第62話 メイド
「少々お待ちください」
冒険者ギルド極東出先機関の受付で。
俺が【融合石】のありかを尋ねると、職員は分厚いファイルをドスンと持ち出してめくり出す。
ぺラ、ぺラ……
「ええと、お尋ねの融合石は【片翼の塔】に出現するゴーレムがドロップするようです」
「……ゴーレムか」
と、俺は顔をしかめる。
ゴーレムは通常モンスターのクセに戦闘力75,000にものぼる強敵だ。
融合石を手に入れるためにはソイツを倒さなくっちゃいけない。
これだけでも厄介な話だが、でも、それ以前に……
「現在、『エイガの領地』さまはB級ライセンスですから、ギルドとしては【片翼の塔】への立ち入りを許可できません」
そう。
ゴーレムが出現する【片翼の塔】という魔塔は、押しも押されもせぬ『A級クエスト区域』なのだ。
「ので……まずはクライアントありのB級クエストをこなしてはいかがでしょうか?」
そう言って、職員は極東で起こっているクエストを勧めてくる。
うーん。
でも、B級クエストの依頼ならあわてて受けることもないかな。
「すいませんが、今日のところは……」
そう思って断ろうと思ったのだが、
「そ、そうおっしゃらずに!たとえば……この鬼ヶ島クエストなど、ぜひ!」
と、妙に熱心だ。
「極東ではそんなに冒険者が足りていないんですか?」
「いえ……極東にもやってくるパーティの数はいるのです。ただ、中級でも上の敵を倒せるパーティともなるとほとんどいないのが現状でして。エイガの領地さまは『グリーン・ドラゴン』や『サーベル・タイガー』の討伐実績がおありですし、ギルドとしてもクライアントへ斡旋しやすいのですよ」
なるほど。
「そういうことなら協力するけど……」
「おお、ありがとうございます!」
「でも、こなしたクエストに応じてちゃんとA級ライセンス発行を審議してくださいよ」
「それはもう!もちろんです」
こうして俺は、さしあたって極東のB級クエストを領地へ持ち帰ったのだった。
◇
領地に帰ると、俺は部隊のうち50名を選抜し、受けて来たクエストへ派遣しようと考えた。
まあ、A級ライセンスを獲得するためにも、B級の実績を積むことは確かに必要なことだしな。
しかし、俺はこれには付き添っては行かないつもりだ。
もはやB級クエストであれば領民たちだけで問題なくこなしていけると思うし、俺は俺で他にやることがある。
領主は、人に任せるべきところは任せなきゃ立ち行かない……っていうのは1年弱でわかってきたしね。
ただ、その場合にはこのミニ遠征部隊の『指揮官』を誰にするかが重要であった。
「領主さま!リーダーにはオラが」
「うんにゃ、オラしかいねえはずだ!」
「いや、あたいが!!」
俺が悩んでいるのを見ると、みんなこぞって指揮官をやりたがる。
まあ、まさか全員を指揮官にするワケにはいかないから、とにかく俺が判断して誰か一人を選ばなくっちゃいけない。
「うーん」
一番統率力のある坂東義太郎はまだ残り50名を率いてケルムト文化圏にいる。
杏子もまだケルムト文化圏。
ならば最も戦闘力の高いチヨか、エリ子さんか……とも思ったが、
「よし決めた。ナオ。頼むよ」
けっきょくは支援系エースのナオを任命した。
「わ、わたしですか?」
彼女はまだ15の少女だが、冷静で、地頭もよい。
戦闘中の通信魔法トランシーバーでの伝令を見ても、短い言葉で的確に情報を伝達する能力に長けているのがわかる。
「だから、ナオには指揮官としてのセンスがあると思うんだ」
「そんな、私なんか」
「俺の見立てが信用できないのか?」
「いえ、その……わ、わかりました」
ちょっと卑怯な言い方だったかもしれないけれど、『控えめだが能力の高いヤツ』を先頭に引っ張り出すには多少の強引さが必要なのである。
「よし。みんな、今回はナオが指揮官だからな。帰還までナオの言うことが俺の言うことだと思え!」
「領主さま……」
こうしてナオに部隊49名と、船一隻と、装備アイテムを預け、クエストへ送り出したのだった。
◇
ところで、このミニ遠征部隊がこなすクエスト内容は、『鬼ヶ島の鬼を退治する』というものだった。
ーーはるか昔。
あるところに、桃から生まれたという伝説の男があらわれ、圧倒的な武力で鬼ヶ島の鬼たちを滅ぼしてしまったという。
