第88話 田植え
造営中の港の一方、帆船は西側の旧・港へ停めてある。
早朝。
俺はチヨと一緒にそちらへミニ遠征のためのアイテム、食料、馬3頭分の飼料などを積みこんでいた。
ガラガラガラ……
「ふぅ。こんなもんかね」
チヨはそう言って、パンパンッ!と小気味良く手を払う。
「チヨ、ごくろうさん」
「へへへ」
頭をなでるとチヨは照れながら、お尻のふんどしのねじれをキュッと正した。
「みんなへは昼過ぎに集まるように言ってあるから、チヨも一回村へ帰っておいでよ」
「うん!」
女武闘家は返事をすると馬に乗って『木村』へ帰って行く。
うん、チヨの乗馬もずいぶんうまくなったな。
あとは馬を育てないと……
そんなふうに思いながら、俺もひとたび帰ることにした。
◇
「ただいまー」
で、館に帰るとガルシアがひとり居間でそろばんを弾いている。
俺はソファーへ腰掛けながら尋ねた。
「お前さ、今朝の便で手紙来てたかわかる?」
「……なんスか、帰るなりに」
すると、ガルシアはちょっとご機嫌ナナメだ。
どーしたんだ?
「つーか、旦那。最近やけに手紙ばっか気にしてるッスよね」
「そうか?」
「そッスよ。なんかあるんスか?」
「別に、お前には関係ねーって」
「……」
ガルシアはぷいっと目を逸らすと手紙の束をよこした。
「お、サンキュ」
俺はそう言っていそいそと確認するが……
「なあ。手紙、これだけ?」
「そッスけど」
「そっか……」
そろそろザハルベルトの方も落ち着くと思ったんだけど……
俺は落胆してタバコに火をつけた。
フー……
「ところで五十嵐さんは?」
「彼女、今ご実家ッスよ」
「!……また何か問題が起こったのか?」
「いやいや、逆ッスよ逆。あれから旦那、足繁く五十嵐家へ泊まりにいってるでしょ? それでご実家との関係も良好になってるらしいんス♪」
と、急にご機嫌な様子へと変わるガルシア。
「もしかして、田植えの手伝いに行ってるのか?」
「ええ。正確には、田植えに必要な『苗』を分配する事務作業を手伝いに行ってるらしいんスけどね」
五十嵐家は種籾を管理し、水田へ植える『苗』づくりをする家である。
「なるほどな。出発まで時間もあるし……ちょっと五十嵐さんちの様子でも見てこようか」
「それじゃあ自分も行くッス。この帳簿、もう付け終わるんで」
というので、俺はガルシアと共に『中村』の五十嵐邸へと向かった。
わいわいわい……
着くと、その庭先では苗を運び出していく村人でおおいににぎわいをみせていた。
「おお、これは領主さま。お元気ですかな」
そんな中、ひとりの角刈りのジイさんがなれなれしく話かけてくる。
誰だコイツ、新キャラか?……と思ったのだけれど、
「ワシですじゃ、ワシ」
って、イサオさんかよ!?
「どうしたんだ? その角刈りは」
「これは……フミエさんに刈られましてのう。うううっ」
涙ぐむイサオさん。
まあ、俺から見ればロン毛よりもこっちの髪型のほうが断然『カッコいいジイさん』に見えるけど、本人があれだけ気に入っていたことを思うとさすがに少し同情される。
「イサオさん、気を落とすなって。きっとまた伸びるさ」
「領主様……」
俺はポンっとジイさんの肩を叩いて励ましてやった。
「ところで領主様。今年の苗は一味違いますでの」
「品種改良か」
「ええ。領主様が毛良毛ノ力を送ってくださいましたのでのう。あの青い光でじょうぶな種籾をつくることができましたじゃ」
おお、たのもしいかぎりだ。
まだ獲得できる経験値が低い時からイサオさんへコツコツ経験値を送っておいてよかったな。
その後、薬草のことについての報告をくれてから、イサオさんは苗配りに戻っていった。
「なんつーか、旦那もずいぶんと領主らしくなって来たッスよねー」
横でそんな生意気なことを言うガルシア。
「そうかよ」
「そッスよ。まあ、この土地でイイお嫁さんができたおかげッスね」
商人はそう言って親指で五十嵐邸の方を指す。
すると、タイト・スカートの女秘書が縁側のふちで正座し、何やら黙々と記帳しているのが見えた。
「次の方……」
