第76話 ゲーテブルク城(1)
西園寺華那子の書状には、ゲーテブルク城下での諜報活動の詳細が書かれていた。
≪……以上のような情勢でございますが、アクアどのをお助け申し上げるため奇跡の五人へは情報をお伝えしておりませんの。ただし、もしエイガどのが古巣のクエスト成否までお気になされるようでございましたら、あたくし一人では双方向に対応いたしかねますので、おそれながら助太刀いただきたく存じますわ。その際は、ゲーテブルク城下に一軒だけございます武器屋の横の樅の木までお越しくださいまし≫
……俺は少し考えた。
そりゃ勇者パーティのことは今も大事に想っているし、その魔王級クエストの成功を(嫉妬しないで)心底から願えるようにもなった。
だけど、解雇になった俺が今さらアイツらの冒険に横から入ってあれこれ手を出すのは筋違いだとも思う。
もう俺は俺の冒険をして、アイツらはアイツらの冒険をしているんだ。
ただ……
俺の顔が盗まれている?
ハイル&クラオトの2F喫茶店の時か。
全然気づかなかった。
だとすれば俺にも責任の一端があるような気がするし、そういう『なりすまし系』の魔法は本人が行って顔を合わせてしまえば簡単に打ち破ることができる。
ティアナの防御魔法を盗むというのがどういう方法なのかはわからないが、俺のことで彼女の足を引っ張ってしまうようなことがあってはならない。
それに西園寺華那子が助けるとは言っていても、アクアが囚われているのも心配だ。
「そういうワケだから、ちょっと行ってくるよ」
「……お一人で、ですか?」
「ああ。黒王丸で飛んで行った方が早いからな」
「……」
五十嵐さんはなにも言わずに頷いた。
とは言え、今は議会の会期中である。
「旦那ぁ。旦那はもう一国の領主なんスよ? そりゃ心配かもしんねーッスけど、ティアナさんのことはきっとクロスさんが守ってくれるッスよ」
とガルシアは渋り、チラっと五十嵐さんの方を見た。
まあ、議会そのものは『然るべき理由があれば欠席できる』と大臣も言っていたし、日程が進むにつれポツポツと座布団の空きが出てきているのは、途中で一旦地元に帰る領主も結構いるということらしい。
ちょっとくらいの欠席くらい問題ないだろうけど……
でも、この機会にできるだけ他の領主たちとの親交は深めておきたいところ。
ガルシアの言っているのはそこだよな。
「でも、あっちには女忍者さんがいるんだろ? その女性を連れて来れるんならいいんじゃないかい?」
とリヴ。
コイツは吉山の領主とのことをずいぶん心配してくれていたからな。
意見は交錯する。
「あの……」
と、そこでナオが挙手した。
お? この子が自ら発言するのは初めてだ。
「どうしたナオ」
「はい。ええと、その……領主さまは顔を盗まれているんですよね? それは今後のことを考えても取り返しておくべきじゃないでしょうか」
「むっ……」
このナオの意見がもっともだということになって、俺の一時単独遠征の流れが固まる。
「なるべく早く帰ってきてくださいッスね」
「ああ。すまねーな」
そういうワケで俺はひとたび帝都を離れ、馬の飛行魔法で海を越えたのである。
◇
極東からケルムト文化圏までは、以前の片翼の塔までの飛行よりも距離があった。
しかし、その片翼の塔での経験値で黒王丸の戦闘力も17000まで上がっており、スピード、航続距離ともに増している。
距離が距離なので三日三晩の飛行にはなったが、馬も頑張ってくれた。
ヒヒーン!……
ところで、西園寺華那子の報告によると、女勇者パーティはクロスたちが魔王クエストを9面までクリアするタイミングを狙っているとのこと。
防御魔法【セントレイア】を盗み、魔王討伐を横取りし、地獄門を開く……
この一連を一挙に行い、地獄進出を強行しようという計画らしい。
うーん、それにしても女勇者パーティ。
地獄へ行くだなんておそろしいことを考えるもんだな。
俺も【憑依】でしくじって一度地獄に行きかけたけど、あれはたぶん人間が踏み込んではならない領域だと思うんだけど……。
まあ。
それはそうと、そういう情勢であればさすがにクロスたちもまだ9面までは行っていないだろうから慌てることはないかな。
そう思い、ひとまず俺は商業都市ハーフェン・フェルトへ寄った。
ハーフェン・フェルトには坂東義太郎や射手のエース杏子の部隊50名ほどが残ってアイテム獲得のためのクエストをこなしている。
戦いになる可能性もあると思い、俺はこの軍勢を引き連れてゲーテブルク城下へと向かったのだった。
くるック―!!
さて、ゲーテブルク城下へ着く。
西園寺華那子の指定どおり『武器屋の横の樅の木』へ行くと、ハトが1羽待っていた。
ハトは俺の顔を見ると豆鉄砲を喰らったような目をして飛んで行く。
くるック―! くるック―!! ……バサバサバサ!!!
まさか先日と同じハトではないだろうな。
などと思いながら、俺はタバコへ火を付けて待った。
「お待たせいたしました」
で、小一時間ほどすると、覆面の女忍者があらわれる。
「いらっしゃいましたのね……」
「ああ。アクアは?」
「時おり天井裏へ忍び行ってご様子を窺っておりますが、お元気です。きっと救出いたしますわ」
「うん」
まあ、女勇者パーティも誇りあるS級ザハルベルト組だ。
一般人に対して取り返しのつかないような害は与えないと信じたい。
「じゃあ、アクアを助けに行きがてら、トルドから顔を取り戻しにいこう」
「あ、いえ、それが……」
と、西園寺華那子は覆面の下で口ごもる。
「たった今のことです。盗賊トルドはすでにエイガどのになりすまし、奇跡の五人と共にゲーテブルク城へ入っておりますの」
「は? 女勇者パーティはクロスたちの9面クリアのタイミングを待ってたんじゃないのか?」
「ですから本日、奇跡の五人が9面をクリアしたのですわ」
「なっ……」
新聞で魔王級クエスト開戦のみだしを見てからまだ一カ月ほどしかたってないぞ。
そうか。アイツらあれからもまた相当腕をあげたんだな、フフッ……。
「って、感心している場合じゃない。どーしよう」
「落ち着いてくださいまし。あたくしに策がございます」
「策?」
「ええ。ゲーテブルク城でメイドを一人、内通者にしておりますの。エイガどのは彼女の案内でトルドと決着をつけてください」
「アクアは?」
「アクアどのの件はあたくしにお任せくださいまし」
こうして話を詰めると、女忍者は「それではのちほど」と言って消えた。
陽は、真っ赤な夕焼けのほどである。





