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【9章挿話B】 盗賊トルド・フォワード


 光が邪魔だな。


 私は宿の部屋でひとり、カーテンを閉じた。


 シャー……


 そして、暗くなった部屋で映写機をともす。



 すると、大きなスクリーンへひと連なりの『サイン』がはっきりと映しだされた。


≪エイガ・ジャニエス≫


 これは本人の書いた、本物のサインを拡大したものだ。



「むっ!」


 私はマジックを持ち、そのスクリーンの上から同じサインを殴り書いた。


 シュル、シュルルル……


 すると、私の手から寸分違わぬ筆跡で『エイガ・ジャニエス』と綴られる。


 よし、完璧だ。


 私はにせサインの練習に満足し、カバンへにせ印鑑と各種の偽造書類を入れる。


 モゾモゾ……


 そして、エイガ・ジャニエスの着るような服へと着替え始めるのだ。


 そう。


 盗みで大切なのは『情報』と『準備』である。


 対ティアナ・ファン・レールの盗みで最も有効なのは、エイガ・ジャニエスへなりすますこと。


 これがきもの情報であり、なりすますための準備もすでに仕上がっている。


 最後に、あの喫茶店で盗んだ『顔』へと変化へんげして、部屋を出た。



 ガチャ……



「あははは! ソフィーさん、また大貧民ですねー」


「ぐぬぬぬぬ」


 さて、部屋を出るとソフィーたちは4人でトランプをしていた。


 ユウリさんやゴンザレスはまだわかるが、あのアクアとか言う記者までも一緒になってるのはくつろぎぎというか、ツラの皮が厚いというか。


「アクア、ちょっとは手加減しなさいよ!」


「甘いです。ほら。上から2枚、渡してください」


「ああ、アタシの虎の子が……」


 まあ、ソフィーが気に入っているようだから何も言うまい。


 この子が同年代の同性と仲良くしているのを見るのは本当に久しぶりだしな……。


「それじゃあ行って来ますよ」


 私はソフィーの肩をポンと叩き、言った。


「んー、そう……って、誰!?」


「ははっ。私ですよ、私」


 そう言って私は苦笑いする。


 私の顔がコロコロ変わるだなんて、今に始まったことではないだろうに。


「なぁんだ。トルドね? どうしたのその顔」


「これがくだんのエイガ・ジャニエスですよ」


「そんな、声まで変わって……」


 女記者のアクアが横でそんなふうにショックを受けていた。


 一方、ソフィーは私の顔をまじまじと見つめる。


「ふーん」


「なんです?」


「けっこうカッコイイじゃない」


 ソ、ソフィー……


「チッ。くだらないことを言っている場合ではないですよ。いいですか? 奇跡の五人は今日にも魔王の砦9面をクリアする情勢とのことです。そうなれば私はいよいよ『仕事』へ入ります。成功しましたら『のろし』をあげますから……」


「わかってるわ! アタシが先に魔王アニムスを倒しちゃえばいいのよね!」


「ええ。それから必ずユウリさんも連れて行ってください。魔王の魂魄こんぱくが地獄へ撤退するエネルギーで【地獄門】を開く。それはユウリさんにしかできないことですからね」


「ふふ、任せておいてよ。……あ、それパスね」


 私が作戦を確認しているのに、『大貧民』をやめない4人。


 ユウリさんは手持ちカードがなかなか減っていかない様子だ。


「それより、僕はトルドさんが心配だな。あのすきが無いってうわさのティアナ・ファン・レールからちゃんと盗めるの?」


「ふん、私を誰だと思っているんです? 問題ありません」


 そう言って、私は背を向ける。


「ウウウウ……」


 通り過ぎる時、ゴンザレスの手持ちカードからジョーカーが2枚見えた。



 ◇



 ピシャーン!……ゴロゴロゴロ!!



