第72話 一発籠め魔法銃
「旦那! ご結婚おめでとうございますッス!」
「うるせえよ」
一晩明けて館へ帰ると、案の定ニコニコと茶化してくるガルシア。
「……」
一方。
五十嵐さんはガルシアの相手なんかせず、もうせっせと書類を整理したりなどしている。
俺としては昨夜のことがあってちょっと照れくさい気分もあるのだけれど、女秘書の仕事っぷりはいつものとおり変わらない。
ササッとした颯爽たる動き。
ファイルを取り、机へ向かってターンすると、タイト・スカートの側面に映る骨盤の窪みが厳に蠢く。
「ねえねえ、旦那ぁ。なんかあったんでしょ?教えてくれてもイイじゃないっスか♪♪」
ガルシアはそう言って、後ろから軽く首を絞めてくる。
チッ……。
五十嵐さんが忙しそうだからって俺にばっかり絡んで来やがって。
ヒマそうにしてちゃいけない。
どうにか俺もなんか忙しそうにできないもんかな。
そんなふうに思っていると。
キャッキャッ、うふふ♪
隣の部屋でメイド3人娘の楽しげな声が聞こえてくる。
ちょうどいい。
俺はガルシアの手を払うと、ふらふら~っとメイド少女たちの園を覗き込みに行った。
「よお。なにしてんの?」
「あ、ご主人さま♪」
「はい、型紙を作ってるんです」
型紙。服を作るときの裁断の基準にするヤツか。
そー言えば、そのメイド服も自分たちで作ったんだもんな。
「お前たち、服作るの好き?」
「はい!」
「可愛いもんねー」
「ねー」
「うん……そっか」
俺はちょっと考えて、
「じゃあマナカ、ちょっとこっちへおいで」
と手で招いた。
「え? あ、はい」
すると従順に返事しトテテテっと目の前へとやってきたので、俺はマナカの胸へそっと手を置いた。
「あっ、ご主人さま! なにをっ!?」
誤解しないで欲しいが、胸とは言ってもおっぱいには触れてないんだからな!
ちょうどメイド服の襟の下、鎖骨の下の硬い胸骨のところ。
そこへ向かって、俺はムッと魔力を注ぎこんだ。
ポー……
村娘の小さな胸へグリーンの光が注入されていく。
「え? え?」
娘は戸惑うが、なんのことはない。
育成スキル【レシーバー】をマークしただけだ。
レシーバーは、戦闘で得た経験値を遠くの仲間へ転送する能力。
転送できる対象は3枠と限りがあるが、今までマークしていたアキラ、将平、イサオさんは、すでにこれまでで相当な力を身に付けていた。
ここらでレシーバを『付け替え』して、別の才能も伸ばしてみようかなと考えてはいたのである。
とりわけ、イサオさんはなんかやべー域に達していたしな。
「よし、いいぞ」
そう言って手を離すとレシーバーの説明をしてはやったのだが、メイドたちはみんなでキャーキャー言ってあんまり聞いている様子はなかった。
ちなみに今レシーバーをマークしたマナカの職性は【裁縫師】である。
スイカは【機織】。
イコカは【製糸工】。
つまり、彼女らには、服飾系の才能があるのだ。
まあ。
とは言ってもレシーバーの3枠をすべて彼女らにマークする余裕はないけどな。
枠を増やすことができたら話は別かもしれんけど、今のところこの分野には1枠を3人で回して少しずつ経験値を送っていければと思う。
倒すモンスターが強くなってきているから転送する経験値も上がっているわけで、これからはレシーバーも頻繁に『付け替え』できるだろうしね。
「で、今は何を作っているんだ?」
俺は、ふと型紙の方が気になってそう尋ねてみる。
「あ、はい」
「もちろん五十嵐さんの花嫁衣装です!」
な……っ!?
