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第59話 薬草


 アキラと将平に会ったあと。


 帰りに【生産者】五十嵐イサオさん(63)の様子も見に行った。


 すると!



 ふさぁ……



 俺たちの戦果により、彼の頭髪は完全なる復活を遂げていたのだった!


「ほーれ、領主さま。ごらんくだされ」


 あまつさえ調子に乗ってロン毛などにしているシマツ。


 けっ、チャラチャラしやがって。


「ふっふっふ、サラサラですじゃろ?」


「そんなことより、品種改良の方はどうなってるんだ?」


「……近頃の若いモンにはコレのよさがわからぬですかのう。こちらですじゃ」


 イサオさんはため息をついてそう言うと、ようやく品種改良の話に移ってくれるようで、プルプルと庭を指さした。


 チュンチュン……


 地元の名士の五十嵐家は、縁側えんがわから望むこの庭も立派に整えられている。


 ただ、その実態はそこかしこに様々の草花、作物が入り雑じった総合であって、つまりはイサオさんの個人研究栽園なのだ。


 で、その一画いっかくにいくつかのはちが並び、それぞれピョロン、ピョロンと小さくみどりの生えるのを、イサオさんの指はさしていたのだった。


 これは稲?ではなくて……


「薬草か!」


「ご名答。さすが領主さまですのう」


遠雲とくもの土地で栽培できるのか?」


「ほっほっほ、もちろんですじゃ」


 薬草を調合すれば、クエストで使う【回復薬】を自前で作ることができるぞ!


 さすがに長年『種籾』を管理してきた【生産者】だけあって、やることはやってくれていたようだ。


 でも……


「より効果の高い【回復薬】を作るためには、より多くの種類の薬草を調合する必要があるんだ」


「むう。なるほどですじゃ」


 今のところ、イサオさんが開発した薬草は3つ。


 それぞれ、『薬草a』『薬草b』『薬草c』と呼称することにした。


 これで3種類の薬草を調合した回復薬ができるが、もし薬草d、e、fとさらに組み合わせることができれば、より効果の高い回復薬を安定的に作りだせるというわけだ。


「だから引き続き、薬草の品種改良も続けてもらいたいんだけど」


「わかりましたじゃ。薬草のを増やせばいいんですな?」


「ああ」



 さて。


 こうして縁側えんがわでイサオさんと話をしていると、


「あら領主さま。いらっしゃいまし」


 と、家の中の女性がお茶を持って声をかけてきた。


「どうも」


「お元気そうで。でも領主さまがいらっしゃるということは……悦子、帰ってきているんです?」


「え?ああ、まあ」


 そう。


 彼女は五十嵐さんのお母さんである。


 婦人は縁側えんがわへお茶のお盆を置くと、ふすま向こうの仏壇のある部屋のふちへ下がり正座して、スカートにエプロンの膝を2つ大砲のようにギロっとこちらへ向けた。


 むち♡むち♡……


 彼女は『五十嵐さんのお姉さんか?』と見まがうほど年齢を感じさせない容姿で、特に太ももは驚くほど若々しかったが、スカートの防御力は娘の方が高いようで、無防備に開きがちな股間から婦人用ショーツがずっと∀型に見えてしまっているのが少し滑稽こっけいだ。


「あの子もねえ。いつまでもあんな調子じゃあ困るんですよ」


「あんな調子?」


「無口で、無愛想で、ちょっと勉強ができるからって仕事ばっかり……。だからあの歳になってもまだお嫁にいけないんですよ」


 あの歳と言っても彼女はまだ24歳だけど、田舎の人にとっちゃ行き遅れってことになるのか?


「まあまあフミエさん」


 で、これをなだめるのはイサオさん。


「いいんじゃないかのう。悦っちゃんには悦っちゃんの考えが………」


「おとうさんは黙っててください!それから髪切ってください!」


「ふぁ……!」


 そこまで言われるとイサオさんは落ち込んでしまったのか、もう横でズズズ……とお茶を啜るのみであった。


「ほほほ、すみませんねえ。でも、ほらあの子、外から見ているぶんには美人でしょ?だから縁談はいっぱいあるんです」


 と、少し娘自慢の気色を織り混ぜながらもやはり不満げな五十嵐お母さん。


「それで『会うだけでも』ってお見合いさせようとしているんですけど、悦子ったらちっとも応じないんですから」


「まあ、俺からすると五十嵐さ……悦子さんにいなくなられるとすごく困るんだけど」


「いえいえ、なにも領主さまのところでのお仕事を辞めろと言っているワケではないんですよ?ただ、独りというのは歳をとってから身にこたえるものなんですからね。そりゃ今は若いからいいんでしょうけど……女の華は短いんですし。ねえ、領主さまからも一言いってあげてくださいましよ」


 なるほど。


 五十嵐さんが実家に帰りたがらなかったのは、こういうワケか。


「はあ……」


 俺からはなんとも答え難い話だったので、言葉をにごして早々に立ち去ることにした。



 ◇



 やかたに帰ると、日はとっぷり暮れている。


 にもかかわらず、ガルシアたちはまた真っ白なのぼりの前でなにやらゴチャゴチャやっていた。


 五十嵐さんはまだしも、リヴすら筆を持って白地へ墨をねている。


「あ、旦那。おかえりなさいッス」


「どーした?メイド募集ののぼりはもうかかげたじゃん」


「いや、これは五十嵐さんが……」


 ガルシアが説明しようとすると、ポニーテール本人がこちらをにらみ口を開く。


「……このやかたのまわりで募集をかけても人は集まりません」


 なるほど、そりゃそうだ。


 ウチのまわりには今のところ何にもないからな。


「じゃあどうしようっての?」


「募集ののぼりを各村にかかげるのさ」


 と、リヴ。


 なるほど、高札のお手軽バージョンってワケだな。


「それで、ほら。あたしも募集をしようと思ってね」


 そう言うリヴの手前を見ると、


≪でしぼしゅう≫


 と極東の文字で書かれていた。


 習ったばかりなのだろう。ひどい字だ。


 でも、そんなことより……


「これじゃあ何の弟子を募集してんのかわかんねーじゃん」


「あっ、そっか」


「こういうのは、見る人の視点を想像しながら考えなきゃいけないんだぜ。それでいて簡潔じゃなきゃいけない。鍛冶屋の弟子を募集したいんだろ?じゃあ……」


≪鍛冶、教えます 館まで!≫


「これでどうだ?」


「おお!」


 リヴは喜んだが、俺の字も極東の文字ではやはり不細工ぶさいくなので、清書は五十嵐さんに任せることにする。


「あとアキラの手伝いも募集したいな。アイツ、忙しくなりそうだから」


「……わかりました」


 五十嵐さんはコクリと頷く。


 そこで重そうなお尻を据え直して正座する太ももの肉付きが、一瞬『お母さんのそれとそっくりだ』と思ったけれど、さすがのインテリ女秘書の膝っ小僧は岩石のようにギチっと閉じられて、どれほど筆に集中しようと決してパンツを見せることはないところに、母娘の性質たちの決定的な違いが象徴されているようにも見えた。


 おー!……


 五十嵐さんが筆を振るうとその達筆たっぴつにみんなで感嘆の声をあげる。


「……」


 女秘書は少し照れた様子でこちらをにらんだ。



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