 黒い雲に稲妻が走る。


 ゲーテブルク城前の荒野へ来てみると、魔王の砦はちょうど9面が攻略されたところだった。


 ヤツら奇跡の五人の成長は予想以上に早いようだ。


「さあ、行こうか……」


 と、勇者がマントを翻す。


 いよいよ第6魔王アニムスの居城を討伐せんと5人の冒険者が足を踏み出していった。


 そんな場面へ。


 私は背後からツカツカと歩いて行き、こう声をかけたのである。


「おい。クロス」


「え、エイガ……?」


 勇者クロスが私の顔を見て目を見開く。


 その他のメンバーも絶句しているが、誰も私がにせ者だと怪しむ様子はない。


 まあ当然だ。私の変化へんげは完璧だからな。


「はぁ~? エイガ先輩? 今さら何しに来たんですかぁ? 意味わかんないんですけどぉw」


 全員が驚愕で声の出ない中、回復系白魔導士のエマ・ドレスラーがそう突っかかって来た。


 ふん、情報どおりの女だ。


「エマ。心配して来てやったのにその言い方はねーだろ」


 私はエイガ・ジャニエスの言葉づかいでそう返した。


「心配? アタシたちより弱くてクビになった人が? ちょー受けるんですけど(笑)うひゃひゃひゃ」


「……ねえ、エイガ。一体なにが心配なの?」


 笑い続けるエマを押しのけて、ティアナがそう尋ねた。


「ああ。もしかしてお前たちが9面を破った勢いでそのまま魔王の居城へ速攻かけようとしてんじゃねーかって思ってな」


「それがどういけないの?」


「魔王ってのは普通の魔物と比べてずっと知能が高いんだ。必ずワナを張って待っている。それより魔王アニムスはナターシャ姫を狙っているんだろ?姫をおとりにして籠城した方がいい」


 この作戦は、実を言うとデタラメである。


 正しいかもしれないし、正しくないかもしれない。


 ただ単純に、『魔王戦の前に一夜置いてもらいたい』というこちらの都合に合わせて、もっともらしい作戦をしつらえただけなのだった。


「「「!!……」」」


 しかし彼らにとって『エイガ・ジャニエスが自信を持って放つ言葉』には、甚大な影響力があるようだった。


 情報どおりである。


 最終的に実力が逆転して解雇になったらしいが、この五人は育成者エイガに育てられ、率いられてきた年月が長いらしいのだ。


 そういう強いリーダーに依存していたパーティの記憶は、そう簡単に消えるものではない。


 これを利用しない手はないというわけだ。


 彼らはきっと私の助言どおり籠城するはず。


 そう思った時だった。


「エイガ。すまないけど、引っ込んでてくれないか?」


 勇者クロスはそうつぶやいて、私の肩をどけたのである。


「……は?」


「心配してわざわざ来てくれたのは感謝するよ。でもさ。オレたちはもう、オレたちの冒険をやってるんだ。作戦は速攻。姫をおとりにするだなんて危険すぎる……それが俺の判断だ」


「クロスお前、誰に向かって口聞いてんだ?」


「エイガ……っ!! やっぱりお前、まだ俺のこと対等に思ってくれてないのか……」


「あ?」


「オレはもうお前の育成対象じゃない! もうオレはオレの、お前はお前の冒険をしているんだ。なのに……どうしていつまでも対等な友達として見てくれないんだよ」


 チッ……面倒だな。


 勇者クロスは最も育成者エイガへの依存が強いと思っていたのに。


「……」


 そこで、無言ながら剣士デリーがクロスの後ろへ着いた。


 勇者クロスの意見に賛成という意思表示だろう。


 クソ。これじゃ0対2だ。


「アタシもねー。今さらエイガ先輩にとやかく言われるのは違うなーって思うんですけどぉ……」


 続いてエマ・ドレスラーである。


「でも、そんなことエイガ先輩なら百も承知だと思うんですよぉ。それでもいてやって来たってことは、やっぱり今行ったら相当ヤバイってことなんじゃないでしょうか……。ってことで、アタシはこっちです(笑)」


