第54話 聖夜
翌日。
午前中に眠そうなモリエを起こしてなんとか船から脱出すると、そのままホテルへ送ってやった。
「じゃあね師匠。また遊びに行くからね」
「いいけど、もうみんなに黙って抜けてくるんじゃねーぞ」
「えへへ」
そういたずらっぽい笑みを聞いた時。
ふいに俺の頬に小さな唇がピトっとぶつかってきてビックリする。
「ええと……。スカートを褒めてくれたお礼だよ」
モリエは少しだけその場でモジモジとした後、ショートヘアーとスカートをひらりと翻し走って行ってしまった。
◇
さて、それから船へ戻り風呂に入って、髪型をセットし、小一時間ほど服装に迷うと、最後に香水をわずかに噴射して、また出かけた。
1時にハイル&クラオト……
そう言ったので2階の喫茶店で待っているかと思ったら、ティアナはまた1階で薬草を選んでいた。
「何見てんの?」
と肩をつっつくと、目の覚めるような青い瞳がこちらを向く。
「麻痺消しよ。この間、買いそびれていたの」
「ふーん」
「けれど……もう出ましょう」
「買っておかなくていいのかよ」
「いいの。荷物になるもの。またにするわ」
そう言って髪を耳へかけるティアナ。
今日のティアナはあの度の入っていない赤い縁の眼鏡は外していて、きちっとした三つ編みはほどき、ちょっとだけドレスっぽいワンピースの背中へ美しい金髪をまっすぐ下ろしている。
俺は店のガラスの扉を開けながら、午後の光に照らされる彼女の姿を振り返り言った。
「……今日の変装、なかなか綺麗じゃん」
「もう、変装じゃないわよ」
ティアナは少し笑って、俺の肩を軽く叩いた。
活動写真の開演まではまだ時間があり、「メシ食った?」と聞くと首を振るのでまず昼飯を食べた。
それから近くの公園で魔飾の調整をしている職人たちの働きを眺めつつ歩き腹ごなしをすると、3時少し前にシュベルツ劇場へと入場する。
「わぁ……」
で、噂には聞いていたけれどこの活動写真というのには本当に驚かされたのだった。
だって、本当にホンモノがそこにあるように動くのである。
それでいて音が無いから不気味で、まるで世界の裏面でも覗いているかのようだ。
「ねえ、エイガ」
ティアナは俺の袖を引いて尋ねる。
「……あの汽車はどこへ行ってしまったのかしら?」
そう。
こちらへ向かって走って来ていたはずの汽車が、スクリーンの左縁に吸い込まれるように消えてしまったのである。
「そりゃお前、魔法だからな」
と言ってみたものの、俺にもよくわからなかった。
「あ!ほら、あの人も右側へ消えていったわ」
「……たぶん、あのスクリーンの縁らへんで転移魔法を使ってんだろ」
そんなふうに言い合いつつ観終わり、まるで異世界へでも行って来たかのような心地でシュベルツ劇場を出ると、外はとっぷり暗くなっていた。
雪こそ降っていないけれど街は聖夜仕様である。
さきほどの公園ではいよいよ魔飾が瞬いて、光とグッズに彩られた樅の木が燦々とそびえていた。
通りでは店先の家族や恋人たちがみんな幸せそうに見える。
俺たちも予約していた店で聖夜用の夕飯を取った。
ビスケットにスペアリブ。
ケーキにシャンペン。
それで、こうして一日一緒にいると『そういえばこんなふうなリズムで話していたのだったっけ』という感覚が復活してきて、この店で俺たちは空白を埋めるように弾丸のごとく喋ったのだった。
「そう言えばクロスから聞いたんだけどさ」
店を出て夜風に当たりながらも、俺はまた歩きながら尋ねる。
「ティアナお前……クエストに集中したいからって、もう誰とも付き合うつもりはないんだって?」
「え?……ええ」
「まあ、お前ら5人はこれから魔王討伐っていうスゲーことを成し遂げようとしてんだもんな。責任もあるし、他のこと考えられないって気持ちはわかるよ」
「そうね」
それからティアナはぴたりと黙って、何も言わなくなってしまった。
少し酔っているのだろうか。
「そろそろ帰るか?送ってくよ」
そう言ってホテルの方へ足を向けるとティアナは返事をしなかったけれど、後ろについて来るだけは来た。
