきることができないんだよ」

 ルーシャンの言いたいことは、フィオナのことをよく知るウィルフレッドも痛いくらいにわかっていたが、自分ではどうすることもできないとはっきりと言われたような気がして、ウィルフレッドは怒ったような、傷ついたような複雑な表情でルーシャンを見つめたまま黙りこんだ。


「そこで、エインズワースだ」

 落ち込んでいたウィルフレッドだが、突然聞きたくもない名前を耳にして眉間に思いっきりシワを寄せた。

「まあ聞きなよ。フィオナはお前や僕の言うことは、立場上信じきることはできない。但し、エインズワースは別だ。彼は全くの他人だし、何よりこちらの事情を何も知らない。つまり、フィオナと対等な立場の存在だ。それってとっても都合がいいと思わないか?」

 ルーシャンの言葉を聞いて、ウィルフレッドは先程までとは違い迷うような表情を見せた。

「それにエインズワースは確かに魔法使いだが、上流でも何でもない。仮にバレたとしても、大した問題にはならないさ」

 ウィルフレッドの表情を見て、ルーシャンが更に畳み掛ける。

「もしかしたら他人の彼が間に入ることで、どんなに僕らがフィオナを大切に思っているかもちゃんと伝えることができるかもしれない」

 まあそれは大分飛躍した上、かなり楽観的な推測であるとルーシャンは思っているのだが、敢えて口にはしない。

 案の定、ウィルフレッドはリーを残すこともそれなりに価値があるかもしれないと思い始めたようだ。


「それに、フィオナはエインズワースのことを結構気に入ってるみたいだったし」

「そこが一番気に入らないんだ!」

「そこかよ」

 ルーシャンは一気に脱力した。

 ウィルフレッドもルーシャンもフィオナの幸せを願う気持ちは同じだ。

 そのためルーシャンはリーが魔法使いだとしても、最終的にはフィオナが望んでいるのだから、と言えばウィルフレッドも納得するかと思ったのだが。

 どうやら最初に何だかんだ言っていたのは建前で、本音は単にフィオナがリーを気に入っていることが気に食わないだけのようだ。更にリーの方もフィオナを気に入ってるように見え、割りと仲が良さそうなのがまた気に食わないのだろう。単なる嫉妬だ。

「心の狭い男は嫌われるぞ?」

「煩い」

 ウィルフレッドは拗ねてそっぽを向いたが、その後渋々ながらエインズワースの滞在を許可した。



 リーが正式にウィルフレッドの家で暮らす許可を貰って一週間が経った。

 但しやはり弟子にしてくれる気は無いようで、リーは変わらずフィオナの手伝いをして日々を過ごしている。

 変わったことと言えば、ウィルフレッドの態度だ。彼がリーの滞在を許可してから、ほとんど離れずフィオナとリーの側にいる。

 しかしこちらの様子を伺っているだけで、特に会話に入ってきたり仕事を教えてくれるわけではないため、リーはまるで監視されているようだと思った。


「なぁ、どうしたらウィルフレッドは俺のことを信用してくれると思う?」

「信用、ですか?」

ウィルフレッドが側を離れたスキに、リーはフィオナに尋ねた。

 以前の反省も踏まえてリーはまずウィルフレッド本人に聞いてみたのだが、ウィルフレッドからは別に信用していない訳ではない、という何とも煮え切らない返事が返ってきた。

「ちゃんと信用していらっしゃると思いますよ? ウィルフレッド様は信用のできない者に滞在の許可など出しません」

「まぁ確かにそうなんだが、どうにも監視されているように感じてな」

 リーもフィオナの言い分は最もだと思うが、ならばウィルフレッドのあの態度の意図は何なのか?

