【7章挿話】 冒険王編集者 アクア・クリスティア(2)
「エイガさん、活動観たことないんでしょ?」
私はそう言って、エイガさんへ活動のチケットをあげちゃいました。
「でも……」
「その代わり早くS級になってザハルベルトでの通常上映に連れていってくださいね」
そして振り返ると、急いで船へ駆けていきます。
タッタッタッタ……
「ゲーテブルク城行きの船が出発だよー!!」
「ああ!待ってくださーい!」
「ん?」
「はぁはぁはぁ……お、おとな一人で!」
「駆け込み乗船はご遠慮願っているんだがな……。まあ、おねえちゃん美人だからオマケしてやるよ」
「ありがとうございます!」
こうして私が乗るやいなや、すぐに船は出発しました。
ふう、ギリギリでしたね。
「さて、と……」
盗賊トルドはどこでしょう?
確かにこの船に乗ったはずなんですけど……
「うまくいったね、トルド」
「ええ」
おっ、発見です!
喫茶店で『エイガさんのファンだ』なんて言ってたあやしい2人。
盗賊トルドと銀髪の男の子ですよ。
甲板の手すりにもたれて、船が川を上って行く景色を肩を並べて眺めています。
盗賊トルドは長い手足にビシッとスーツを着込んだオールバック。
銀髪の彼はモリエさんと少し雰囲気の似た美少年です。
「……?」
あっ、いけない!
少年がこっちを振り返りましたっ!
ササッ……
あわててマストの影に隠れる私。
「どうかしましたか?」
「いや、少し視線を感じたんだけど……」
「気のせいでしょう。ユウリさんは自意識過剰ですからね」
「そうかなあ」
そう言って再び景色を眺め始める二人。
ふー、危なかったです。
私も一応喫茶店でエイガさんの隣にいたので、今出くわせば警戒されてしまうかもしれませんから。
「でもトルド。今からゲーテブルク城へ行っても早すぎるんじゃない?あんな田舎の城下街で長期滞在なんてごめんだよ」
「我慢してください。【奇跡の5人】が着く前に先回りして体勢を築いておかなければ」
先回り?
やはり彼らの目的は、クロスさんたちの魔王討伐に関係するみたいです。
「ちゃんと女勇者も来るんだよね?」
「ソフィーやゴンザレスとはゲーテブルク城下で合流予定です。そこであなたを紹介するつもりですから」
あのユウリと呼ばれる銀髪の少年は、女勇者パーティの新規メンバーかなにかなんでしょうか?
長年3人でやってきた女勇者パーティが今さら人員を増強するとも思えませんけれど……
「それに……」
と、その時です。
「……ハーフェン・フェルトでの目的は果たしましたからね」
トルドはそう言って、自分の顔をひと撫でしました。
するとどうでしょう!?
なんと!それまでトルドのものだったその顔が、エイガさんの顔になっているじゃないですか!!
「顔、ちゃんと盗めたんだね。口づけもしていないのに」
「男性に口づけする趣味はありませんが……これくらいならば握手のひとつで盗めるのですよ。ふふふ」
トルドは笑いながら顔を戻すと、ユウリ少年と共に船室へと入っていきました。
……うん。
やっぱり、追ってきた甲斐はありそうですね。
◇
それから船はぐんぐん川を上り、いくつかの街を経由して、ゲーテブルク城へとたどり着きます。
トルドとユウリの2人は城下のこじんまりした宿に部屋を取ったので、私も近くの宿に泊まり、彼らの行動を見張りました。
ここまで来たならド根性ですよ!
それにしても、銀髪の少年ユウリの言う通り、この城下はあまり栄えているとは言い難いところですね。
この文化圏特有の鬱蒼とした森と川に囲まれて、自然は豊かですけれど。
彼らは、昼間は『なんでそれで潰れないんだろう』と不思議になるほどガラガラな喫茶店へ行ったり、森を散策したりしていました。
意外とのんびりしたものです。
しかし、夜のトルドはたびたび宿を抜け、どこかへ出かけてゆきます。
さすがに一介の記者の私じゃあ、あの盗賊トルドの『夜の仕事』を尾行するなんて困難……というより不可能なんですが、向かう方向や様子をうかがうと、どうやらゲーテブルク城に忍びこんでいるようですね。
それも複数回。
何のために?
