【8章挿話】 前衛剣士デリー・ニュートランド(2)
オレたち勇者パーティ(奇跡の5人)は、満を持してゲーテブルク城行きの船に乗っていた。
第6魔王・アニムスを倒しに行くためだ。
ちゃぷ……ちゃぷ
でも到着まではまだまだ時間がある。
鍛練をしよう。
そう思って、オレは船の舳先で長剣を抜いた。
ブン!……ブン!ブン!
振って振って振りまくる。
前衛剣士のオレがパーティに貢献できるのはコレだけ。
つまり、ひたすら剣でぶん殴る膂力を高めることだ。
「っ!っ!っ!……はぁはぁはぁ」
こうして、エイガさんに【剣士】を勧められた日から1日も欠かしたことのない訓練メニューを今日も終える。
それから冒険者ドリンクを傾け、運動量に対して適切なだけ水分とエネルギーを補給した。
ごくごくごく……
「それでティアナ先輩。そのまま寝たフリして黙ってたんですかぁ?」
「別に……もういいでしょ」
で、ちょうどその喉ごしの向こうに、美しい女性たちの声が聞こえてくる。
エマとティアナさんの声だ。
「もう!じれったいですねぇ!」
話の途中でよくわからないが、エマのことだからまたティアナさんの応援をやっているのだろう。
自分だってエイガさんのこと好きなんだから、よせばいいのに……
「格好つけてないで、そのままムリヤリついていっちゃえばよかったんですよぉ」
「仕方ないのよ。このパーティを放っておけないもの。それに……」
「はい?」
「……きっと、また会いに来てくれるわ」
そう言って大きく息を吸い込んだ胸は、どこか自信にあふれて勢いよく膨んでいくようにも見えた。
ティアナさん、何かいいことでもあったのかな?
◇
「よくぞいらっしゃいました勇者さま!」
ゲーテブルク城の門に着くと、兵がオレたちを手厚く出迎えた。
「なんだかオバケでも出てきそうなお城ですねえー」
と、エマ。
城下は寂れたところだけど、城そのものは石造りの歴史を感じさせる立派なたたずまいである。
城内の人たちも騎士道風の名残を残しているようにも見えた。
「こちらですわ」
そうやって部屋を案内してくれるメイドさんの立ち居振舞いさえ、どこかただ者ではないように見える。
気を抜けばいつのまにかドロンと消えてしまいそうな……
「これからどうすれば?」
「みなさまお着替えが済みましたら、王間へご案内いたしますわ」
こうしてオレたちは、目の下のホクロが魅力的なメイドさんに連れられ、王間へ向かうのだった。
艶やかな絨毯。
硝子のシャンデリア。
「おお……」
「あれが勇者クロス」
「なんと頼もしい」
そんな中、城の重鎮たちの期待の眼差しが矢のように降り注いだ。
「勇者クロスよ!貴殿の噂はかねがねうかがっておる。よくぞまいった」
特にゲーテブルクの王は、クロスさんにたいへん注目されているらしかった。
「さっそくだがクロスよ。例の必殺技【ギガ・ストライク】はいったいどういう理屈で放っておるのだ?」
「はあ、あれは雷の力を借りまして……」
なんと必殺技にまで造詣が深い。
「っていうかぁ、ただの『勇者ファン』って感じですねー」
「……」
それからというもの王は毎晩毎夜の宴でオレたちを歓待し、勇者パーティのクエスト話を請いては感心していた。
「わっはっは。聞けば聞くほど、冒険とはすばらしいものよな!」
「はっ、おそれいります」
「して……どうかなクロス。今度みごと魔王を討伐できたなら、我が娘ナターシャ姫をもらっていただけまいか?」
とまでおっしゃる始末である。
「は、いや、それは……(照)」
「お父様ったら……」
ゲーテブルクのナターシャ姫は、生まれてこのかたずっと箱に入っていたかのような真っ白な頬をかすかな桃色に染めた。
「と、とにかく、魔王は必ず討伐してみせます!」
クロスさんはそう張り切りながらも、横目でティアナさんをチラチラ見ていたけれど……。
さて。
ここで少しこのオレーー前衛剣士デリー・ニュートランドが、『魔王級クエスト』というものについて説明しておこうと思う。
まず、【魔王】と呼ばれる7柱の闇の王たちは、地獄でパワーを蓄えると地上へ顕現し、人間社会への侵攻を開始するものである。
これに対する防衛が、主に『魔王級クエスト』と呼ばれるものだった。
で、その侵攻の仕方は各魔王ごとに特色があるのだ。
今回の【第6魔王アニムス】のやり口は、まず高貴な女性の肉体を男性へと改造し、自らの身体として乗っ取ることから始まる。
こうして男性化し闇に染まった貴女の肉体を手に入れると、その聖から邪への膨大な力を用いて地上の女性たちの肉体をことごとく男性へと改造してゆく。
それがこいつの究極目標なのである。
実際、太古にはこのアニムスの力によって男性化させられた美しき女王を皮切りに、世界の8割の女性の肉体情報が男性へと改変されてしまい、『人類絶滅寸前』にまで追い込まれたこともあるらしい。
で、このたびこのゲーテブルク城を攻めにかかるという話だが、ここまでわかればその目的は明らかだろう。
ヤツは、聖女、賢女、美女と名高いこの『ナターシャ姫』の肉体を狙っているのである。
翌月。
予言庁の予言通り、第6魔王アニムスの侵攻が始まった。
ざわ、ざわざわ……
城の周り一帯が闇に包まれ、昼が消える。
すると、ゲーテブルク城に面した広野の地面から、灰色の塊が無数にせせりだしてきて、突如として黒の砦が現れた。
ずーん、ずん、ずずーん……!!