「ご主人さま」
「五十嵐さん」
「ご婚約」
「「「おめでとうございます!」」」
卒業式みたいに声をそろえ、ペコリとお辞儀するメイドたち。
そう。
ちょっと可哀想だが、ウワサ好きな彼女たちにはそこらへんの事情は伏せているのだった。
婚約者の『フリ』って話がご実家まで届いたら事だからな。
気持ちは嬉しいが、「花嫁衣装は五十嵐家伝統のものがあるから……」とでっち上げの理由でその作製をなんとか思い止まらせていたのだけれど、そのとき、
チリン♪チリン♪
ふいに玄関の鐘が鳴る。
「エイガ! できたよ!!」
で、間髪を容れず、そして勢いよく部屋に入ってきたのはリヴだった。
しかも彼女はマスケット銃のようなものをシャキーンっと担いでいて、これにはさすがの俺もちょっとビビる。
「リヴ!? な、なんだそれ」
「見ての通り新兵器さ。コイツを飛ばすためのね」
すると、リヴはぴっちりしたお尻のポッケから蒼色の美しい塔型のモノを取り出した。
「なにこれ?」
「なにって、アンタが取ってきた【融合石】で弾丸を作ったんじゃないか」
!!
「……弾丸!?」
「ああ、この弾丸ひとつへ5つまで魔法のパワーを融合させることができるはずだよ」
待望の新兵器だった。
レベル3の中級魔法でも5つも融合させれば、レベル4級以上の火力が実現できるだろう。
でも……
「意外だな。銃なのか?」
「うん、それにはワケがあってね」
そういうわけで俺はリヴからこの魔法銃の詳細を教わる。
形状はマスケット銃に似た一発先籠めの長銃だが、飛ばすのは鉛玉ではなく融合石の弾。
「なるほど。融合石を飛ばすには弓矢だと重すぎるんだな。だから火薬の力で攻撃を飛ばす銃にしたってわけか」
「ふふっ、さすが理解が早いね。そういうことさ」
使い方は、まず融合石の弾丸へ魔法を籠めて融合させる(最大×5まで)。
次に、融合された魔力が失われないうちに弾丸を鉄筒へ入れ、細い棒でトントンと奥へ押し込める。
マスケット銃と違うのは縄に火をつけて使うところ。
引き金を引くと火縄が火薬へ着火し、小爆発が起こって、弾丸が筒から勢いよく射出されていくという構造であった。
「ふむふむ、なるほどな」
俺は片眼を閉じ、魔法銃を構えながらうなずく。
さすがリヴ。よくできている。
つーか、銃なんてカッコイイな♪
非常に男心をくすぐられるぜ♪♪
と、そんなふうに銃に心を奪われている時。
「あ、あのさ。エイガ」
「ふんふんふーん♪……ん?」
「話は変わるけどさ。その、聞いたよ」
「なにを?」
「あんた、結婚するんだってね」
ハッとして顔をあげると、女鍛冶のジーパンの股間が妙に内股へキュッと締まるのが目に入った。
「あっ、それだけどな。その……」
リヴにくらいは事情を説明しておこうかとも思ったが、この場にはメイドたちもいるので俺は口ごもる。
「おめでとね」
「いや、ええと……」
「でも、また工房にも来ておくれよ!」
リヴは腰に手を当てニカっと笑い、タンクトップの乳房を寂しげにぷるるんとさせた。
「なに言ってんの? もちろん工房へは行くさ」
「本当かい? きっとだよ」
なにを心配してんのか、よくわかんねーな。
こんな素晴らしい武器を作る鍛冶を放っておくワケなんかないだろう。
「あ、そうだ」
そのとき、俺は大事なことを思い出して彼女の胸へ手を伸ばした。
「え!?……ちょ、ちょいと!」
ポー……
そう、今のうちに2枠目のレシーバーを付け替えるのである。
やはり、特に傾斜して経験値を送りたいのはこの分野だからな。
本当は一太郎くんや工房のみんなへも経験値を送りたいところだけれど、まあ、それも付け替え対応ということになろう。
レシーバーの枠がもう少しあるといいんだが……。
「これでよし、っと」
チリンチリン♪
さて、ちょうどリヴへのレシーバー付け替えが終わった頃、また玄関の鐘が鳴る。
なんか急に忙しいな。
今度は誰だ?
「領主さま。ただいま遠征から帰りました」
やって来たのは、鬼ヶ島クエストの指揮を任せていたナオだった。
「おお、ナオか! おかえり! みんな無事だった?」
「はい。すでに総員村へ帰り休養を取っています」
うん、あいかわらず15歳の少女とは思えないくらいしっかりした子だ。
年齢的にはちょうどモリエと同じくらいなのになぁ。
「そうか。ごくろうさまだったな」
俺はこの子が部隊を率いてちゃんと帰ってきたことだけでとても嬉しかったのだが、
「いえ……」
と、彼女自身は少し浮かない顔をしている。
「どうした?クエストは失敗だったのか?」
そうだったとしてもやむを得ない。なにせ初めて部隊を率いたんだから。
「いえ、鬼ヶ島の鬼は駆逐しました」
「ま、マジか!?」
じゃあ何が気にくわないんだ?