 それに関してはフィオナにもわからないようで、考えるように顎に手を添えた。

「貴方が何か気に障るようなことをしたのでは?」

 フィオナの出した答えは大変失礼なものであったが、残念なことにリーもその可能性が一番高そうだと思っている。

「……作業に戻るか」

「そうですね」

 これ以上考えてもろくな答えは出ないため、リーはこの問題を一旦先送りにしようと決めた。時間は十分にあるのだ。



「あら、ホントに居たわ」

 しばらく作業に集中していると、突然至近距離で聞き覚えの無い女性の声がして、リーは慌てて声のする方を見た。

 そこに居たのは、近づけば気づかないはずがないくらいに華やかなオーラを纏った女性で、リーはまるで彼女が突然そこに現れたように感じた。

「アニー、現れるのはせめて庭にしてっていつも言ってるでしょう?」

「別にいいじゃない、フィオナと私の仲でしょう?」

 フィオナがその女性に呆れたように言った。どうやらリーの想像ではなく、本当にその女性はその場に突然現れたようだ。

 フィオナにアニーと呼ばれたその女性はにこりと上品に笑ったが、その仕草とは裏腹にフィオナの頼みなど全く聞き入れる気は無いようだった。

「全く。貴女は百万歩譲っていいとしても、貴女がいるってことは確実にあの馬鹿な男が一緒でしょう?」

 フィオナが眉間に思いっきりシワを寄せてそう言うと、今度こそリーは、何もないところからパンッと音を立てて男が突然現れるのを見た。

「相変わらず失礼な女だな!」

「お褒めに預かり恐悦至極ですわ、ロドニー様」

 フィオナはフンと鼻を鳴らして氷のような目で男を一瞥した後、固まる男を無視して再びアニーと呼んだ女性に向き直った。

「それより、何の用? ホントに居たって、何で貴女がリーのことを知ってるのかしら?」

「あら、フィオナにしては間抜けな質問ね? うちの妖精ネットワークを舐めてもらっちゃ困るわ」

 フフンと得意気に言った女性が、ふいにリーの方を向いて口を開いた。

「貴方がリー・エインズワースね。初めまして、私はアニータ・ホークヤードよ。そしてそこの馬鹿扱いされて固まってるのが兄のロドニー」

「ホークヤード? まさかあのホークヤードか?」

 リーの質問に、アニータはにこりと笑うことで肯定した。


 魔法使いの中には、三大名家と呼ばれる歴史と魔力と権力が特に秀でた有名な三つの一族がある。

 自然魔法のヴィンベリー、錬成魔法のキャヴェンディッシュ、そしてもう一つが妖精魔法のホークヤードだ。


「はー、驚いた。まさか俺の人生でそんな有名人に会えるなんて思わなかったわ」

 そこでふと、リーはあることに気がついた。

「そういえばウィルフレッドのファミリーネームって何なんだ? ホークヤードと知り合いってことはまさかヴィンベリーかキャヴェンディッシュか?」

 リーの質問に、フィオナは違いますよ、と答えた。

「貴方、本当に何も知らないのね。もう一週間もここにいるんでしょう?」

 アニータは単に思ったことを口にしただけで悪気があるわけではないのだろうが、リーは自分が全くこの家に馴染めていないと言われたような気がして少しムッとした。

「元々あまり歓迎されてない身なんでね。普通に話をしてくれるのなんてフィオナくらいのもんさ」

 リーが半ば自棄になりながらそう言うと、アニータはぱちりと瞬いた後、何が可笑しかったのかクスクスと笑いだしたため、リーの機嫌は更に下降した。

「貴方面白いわね。私は別にフィオナと話ができればそれで十分だと思うのだけれど?」

「俺はスノードロップの魔法使いのことが知りたくてここにいるんだから、やっぱりウィルフレッドとも話がしたいんだよ」

 リーがムッとした表情を隠しもせずにそう言うと、アニータは何が不満なのかわからないといった顔をした。

「それだって、フィオナに聞けば教えてくれるでしょう? それに、フィオナと普通に話せるなんて、十分凄いことだと思うわよ? 兄なんてまともに会話すらしてもらえないんだから」

アニータが笑いながらそう言うと、それを聞いてようやく復活したらしいロドニーが大仰に頷いて同意した。

「全く酷い話だと思わないかい? エインズワース、君もさっきのアイツの態度を見ただろう?」

「お、おう」

 突然話しかけられて、リーは辛うじて相槌を打った。

「まぁ兄の場合は全面的に兄が悪いのだけど」

「どこがだ! ブラッドは俺の敵なんだから、ヤツが悪いのは当たり前だろう!?」

「それ以上兄様を侮辱してみなさい? 毒草の肥やしにするわよ?」

「いくら実の兄でもそればっかりは肯定できないわね。兄さんがブラッド様と対等なわけないでしょう?」

 ロドニーの主張は女性二人の逆鱗に触れたらしく、言葉にするのも憚られるような罵詈雑言と、ほんの少しの精神的、肉体的攻撃により、気づけばあっという間に綺麗な土下座をさせられていた。


「フィオナって意外と強いんだな」

 一連の流れを見ていたリーが感心したようにそう言ったのを聞いて、ホークヤード兄妹は思わず心の中でいや、もっと他にあるだろ、と突っ込みを入れた。

「私は弱いですよ。そこの虫以下が弱すぎるだけです」

 対してフィオナは特に何も感じなかったらしく、淡々と返事をした。

「そうか? 結構迫力あったと思うぞ?」

「そうでしょうか? あの屑以外に怒ることもないので、これまで比較しようがなかったんですが」


「……似た者同士ね」

「ってか合間合間で俺を侮辱するなよ、泣くぞ。エインズワースも否定しろよ」

 二人の会話を横で聞いていたホークヤード兄妹は各々にそう溢した。


「そういや、兄貴がいるんだな」

 先程の会話でフィオナが兄様と言っていたのを思い出してリーが尋ねると、フィオナはぴくりと反応し、一瞬固まった。

「私に兄はいません」

 無表情にそう言うフィオナに、リーは怪訝な顔をした。

「は? だってさっき兄様って言ってたじゃねーか」

「遠い昔の話です。今の私には兄はいません」

 フィオナの返事に、リーはしまったと思った。フィオナの態度からして、もしかしたらフィオナの兄はもう生きていないと思ってしまったからだ。

 淡々とそう告げたフィオナに、アニータが困ったような顔をしてフィオナを後ろから抱きしめた。

「そんなこと言わないの。ブラッド様が悲しむでしょう?」

「そんなこと……」

「あるから言ってるの! もう! ちょっとは美人な友人の言葉も信じなさい?」

「ふふ、美人は余計ね」


 いい感じに話が纏まったようだが、どういうことだろうか?

