第64話 ゴーレム
テラスから片翼の塔の内部へ侵入すると、そこは強モンスターであふれていた。
吹き晒しの窓枠に座ってケタケタと笑う口裂けデーモン(戦闘力48000)。
機械音をあげながら通路を巡回するヘル・マシーン(戦闘力62000)。
天井に頭をぶつけつつ小アトラス(戦闘力56000)がドスドス歩き、石壁を曲がればグリーン・ドラゴン(戦闘力45000)が咆哮をあげた。
ぎゃおおおおおおん!!……
で、そんなA級モンスターに出くわすたび、俺は全力で逃げた。
戦って倒せなくはないけれど、このレベルのモンスターになってくると俺一人ではかなり手こずる。
エンカウントのたびに一戦一戦ギリギリの死闘を繰り広げていては、まともにフロアを探索することはできないからな。
あくまで今回の目的はゴーレムと融合石。
それ以外のモンスターに対しては逃げるが勝ちなのである。
「チッ、またか……!!」
と言ってまた逃げる俺。
もっとも、『逃げる』というのは一般的に『まわりこまれて一方的に攻撃だけを喰らうリスクと表裏一体ではないか?』と心配されるかもしれない。
しかし今回の俺は、領地で新たに開発した【風の足具】という新装備を身に着けている。
これは、領民部隊がケルムト文化圏で収集した鉄の足具に、アキラが採集したレア魔石・青玉(風属性)を付与素材とし、リヴが開発した『ジェット・システム』を搭載したもの。
キュイーーーン……ピシューン!!
魔力を込めると、俺の走りや跳躍にあわせて風が噴射し、高速移動をサポートしてくれる。
俺にはもともと女忍者の西園寺華那子のすばやさが憑依で移っていたのだから、【すばやさ×ジェット噴射】で倍化された俺の『逃げ力』は、さながらメタリックなスライムのごとき機動力を有するようになっていた。
「うーん……いねーなぁ」
ところが、そんなチートを駆使しつつ進んでみても一向にゴーレムはあらわれない。
この階はゴーレムの出現階層ではないようだ。
すると『階段』を発見したので、俺は上の階へと足を進めたのであった。
◇
こんなふうにして俺は、モンスターから逃げながら搭の各階のフロアを探索していった。
ゴーレムの『出現階層』を特定するためである。
でも、これがけっこう骨の折れる作業だったんだ。
だってさ。
この塔は縦にも長いんだけど、とにかく横にもデカイ。
巨大な円形状で、しかも迷路のように通路が入り組んだ構造になっている。
「この階にもいない、か……」
31階、32階、33階……40階、45階、50階、51階……
俺は階層を上がると、また一戦もすることなくフロアを駆け、階段を駆け上がり、またフロアを探索していった。
ドスーン、ドスーン……
で、そんな足音を聞いたのは、上がりも上がって60階層のこと。
「うっ……」
焼物のような土色の巨躯に、光る眼。
超重量級モンスター【ゴーレム】である。
「やっとあらわれたか」
ゴゴゴゴゴ……!!
ゴーレムは、俺を見るやその重い拳を槌のようにして振り下ろした。
重量級だが、動きも決して遅くない。
「おっと」
俺はとっさの体裁きでそれを躱す。
風圧でふわっと前髪がそよいだ。
危ねえッ。間一髪。
見上げると、ゴーレムの無機質な顔が天井付近からヌうッと見下ろして来ている。
「なめんな! おら!」
こちらの攻撃。
考えてみれば、今日初めての攻撃である。
俺は『銅の剣+10』を振るい、まず敵の右腕を破壊した。
意外と脆い。
ゴーレムの右腕は粉砕される。
しかし、こうして散らばった破片が自然と磁石へ吸い寄せられるように寄り集まって、すぐにゴーレムの右腕を再形成してしまった。
復活した右腕から、再び重い攻撃が繰り出される。
「チッ……」
そう。
ヤツのボディは『融合石』を核として成り立っており、これが健在である以上、部分破壊してもすぐに破片が集まって元に戻ってしまうのだ。この不死的な無敵状態を破るには、ボディをいっぺんに『全体破壊』しなければならない。
そんな特性はギルドの情報を読んでわかっているのだけれど……でも、俺の攻撃力では一撃でゴーレムを全体破壊することはできなかった。
腕、脚、頭、腹。
攻撃をなんとか避けながら敵の各部位を部分破壊するものの、すぐに元通りになってしまう。
ゴーレムであるから痛みを感じた様子すらないのも腹立たしい。
シュン!シュン!ぱっぱっぱっ!!