 意外にも、彼女は私の背の後ろに着いた。


「ボクも、お師匠を信じる」


 モリエ・ラクストレームがこちらなのは予想どおりである。


 これで2対2……。


 クロス、デリーは速攻策。


 エマ、モリエは籠城策。


 すると必然、最後のひとりの判断に注目が集まる。


「わ、私は……」


 ティアナ・ファン・レールは瞬間、弱々しげに瞳をルルっと惑わせるが、赤いメガネのふちを指で正すとキッと背筋を伸ばし、少し事務的な口調で言った。


「私の作戦についての意見は保留にさせてもらうわ。ただ、今日のところは引き返しましょう」


「ティ……ティアナ」


「クロス。あなたの判断を信用しないということではないのよ。でも、こうしてパーティが2つに割れた状態で魔王と戦っても、きっと勝利することはできないのだわ」


「……」


「城攻めか籠城かは落ち着いてもう一度決めましょう。ね?」


「ああ……。わかったよ」


 勇者クロスはため息をついてそう答えた。



 ◇



 こうして、奇跡の五人はゲーテブルク城へ引き返した。


 エイガ・ジャニエスの姿をとった私も、彼らの友人として城へ宿泊する。


 少しヒヤリとしたが、まあ、計画どおりだ。



 それにしてもティアナ・ファン・レールのあの事務的で冷静な判断……。


 あの女がまだエイガ・ジャニエスを想っているという情報は、もう古いものなのだろうか?



 ペラ……ペラペラ……


 私は、スキル【盗賊の書】を開く。


 ここには、私がこれまで盗んだもののリストと、これから盗もうとするものの『盗み条件』が記されている。


 中でも魔法を盗むためにはレベルによってその条件が違う。


 低いレベル魔法の条件は容易で、高いレベル魔法の条件は難関だ。


 当然、レベル6魔法【セントレイア】の盗み条件は最高難易度S。



 一夜、ちぎらねばならぬのである。



 だから、エイガ・ジャニエスの姿を取れば彼女の寝所を一夜盗むこともできると考えたのだが……


 もし、すでに恋が終わっているのであれば、最悪(気乗りはしないが)力づくでもって事をなさねばならない。


 もちろんティアナ・ファン・レールは強いが、1対1なら無理やりに組み伏せることもまあ可能だろう。


 そう思考を巡らせている時だった。



 トントントン……!



 と、私の部屋をノックする者がある。


 誰だ?