 リーの最悪な想像はどうやら勘違いだったようでその点はほっとしたのだが、やはり何か複雑な事情があるようだ。

 そのため一人話についていけず、リーはいつかと同じようにモヤモヤしていた。

 ロドニーも会話にこそ入っていないが、少し離れた位置で愛おしそうにフィオナのことを眺めており、それを見てリーのモヤモヤに更にイライラが追加された。

 恐らくロドニーに聞けば教えてくれるのだろうが、何故かリーはそれだけはしたくなかった。


「この子、ちょっと変わってるでしょう? まあそこが間抜けで可愛いんだけど」

「喧嘩なら買うわよ?」

「やーねぇ、ちょっとした挨拶じゃない。それより、ここに来る途中でまた不穏な連中が彷徨いてたわよ?」

 結局フィオナの兄の話は有耶無耶のままに次の話題になってしまった。

 リーは非常に気になったが、今更聞き返すことも出来ない。

 そのままフィオナとアニータが話しはじめてしまったため、リーは作業の途中だったことを思い出し、モヤモヤした気分を抱えたまま作業に戻った。

 先程からずっとロドニーの何か言いたげな視線を感じているが、話をする気分でもないため気づかないふりをして放っておく。

 ただアニータの言う不穏な連中というのが気になるため、作業はしつつ耳だけは二人の会話を聞いていた。



「フィオナ、来たぞ!」

 突然ウィルフレッドが現れたと思うと、慌てた様子でフィオナの腕を掴み引き寄せた。

 リーは突然の出来事に驚いたが、アニータとロドニーはすぐに理解したらしく警戒体制をとった。

 ウィルフレッドはフィオナを抱きしめたまま中空を見つめ、威嚇するように低く唸った。


「あ」

 時間にして僅か数十秒。部屋に充満したピリピリした空気を破ったのは、ウィルフレッドの腕の中にいたフィオナの何とも気の抜けた声だった。

 それとは対照的にウィルフレッドが焦った声を上げたが、それより早くフィオナの体が一瞬で掻き消えてしまった。

「クソ野郎!」

 ウィルフレッドは盛大に舌打ちをして屋敷の外に飛び出して行ったので、リーも慌てて後に続いた。



「げ、もう来やがった」

 屋敷の外に出ると、二人の男がフィオナを拘束し、まさに今逃げようとしているところだった。

 リーは恐らくアニータが言っていた不穏な連中だろうと当たりをつけ、さてどうするかと考えた。

 フィオナを人質に取られているのだから、下手な動きは出来ないだろう。


「あの、離した方が身のためですよ?」

 リーが次の一手を考えていると、どこまでもいつも通りのフィオナの声が耳に飛び込んできて、一瞬思考が停止した。

 そして気づいたときには男達は地面に半分めり込むようにして倒れており、拘束されていたはずのフィオナは再びウィルフレッドに強く抱きしめられていた。

 あまりの速さに魔法を使ったのかと錯覚しそうになったが、何のことはない、単にウィルフレッドがものすごいスピードで男達に近づき、そのままのスピードと凄まじい威力で彼らを地面に叩きつけたのだ。

 その時ふとリーの頭にスノードロップの魔法使いの噂が過った。

 『死を望む』という噂は、ウィルフレッドのこの圧倒的な強さのことを言っているのだろうか?


「ひゅー、さっすがウィルフレッド様! お強いですねー」

「帰れ」

 アニータがウィルフレッドにそう言うと、ウィルフレッドは眉間にシワを寄せて厭そうな顔をした。

「あら、そんなこと言うんですか?」

 アニータがにまりと笑ってそう尋ねると、ウィルフレッドはばつが悪そうに視線を反らした。

「なーんて、冗談よ。それより、この男たち見覚えがあるわ。うちの屋敷に出入りしてたはずよ。迷惑をかけてしまったみたいでごめんなさい」

「ホークヤードの屋敷に?」

 アニータの言葉に、ウィルフレッドが怪訝な顔をした。

「ええ。先日屋敷を増築するのに業者を呼んだのよ。その中にいたと思うわ」

 アニータの返事に、ウィルフレッドは成る程と何かに納得したようだ。

「それにしても、よく業者の顔なんて覚えてたな」

「流石に全員は覚えてないけれどね。ほら、彼ら見た目はなかなか良い男でしょう?」

「貴女、相変わらずね」

 楽しそうにクスクスと笑うアニータに、フィオナは呆れた顔をした。


「さてと、じゃあ私たちはこの男共を連れて帰るわね。処分はこっちでしていいのかしら?」

「ああ、消しておいてくれ」

「りょーかい」

 突然聞こえた物騒な話にリーはギョッとしたが、それに対しアニータは軽く返事をして了承し、フィオナとロドニーも特に気にする様子もなかった。

「じゃあフィオナ、今度はゆっくりお茶しにくるわね」

「貴女一人なら歓迎するわ」

 フィオナの返事に困ったように笑って、アニータは男達を抱えたロドニーと共に、来たときと同様パンッと音を立ててあっという間に消えて行った。


「なぁ、消すって……」

 リーが神妙な顔でアニータ達の消えた場所を見つめたまま問いかけると、ウィルフレッドは何でもないことのように、そのままの意味だ、と答えた。

「それよりフィオナ、俺はちょっと用事ができたから出かけてくる。夜までには帰るから、それまでは屋敷の中に居て、絶対に誰も中にいれるな。いいな?」

「わかりました。お気をつけて」

 ウィルフレッドの言葉に、フィオナは一瞬少し驚いた後、いつも通り淡々と返事をした。

 一見何でもないようなやり取りだったが、これまで短い間だが一緒に過ごしたリーにはフィオナがどこか寂しそうに見えたので、気づけば勝手に口が動いていた。

「じゃあフィオナはウィルフレッドが帰って来るまで暇だよな? フィオナはいつも忙しそうだし、たまには俺とのんびりお喋りでもして待ってようぜ」

「……用事が済んだら即帰ってくる」

 寂しそうな顔を消したくて思わず言った言葉は、どうやらウィルフレッドのお気に召さなかったらしい。

 とても不機嫌そうにそう告げてあっという間に出ていったのを見て、リーはまたウィルフレッドとの距離が離れてしまったと少し落ち込んだが、フィオナの顔からは先程までの寂しそうな表情が消えていたので、まぁいいか、と少し幸せな気持ちになった。



