第75話 帝都の議会(3)
議会の日程は続く。
毎日の渡り廊下での歓談では、よその領主との親交を深めることもできた。
こちらはほんの2500穀の領主だが、鬼ヶ島クエストの件もあり、大きな領地の領主も友好的に接してくれるのはマジありがたい。
それに、どこの領地でもみんな
『自分の領地に出現するモンスターくらいはギルドに頼らず自分たちで討伐したい』
という気持ちは強いらしく、俺の育成スキルと領民部隊にたいへん興味があるようだった。
逆に、こっちはよその領地の特産物や技術に興味がある。
俺はそうした領主たちと技術や人材の交流などの約束を取り付けていった。
まあ、そんな中でも最大の成果は、以前から付き合いのあった奥賀との連携がより深まったことだろうな。
「領主、どうか魔動汽船を造ってくださいませんか?」
「エイガ殿、またその話ですかな」
ある日の渡り廊下で、奥賀の領主と歓談していた時のことである。
「今の帆船でも立派にクエストをこなしていると聞き及んでおりますが」
「もちろんあの3隻については本当に感謝しているんです。けど……これからはモンスターと戦える船が欲しいんですよ」
「船でモンスターと戦う?」
「はい。上級のクエストには強い竜が何匹も住む海域もあります。そうした海域を100人以上の部隊の力でくぐり抜けるには『鋼鉄でスピードの出る船』が必要だと思うんです。つまり……」
俺は一呼吸おいてこう続けた。
「モンスターと戦える『艦』です」
「……ううむ」
奥賀の領主は、少し考えるようにちょんまげをなでてから言った。
「そういうことなら……と言いたいところですが、『戦う鉄の魔動汽船』などというものを造るとなると新しいドックを築くところから開発せねばなりませぬ。投資額など考えるとリスクが高すぎるのです」
「っ……」
「それに我々奥賀はすでに多くのドックを持っております。その上で、あまり巨大なドックを新設しますと謀反の疑いがかかったり、近隣の領主に警戒されるのではという心配もございましてな」
なるほど。
前々から奥賀の領主が汽船造りに乗り気じゃなかった本当の理由はそこだったのか……。
するとその時。
「面白い話をしているな。麿呂も混ぜてもらえんか」
と、後ろから会話に入ってきたのは帝都の【大臣】だった。
「大臣!?」
「うむ。麿呂もな、この極東でも魔動汽船の開発が興って欲しいとは常々考えていたのだ」
「はあ、そうなんですね」
まあ、極東全体の繁栄を望む中央政府の行政長としては、そう思って当然か。
「しかし奥賀の領主のおっしゃる心配もわかるぞ。そういうことならば……新たなドックは遠雲に造営してはどうか?」
「遠雲に?」
「ああ。『モンスターと戦う艦』の開発は遠雲の責任で、遠雲の予算で行う。つまりリスクはエイガ殿が背負うということになる。……とは言え、遠雲には造船の技術がないであろう。なので奥賀は造船技術者を派遣する。これで遠雲はいち早く艦を開発できるし、奥賀はノーリスクで魔動汽船の技術を試行できる」
さ、さすが大臣。
調整力の年季が違う。
「あっぱれなアイディアですな! あっ、しかし……」
そこで奥賀の領主は気づいたように言う。
「遠雲のあの港では到底ドックなど……」
そう。
遠雲の港は、あの寂れた舟だまりだ。
俺も初めて来たときにはマジ驚いたもんだった。
それを奥賀の領主も(帆船を届けに来てくれた時に見て)知っているのである。
「いや。問題ないですよ」
しかし、俺はそう答えた。
「問題ない? エイガ殿もドックというものがどれほどの規模を持つか、ご覧になったでしょう。あの港ではとても……」
「いえ、ですんで。港から造ります」
「み……港から!?」
「ほう?」
大臣が興味深げに俺を見た。
いや、俺も別にムキになって言ってるんじゃないんだぜ?