「夜分失礼いたします」


 ドアを開けると、目元のホクロが印象的なメイドがひとり立っていた。


「エイガどのは今夜初めて当城へお泊りになると伺っております」


「ああ、そのとおりだ」


「おそれいりますが、こちらにサインをいただきたいのですわ。お客様にお泊りいただく時の決まりとなっておりますの」


 そう。


 このゲーテブルク城は世界的な文化財に指定されているので、宿泊に際しては『破壊や盗賊行為をしない』という誓約書を求められるのである。


 まあ、誓約するだけならタダだ。


 私は誓約書へエイガ・ジャニエスのにせサインを書いてみせた。


「おそれいりますが、こちらにも」


「ん? なんだこれは」


 次に差し出されたのは、読めない文字で書かれた書類である。


「エイガどのは極東の領地を治めていらっしゃると伺っております。そちらの文化圏の文字で書かれたものでございます。事務的に必要となりますので……」


「あ、ああ……。なるほどな」


 そちらにもサインをするとメイドは一礼する。


「それでは失礼いたしますわ」


「あ、ちょっと待て」


「はい?」


「ちょっとワケあって聞きたいことがあるのだがな」


 そう言いながら、私はメイドのエプロンの中へカネを詰め込んだ。


「ティアナの泊っている部屋を教えてくれないか?」


「ティアナ様の?」


「ああ。実はな。俺とアイツは付き合ってるんだ。みんなには秘密なんだけどさ。だからこっそり会いに行きたいんだけど……」


 私はそう言いながらまた財布からカネを出し、メイドへ渡す。


「ね? 案内してくれないかな?」


 メイドは渡されたカネをスカートのポケットへ入れると、


「オホホ、お安い御用ですわ」


 と、目を三日月型にして微笑ほほえんだ。



 ◇



 メイドは城のとある空き部屋へ私を招いた。


「こちらでございますわ」


 空き室のテラスへ出ると、メイドは隣のテラスを覗くように言う。


 私は境目から身を乗り出し、メイドは私の身体を支えてくれた。


「む、むむむ……」


 隣の部屋に、明かりは灯ってはいない。


 しかし、まだ眠ってはいないようだ。


 椅子に座る女の影が見て取れる。


「あれがティアナか?」


「ええ。ティアナ様のお部屋でございますから。それでは、ごゆっくりお楽しみくださいませ。オホホホホ……」


「ああ、ご苦労だったな」


 と振り返ると、メイドはもうそこにはいなかった。


 少し不気味な感のするメイドだとは思ったが、盗みもいよいよ佳境であり、気にかけている場合ではない。


 私はテラスの手すりをまたぎ、壁枠の出っ張りへ足をかけつつ、隣のテラスへと移動していった。


 ボロ、パラパラ……


 古い城なので、石が欠ける。


「……ふう」


 なんとか隣の部屋のテラスへ降り立つと、ふと、ふところに違和感を覚えた。


 なんと! 財布がない!


 まさか……あのメイドか?


 クソ、油断した。


 私は盗むのは大好きだが、盗まれるのは大っ嫌いなのだ!


「ゴガグギギギギ……」


 いや、しかし落ち着け。


 とりあえず今はそんなことよりセントレイアを盗む方のことを考えなければ。


 ソフィーたちが待っているのだ!


 そう気を取り直し、私は石畳のテラスを進み窓ガラスから部屋を覗いた。


「……」


 女は机へ頬杖をついて、憂鬱なため息をつく。


 月明かりが三つ編みを階級的クラシカルな黄金へと染めていた。


 コンコン……


 私は窓をノックする。


 音に反応し、女は美しい背中をよじってこちらを見た。


 その瞬間。


 青い瞳は夜空いっぱいの星をすべて映したごとく幻想的に輝き、外では決して見ることのできないきらめいた笑顔が花のように咲いたのだった。


「エイガ……!」


 女はせわしく窓を開けると、エイガ・ジャニエスの姿を取った私へ飛びついた。


 女の小ぶりな乳房が私の胸へプニプニと潰れ、かいなはしがみつくようにくびへまわる。


 ニット地ごしにも女の肉体がすでに熱く、あのマジメぶったほおは真っ赤に燃え染まっていた。


「また、会いに来てくれるって信じてたの……!」


 どうやら力づくの必要はないらしい。


 エイガ・ジャニエスのフリだけ完璧にこなせば、本人も気づかぬうちに一夜寝盗ることができるだろう。


「ティアナ……」


 ふふっ、強豪ティアナ・ファン・レールも好きな男の前ではチョロいものだな。


 そう思いながら赤いメガネを取ってやろうとしたときだ。


「くせものですわ!!!!……」


 部屋の外でものすごい声量の女の声が響き渡ったのは……。


今日から活動報告でキャラデザを公開してまいります。

よろしければご覧ください!

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― 新着の感想 ―
下の方と同意で、違和感を感じない点からエイガは普段からそういう作戦を立てる人だったのかな? 普通なら『お前らしくないな』とか、『お前にしては珍しいな』とか言われそうなもんだけど。まあ、女性陣はエイガ相…
[気になる点] 「姫を囮おとりにして籠城した方がいい」 ティアナ達は、ジャニエスのこの一言に違和感を感じなかったのでしょうか。
[気になる点] まあ、女の子達が可哀想だなって
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