魔王の砦である。
その一石一石が地獄の成分で構成された、魔の居城。
ゴクリ……
それまで勇者の到来にわいていた城も、この威圧的な光景にはみんな怯んで静まってしまう。
「ゆ、勇者さま……」
ナターシャ姫がそう震えるので、
「姫……。奥へ、隠れていてください」
と、クロスさんが肩を抱き、部屋へ避難させる。
そう。この戦いは姫が『玉』だった。
ゴオオオ!!……
さて、その時。
ものすごい数の雄叫びが地を揺らす。
砦からさっそく魔王の下僕モンスターたちが湧き出してきているのだ。
一体一体は戦闘力4万~5万といったところか。
戦闘力は問題にならない程度だが……しかし、数がすごい。
数千にも達しようというおぞましい魔物たちがワラワラとこちらへ向かってくる。
一匹一匹斬っていたらキリがなさそうだ。
「モリエ。お願い!」
「うん!」
そこで、さっそくモリエが全体魔法をかついだ。
キュイーン……キュイーン!!
最近のモリエは、左右の手で同時にレベル5魔法を発することができるようになっている。
「っっっっ……えい!!」
得意の爆発系魔法をダブルで投じると、近ごろ急に穿きだしたスカートが花のようにひらひらと捲れた。
ちゅどーん!ちゅどーん!
その可憐な姿に見合わぬ爆発力で、魔物の大群は半分に数を減らしてしまう。
「よーし!もう一発いくよ!!」
ショートヘアーが翻り、また全体魔法。
オオオオオオオン……
無数にも見えた魔物たちも、これで全滅してしまった。
「ちょっとモリエ!これじゃアタシたちの出番がないじゃないですかぁ」
モリエがたった2ターンで大軍を駆逐してしまったので、活躍の場を失ったエマがぷりぷり怒りだす。
「あっ、いけない……。ボク、強すぎちゃってゴメンね。エマ」
「ぐぬぬぬぬ……」
「ふふっ。モリエ、謝ることなんてないわ」
ティアナさんはそう言って指をさす。
ゴゴゴゴゴ……
すると、魔物の全滅とともに砦がひとたび崩れ去ったかと思えば、さらにグレードを上げた魔城がみるみるうちに建ちあがってゆくではないか。
「今のは【魔王の砦1面】よ。まだまだ活躍してもらわなきゃ魔王までたどり着くこともできないもの」
ティアナさんは、赤いメガネを指で正しながら不敵に微笑んだ。
◇
対魔王級の戦闘は、その魔王の率いる軍全体との戦いでもある。
魔王アニムスは、すべてで10の砦を地上に顕現させることができるのだそうだ。
つまり、戦いは10面まであるということ。
砦の面が1つ上がるごとに下僕モンスターは飛躍的に強くなっていった。
ヤツらの目的はゲーテブルク城を占拠し、ナターシャ姫の肉体を手に入れること。
ある砦は籠城し、ある砦は積極的に攻め上ってき、ある砦は搦め手から姫を盗みだそうとしたりさえする。
オレたちは攻め込んでくるモンスターを返り討ちにしたり、逆に砦へ攻め込んだりしながら、1面1面上の砦を攻略していったのだった。
……こうして、ひと月に渡る攻防の末。
オレたち勇者パーティは、とうとう【魔王の砦9面】までを滅ぼすことに成功する。
「やったぁ!」
ずずず……ずずずずず……
しかし、喜ぶ間もなく
【10面 アニムスの居城】
が地よりせせりだして来るのだ。
ここまで来るとその地獄の建造物は高く雲を貫くほどにそびえる。
ずおおおおおん……
天を凌辱するがごときそのたたずまい。
ひと目で『あそこに魔王がいるのだ』とわかる邪悪なオーラ。
「いよいよここまで来たな」
「ええ」
クロスさんとティアナさんが感慨深げにその摩天楼を見上げる。
「アイツを……」
「え?」
「エイガを解雇してしまってからさ。オレたち、ちょっとギクシャクしてただろ?」
「……そ、そうかもしれないわね」
クロスさんが急にそんなことを言うので、ティアナさんは目をそらせる。
だが、今のクロスさんはたぶんオレたちみんなに向かって話しているのだった。
「オレたち、誰一人としてアイツの育成なしでここまで強くなれたヤツはいないもんな。オレだってそうだ。魔法大学校時代からアイツに憧れて、アイツに認められたくて……。アイツがクエストについてこられなくなってからもその基準がずっとオレのベースにあったからさ。それがいなくなって、なんか心に穴が空いた感じもあったんだ」
「クロス……」
「でも、この魔王戦で思った。オレたちは、もう5人でやっていかなくっちゃいけないんだって。アイツとはずっと友達だけど、でも……そろそろ育成者としてのアイツからは卒業しなくっちゃいけない。オレたちの戦いはこれからなんだから」
「……そう」
ティアナさんはうつむきがちに小さく返す。
オレとエマ、モリエの年少組もクロスさんの言葉を黙って聞いていた。
「さあ、行こうか……」
そう言ってクロスさんはマントを翻し進んだ。
いつも以上に頼もしさを感じる。
オレたちもみんな、勇者の後へ続いて足を踏み出した。
ジャリ……
……が、そのときだ。
「おい。クロス」
!?
背後からかかるその声に全員の足が固まる。
だって、振り返ってそこにいたのは、ここにいるはずのない顔……
「え、エイガ……?」
クロスさんだけが、その顔を見てかろうじて声を絞り出した。





