第66話 松林
目を覚ますと、瞬間ここがどこだかわからなかった。
「……」
はるか高い天井にはプロペラのような換気用の扇が仰々しげな顔で制止している。
そこへ薄い光が空中の微細な塵を抜け目なく照らしあげ、パぁ……と黄金の筋道を仕立てているのがむやみに耽美だった。
「っ……」
少し頭が痛い。
寝返りを打って横を向くと退廃的なテーブルがある。
赤、緑、黄色と並ぶ酒瓶。
吸い殻でいっぱいのガラス灰皿。
その合間を縫って工具や図面が乱雑に散らばっていた。
ああ、この倉庫っぽい場所は……遠雲の鍛冶工房か。
頬にピタピタ触れている生地は運び入れたソファの黒革である。
すさまじく眠かった上に酒を飲んだらしいので、たぶんあのままリヴと装備開発の件で話し込んでいる間に寝てしまったんだろう。
もぞもぞ……
「?」
ふと、毛布の中でモチっとした二丘の弾力が、俺の尻にぷるん♪ぷるん♪とさわっているのに気づく。
なんだ?
そう怪訝に思って逆側へ寝返ると……女の白い背中の、翼のような肩甲骨が目に飛び込んできてギョッとする。
「……!?」
瞬間、知らない女が横で寝ているのだと思ってすげービビったのだが、その艶かしい背中はぴっちりとしたタンクトップに縁取られており、頸にたゆんだネックレスが不良っぽくギラリと光っていて、俺はホッと胸を撫で下ろした。
そっか。
俺が眠っちまって、リヴも付き合ってここで寝てくれたんだな。
「Zzz……んー、エイガ……zzz」
ん? 寝言か?
友達が自分の夢を見ているってのは少し照れるな。
「……よいしょ」
まだ眠かったのだけれどちょっとタバコが吸いたくて、俺は身を起こした。
毛布をリヴの方へ押しやって、ソファの縁に腰かけると、暗い床に脱ぎ捨ててあるズボンを見つけて手を伸ばす。
ゴソゴソゴソ……
しかし、そのポッケの中のタバコはリヴの銘柄であった。
「お前さ、ズボンくらい穿けよな。俺だけしかいないっても一応女なんだから」
と言って、毛布の端からぷりっと出た赤いパンツのお尻へ、彼女のジーパンを放ってやる。
まあ、ジーパンのままで寝るのはキツいんだろうけど。
「ん、んん……エイガ?」
今度は寝言ではないようだ。
リヴは横になったまま、その燃えるような髪をいつもより女らしくかきあげる。
「もう起きちまうのかい……」
「いや、これ吸ったらまた眠るよ」
そう言いながら半分ほどでタバコの火を捻り潰すと、俺もまたすぐにソファへ寝た。
もぞ、モゾモゾ……
するとソファの上では自然と毛布の奪い合いみたいな軽い肉弾戦が始まるが、拍子でお互いの脚がガッチリと組み合うと、親しい女友達の太ももと俺の太ももがむッちり潰れているのがとてもあたたかくて、再びうつらうつらとまどろんでいく。
「おや?……あんた♡」
「うーんZzzz……ちがう。これは朝だから……zzz」
などと言いつつ、夢か現かというような朝寝を続けていたのだけれど、それからどれくらいたった時であろうか。
ふと、遠くから若い男女のはしゃぐ声が聞こえてくるような気がした。
夢側のことだろうと思いながらもチラっと窓の方を見やると、雪で真っ白になった松林を縫うようにして通るつづら折れの道と、そこを朗らかに歩き来る領民たちが見える。
そう、ここの弟子たちだ。
可愛らしい褞袍を羽織った村娘2人が一太郎くんを取り合うようにはさみ、他の3人はこれを(羨ましそうに)からかっているようである。
まだ遠くで何を言っているかまでは判然しないが、楽しそうだ。
「それにしても一太郎くんはモテてるよな」
「え?……」
さて、そこでリヴも彼らに気づいたようで、
「いけない! もうこんな時間じゃないか!?」
と跳ね起き、いそいそとジーパンを穿きだした。
ズボッ、ズボッと右足、左足と足先を突っ込むと、タンクトップの下からはみ出た赤いパンツのお尻をぷりぷりとくねらせながら両手でズボンを引き上げる。
薄く脂肪の乗った背中がS字によじれると、妙に女女して咽ぶようだ。
ドンドンドン……!!
そうこうしていると、弟子たちが工房の戸を叩く。
「ちょいとお待ち!!」
ジジー……
女はジーパンのファスナーを上げると、いつもの気っ風のイイ鍛冶の表情に戻った。
「ほら、あんたもズボン穿きな! 面倒だからみんなが来る前に出ていきなって!」
「お、おう……」
こうして、弟子たちを入れる前に、リヴは俺を裏口からそっと脱出させたのだった。
その後。
俺は雪道を少し歩き、館へと帰る。
しかし、外から窓を覗くと『これから朝食』という邸内の様子がかいま見えて、そんな最中に表からチリンチリン♪と帰るのはいかに主人とてキマリが悪いように思われた。
そこで、俺は跳躍して二階の屋根へ着地する。
雨どい伝いにベランダへ降り立つと、自室へ忍び込みんだ。
そしてふかふかなベッドへもぐり込み、誰かが起こしにくるのを待つのである。
「……」
が、しかし。
そうやって寝たフリをしている間に、いつの間にかまた本当に眠ってしまったらしかった――。





