第51話 サーベル・タイガー(2)
ザッザッザ……
150名からなる領民部隊は、◆型の隊列を組み【コルゾの荒地】を進んでいた。
隊列の中央に【移動式矢倉】やアイテムの輸送車両を配置させ、これを射手や魔法系が囲み、一番外側の前衛部隊が守護している。
これは25名×6のA~Fグループで行動していた時と似た隊形で、その経験が150人単位で行動する今にも活きているというわけだ。
ガラガラガラ……
そして、アイテムの多い今日の輸送で今回も活躍しているのは、木村のふんどし娘のチヨだ。
彼女は前衛の武闘家として戦ってもいるが、輸送車輪……とりわけ背高の移動式矢倉の車輪にトラブルがあると隊列の中へ入って行き指示を出すというふうに、忙しくふんどしから汗を滴らせていた。
ちなみに今日は雪こそ降らないまでもそれなりに寒いのだが……あくまでふんどしのお尻をぷりぷりさせている気合いの入りようには、まったく頭が下がるぜ。
ヒヒーン……
さて、俺はそんな行軍を上空で把握しつつ、馬上で『銅の剣+3』の刀身を青雲に照らしていた。
キラーン☆
青銅の光沢が、黄金めいた白銀いろに燦然とする。
大王から【領主】に任命された時に賜ったこの銅の剣。
決して振りやすくはない、祭事向けの凝った形状。
リヴの話によれば、一太郎くんに叩き直してもらう前は『-2』だったというから、単独ダンジョン攻略の時と比較すると+5の性能差があるはずである。
「ライオン・キャットが出たどお!!」
そんな時。
隊列の右翼で声があがった。
ボス戦まで部隊の魔力やアイテムを温存したいので、通常モンスターでも戦闘力の高いのはなるべく俺が倒して行こうと思っている。
俺はさっそく黒王丸を現場へ下ろした。
ガルルルルル (×4)
「う、4匹か……」
ちょっとキツいなと思いながら、俺は領民とモンスターの間に割って入る。
ざわ、ざわざわ……
やべ。
背後からみんなの視線を感じる。
ヘタな戦闘はできないぞ。
領主としてはちょっと緊張する場面である。
「っ……!!」
そうこう考えているうちに、一匹目のライオン・キャットが襲いかかってくる。
ヒュン……ピシュ!!
俺は銅の剣+3を袈裟がけに振り、その頭を斜めに薙いだ。
すぐさま二匹目が来るので、振り返りざまに脇を突き、肋骨から切っ先を深く差し入れる。
続けて残りの二匹は同時に来たから、素早く片方の首を落とし、もう片方のは胴を真っ二つに割いた。
ドサ……ドサドサっ……
おおー!!
モンスターが4つの光の玉になって飛び散り、背後から領民の歓声があがる。
「ほっ……」
面目を保ったのと同時に、俺は剣の成長に確かな手ごたえを感じていた。
その証拠に、この間のダンジョンでは倒すのに2撃必要だったライオン・キャットが、今日は物理1撃で倒せている。
この調子なら俺自身の仕事量をもう少し多めに見積もっても大丈夫そうだ。
とりあえず、さっきから忙しそうにしていたチヨについてはちょっと休ませてやろう。
そう思って、彼女の位置する隊列の後方『しんがり』へ行ったのだが、
「えい!……たあ!とお!!」
ビシ!バシ!
近くで見ると、この武闘家娘はレッド・オーク相手に素晴らしい戦いをしていた。
チヨは部隊で最も高い戦闘力を持っているが、それは8300である。
それでも戦闘力18000のレッド・オークと渡り合っているのは、相手の攻撃を一つも喰らっていないからだ。
『武闘家なんだから身のこなしで躱せると思う。もっと敵を見て、余分なダメージは喰らわないようにするんだ』
とアドバイスしてからというもの、彼女はそれを愚直なまでに素直に磨いて、ひたすら『体捌き』の能力を高めてきたのである。
体捌きは、武闘家に向いた能力だしね。
「たあ!えいやー!!」
ただ、攻撃力はまだ戦闘力なりのもので、決め手を欠いている様子である。
「チヨ。渡せ!」
「あ、領主さま!」
そう言うとチヨは敵から離れ、俺はまた銅の剣を振るった。
ゴフっ!……ウウウ……
しかし、レッド・オークは1撃では倒せない。
総合的な戦闘力はライオン・キャットの方が高いが、タフさでいったらレッド・オークが上なのである。
結局、コイツを倒すのには3撃かかった。
「はぁはぁはぁ……。チヨ。大変だろうからちょっと休んでろ」
「だいじょうぶ。戦えるよお」
と好戦的なのを宥めて無理矢理にも彼女を休ませると、左翼にいるエリ子さんをしんがりへ移動させることにした。
グフッ、グフフ……
で、その際、またレッド・オークがあらわれたので、今度はなんとか1撃で倒せないか工夫してみようと思う。
ヒヒーン!
そこで俺は翔ぶ馬で高く上空へ駆け上がった。
高度をぐんぐんあげ、天上で翻ると、そこから重力と合わせて急降下を始める。
キーン!!……
そう。
黒王丸の飛行で攻撃にスピードを掛けてみようと考えたのである。
飛行魔法ウォラートゥスで攻撃にスピードを掛けるのは、クロスやデリー、グリコなど攻撃能力の高いヤツらも使う戦法だ。
黒王丸がいれば、俺もそれが真似できるんじゃねーかって思ったワケ。
でも……
キーン……!!
怖え!
まっ逆さまに地面がぐんぐん近づいてくる恐怖。
これを精神的になんとかいなし、俺は斬撃のモーションに入る。
「おおおおおお!!」
キーン……ちゅどーん!