しかし、その部分破壊された破片へ、俺がこっそり鉱物を埋めこんでいっていることにも、その痛みへの鈍さゆえに気づかないようだ。
その鉱物とは、領地で採れたレア魔石赤玉(火属性)青玉(風属性)である。
部分破壊のたび、すばやく土器片へ貼り付けたレア魔石は、修復と共にゴーレムの内部へと少しずつ取り込まれていっていた。
ヤツの土系ボディと鉱物の親和性が高いのだ。
ゴ、ゴゴゴゴゴ……
よし、そろそろ頃合いだろう。
「喰らえ!」
カッ!!
そこで俺は、なんの属性も帯びない生の魔力エネルギーを放った。
モリエがあせると連打して息切れする技である。
「?……」
ぷしゅー……
もっとも、俺のエネルギー砲はあんまり威力がない。
ゴーレムは大してダメージを喰らった様子もなく、キョトンとしていた。
しかし、ヤツへ埋め込んだレア魔石は、魔力エネルギーに反応して火と風へ変換されているはずだ。
その内部では魔法炎が起こり、さらに風の魔法がふいごの役割を果たして、土器状のボディは籠った熱に非常な高温を発っしているようだった。
蒸気がぷしゅーっとあがるので、まるで蒸気で動いているかのようでもある。
「フィヨルド!!」
そんな高温に熱された土器ボディへ『氷系魔法』を放ち、一気に冷却したらどうなるだろうか?
ピキ、ピキピキピキ!……
俺の氷系魔法なんて中級レベル3だけど、それでもゴーレムのボディはヒビ割れる。
急激な温度の落差によって効果が累加したのだ。
ズ、ズズズズズ……ぱらぱらぱら
ゴーレムの強度は、まるで悠久の風化に晒された古代遺物のようにボロボロと劣化し、自らの体重をすら自らで支え難いふうになってしまった。
そこへ剣を振りかざす俺。
「お゛ーーー!……らぁ!!」
風の足具のジェット・システムでスピードを掛け合わせた斬撃を、ここぞとばかりに振り抜く!
パリ、パリパリパリーん!!
硬質だが、脆い。
ガラスや花瓶なんかをぶち壊しているような感触。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
どうだ?
振り返れば敵の原形はなく、粉々な破片が散らばるのみ。
ゴ……ゴ、ゴ…………
ゴーレムはもう修復されていかなかった。
全体破壊である。
粉々になったゴーレムの亡骸から【融合石】を拾って俺は塔の廊下を進んでいった。
◇
カツーン、カツーン……
ゴーレムの倒しかたはパターン化してしまわなければならない。将来的に俺だけではなく、領民部隊のみんなにもゴーレムを狩ってもらい、融合石を獲得していきたいと考えているからだ。
レア魔石での温度差を利用して、全体破壊する。
この戦略を、どう部隊でこなしていくかも考えつつ、俺はゴーレムを倒していった。
パリーン!!……パリーン!
薄暗い塔を徘徊し、脆くなったゴーレムを次々と叩き割っていくのは、夜の校舎で窓ガラスを壊して回るようで、どこか退廃的な郷愁がある。
「くっ……」
一方でこの階の他のモンスターから逃げ回るのが思ったより難しかった。
と言うのも、塔というのは階層が上に行けば行くほど難易度があがるもの。
この60階は、さっきの30階と比べて一段と強いモンスターがあらわれるし、当然、強いモンスターの方がスピードもある場合が多く、逃げ切るのも簡単にはいかないのだ。
何度かまわりこまれて、一方的にダメージを喰らう局面も出てくる。
「……はぁはぁはぁ」
なんとか融合石を23個手に入れた時点で、さすがにダメージが蓄積し、魔力は枯渇し、アイテムも底をついた。
俺は足を引きずりつつ、なんとかフロアの外輪へ到達する。
摩天楼60階のテラス。
内部にいるとわからなかったが、外は紫がかった空にポツポツと星がまたたいていた。
「く、黒王丸……」
そこで俺は石造りのテラスから下を見下ろすと、指笛をピュー!!……っと吹く。
ヒヒーン!
夕空に馬の嘶きが悲しくこだまし、30階のテラスで待機していた黒王丸が60階層まで飛んでやってきた。