そもそも、新しい港は前々から造ろうと思っていたのだ。
領地に館を建てる時の位置も、立地的に港を造りたいと考えた南海岸の近くというのが大きな理由の1つだったしな。
「ワッハッハ! それでは貴殿のお手並み、拝見させていただこう。ワッハッハッハ……」
こうして大臣は、例の笑い方で去っていった。
◇
「ずいぶんデカイ話ッスね(汗)」
仲間のところへ帰って話すと、ガルシアはちょっとビビってた。
「確かに大事業だけど。必要なピースは揃ってるだろ?」
吉岡将平とアキラの掘削コンビ。
領民部隊の土木パワー。
奥賀の造船技術。
艦の武装設計にはリヴ。
今や港やドックを造るくらいの内政的なポテンシャルはあるはずだ。
「そりゃそーなんスけどね」
「でもさ、エイガ」
そこでリヴがジーパンの腰に手を当てながら言う。
「仮に港ができて、ドックができても、実際に『武装した艦』を造るにはやっぱり大量の鉄が必要だよ?」
「うっ」
「エイガ。吉山の領主からは相変わらず無視されてんじゃないか」
「……エイガ様も一生懸命関係回復に努めています」
すかさず五十嵐さんがそう擁護する。
「アタシが言いたいのはさ! エイガが毎日一生懸命に話かけてるのにあんな邪険にされて……これ以上は可哀想で見てらんないってことさ」
リヴは悲しそうにため息をつき、おっぱいの弾力でネックレスの金属音を鳴らした。
そう。
あれから、ずーっと吉山の領主とは険悪なのである。
まあ確かに。
吉山の領主のヤツ、議会ではチクチク嫌味を言ってくるし、いくら頑張って声をかけてもガン無視だし、影で俺の悪口を言っているようだし、この件に関しては俺も相当参ってる。
でも、吉山の領主だって、みんなからあんなふうにウワサされてんだから可哀想だよな。
俺を恨む気持ちも、わからないでもない。
だから、なんとか雪の溶けるまで根気よく話しかけていこうと思っているのだけど……でも、俺自身よりもむしろ周りの仲間たちの方が不満を溜めているようだった。
特にリヴはちょっと激情なとこあるしな。
「モンスターと戦う艦が欲しいって言ってもそんなにあわてることはないんじゃないかい? あんなエイガのことイジメるヤツなんか放っておいてさ。鉄の仕入れ先は他で探して、もっとのんびりやればいいじゃないか……」
そう言って『ぐすん』と涙ぐむリヴの肩を抱いて、俺は言った。
「心配ねえって。議会の会期はひと月あんだ。まだチャンスはある」
「エイガ……」
こうしてリヴをよしよし慰めていると、ガルシアも眉を下げて言った。
「なんかとっかかりになる情報が手に入るとイイんスけどね。このままじゃ話し合いにもならねーッスから」
「情報ねえ」
「……それならば忍者が必要です」
と、そこで五十嵐さん。
「大きな領主はみな優秀な忍者を抱えています。情報戦のためです……」
忍者、か。
それは確かに五十嵐さんの言う通りだった。
宮中には見るからに忍者という者もいれば、普通の姿でも潜在職性を見ればバリバリの忍者である者も多数行き来している。
なるほど、諜報活動は戦いの場だけではなく、政治の場でもスゲー重要だってことだな。
状況を打開するにはそういう戦力が確かに欲しい。
でもさ。
いきなり忍者と言われてもすぐに用意できるもんじゃあないよな……。
くルック~! くルック~!
その時。
控え処の庭先から、一匹のハトが降り立った。
「わあ。ハトだ♪」
そう言ってスイカが寄っていくが、ハトは彼女を避け、俺の元へ飛んでくる。
「な、なんだ?」
怪訝に思っていると、ふと、その足に紙が縛りつけてあるのに気づく。
紙をほどいてやるとハトは俺から興味を失ったように飛び立っていってしまった。
「エイガ様、おそらく伝書鳩です……」
「ん? なにそれ?」
「……その紙、書状ではありませんか?」
五十嵐さんがそう言うので紙を開くと、こう書き出されていた。
≪西園寺華那子が申し上げます云々~≫
と。
書籍化に関しまして、キャラデザ公開の方、ティアナ、五十嵐さん、ガルシアまでしております。





