第68話 続・pt
「つーか『pt』って……帰りの船の賭けゲームで設定してたヤツじゃねーか」
あの時は、俺と五十嵐さんがツイスター・ゲームで激闘を繰り広げたりしたっけ。
「そうそう、それッス。だからメイド1人【+2000pt】発行するたびに、旦那には記録上【-2000pt】が付くことになるんス」
なるほどな。
じゃあ、マナカ、スイカ、イコカのメイド3人娘は、ひと月働けばそれぞれ主人(俺)へ『罰ゲーム』を一つずつ命じることができるptを獲得するってワケか。
「……って、ざけんな!そんなんが給料になるかよ!」
「いやいや便宜上のことッスよ。やってることは今までと変わんねーんス」
「?」
ガルシアの言うにはこうである。
まず、俺たちはこの遠雲の地へ来てからまだ『年貢』を徴収していない。
去年の穀物収穫に際しても領主になったばかりで、収穫量を見積もるとかそういう発想がなかったしな。
まあ、そこらへんは冒険者あがりの俺にはどーしていいかよくわかんねーから、ガルシアと吉岡十蔵に任せることにしていたのだけれど、それにしてもまだ年貢は徴収していないんだと。
しかし、例えば俺はこの『館』や『鍛冶工房』といった建物をこの地に建ててもらうことができている。
それはどーしてかっていうと、大工の棟梁に『貸し』でやってもらっているからなワケだ。
で、こーいうふうに貸しが通用するのは、俺が『領主』であり……つまり『領主には年貢を取り立てる権限があるから、褒美を取りっぱぐれることはないはずだ』と、棟梁の方もわかっているからである。
「でも、我々がこの領地で持っている『貸し』もずいぶん複雑になってきたんで、なにか統一した『単位』があれば帳簿を付けやすいと思ってたんッス」
そう。
俺たちは建物だけではなく、食物や日用品なども、『遠雲で生産されるモノ』については『貸し』で買っていたのだ。
その上で、まだ支払っていない給料も貸しだと考えると、そりゃ複雑そうである。
「特に給料は難しいんスよ。建物や食物なら【館一棟分の貸し 】とか【秋刀魚6匹分の貸し】とかって記録しておけばいいッスけど、『働き』は誰々がどういう働きをしてそれがこういう成果を生んで……みたいに記しておくのは無理ッスからね。とりあえずポジションに応じて数値的に暫定するしかできないんで」
まあ、そーなのかもな。
冒険者も、あるモンスターを倒した時、パーティの誰にどれくらいの貢献度があったかなんて、だいたいのイメージでくらいでしか言えないし。
アイテムや褒賞金の分配もだいたい等分で、リーダーとかポジションに応じて色を付けるくらいなパーティが多い。
「でもさー、だからって俺らが遊びで使ってた『pt』をそのまま使うことねーじゃんか」
「いやぁ。自分の帳簿と五十嵐さんの日誌を照らし合わせて整理してたんで『pt』だと話が早かったんスよ。それに……」
カチャカチャカチャ……
その時、メイド3人娘がせっせと食器をかたづけだす。
ガルシアは、彼女らの働きをほほえましそうに眺めながら続けた。
「それに……旦那がゲームで設定した『pt』って、けっこうよくできてるんスよねー」
「そーなのか?」
「ええ。普通、クイズで設定するポイントとかボード・ゲームの仮想の通貨とかって『+』だけでしょ?でも、旦那が設定した『pt』は『+と-』がセットじゃないッスか。勝った方に+100ptが入れば必ず負けた方にも-100ptが入る。その場のぜーんぶのptを足せば0になるッスね」
まあ、当番の交代とか、罰ゲームとかが前提だったからな。
それを誰が誰に命じることができるか記録できないと意味なかったし。
「この発想が『貸し/借り』を記録するのに向いてるんスよねー」
と言ってガルシアはそろばんをジャラジャラと鳴らす。
たしかに、船の中で『pt』を考えた時、ハーフェン・フェルトで手持ち資金がなくなった時のことが念頭にあったのは確かだ。
俺もなんとなく商人的発想を参照していたのかもな。
「……まあ、いいよ。貸しの計算をptでやるのはわかった。でもさ。給料が貸しってことは、俺が貸しを支払うまでの間、彼女らなんにも買えなくて生活に困るってことにならねーか?」