「ですが……すべての味方に活躍の場を作ってあげることができませんでした」
「むっ」
そりゃ自分に厳しすぎだろとは思ったが、反省点がやたら本質的っぽい。
やっぱりナオは指揮官に向いているみたいだな。
「とにかくよくやったよ。お前も村に帰ってよく休むんだ」
「領主さま……」
そう褒めながら頭をなでなでしてあげると、張り詰めた頬にふッと幼さが宿った。
「じゃあ、気を付けてな」
「はい」
俺は少女の肩を抱き、ねぎらいつつ直々に玄関まで送ってやる。
ナオは『ペコリ』とお辞儀してドアを開けるが、ふと振り返って言った。
「そうだ、領主さま」
「ん?どうした」
「このたびはご婚約おめでとうございます」
これにはさすがに戦慄した。
彼女は遠征から帰ったばかりのはずなのに、もう『俺と五十嵐さんが婚約した』ってウワサが届いているのだ。
俺は『田舎のウワサ伝播力』ってやつをナメてたのかもしれない。
でもまあ。
最悪、俺と五十嵐さんのあいだで婚約者の『フリ』っていうのがわかっていればイイことか。
と、そんなふうに開き直ったのだが――
この時の俺はまるでわかっていなかった。
俺と五十嵐さんの婚約という情報が、領地のパワー・バランスにとってどんな意味と影響があるかということを。
……だがまあ、それはまた別の話である。
◇
さて、ナオが帰ったあと。
「……エイガさま。こちらをご覧ください」
五十嵐さんがさっきからせっせとまとめていた書類を俺の前へサっと差し出した。
「なにこれ?」
「……はい。帝都での議会がもう来週に迫っていますのでスケジュールを立てました」
と、秘書らしいセリフを言うが……
極東の議会か。
そう言えば、もうそんな時期なんだな。
まあ、そもそも俺は、領主として『ほとんどなんの義務も課されていない』と言えるほど驚きの自由さを許されている。
しかし、そんな中。
ひとつだけ中央に対する義務らしきものがあるとすれば『年に一度の議会への出席』がそれであった。
でもなぁー。
ものぐさな俺は、そんなたったひとつの義務すらも目前に迫るとひどく煩わしかった。
だって、帝都はエラい人がいっぱいいて緊張するし、議会なんて退屈そうだ。
できれば遠慮ねがいたい。
「五十嵐さん、それなんとか理由をつけて欠席できないかなぁ」
「……できないことはありませんが、出席なさるべきです」
元は大臣の秘書なだけあってさすがにこれのサボりは許してくれない感じか?……と思ったのだが、
「ただいま鬼ヶ島クエストを攻略したと聞きましたので……」
と、五十嵐さんはちょっとよくわからないことを言う。
「ん? クエストと議会でなんの関係があるんだ?」
「……エイガさまは、地獄の鬼がなぜ『鬼ヶ島』へやってくるかご存じですか?」
「いいや。ぜんぜんわかんない」
「鬼の持つ金棒を作る『鉄』が取れるからです」
女秘書がそう言うと、向こうの商人と女鍛冶の目がキラーン☆と光った。
そう。
さまざまな武器形成のベースとなる鋼鉄はどうにかして『量』が欲しかったところ。
これまでのようにいちいち獲得アイテムを再利用するより、原料から製鉄した方が効率的だし、冒険の自由度も上がる。
アキラの地質調査では遠雲に鉄鉱石は存在しないが、この功績で鬼の滅んだ【鬼ヶ島】の鉄を採掘できれば……
「旦那! 次は自分も行くッスぅ!」
ガルシアが身を乗り出して言う。
以前は『帝都よりスカハマ』と言ってついてこなかったくらいなのに現金なやつ……と思うが、商人としてはむしろ頼もしいと言うべきかもな。
「……よし、じゃあ次はみんなで帝都へ行ってみるか!」
俺は仲間たちを見渡して、そう声を掛けた。
※これにて9章が終わりになります。引き続きお楽しみいただければ嬉しいです!