第71話 既成事実
※お待たせして申し訳ありません。更新再開してまいります!
それから、あとがきにてお知らせがあります。ぜひご覧ください。
俺と五十嵐さんは、猛スピードでさっきいた仏壇の部屋へと引き返した。
到着するとササッと襖を閉じ、もとの位置の座布団へ尻を乗せる。
ずっとここにいました……というふうにな。
で、間一髪。
ちょうどそこで縁側の障子がスーっと開いた。
「領主さま。私が悦子の父でございます」
障子を開けたのは、黒ぶちメガネをかけた目付きの鋭い40男。
この人が五十嵐さんのお父さんかぁ。
さすがにちょい緊張。
「あ……ああ。領主のエイガだ」
俺は一通りの挨拶を済ませると、先ほど若奥さんにしたような説明を一応した。
「かくかくしかじかで……娘さんは領主であるこの俺がお嫁にいただくことにしたから」
「むっ」
「ので、今の縁談は即刻取りやめてもらいたい」
「むむむっ」
黒ぶちメガネの奥で眉間にシワが寄る。
すごい『お父さんプレッシャー』だ。
そう言えば、俺の五十嵐さんへの愛がホンモノかどうか注意して見ようって言ってたもんな。
こっちは実のところ『婚約者のフリ』をしている身の上なワケだし、ボロが出る前に早いところ帰った方がいいかもしれない。
「あなたー!ご飯のしたくができましたよー!」
と、そんなとき、若奥さんの声が聞こえてくる。
ちょうどいい。これを理由にお暇することにしよう。
「じゃあそろそろ俺は……」
「ささ、家内がああ申しておりますので、婿さまもご一緒にどうぞ」
「は?」
つーか、なんか呼び方変わってね!?
「いや……よその食卓へズカズカとお邪魔するのも悪いし、俺はこれで」
「よそ? 何をおっしゃいますか。本当に娘と結婚するつもりならば遅かれ早かれもう家族でしょう」
「うっ」
鋭い眼光が黒ぶちメガネに反射する。
ヤバイ、疑われたか……?
「そ、それもそうだな。やっぱりごちそうになっていくよ」
俺は喉から声を搾りだすようにして何とかそう答えた。
◇
ワイワイ……
食卓にお邪魔すると、五十嵐家はまるでだんごのような大家族であった。
一家の長老であるイサオさんを筆頭に老若男女が大きなちゃぶ台を囲み、チラシ寿司の入った大きな米たらいと、山菜や畑野菜を塩で漬けたのと、海苔と、お吸い物と、茶碗と箸が雑然と並べられている。
カチャカチャカチャ……わいわい……きゃー!アハハ……
子供も多い。
赤ん坊が2人と、誰が誰の子供かはわからない小さいのが7人ほどいて、おとなしい子もあれば、ご飯中に畳の上をドタバタ走り回って旦那さんに怒鳴られている子もある。
そんな子供たちの中で、9つ、10ばかりのおかっぱの童女がひとりトテテテ……っと五十嵐さんのそばへ寄って来て言った。
「ねえ、おねえちゃん」
なあに? という感じで首をかしげポニーテールを揺らす五十嵐さん。
「おねえちゃん、お嫁さんになるの?」
「……ええ。そうよ」
「いいなぁー」
五十嵐さんはそんな童女をやさしく睨み、おかっぱ頭をサラサラなでてやった。
女秘書の長く白い指から零れる童女の無数の黒髪が小さな額へパラパラと下りて、あどけないおでこの生えぎわは初々しいエネルギーに満ちている。
俺はさすがに愛らしく思われてガルシアのように『ニコッ』と笑いかけてみせるが、童女は「うししっ♪」と照れ笑いしながら五十嵐さんのレディ・スーツに顔を半分隠して、恥ずかしそうにこちらをチラチラ覗くばかりだった♡
「お口に合いましたでしょうか?婿さま」
と、そこで若奥さん。
「あ? ああ。とてもおいしかった。ごちそうさま」
というか、若奥さんまでその呼び方でいくんだな。
「では、お風呂が沸いておりますので。お先にお入りくださいな」
「えっ。いや、さすがにもう帰ろうと思うんだが……」
と立ち去ろうとするが、旦那さんが口を開く。
「婿さま。結婚すればここの風呂を使ってもらうことも多くなるはずでしょう。どうぞ今のうちに使い慣れていってください」
「は、はあ……」
そうやって旦那さんに黒ぶちメガネを光らせられると、どうにも断りきれないのであった。
ざっぷーん……
「で、ズルズルと泊まることになってしまったワケだけど」
「……」
お風呂あがり。
俺と五十嵐さんは用意された浴衣を着て、座布団に正座し二人顔を突き合わせていた。
あの仏壇の部屋に、一枚だけ敷かれた真っ白な布団。
枕だけは二つある。
若奥さんによると『大家族なもので布団が足りませんの』という話だが、本当かよ!?