「ルー、ブラッドフォードのところに行こう」

 突然ウィルフレッドが勢いよくスノードロップに飛び込んできて開口一番そんなことを言うものだから、ルーシャンは思わず目を丸くした。

「どうしたの? お前がフィオナを置いてここに来るだけでも珍しいのに、ブラッドに会いたいなんて」

 それら全ての行動があまりにウィルフレッドらしくなくて、ルーシャンはもしや偽物かと疑ってしまったが、ウィルフレッドの次の言葉で納得した。

「キャヴェンデッシュのヤツが来た」

「確かか?」

「俺が奴らの匂いを間違える訳がないだろ?」

 それを聞いてルーシャンは手早く店を閉めると、ウィルフレッドと共に目的の場所へ向かった。



「そうか、ホークヤードって可能性もあるのか」

「え?」

 リーとフィオナはウィルフレッドが出て行った後、庭のハーブを使ってハーブティーを入れ、宣言通りのんびりとティータイムを楽しんでいた。

「ウィルフレッドのファミリーネームの話。アニータとロドニーがホークヤードって言ったからついそれ以外で考えちまったけど、身内って可能性もあるんだよな」

 リーが一人納得したようにそう言ったのに対し、そういえばそうですね、とフィオナも同意を示した。

「けど残念ながらホークヤードでもありませんよ」

 同意から一転、フィオナにあっさり否定されて、リーは項垂れた。

「違ったかー。妖精の加護が宿った薬は特別強力だって話だから、結構可能性高いと思ったんだが」

「流石エインズワースだけあって薬には詳しいんですね。と、いうか本人に聞けばいいじゃないですか」

「教えてくれる気がしない」

 フィオナの提案をバッサリと否定すれば、フィオナも確かにその通りだと思ったらしく、何でそんなに仲が悪いんですかね? と不思議そうに言った。そんなのリーが聞きたいくらいだ。


「あ、そういえばフィオナのファミリーネームも聞いてないな。何ていうんだ?」

 リーが気がついて尋ねると、フィオナは一瞬言葉に詰まった。

「……私にファミリーネームはありません」

「は? 無いことはないだろ?」

「いえ、無いんです。私は家を捨てましたから……違いますね、私が、捨てられましたから」

「え」

 フィオナが目を伏せて悲しげに告げた言葉に、リーは驚いて目を見開いた。

 とにかく何か声を掛けなければ、とリーが口を開こうとした時、それより早く第三者の声が割って入ってきた。



「ただいま、ブラッド。お客さんだよ」

「帰れ」

 ルーシャンにブラッドと呼ばれたその男、ブラッドフォードは、ウィルフレッドの顔を見るなり一言そう言って背を向けた。

「話くらい聞いたらどうだ?」

 そんなブラッドフォードの態度に青筋を浮かべながら、何とか殴りかからないように冷静になれと自分に言い聞かせてウィルフレッドが尋ねた。

「お前はフィオナと一緒にこの家を出て行った筈だろう? よくのこのこと顔を出せたものだな。話すことなどないからさっさとフィオナの元へ帰れ。ルーシャン、何故こいつを連れて来たんだ? お前は馬鹿ではないと思っていたんだが」