「+ptを持つ子には【領主の借用書】を書いてあげればいいんス。借用書を各村へ持っていけば、各村の生産物と交換できる……ってしておけばイイでしょ?」
またよくわからなくなってきた。
「そっスか?ええと……たとえば、マナカちゃんへ+2000ptを発行するとするじゃないッスか。この時、2000ptまでなら何ptでも借用書を書いてあげるんスよ。100ptでも10ptでもね。で、そのうち30ptの借用書を中村の長者のところへ持っていけば、1升の米と交換してもらえる……みたいに決めておけばいいってことッス」
「それって、つまり『お米券』みたいなものですか?」
自分がたとえに挙げられていたからであろうか、マナカが横からそう質問した。
「お米だけじゃなくって、他の村の生産物とも交換できるようにするッスよ。だからマナカちゃんは、2000ptをなんでも好きなモノに交換してイイんス。谷村のお野菜でも、山村の毛皮でもね」
ガルシアはまるでHENTAIのようなやさしい笑顔でメイドの質問に応えた。
「……でもさ」
と、俺。
「そこで長者はなんで30ptの借用書と1升の米を交換してくれることになるんだ?」
「そこらへんは運営に少し工夫が必要なんスけど……基本的には棟梁が貸しで館を建ててくれたことと同じッスよ。つまり【領主の借用書】は信用度の高い資産として考えられるからッスね」
ちょっとまだよくわからんが……
「ってことはさ。最終的に俺が『年貢』を徴収したら、メイドたちに直接貸しを返すんじゃなくって、pt借用書を持つ長者とかの方へ貸しを返せばいいってことか?」
「え? はぁ……やれやれ。旦那、そんなことする必要ないでしょ」
「あ?」
「年貢を、生産物じゃなくって最初から【pt借用書】で徴収すればイイじゃないッスか」
……!?
あれっ、たしかに……そうなる……のか?
チリン♪チリン♪
そんなふうに若干混乱していると、玄関の鐘が可憐な音を立てる。
「……ただいまかえりました」
一瞬間を置いて、ポニーテールの美しい女性が鋭い目つきであらわれた。
「あ。五十嵐さん、実家の方はどうだったんッス?」
「……ええ」
そう言えば五十嵐さん、実家に行っていたんだっけ?
けっきょく、なんの話だったんだろ。
「……エイガさま」
「な、なに?」
女秘書は俺の席の下で片膝を着き、タイト・スカートをむちッと突っ張りながら、清楚なしぐさで黒髪を耳へかけた。
そして、おもむろに財布から2000ptの借用書を取り出し、こちらをギロっと睨んで言う。
「あの、罰ゲームを……」
「う!?」
今、遊びで設定したptが予想外な展開をみせそうでビックリみたいな話をしていたのに、この女性はあくまで『本来の使い方』をしてくるんだな。
彼女らしいと言えば彼女らしいが……
でも、おかしい。
五十嵐さんへのpt負債は、罰ゲーム回避ギリギリのところで終わっていたはずだけど。
「あ、ちなみに。自分と五十嵐さんも月2000ptの給料をいただくことにしたッス」
「お前ッ!……そんな勝手に」
「だって旦那、給料や財務のことは自分に任すって言ってたじゃねーッスか」
そ、そりゃそうだけど……
「でも、そんなの反則だ!」
「……反則じゃないです」
え?
めずらしく五十嵐さんが明確に反旗を翻してくるのでちょっとビックリする。
下克上か?
下克上なのか??
「まあまあ旦那。どうか話だけでも聞いてあげてくださいッス。五十嵐さんにはいつもお世話になってるじゃないッスか。たまには頼みごとのひとつやふたつ聞いてあげてもいいでしょ?」
ガルシアのヤツ。
最初は『ああいう女苦手なんスよね』とか言ってたくせに、近頃はやけに肩を持つ気がするな。
「……」
「はぁ……。しょーがねえな。話を聞くだけだぞ」
まあ、たしかにガルシアの言う通り五十嵐さんには世話になってるし、そんな彼女からこんなふうにジッと睨まれると俺も弱い。
でも、鼻の穴にワサビ詰めるとか、裸で逆立ちして領地一周とか、そーゆう無茶な罰ゲームには絶対応じねーからな。
「エイガさま……」
そんなふうに警戒する俺へ向かって、五十嵐さんはあの形のよい唇でこう言葉を紡いだ。
「私の……婚約者になってください」