パラ、パラパラ……
「ううう、痛って」
でも、やった!すごい威力だ!
ずっと越えられなかった上級の壁を、あきらかに越えた破壊力!
……と、瞬間は思ったのだけれど、
グッフッフ(笑)
よく見ると、あの鈍重なレッド・オークに、余裕で避けられていた。
斬痕のついたのは地面ばかり。
そうか。
上空から急降下で斬撃へ向かうと、その軌道が敵から丸見えなのだ。
動きが遅い敵でも、これを黙って喰らってくれるワケはない。
ぷっ、グッフッフwwグフ……ボッフフフフ(笑)
レッド・オークがツボにハマったように笑うのですげー腹立って、コイツはもう普通に連打で倒してしまった。
◇
コルゾの荒地は視界の開けたクエスト区域なのでボスも簡単に見つかるだろうと思ったのだけれど、昼が過ぎ、おやつの時間が過ぎても【サーベル・タイガー】は見つからない。
「このままでは、ボス討伐はまた明日ということなりそうでござるな」
と、坂東義太郎が呟く。
「……明日は聖夜だぜ」
「我々にはピンと来ない行事でござるから、特に休みにせずともきっと文句は出ないでござるよ」
聖夜は、このケルムト文化圏では正月みたいに重要な意味ある行事で、郷に入っては郷に従えという言葉もあるわけだから、俺たちも明後日は休むことにしよう……と昨日言っていたのだが、
「むしろ、ボスを倒さないまま、よく知らない行事で休みにされれば領民から不満が出ると思うでござる」
坂東義太郎はそう言うし、それは確かにそうかもしれない。
みんなボスを倒そうって頑張ってんだもんな。
「うん……」
俺はタバコをくわえたが、火をつけるのを忘れて、無意識のうちにしばらく考え込んでいた。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……
「あ……そうだ!杏子。ちょっと頼む」
「私ですか?」
そこで俺は思い付いて、杏子の手を取り、馬に乗る俺の前側へちょこんと跨がらせた。
「ちょっと飛ぶぜ」
「え?……わ、わぁ!」
飛ぶ馬の高度をあげると、眼前のおさげ頭がぷるぷる震えて感激している。
「どうだ?遠くまで見えるだろ。サーベル・タイガーはいないか?」
「ええ。空からだとすごく遠くまで見えるんですね!でも先生。わたしボスの姿がわからないんです」
と言うので、憑依してみる。
「寒っ」
するとこの娘はこの娘で、下半身は『風のスカート』一枚で支給したタイツを穿かないから、寒空に太ももが丸だしで鳥肌が立ってしょうがない。
ただ、再三の注意の甲斐あってか、パンツだけはしっかり穿いているようだ。
プリっと跨がる少女のお尻の下で、なめらかな馬の背とパンツの綿布がすりすりと擦れ合っている感触でわかる。
うん、えらいぞ。
「……おっと、危ない」
俺は杏子の手で、脱け殻の俺の手を手綱ごと掴み、落馬しないよう支えた。
「……」
そして、このコルゾの荒地をキョロキョロと360度見渡すのだ。
さすがに海女の視力。
すげー遠くまで見えるな。
ところで、先日のダンジョン探索で俺自身の視力が上がっていたのは、杏子にたびたび憑依していたから、その特性が『俺へ移っていた』のではないか……とも考えられる。
すばやさが上がっていたのは、女忍者の西園寺カナ子の特性だろうか。
つまり、憑依による指導の副産物で、育成対象者の『特性が移る』現象である。
ただ、『憑依対象者の特性が俺へ移る』と言っても、これは自分の才能の範囲を超えられるということにはならない。
例えば、杏子の視力はステータス見の能力者に測ってもらうと7.0ある。
これに対して、俺の元々の視力は0.8だったが、杏子へ憑依を繰り返すことで1.5に上昇した。
しかし、このまま杏子に憑依していけば俺も7.0の視力が得られるかと言えばそうではない。
俺の先天的な視力の上限が1.5なら、いくら杏子に憑依しても、もう目がよくなることはないのだ。
……まあ、これはあくまで副産物の話で、憑依の第一目的は相手の『育成』なんだけどね。
「おっ!」
さて、それはそうと発見した。
サーベル・タイガーだ。
岩の転がるところに、のっそりと巨躯を横たえている。
遠くの方だが、確かにこの目(杏子の目)で捉えた。
「坂東、3時の方向だ」
それで地上へ降り、俺は自分の身体へ戻ると部隊を率いて行った。
「確かこの辺だったんだがな……」
しかし、岩場へたどり着くと、さっきの場所にはいない。
もうどっか行っちゃたのかな?
そう思った時。
ガルルル……
と、岩から四本足の影が覗く。
「そこか!」
と思い緊張が走るが、そこにいたのはただの一匹のライオン・キャットだった。
「なんだ、またコイツか……」
ガル……ぶるぶるぶる
しかも、おどろき、すくみあがっている。
そんなに脅えてるヤツを倒すのは嫌だったので、まあ、逃げてもらって構わないという意味で「シッシッ」とジェスチャーしたのだが……そこで気づいた。
ぶるぶるぶる……
コイツが脅えてるのは、俺たちに対してじゃない。
恐怖の対象は、その向こうにいたのだ。
ガシュ!ガシュ!……じゅるる、ハフハフハフ……ゴルル……
グリーン・ドラゴンと遜色ないデカさを誇り、その上に、文字通り剣のようなえげつない牙が上顎に二本生えているそいつ。
その牙が、戦闘力22000のトクソドンを無惨に【捕食】していた。
そう。
サーベル・タイガーである。