「俺だって好き好んでフィオナを捨てたこんな家に来ねーよ! フィオナの元にキャヴェンデッシュの奴らが来た! この家のいざこざにフィオナを巻き込むんじゃねーよ!」

 ウィルフレッドの言葉に先程まで鬱陶しそうにしていたブラッドフォードがピクリと反応した。

「キャヴェンデッシュだと?」

「あ、あぁ、そうだよ」

 そして禍々しいオーラを纏いながら尋ねてくるブラッドフォードの様子に怯えながらも、それを悟られまいとウィルフレッドが気丈に肯定の返事を返した。

 すると更にそのオーラが膨れ上がったため、すでにウィルフレッドは半泣きだ。

「あのクソ野郎、何考えてやがる……これじゃあフィオナをヴィンベリーから引き離した意味がないじゃねーか」

「え?」

 ブラッドフォードの言葉に違和感を覚えて思わずウィルフレッドは聞き返したが、ブラッドフォードは怒りでウィルフレッドの声など聞こえていないようだ。

「それで、そいつらはどうした?」

「ちょ、ちょうどホークヤードの兄妹が来てて、そいつらが処分しました」

 少し冷静になったようだがまだ怒りの収まらない様子のブラッドフォードに話しかけられ、ウィルフレッドは自然と敬語になった。

「あ? ロドニーまで来た? まぁ奴はどうでもいい。それでお前がここに飛んで来たのはまぁいい判断だが、お前が此処にいるってことは今フィオナは屋敷に一人か?」

「いいや、エインズワースの三男クンと一緒だよ」

 ルーシャンがさらりと告げた新たな人物の登場に、またブラッドフォードから別の不穏な空気を感じとり、ウィルフレッドは今すぐフィオナの元に帰りたいと本気で願った。

 その思いが通じたのかは定かではないが、ブラッドフォードが地を這うような低い声で二人に言った。

「フィオナのところに行くぞ」



「なんだ。じゃあ僕は何の遠慮もなく君を僕のものにできる訳だ」

 リーとフィオナの二人しかいなかった部屋の中に突如響いた男の声に、二人は勢いよく声の聞こえた方を振り返った。

 見ると部屋の入り口に、いつのまに入って来たのか、男が一人立っていた。

「やぁ、フィオナ・ヴィンベリー。いや、君の話からするともうヴィンベリーじゃないのかな?」

 リーはその男の言葉に驚いてフィオナを見たが、フィオナは男に気をとられてリーの様子など目に入っていなかった。

「貴方、どうやって……」

「どうって……? ああ、結界のこと? あんなのうちの魔法で楽勝だったよ」

 そう言ってまるでチェシャ猫のように楽しそうに笑う男に、フィオナは一層警戒を強めた。

 リーは男とフィオナの会話がほとんど理解出来なかったが、その男が少なくとも歓迎すべき相手ではないことだけはわかった。

「貴方は誰ですか?」

「あー、やっぱり覚えてないかぁ。小さい時に何度か会ってるんだけどな。僕はアルヴィンだよ。アルヴィン・キャヴェンデッシュ」

「キャヴェンデッシュ……」

 フィオナはそう呟くと、顎に手を当てて懸命に記憶を辿った。

「それで? そのキャヴェンデッシュが何の用だ?」

 黙りこんでしまったフィオナの代わりに、リーがアルヴィンに向かって尋ねた。

 するとアルヴィンはスッと目を細め、先程の楽しそうな表情から一変、心底不快そうな顔でリーを見た。

「君、気に入らないなぁ。何で僕のフィオナと一緒に住んでるわけ?」

「待ってください。僕のってどういう意味ですか?」

 聞き捨てならない言葉に反射的にフィオナが問いかけると、再びアルヴィンは嬉しそうな顔でフィオナの方を向いた。

「どういう意味ってそのままの意味だよ? 君を僕のお嫁さんにしようと思って」

「は!?」

 フィオナより先にリーの驚いた声が響いて、フィオナは声を上げるタイミングを逃してしまい、ただ呆然とアルヴィンを凝視した。

「君は特別強い力を持った魔法使いだ。それに頭もいいし度胸もある。キャヴェンデッシュの次期当主の嫁に申し分ない女性だ」

 アルヴィンの言葉を聞いて、フィオナの表情が一気に曇った。

「それは貴方の思い違いです。私に力はありませんよ。だからヴィンベリーの家を追い出されたんですから」

「君を追い出したヴィンベリーの意図はよくわからないけれど、君が特別な魔法使いなのは事実だ」

 キッパリと言いきったアルヴィンに、フィオナの瞳が動揺で揺れた。

 隣にいたリーがアルヴィンを刺激しないよう、気づかれないようにフィオナの手を安心させるようにぎゅっと握った。

 フィオナははっとして、リーの気持ちを正確に受け取ったらしくその手を強く握り返してくれた。

「と、まぁここまではキャヴェンデッシュの人間を納得させるための単なる建前なんだけど」

 そう言ってニヤリと笑ったアルヴィンに、リーとフィオナは身構えた。

「僕さぁ、気の強い女の人が好きなんだよねぇ」

「は?」

 思っていたのとは全く違う話の流れになり、フィオナが思わず呟いた。

「クソみたいな奴に侮辱されるのは反吐が出るけどさ、聡明な女性に詰られたり罵られたりするとゾクゾクするんだよねぇ」

 うっとりとそう語るアルヴィンの様子に、繋いだフィオナの手が激しく震えだした。

「へ、変態……!」

「あっ、いいね! 最高!」

 フィオナの暴言に興奮した様子のアルヴィンを見て、フィオナは一気に顔を青くして勢いよくリーの後ろに隠れた。

 フィオナの姿が見えなくなったことで幾分冷静さを取り戻したアルヴィンが、姿の見えないフィオナに向かって話しかけた。

「と言うわけで、幸せにするから」

「絶対に嫌!」

 フィオナは怯えきった様子でリーにしがみついている。

 リーはそんな場合ではないことは分かっているが、フィオナに頼られて嬉しくて、にやけないように必死になっている。


「残念ながら君に拒否権はないんだよ」