苗を分配された人はみんな五十嵐さんの前へ並んでその申告をしてゆく。
五十嵐さんが美人だからって、みんなちょっとドギマギしているのが面白い。
「まあ、婚約者のフリだけどな」
「もう夫婦ってことでいいじゃないスか。一体なにが不満なんス? 五十嵐さん、すげー良い子じゃないっスか」
「お前、最初『ああいう女苦手』って言ってなかった?」
「言ってねーッスよ」
チッ、世の中ウソつきばかりだ。
「それに……旦那がこの先『領主』としてやっていくのにも、とっとと五十嵐さんとくっついちゃった方がケジメになると思うんスよね」
「なにそれ、意味わかんねーんだけど」
そう返すとガルシアは少し黙った。
それでもうなにも言わないのかと思ったが、しばらくして商人はまたポツリと口を開く。
「旦那……。旦那の『黄金時代』っていつッスか?」
「なんだよいきなり」
「真面目な話ッスよ。人生の中での黄金時代……勇者パーティ時代ッスか? クロスさんやティアナさんと冒険してた時ッスか?」
俺は少し胸の締め付けられる思いがしてそれに答えそびれていると、ガルシアは眉を下げつつ言った。
「自分は、今なんスよ」
その時、領地の空に太鼓が鳴り響き始める。
田植え初めの景気づけの太鼓だ。
どんどんどん、どんどんどん……
その奏では、美しい空の青を『ここ』にしかない深い土地的な色へと染めていく。
俺はため息をついて答えた。
「……ガルシア。黄金時代がどうとかはよくわかんないけどさ。少なくとも『今の仲間』はお前や五十嵐さん……それから遠雲のみんなだって思ってるんだぜ」
「旦那……!」
「ただし、お前はひとつ大事なところがわかっちゃいない」
「へ? なんスか?」
すっとんきょうな声をあげるガルシア。
「五十嵐さんはさ。周りにしつらえられた結婚に溶け込んでいけるようなタイプの女性じゃねーんだ。だからな。俺がここの領主だからって、無理やり俺と結婚させても幸せってことにはならないんだよ」
「な……なに言ってんス??」
「恋愛感情とかに疎い商人にはわかんねーかなぁ。つまりさ。五十嵐さんは、五十嵐さん自身の気持ちで『好きになった人』と結婚するのが一番ってことさ」
そう言うと、『きっとガルシアは俺を尊敬するに違いない』と思ったのだけど、ヤツはケツから宇宙をひねり出すような珍妙な表情で俺を睨みつけ、
「ほんと、マジで手ごわいお人ッスね……」
と、ひどく疲れたようだった。
チッ……なんだっつーんだよ。
で、そんなふうに軒先でガルシアと話していると、五十嵐さんが俺たちに気づく。
「エイガさま……」
彼女が正座のまま一礼すると、そのポニーテールが百合の花のように揺れてとても綺麗だ。
俺は片手をあげて縁側へ寄っていく。
「五十嵐さん。精が出るね」
「いえ……」
「あ、婿さまだ!」
「婿さま、これはどうも」
すると、屋敷の奥から五十嵐家の人々がひょこひょこと顔を出した。
「ようこそ、婿さま♪ ほら悦子、あんたちょっと休憩なさい」
若奥さんも、あの角刈りの下手人とは思えないくらいニコやかだ。
そう。
領主である俺が『婚約者のフリ』をしている以上、五十嵐さんは(実家との関係も良好なまま)俺たちと一緒に思いっきり仕事をしていることができる。
潜在職性【お嫁さん】が少しもったいない気はするけれど、彼女に好きな人ができるまでは俺が『婚約者のフリ』を続けるのがベストだろう。
「エイガさま、粗茶ですが……」
そんなふうに考えながら縁側へ腰かけると、女秘書はいつもどおりゼロ距離ににじり寄ってお茶を勧めてくる。
「ありがと五十嵐さん。田んぼ、豊作だといいな」
「……はい。安定した食料自給は強国の必須条件ですから」
しかし、今のところ彼女自身はこの領地を強くする仕事で頭がいっぱいのように見えた。
昨日、私の近所の本屋さんで育成スキル1巻を発見いたしました!
みなさんの地元にはもうございますでしょうか?
15日には、日本全国の本屋さんに並んでいるころとのことです。
お見かけ致しましたら是非お手に取ってご覧いただけたら嬉しいです。
黒おーじ