鬼に苦しめられていた人々はこれを大いに喜んだが……しかし、光あるところにまた闇もある。
永い年月がたち桃の男が年老いて死んでしまってからも、鬼ヶ島は地獄の力を蓄え続け、とうとう昨今再び鬼の巣窟として復活してしまったのだ。
「うっひゃっひゃ。なんスか、それ」
秀逸な昔話だったので、館でお話をしてやったのだけれど、聞いていたガルシアがへんな笑い方をする。
「何がおかしいんだよ」
「だって、人が桃から生まれてくるわけなんてないじゃないスか。うひゃひゃひゃ」
「むっ……」
なんか笑い方が癪に障るな。
「お前さ。処女から子供が産まれることもあるくらいだから、桃から産まれてくるくらいどーってことねーだろ」
「なに屁理屈言ってんスか。あっ……ほら。旦那がくだらねーこと言ってるから、五十嵐さん寝ちゃったッスよ?」
そう言うので、ふとソファの隣を見てみると、女はタイト・スカートへ手をそろえて規律めいた背筋のまま、美しい花のやくのような睫毛を庇のごとく下ろしていた。
コクリ、コクリ……
やがて、その卵形の頭だけがクククっと傾斜し、俺の肩にちょこんと乗っかる。
髪の甘い香りに、おだやかな寝息。
「……くー、くーzzZZ」
「ねえ五十嵐さん、起きて。俺もう冒険へ行くからさ……」
「あ、旦那。ちょっと待つッス」
「あ?」
「五十嵐さんはここのところあまりちゃんと寝てないんスよ」
ガルシア言うには、最近の五十嵐さんは本当に働きづめらしい。
面接、採用、給与、経理、書記……
領地内政が本格化し、五十嵐さんの業務が急激に増えてしまっているというのだ。
「だから、少し寝かせててあげてくださいッス」
「それはいいけど。どうすりゃいいんだ?」
「そのまま動かないでいればいいんスよ」
たしかに、今の五十嵐さんの睡眠は俺へ体重をあずけることで絶妙なバランス取って成り立っているように見えた。
ここで俺がどいたらガクっとなって起きてしまうだろう。
「やれやれ、冒険へ行くって言ってんのに……」
そう呟きながら、寄せてくる女の頬を親指で軽くなぞってみた。
きゃぴ♪きゃぴ♪……
と、そんな時。
何やら廊下の方で複数の女の声がするのを聞く。
「なんだありゃ」
と聞くが、ガルシアはめずらしく「チッ」と舌打ちすると、あわてて廊下の方へ走っていってしまう。
なんだ、アイツ。
「ちょっと、静かにしてくださいッス。今いいところなんスから」
で、すぐに廊下から注意する声が聞こえてくるのだった。
「だって領主さま、カッコイイんだもん」
「ガルシアさん。私たちもお話させてくださいよー」
「はあ……。しょうがないッスねえ。でも静かにするッスよ?」
ガルシアはそう言って、廊下から女の子を3人つれて入ってきた。
「「「失礼しまーす」」」
3人ともヒラヒラな装い。
肩パットの入った紺のワンピースに真っ白なエプロンとヘッド・ドレス。
まるでメイドのような格好だ。
「あ?なんだお前ら」
カワイイからって無条件にチヤホヤするような男じゃねーぞ……というふうに眉間へシワを寄せて睨む俺。
「ひっ」
「あの、ええと、私たち……」
「その……お、おかえりなさいませ!ご主人さま!」
そこでようやくわかった。
「ああ、そうか。メイド雇ったんだな」
俺は五十嵐さんの寝顔を見つめて呟く。
「そのとおりッス。谷村のマナカちゃんと、中村のスイカちゃん、それから外村のイコカちゃんッスよ」
「あの……私たち」
「ふ、ふふつつつかものですが……」
こうして見ると、どうやら3人とも相当にキンチョーしているようだ。
まあ、新しい職場は誰にとってもそうか。
さっきは睨んだりして悪いことしたな。
「うん。ご苦労さま。わからないことがあれば何でも聞いてくれていいから」
俺が微笑むと、メイドたちは顔を見合わせてホッと安堵の息をついた。
よしよし、早く馴染んでくれるといいよな。
「あ、じゃあ……はい!私、質問があります!」
すると、左端のマナカって子が優等生っぽくピンと手を挙げ、ちょうど俺と五十嵐さんの密着点を指さして口を開いた。
「ええと!エイガさまと五十嵐さんって、付き合ってるんですか??」
な!?
「そうッスよ」
「ちげーだろ!」
それにしても相当疲れていたのだろう。けっこう騒がしくしていたのに、それでも五十嵐さんはずっと眠ったままだった。