 そう言ってアルヴィンが一歩フィオナに近づいた。

 その瞬間アルヴィンの纏う空気がガラリと変わり、思わず逃げ出したくなる威圧感を感じ、三大名家の名は伊達じゃないと嫌というほど実感させられた。

 リーは喧嘩はからきしであるし、薬に関する以外の魔法はさっぱりだ。

 しかしそれでも怯えるフィオナを守ってあげたいと思い、震える体を悟られないよう気をつけながら、その手をさらに強く握りしめた。



「俺の妹に何をしているんだ?」

 異様な緊張感で満たされた部屋の中に凛とした男の声が響いて、リーとアルヴィンはバッと声の主を見た。

 声の主であろう男はこの上無く不機嫌そうな表情で、心なしか不穏な空気が漂っており、リーはそれを直視してしまったことを激しく後悔した。

 その男に比べると、先ほどまでのアルヴィンが可愛く思えてくるほどだ。

 リーはその男が誰かは知らないが、男の後ろに若干顔色の悪いウィルフレッドと楽しそうなルーシャンがいることから、どうやら敵ではないのだろうと推測した。

 ある程度状況を飲み込んだところで、リーはフィオナの手の震えが止まっていることに気がついた。

 リーが気になって振り返ると、フィオナは驚いた顔でその男をじっと見つめていた。


「なーんだ、やっぱりガセネタかぁ。情報提供者にはお仕置きしないといけないな」

 先程まで獲物を狙う肉食獣のような雰囲気だったアルヴィンは興醒めだと言わんばかりに肩を竦めた。

「しかもブラッドが態々出てくるし、獣二匹も連れてるし、流石に部が悪いから今日は大人しく帰ることにするよ」

 アルヴィンは至極残念そうにそう言った後、くるりとフィオナを振り返った。

 ブラッドフォードの姿を見ようとリーの後ろから出てきていたフィオナはアルヴィンと目が合ってしまい、ビクリと身体を震わせた。

「今日は帰るけど、また近いうちに迎えにくるから。いい子で待っててね」

 そう言ってヒラヒラとフィオナに手を振って、アルヴィンは何事か呟いてその場からフッと消えてしまった。



 アルヴィンが消えた後、部屋に沈黙が流れた。

 数秒間の静寂の後、その沈黙を破ったのはブラッドフォードだった。


「……フィオナ、ウィルフレッド、ちょっと来い。ルーシャン、エインズワースは任せる」

 そう言ってさっさと部屋を出て行ったブラッドフォードを、フィオナとウィルフレッドが慌てて追いかけて行き、部屋にはリーとルーシャンの二人だけが残された。



「さて、何を聞きたい?」

 ルーシャンがにこりと笑ってリーに問いかけた。

「教えてくれるのか?」

「許可がでたからね」

 リーが驚いて尋ねると、ルーシャンはあっさりと諾の返事を返した。

 リーは少し考えた後、全て教えてくれないか、と尋ねた。

「少し長くなるかもしれないけど、いい?」

「ああ、頼む」

 ルーシャンはじゃあ、と言って、少し考えた後ゆっくりと話始めた。



 魔法使いの中には、三大名家と呼ばれる歴史と魔力と権力が特に秀でた有名な三つの一族がある。

 キャヴェンディッシュは錬成魔法、想像を形にする魔法を得意とする。

 ホークヤードは妖精魔法、普通の人間には見えない別の次元で生きる妖精たちを見ることができ、彼らの力を借りることができる。

 ヴィンベリーは自然魔法、自然界のあらゆるものを支配下に置き、天候さえも操ると言われている。


「フィオナがヴィンベリーの人間っていうのはもう知ってるよね?」

「ああ、アルヴィンがそう言っていたな」

 リーが答えると、ルーシャンは話を続けた。

「更に付け加えると、フィオナはヴィンベリーの現当主の娘だ。ヴィンベリーは血統を重んじる。つまり、フィオナはブラッドフォードに次ぐヴィンベリー家の第二位次期当主候補なんだ」

 ルーシャンの説明に、リーは微妙な顔をしている。

「あれ? 信じてない?」

「あー、なんと言うか……実感が沸かない」

 フィオナはフィオナだし、と困ったように頭を掻くリーを見て、ルーシャンは嬉しそうに笑った。


「ただ、フィオナが成長するにつれてある問題が起こった。ヴィンベリーが血統を重んじるのは、純粋な血であるほど魔力が高いからだ。実際ブラッドフォードは文句無しに天才だった。フィオナには弟もいるんだけど、彼もブラッドフォードとまではいかないがかなり優秀。問題はフィオナだ」

 そこでルーシャンはこれまでその顔に浮かべていた笑みを消し、真剣な顔になった。

「フィオナの自然を操る力は、甘く見ても決して優秀とは言えなかった。寧ろ劣等生に近かったかな。そして更に不味いことに、フィオナには妖精が見えたんだ。ホークヤードの人間にしか見えないはずの妖精が。そりゃ、下世話な噂も立つってもんさ」

 ルーシャンがやれやれといった感じで肩を竦めた。

「本当のところはどうなんだ?」

「正真正銘、フィオナは当主の娘だよ。幼いフィオナが自然を操りきらなかったのは、その身に宿る魔力が小さなフィオナには大きすぎて制御しきれなかったから。そして妖精が見えるのは、フィオナに魔法使いの祖の血が色濃く現れたから」

「魔法使いの祖だって?」

「そう。エインズワースも魔法使いなら聞いたことあるだろ? 全ての魔法使い達は、元々は一人の魔法使いから生まれたって」

「つまり……どういうことだ?」

 リーはよく理解出来ず首を傾げた。

「つまり、フィオナはあらゆる魔法を使うことができるし、魔力も並の魔法使いの比じゃないほど膨大だ。ただ、大きすぎる力は人に恐怖を与える。それを危惧した当主はフィオナの能力を隠すことにしたんだが、そうなると力を操れないフィオナは落ちこぼれだ。やがて一族の一部から虐げられるようになった。それはだんだんエスカレートして、遂にはヴィンベリーの血統として相応しくないという理由で命を狙う奴まで現れた」