しかし、やがて近くの交差点まで来るとその足音も止まってしまう。
「どうした?」
「……違うの」
「は?」
「クエストに集中したいからとか関係ないの。だって……だって私ね。あの時別れようって言われてからも、あなたのことを考えない日はなかったのよ」
ティアナは俺の胸へそっと触れて続ける。
「ずっと好きなの。今はもっと好きよ。……だから私、もう誰とも付き合うつもりはないのだわ」
その唇から霞のような息が零れる。
俺はそれを2、3秒見つめてから、口を開いた。
「俺。あの時、『お前に飽きただけ』って言っただろ?」
「ええ」
「『お前と一緒にいても、もう楽しくない』って言ったじゃん」
「そうね」
「あれ、全部ウソだったんだ」
「知ってるわ」
「知ってるのかよ!?」
「今日わかったの。あの時は……私のわがままで、悲しい思いをさせてごめんなさい」
俺はそれには答えないで、気づくとティアナの華奢な身体を強く抱きしめていた。
◇
翌朝。
一日だけ取った宿で、俺はティアナが起きる前にそっとベッドから抜け出した。
外はまだ暗く、窓からは銀の月明りが差し込み、真っ白なシーツへ広がる女の髪を幻想的な黄金に照らし出している。
疲れ果てて眠る顔はいつもより少しあどけない。
彼女がこれから魔王を倒す使命すら持った奇跡の天才なのだということもつい忘れてしまいそうになる。
「ん……っ」
最後にもう一度だけティアナの頬へ触れると、昨日のモリエの夢のような話がふと頭をよぎって、俺は『強くなりたい』と強く願った。
それから一人静かに宿を出ると、昨日はにぎやかだった街も寝静まっている。
かすかに雪がチラつき、気温も低い。
俺はブルブルと肩を抱えつつも埠頭に着いた。
こんな時間じゃ、どーせ誰も起きていないだろう……。
そう思ってそぉっと船へ足を踏み入れた時。
「……」
キリっとしたタイトスカートが胸を張って待ち構えていたので、マジでビビる。
「エイガ様」
五十嵐さんは俺の顔を見るや駆けよってきて、
「……心配しました」
とだけ睨んだ。
「ごめん」
「もう朝ごはんは召しあがりましたか?」
俺が首を横に振ると、船のダイニングの方へハイ・ヒールがカツカツ歩いて行くので、俺も後へ続いた。
トントントン……ジャー……
こうしてお嫁さんスキルを発揮する五十嵐さんは、角っとしたレディ・スーツの上にとても可愛らしい桃色のエプロンを纏って、せっせと料理に励む。
やがて、ごはんに味噌入りスープ、玉子にベーコン、おひたしなどがテーブルに運ばれて、卓上に湯気を立てた。
「しっかり食べてくださいね。明日はもう出発ですから、今日はお忙しいでしょう」
「……うん」
そう。
俺はもうこのハーフェン・フェルトを離れる。
領主として、領地経営のため、遠征で鍛えられた部隊の一部と共に領地へ引き返すのだ。
でも、今になると『もう少し出発を先延ばしにすれば、せめてもう一度だけでもティアナと会えるんじゃないか』とか、そんな考えが頭をよぎらなくもない。
「……」
けれど、朝ごはんを食べる俺を嬉しそうに睨む五十嵐さんを前にすると、俺の個人的な理由でみんなの出発を先延ばしにするのは勝手すぎるように思われた。
「ごちそうさま。おいしかったよ」
「……はい」
ポニーテールが凛としてかすかに微笑むと、船底から領民たちがドヤドヤと起きて来る声が聞こえてきた。
これで7章の本編が〆になります。
最後の方は特に丁寧に書きたかったこともあり、更新間隔が開いて申し訳ありませんでした。なんとか自分なりにやりたいことがやれてホっとしています。
さて、次回の更新についてですが、おそれながら2~3週間ほど開いてしまう予定です。
少しだけ予告を。
8章のエイガは育成してきた部隊の一部と一度領地へ帰ります。内政に新要素が加わるわけですが、内政の内容自体はもう決まっています。
あと、イサオさんがロン毛になってます。
どうぞ、またご覧ください。
(5月17日追記:更新再開しました)





