第56話 pt
領地へ帰る船中でのこと。
「よしよし。これでチェックメイトだね」
「へっ??……あっ。あー!!また負けたッス!」
船底の歓談室に漂うタバコの煙の向こうで、ガルシアVSリヴのチェス対決が終局を迎えたようだ。
敗者のガルシアはソファにひっくり返り奇妙な悲鳴をあげている。
たかがチェスで大袈裟な……と思われるかもしれないが、これは『賭け』でやっているので、まあまあ真剣な戦いなのである。
「へへっ、〆てあたしは+700pt。あんたは-700ptだ」
とは言え、仲間内でマジにカネを賭けると深刻なケンカの原因になることも多いので、『pt』という単位を賭けることにしていた。
この単位は船中の暇潰しでやるゲームに面白味を出そうと俺が設定したもので、
・500ptで掃除当番を代われる
・1000ptでメシ当番を代われる
・2000ptで罰ゲームを命じられる
とか、その程度のたわいもない話だったのだが……
「ふっふっふ。あたしゃ罰ゲーム考えるの大好きなんだよ。鼻にわさび……いや、ネタバレはよしとこうかね」
などとSっ気を出してほくそ笑むリヴ。
チッ、厄介なヤツめ。
「……」
まあ、そんな調子こいてるリヴも、隣のタイト・スカートのラスボスには敵わないのが実情だけどね。
そう。
この賭けっこの生態系トップは、全員に対して勝ち越している五十嵐悦子その人であった。
「くそー。じゃあ次はエイガの旦那と五十嵐さんの対決ッスね」
ガルシアが対戦表に印をつけながらそう呟くと、五十嵐さんの黒い瞳がシュピーン☆っと光る。
うっ、ヤバイ……
あれはまさしく獰猛な捕食モンスターの目そのものだ。
というのも、どういうわけか彼女は明らかに俺への罰ゲーム権限獲得だけを集中して狙ってきているのだった。
俺との直接対決での気合いの入れようはもちろん。
例えば五十嵐さんがリヴとの対戦で勝利した時も、リヴが持っていた俺に対する+ptを譲渡する形で支払いをさせるという、金融業者の債権買い集めのようなテクニックさえ駆使してくるから、その本気度がうかがえようというもの。
いったいどんな過酷な罰ゲームを俺にさせようというのだろう?
で、現在。
俺の五十嵐さんに対する負債は-1450pt。
これ以上の負けは本気でマズイ。
「じゃ、じゃあいくぜ……」
俺はおそるおそる対戦ゲームの種目を決めるルーレットを回した。
カルルルルルルル……カチカチ……カチ
こ、これは!
≫【ツイスター・ゲーム】
シートの上の赤、青、緑、黄色の〇へ、ルーレットで出た通りに手足を置くこのゲーム。
体勢を崩せば負け、というもの。
「っ……!」
うん。
もともとキャリア・ウーマンな五十嵐さんからすれば、こうした身体系のゲームは苦手領域に属するだろう。
対してこちらはまがりなりにも冒険者。
体術もそれなりに心得ている。
これは勝てる、勝てるぞ!
この勝負で罰ゲームに大きく『待った』をかけられるはずだ!
と、そう思ったのだけど……
「ええと。五十嵐さん、左足を緑〇ッス」
「……」
この五十嵐さんが意外に強い。
ハイヒールで鍛えられたバランス感覚。
タイト・スカートをぱっつんぱっつんに張って伸ばす脚の柔軟性。
それでいて決してパンツは見せないという鉄壁な守備力。
彼女こそツイスター・ゲームで戦うすべての要素を兼ね揃えたパーフェクト女子だったのだ。
「次は、エイガの左手が黄〇だよ」
対して俺はルーレット運が向いてこない。
指令通りこの左手を黄〇へやると、ものすごい四つん這いの姿勢を余儀なくされる。
「五十嵐さんの右手が赤〇ッス」
「っ……」
どすん、どすん……
そして、隙あらば俺に向かってお尻でドン尻してくる極悪非道な女秘書。
「とっとと……」
タイト・スカートのお尻が俺のお尻を圧迫してくるので、にわかに体勢がよろめく。
「五十嵐さん、それ反則だって!」
「……わざとじゃないです」
くっ。
冷徹な女だ。
「次はエイガの左足が緑〇」
なっ、ここへ来て左足を緑〇だと!?
「エイガ様……降参ですか?」
「ば、馬鹿言え!」
罰ゲーム回避のためにも、ここで負けるワケにはいかない!
俺は五十嵐さんの太ももを乗り越える形で遥か遠くの緑〇へ左足を付ける。
相当ムリな体勢だがなんとか耐えた。
「ど、どうだ!」
と、その時。
あれ?なんか地面が揺れるぞ!?
ざぷーん、ざぷーん……
そうだ、俺たちは船に乗っているんだった!
よほど大きな波に当たったのか、船体が大きく揺れる。
やばっ、バランスが……。
「うわぁっ!!」
どてーん!!~☆
気づくと、俺の眼前には女のムッちりしたふくらはぎと、その筋の窄まって糸のように細く収束するアキレス腱があった。
そしてゴロンと見上げれば、パツンパツンに張ったタイト・スカートの向こうで旗のようなポニーテールが天井へ向かって超然とはためいているではないか。
すげー。微動だにしてない。
敵ながらあっぱれだ。
「エイガ様……」
「フっ、負けたぜ。五十嵐さん」
「……これで私の+1500ptです」
「うっ」
そうだった。
これで罰ゲームまで500pt……。
そう思い出すと頭を抱える俺だったが、その時だ。
「領主さま!遠雲が見えてきました!」
そう甲板から明るい声がかかり、船の空気が変わった。
「おお!やっと着いたかい」
「帰ってきたッスねー」
リヴとガルシアは到着の報に飛び上がって甲板へ向かい、部隊のみんなもそのテンションに続く。
ガヤガヤガヤ……
やれやれ。危ないところだったが、船が領地に着いてしまえばこっちのもの。
暇つぶしにその場でこしらえた『pt』なんて単位みんな忘れて、自然消滅するに違いない。
「……」
と思ったのだが、しかし、この時の俺は予想だにしていなかった。
この『pt』が女秘書の執念によって陸に降りてからも継続され、さらに後には領地の全土、各村、全領民にまで流通していくことになろうとは……。