 ルーシャンはその時のことを思い出したのだろう、忌々しそうに眉間に皺を寄せた。

「それに耐えかねたブラッドフォードがこの屋敷とスノードロップを用意して、僕ら二人と一緒にヴィンベリーの屋敷から引き離したんだ。ヴィンベリーから追い出す為じゃなく、ヴィンベリーから守る為に」



「俺はお前と縁を切った覚えはない」

 突然告げられた言葉をすぐには理解するとこが出来ず、フィオナはブラッドフォードの言葉を頭の中でゆっくりと反芻した。

 そして漸く理解し、驚きに目を見開いた。

「え……だって……」

「フィオナに出ていけって言ったじゃねーか」

 言われたことに動揺し、上手く言葉がでないフィオナに代わってウィルフレッドがブラッドフォードに噛みついた。

「それは屋敷から出ろという意味で言っただけだ。だいたい何で縁を切らなきゃならんのだ」

「それは……私が落ちこぼれだから……」

「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、そこまで馬鹿だったとは」

 ブラッドフォードがため息をつきながらそう言ったので、ウィルフレッドは不機嫌そうにブラッドフォードを睨み付けたが、フィオナはその通りだと言わんばかりに全く傷ついた様子はない。

 それを見てブラッドフォードは再び顔をしかめた。

「お前は自分の能力くらい把握しろ。あんな落ちこぼれ共の言うことを鵜呑みにするな。ヴィンベリーの当主の娘であるお前が落ちこぼれな訳がないだろう?」

 疲れたようにそう告げるブラッドフォードにフィオナは混乱した。

 先程から自分に都合のいいことばかり言われているような気がして、とても現実とは思えない。

 そんなフィオナを置いて、ブラッドフォードは更にフィオナにとって信じられないことを告げた。


「フィオナ、ヴィンベリーの屋敷に戻ってこい」



「僕とウィルフレッドは使い魔なんだ。ウィルフレッドはフィオナの使い魔で、本性は狼、僕は元々ブラッドフォードの使い魔で、本性は烏」

 そう言うとルーシャンはくるりと回って、次の瞬間には一羽の烏に変わっていた。

「ブラッドはウィルに何も話さなかった。彼はフィオナに甘いからね。変わりに、事情を知る僕を連絡係として二人の側に置いたんだ」

 リーが人の言葉を話す烏を不思議な気分で眺めていると、今度は烏がくるりと宙返りをし、再び人の姿で立っていた。

「ってことは、俺が会いたかったスノードロップの魔法使いは」

「フィオナだよ」

「じゃあウィルフレッドを魔法使いって言ったのは」

「万が一にもフィオナの存在に気付かれないためだね」

「あの噂は?」

「ああ、『死を望む』ってやつ? 人避けのハッタリだよ。ちなみにエインズワースにスノードロップの話をしてくれた彼、協力者だから。薬売りはエインズワースの領域だからね。事情を話したら窓口を買って出てくれてね。エインズワースは人がよくて助かるよ」

「まじか」

 リーはこの際全て聞いてやろうと次々と質問したが、そのたびに語られる新たな事実に、自分が本当に何も知らなかったことを思い知らされた。

「さて、他に聞きたいことは?」

「……昨日ここに来た男達はどうなったんだ?」

「男達……ああ、ウィルが言ってた奴らか」

「ホークヤードが処理するって言ったのに対して、ウィルフレッドは消せって言ってた。それって……」

「ああ、じゃあ記憶を消したんだろうね」

「……きおく?」

 自分が思っていた答えと違う答えが返ってきて、リーはポカンとした。

 それを見てルーシャンは先程までのリーの苦しそうな表情と繋ぎ合わせて考えていたことがわかったようで、声を上げて笑った。

「流石に殺したりしないよ。ここに関することをちょっと忘れてもらうだけ」

 その答えを聞いて、リーはホッとしたやら恥ずかしいやらで一気に脱力して頭を抱えた。

「あー……よかった、俺はてっきり……」

 そう言って俯いたリーを、ルーシャンは変わらず笑顔で見つめている。

「……ん? フィオナはウィンベリーの人間から守る為に屋敷を出たんだったよな?」

「そうだね」

 リーが違和感を感じて俯いたままルーシャンに尋ねた。

「そしてそうなった原因はフィオナが落ちこぼれだと思われているから、つまりフィオナの本当の能力を隠しているから」

「その通り」

「けどさっきのアルヴィンと名乗った男はフィオナの本当の能力を知っている風だったよな?」

「あぁ、そのこと。彼はいろんな意味で変態だからね。大方お見合い話でもされて、それが嫌で適当な相手を考えた時に小さい頃に会ったフィオナのことを思い出して調べでもしたんだろう。無駄に優秀だから困ったものだよ。キャヴェンディッシュの時期当主に下手なことは出来ないし」

 そう言って面倒そうに肩を竦めたルーシャンに、更にリーは続けて尋ねた。その言い方ではまるで……

「エインズワースならば、下手なことをしても問題にならない?」

 顔を上げ恐る恐る尋ねたリーに、ルーシャンは一瞬驚いた顔をした後、初めて会った時と同じニヒルな笑みを浮かべた。

「君にしては珍しく察しがいいね」

 その楽しそうに告げた様子に、リーは背筋に冷たいものが走りゾクリとした。


「冗談じゃない」

 リーは嫌な感覚に蓋をして、出来るだけ強気に見えるよう気をつけながらルーシャンを睨み付けた。

 しかしルーシャンはまるでそんなリーの内心を全て見透かした様に笑みを深めた。

「残念だけど君に拒否権はないんだよ、エインズワース。危険因子は少ないに越したことはないからね」

「危険因子? 俺はそんなものになるつもりはないぞ」

 リーはここへ来た時にスノードロップの魔法使いになら殺されてもいいと言ったが、今ではスノードロップの魔法使いを守る為に命をかけてもいいと思っている。たった一週間共に過ごしただけだが、リーはそれほどにフィオナのことを守りたいと思うようになっていた。