と、取材しても答えていただけそうな雰囲気ではないので、私は会話を盗み聞いたり、留守中に宿の部屋へ忍び込んだりして、彼らの目的を探ります。
ハッキリはしませんが、
『地獄門』
『防御魔法セイントレア』
といったワードが端々に出て来ます。
ただ、これらのワードがどういう文脈で成される話なのかがいまいち見えてきません。
で、そんなある日。
彼らの宿へ女勇者ソフィーと怪力ゴンザレスがやってきました。
そう言えば、船中でトルドが合流予定と言っていましたね。
私は一般客のような顔をして、ロビーの新聞を読むふりをしながら落ち合う彼らの様子を窺います。
「よくきましたね。ソフィ、ゴンザレス」
トルドは薄笑みを浮かべて言いました。
宿のロビーにあらわれた女勇者ソフィーは、整った顔立ちに意思の強そうな眉、健康的な肢体にノースリーブと短いスカート、長いマントを身に着けています。
怪力ゴンザレスはあの奇跡の5人のデリーさんよりも大きな背に、幅広な肩、せせり出た一枚アバラ、毛深い太い腕、と男らしさ満点なお方です。
記者としての知識を挙げれば、もともとソフィーさんは少女時代から早熟の天才として有名でした。
早くからトルドとゴンザレスの3人パーティとしてデビューし、勇者としての注目度もあって以後メキメキ頭角を現します。
現在は22歳で、ランキング3位の強者ですよ。
「トルド。急にこんなところに呼び出してなんなの?」
女勇者ソフィーが自らの長く美しい髪をパッと払うと、金の額当てが勇ましく輝きを放ちます。
「ソフィー、声が大きいです。落ち着いてください」
「仕切らないでよ。このパーティのリーダーはあたしなんだからね」
「いいから黙りなさい。これは……地獄進出のチャンスなのです」
「……!?」
トルドがそう言うと、女勇者の顔色が変わりました。
「いいわ。話して」
「ここでは人目があります。部屋で話しましょう。チェックインしてきてください」
「はあ……。わかったわよ」
私はそれを聞いてすぐさまトルドの部屋へ向かいました。
そう。彼の部屋へはすでに侵入済みです。
ピッキングで鍵を開けることもできます。
女勇者のチェックインが済む前にトルドの部屋の中へ潜り込んでおきましょう。
ガチャ、ガチャガチャ……
でも、しょせんは素人芸。
私がモタついていると、女勇者ソフィーたちの声が階段からガヤガヤ聞こえてきます。
ヤバイよヤバイよとあせりましたが……
ガチャガチャ……カリ……カッチャン!
間一髪。
彼らが階段を上りきる前に鍵は開き、私は部屋のクローゼットへ身を潜めます。
ふう、危なかった。
しばらくすると、部屋のドアの音がして、男女の混ざった声がしてきます。
「さあ、トルド。話して」
クローゼットの隙間から部屋を覗くと、女勇者パーティの3人と、銀髪の少年ユウリが見えました。
「その前に、ギルドとの交渉はどうでしたか?」
「あぁ。ダメよ。全然ダメ」
ソフィーさんはあきれたように首を左右に振ります。
「ギルドの連中はみんな頭が固いのよ!だから発想が対症療法的なんだわ。いくら人間界にあらわれるモンスターを倒してもヤツらはまた次々とあらわれる。人間からも積極的に地獄へ打って出なきゃ、いつまでたっても闇を駆逐することはできないの。ね?そう思うでしょ?トルド、ゴンザレス」
「そうです」
「ウウー!」
トルドやゴンザレスは力強く答えます。
うーん、でもどうでしょう?
私も『冒険者が地獄まで進出してモンスターの根源を断つべき』という議論があることは知っています。
でも、闇……陰影というのは、本当に隅々まで駆逐してしまうべきものなのでしょうか?
少なくとも人間が地獄の闇まで光で照らそうだなんて、ちょっと怖い考え方だと思います。
もっとも、これは私の考えで、ソフィーさんたちの立場を全否定するワケじゃありませんけどね。
「ならば……」
おっと。そんなことを考えている間に、またトルドが話し始めましたよ。
「ギルドがいつまでも地獄進出へ舵を切らないのならば、我々だけで【地獄門】をこしらえなければなりません」
「そうね」
「そこで、彼を紹介します」
「どうも、ユウリです」
銀髪の少年はそこでようやく口を開き、女勇者ソフィーへ手を差し出しました。
「誰?この子」
しかし、女勇者は美しい青い瞳でジトっと睨み、握手に応じません。
「僕は闇魔導士ユウリ。今回の第6魔王の出現を利用して【地獄門】を開こうと思っている。つまり、キミたちの協力者だよ」
「……ふーん」
「あとはレベル6の防御魔法【セイントレア】さえあれば地獄への進出は成るでしょう」
通常、魔法の最高威力はレベル5までとされています。
ですがこの広い世界ではごくまれに『レベル6』というのが存在することもあるんですって。
「そうよ。そのレベル6防御魔法を使わずに地獄門をくぐると死亡すると聞いたわ」
「セイントレアを使える者は世界で2人しかいません。1人は予言庁のエル。もう1人は【奇跡の5人】に在籍しています。彼ら、今回の魔王討伐を割り振られてますので……」
トルドはオールバックの頭をひと撫ですると、
「……それは私が盗んでみせますよ」
と言いました。
「なるほどね。じゃあ、作戦の細かい部分を詰めましょう!」
「ウウウ、ちょっと……待て」
こうしてヤル気になった女勇者を制止したのは、それまで黙っていた怪力ゴンザレスでした。
「どうしたの?ゴンザレス」
「スン……スンスン」
そう聞かれても、彼は鼻をスンスン鳴らすのみです。
「ウウウ、匂う……美女の薫り!」
「え?や、やだ!今さらなにを言うのよゴンザレス……。私なんて、そんな、ぜんぜんなんだから(照)」
と、デレる女勇者。
ソフィーさんはとても美人さんだと思いますけれど、今のゴンザレスさんは彼女のことを見ているようではなさそうです。
と言うより、なんだかこちらを見ているようですが、クローゼットの方に何か気になることがあるんでしょうか?
ゴンザレスさんはのっしのっしと歩いて来て、クローゼットの扉を開け放ちます。
ガラガラガラ……
「……って、え?」
次の瞬間。
こちらを見下ろすゴンザレスさんの黒々とした瞳に、こわばった笑顔の私がハッキリ映っていました。
※今日の夜7時ほどにもう一つ更新します。