「すみません、エイガさま……」
「あ、いや。なにも謝ることはないけどさ。でも……本当にいいのか?」
そう肩をポンと叩くと、浴衣姿の五十嵐さんはビクっと背筋を伸ばした。
そして一瞬だけ布団へ視線をやると、意を決したようにこちらを睨む。
「はい……。初めてですが、善処します」
俺には彼女が何を言ってるのかちょっとよくわからなかった。
「あのさ、俺が言ってんのは……」
「?」
「婚約者のフリなんかして、マジで本当の縁談を潰しちゃってよかったのかよって話さ」
そう。これはマジメな話だ。
最初は親に決められた結婚なんて可哀想……って先入観で『婚約者のフリ』をやってみせたが、五十嵐さんちの家族を見ているうちに、そうとばかりは言えないように思われたのである。
家族や村の付き合いが豊富で、土地にわずかな信仰さえあれば、『お見合い結婚』ってヤツもけっこういいもんなんじゃないか?
「そりゃあさ……。正直、俺としては五十嵐さんにずっと仲間でいて欲しいって気持ちはあるよ」
「エイガ様……!」
顔が近い(汗)
「で、でもさ。あのとき帝都で大臣の秘書までしていたのに……それでも望んでついて来たワケじゃん? ってことは、やっぱり遠雲が好きなんだろ?」
「っ……」
「じゃあ、この土地でフツーに『お嫁さん』になってみるのも悪くないんじゃないか?」
なんといっても【お嫁さん】の才能はあるんだ。
「いいんです」
「でも、もっとよく考えた方が……」
「いいんです」
そう繰り返す口調には、有無を言わさぬものがあった。
「私には今が一番いいんです」
「今?」
「ええ、今が……」
そう言って黙ってしまう。
一瞬、『今ってなんだよ、ワケわかんねー』って思ったけど、少し考えてみるとまったく思い当たるところがないというワケでもなかった。
そう、確かに。
彼女は、他の領民たちのように『がっちり土地や村に組み込まれた一生』を送れるようなタイプじゃないような気もする。
そもそも頭がよすぎるし、逆に領民たちどうしの阿吽の呼吸や生活リズムが彼女の中に根付いているようにも思えない。
でも、だからと言って遠雲が好きじゃないかといえば、それは好きなのだ。
好きだけど、その一部にはなれない感じ……。
彼女のそういう仄かな陰は、一年近く一緒にいて薄々勘づいていたところではあったのだ。
「五十嵐さん、その……」
「だから、こう思っているんです」
俺が口を開くのにかぶせて、五十嵐さんが続ける。
「今がずっと続けばいいって。こうしてエイガさまと一緒に、遠雲を少しずつ強国へ発展させるよう頑張っていられる今が、ずっと……」
鋭い目の女は少しだけうつむいて、祈るように言った。
「そっか」
普段は自分のことをめったに話さない五十嵐さんがそこまで言ってくれたのだから、もう何も言うことはないと思った。
もちろん、『ずっと続けばいい』と思った日々もいつかは終わりがあるってことを、28歳の俺は心が痛むほど知っている。
だけど、今の俺たちにとって別にそれはまだ今じゃなくていいのかもしれないと、そうも思ったんだ。
「じゃあ、もう寝るか」
そう言って、俺は布団へともぐって行った。
五十嵐さんもコクリとうなずくと、モゾモゾと布団に入ってくる。