「俺はあんた達が許すなら、これからも側でフィオナを守りたい」

 リーが真剣にそう告げると、先ほどまで笑みを浮かべていたルーシャンからスッと表情が消えた。

「『他人(ヒト)を信用するな。信用するなら、あらゆる責任を負う覚悟をしろ』。ブラッドの言いつけでね。僕はブラッドとフィオナ以外の人間(ヒト)は信用してない。あぁ、ウィルはヒトじゃないから信用してるよ?」

 そう言うと、ルーシャンは再びにこりと笑顔を浮かべた。

「と、言うことで。悪いね、エインズワース。君のことはわりと好きだったよ。これでお別れなんて少し残念だ」

 全く残念なんて思ってないだろとか、ならばお別れしなければいいじゃないかとか、リーはまだいろいろ言ってやりたかったのだが、金色に変化したルーシャンの瞳を見た途端に動くことも話すことも出来なくなってしまった。

 不味いと思っても、既にリーにはどうすることも出来ない。そんなリーにルーシャンがゆっくりと近づいてくる。

「それじゃあ、バイバイ」

 そう言ってルーシャンが右手をあげ、その人差し指でリーの額に触れようと手を伸ばした――



「待って!」

 あと一センチで触れるというところでフィオナの声がして、ルーシャンの動きがピタリと止まった。

 そしてその瞳の色も元の漆黒に戻り、自由を取り戻したリーは数歩後退ってルーシャンと距離をとった。

「フィオナ。屋敷に帰るんでしょ? まさかエインズワースも連れていくつもり?」

「帰らないわ」

 フィオナの返答にルーシャンは目を丸くし、フィオナの後ろから不機嫌そうに歩いてきたブラッドフォードを見た。

「あらら、フラれちゃったわけ?」

「五月蝿い」

「どうせまた何も伝えてないんでしょ。アル坊とクリスが知ったら面倒なことになるよ」

「五月蝿い」

 ルーシャンはブラッドフォードの使い魔だと言っていたが、主人に対する態度にしては少し失礼じゃないかとリーは見ていてハラハラした。先ほどのアルヴィンを前にしたブラッドフォードを見てしまったから尚更だ。

 しかしリーの心配とは裏腹に、ブラッドフォードは不機嫌ではあるがルーシャンに対して怒ることはなかった。

 というより、どちらかというと図星を突かれて拗ねているように見えた。


「フィオナ、本当にいいの?」

 ルーシャンが聞くと、フィオナは嬉しそうに笑って頷いた。

「兄様が、何も出来ない私を家族だって言ってくれたの。それだけで十分過ぎるほど嬉しいのよ。兄様は優しいから屋敷に帰ってもいいと言ってくれたけれど、そんな迷惑はかけられないわ。それに、私はあの森の屋敷での貴方達との生活も結構気に入ってるのよ」

 フィオナの言葉を聞いて後ろにいたブラッドフォードが何か言いたげな顔をしていたが、結局眉間に皺を寄せたまま何も言わなかった。

 そんなブラッドフォードの様子を見て、ルーシャンは呆れたように一つため息をついた。

「だから、貴方達にも付き合わせちゃって申し訳ないんだけど、これからもよろしくね」

「もちろん歓迎するよ」

「俺はフィオナと居られて幸せだよ」

 フィオナの伺うような台詞にルーシャンとウィルフレッドは共に笑顔で頷き、フィオナも嬉しそうに笑った。


「リー」

 初めてフィオナに名前を呼ばれ、リーの心臓が大きく跳ねた。

「色々と隠していてごめんなさい。本当は、私がスノードロップの魔法使い、フィオナ・ウィンベリーなの。ルーシャンから大体の話は?」

「あぁ、聞かせてもらった」

 リーが答えると、フィオナの瞳が揺れた。

「スノードロップの魔法使いがこんな落ちこぼれでガッカリさせちゃったと思うけど、もし貴方のスノードロップの魔法使いに対する思いが変わってないのなら、これからも一緒に居たい、と思うのだけれど……」

 どうかしら、と不安そうに尋ねてくるフィオナに、リーは迷うことなくはっきりと答えた。


「当然! スノードロップの魔法使いになら、殺されたって構わない」


 それを聞いて、フィオナは初めてリーに対して嬉しそうに笑った。

初めまして、またはお久しぶりです。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

拙い文章ですが、少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。


この作品は、元々フィオナを主人公にした話を書きたくて、その前譚として短い話をと思い書き始めたものでした。

当初は一万字程度の予定だったのですが、上手く纏まらず気付けばこんなに長く……

そのため途中で別の話が書きたくなり、そうこうしているうちに年が明けてしまったのですが、何とか最後まで書くことが出来て良かったです。

元々予定していたフィオナ主人公の話はいつになるかわかりませんが、いつか書ければいいなと思っています。


もしご意見、ご感想などありましたらよろしくお願いします。

それでは、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

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