やがて、行灯が自然に油を切らすと、天井の木目がフッと闇に消え、障子にぼんやりと映る月明だけが女の美しい頬を青白く染めていた。
◇
チュンチュン……
次の日。
「うーん」
なんだか息苦しいなぁ……と思ってパっと目を覚ました。
「ん、んん、ん!?」
すると、仰向けに寝る俺の上へ、五十嵐さんの肉体がむっちりと覆いかぶさってきていて、そして、
「……zzzz」
クークー眠っていた。
軽く肌けた浴衣ごしに、意外と重みのある女の胸が寝息に合わせてむにゅっ!むにゅっ!と乱暴に潰れ、ずっしりと呼吸を圧迫してくる。
「うう、五十嵐さん、おも……」
重いと言おうとしたが、それはさすがに美人秘書に対するセクハラ発言だと思い、思い止まった。
「ん……んんzzzz」
なんて寝相だと一瞬思ったが、まあ一枚の布団で寝ているので仕方ないのかもしれない。
「やれやれ」
俺はため息をつくと、彼女の肩をそっと抱き、起こさないように隣へ横たえようとした。
が、その時。
スー……
「「婿さま。おはようございます」」
「わあ!」
ふいに障子が開いて、五十嵐父母がこちらをのぞき込んでいたのである。
そして、今の俺の体勢を見るに、ちょうど『昨夜のお楽しみを思い出しつつイチャイチャ抱き合っている朝の図』のような感じになってしまっている。
まずい……。怒られる!
「ち、ちがうんだ、コレは!」
「ふふふっ、わかっておりますわ。婿さま」
ほっ、わかってくれたか。
「既成事実でございますね!」
「ち、ちがうって(汗)」
こうしてわめき合っていると五十嵐さんも『ほよ?』っと目を覚ましたので説明してもらおうと思ったが、するとご両親はもう縁側からはいなくなっていた。
その後、「今日もごゆっくりなさってくださいな」と若奥さんには引きとどめられたけれど、「館での仕事があるから」と固辞し、やっと帰れることになった。
「どうもお邪魔しました」
こうして屋敷の門を出ると、五十嵐一族が総出でお見送りをしてくれるものだからまたビビる。
そんな中、昨日のおかっぱ童女が大人たちの膝元にちょこんと立っていて、
「ばいばい、むこさま」
と小さな手を振ってくれていた♡
また来よう♡♡
「婿さま。実家と思っていつでもお越しください」
「私たちはもう家族みたいなものなんですからね」
ご両親からはそんなあたたかな言葉をいただくが……なんだかちょっと違和感があるな。
俺の五十嵐さんへの愛を見極めて、お見合い相手と天秤にかけようとしていたんじゃなかったっけ?
ふと、
『もしかして、昨日のこの夫婦の会話は、襖越しに俺たちが聞き耳を立てていることを知って、演技されたものだったんじゃ……』
という考えが脳裏に浮かんだが、『それはさすがに考えすぎか』と思い直して女秘書と共に館へ帰っていった。
◇◆おしらせ◆◇
本作『育成スキル~』の書籍化&コミカライズが決定しましたのでお知らせいたします!
レーベルはGAノベル様から。
コミカライズは「マンガUP!」(スクウェア・エニックス様)から。
詳細は順次『活動報告』などに掲載してまいりますね。
また、ページ下部↓に書籍1巻の【表紙画像】を掲載しました。
イラスト、キャラデザを担当くださったのは『teffish様』で、清涼感のある非常に美しい表紙をくださいました。
ぜひご覧ください!





