第50話 サーベル・タイガー(1)
そのうちリヴは酔いつぶれてしまった。
すぐに「飲もう」と誘うわりに自分自身は酒に弱い女である。
俺はリヴを奥のベッドへ寝かせてやると、一太郎君にもうあがるように言い、飲み食いしたものを流しへ持っていく。
「じゃあそろそろ帰るか」
「だな」
俺とクロスが『ランティスの鍛冶屋』を出ると、ハーフェン・フェルトの夜はふけ、雪はやんでいた。
二人で店の密集した地区を通りすぎ、大通りに出る。
「じゃあ、お前ら。今度の魔王級クエスト、がんばれよ」
俺がそう言うと、クロスはちょっとすまなそうな顔をした。
「エイガ……。本当はお前と一緒に行ければよかったんだけどな」
「……よせよ。そういうの」
「悪い……。じゃあ、また遊ぼうな」
「ああ」
こうして、俺たちは笑顔で別れた。
「……」
一度だけ振り返ってヤツの背中を見たとき、俺は嫉妬しないで、心から『アイツらの魔王討伐が上手くいくように』と願えたことにホっとした。
◇
「エイガどの。頭痛はもうだいじょうぶにござるか?」
翌日。
コルゾの荒地へ向かう黒王丸を引きながら、坂東義太郎が尋ねた。
「ん?……ああ。もうだいじょうぶ。昨日はありがとな」
実を言うと少し頭が痛むが、これは軽い二日酔いだろう。
「それより、あれからボスが発生したんだろ?」
「はっ。剣虎でござる」
そう。
サーベル・タイガーだ。
ボスが発生したと聞いて『しくった、早退なんてしてる場合じゃなかったか』と思ったが、このあたりにサーベル・タイガーを倒せる冒険者はまずいないだろうから、まあ、あわてることはなかったのだろう。
サーベル・タイガーの戦闘力は最低でも52000。
戦闘力47000のグリーン・ドラゴンより強い。
完全に上級のモンスターで、しかも、あるおそろしい特性も持ち合わせていた。
正直言うと、コイツはまだ俺の領民たちでは荷が重いモンスターである。
その上、俺が一人で戦っても勝てないクラスだ。
これまでのボスは、大猿にしろ、ダーク・クランプスにしろ、いざとなれば俺がすぐに倒してしまえるレベルだったので、ある意味『保険』のある冒険だったと言える。
でも、今回はそうはいかないのだ。
したがって、コルゾの荒地に着くとすぐに『さくせん』を指示した。
「そういうわけで、今日は150名全体で行動するぜ」
ざわ、ざわざわ……
領民たちはどよめく。
訓練ではたびたびおこなったが、終日150名全員を1単位としての実戦は初めてだからな。
「このコルゾの荒地は見通しがイイ。だからル・モンドの森みたいに『ボスを発見すること自体が難しい』って話にはならないと思う。でも、それは逆に『いつボスと遭遇するかわからない』ってことでもあるんだ」
「領主さま。サーベル・タイガーってすげえ強えって聞いたけんど」
部隊の1人がそう尋ねる。
「強い。だから150人で陣形を布いて、いつヤツが現れても全員で囲めるように行動するんだよ」
幸いなことに、このコルゾの荒地は十分にその行軍スペースのある地形だ。
パサパサした土が広域に広がって、枯れ木と背の低い草がぽつぽつと生えているのみ。
まあ、B級クエスト区域の通常モンスターは中級だけど、ボスは上級になってくるので、最初から『まずは大勢で戦うのに有利な場所を……』と選定してはいたのだけれどね。
「先生!」
そこで杏子がピーンと挙手する。
「どうした?」
「あの山車みたいなものはなんですか?」
と指さす方には、木を組んで、梯子をしつらえた上に、小さなスペースのある建造物があった。
杏子は極東文化圏の祭事で使われるという山車のようだと言うが、そこまで華美ではなく、造りは至って簡素だけれど……
これは俺が山本ゴン吉さんに作ってもらった【移動式矢倉】である。
ぜんぶで4棟。
「弓部隊はこの上から角度をつけて敵を狙うんだ」
「私たちが、ですか?」
「うん。魔鉱石の【矢じり】でな。でも、これを使うのはサーベル・タイガーに対してだけでイイ」
こうして、対サーベル・タイガー用の『さくせん』を射手、魔法系、そして前衛組へと伝えてゆく。
特に支援系の役割が重要である。
「で、武闘家のチヨ以外の前衛はコレを使うぜ」
と言うと、磯村の未亡人エリ子さんがピクっと反応した。
そう。
槍である。
それもかなり長い槍。
ガルシアに頼んで、人数分用意してもらったのだ。
「ただ、通常モンスターに対しては、いつもどおりの使い慣れた武器を使ってもらえばイイよ」
そして、今日に限ってはなるべく通常モンスターを前衛の物理攻撃で倒していきたかった。
魔力とアイテムをボス戦にまで取っておきたいからである。
「……前衛だけでライオン・キャットやトクソドンを倒せるでしょうか?」
うん。
通常モンスターとは言え、ライオン・キャットの戦闘力は25000で、トクソドンの戦闘力は22000ある。
「だいじょうぶ。前衛はもう戦闘力6000~8000近くあるんだ。それに……ライオン・キャットとかちょっとツラい敵が出たら、今日は俺が倒してやるから」
「え……」
「領主さまが?」
いつになく俺自身が戦闘に積極的だからか。
領民たちはどよめく。
そう。
これは一つの山場だった。
この『さくせん』でサーベル・タイガーを倒せるかどうかは、俺たちが『上級への壁』を越えられるか……この先『A級、S級でも戦っていけるかどうか』の試金石にもなる。
だから、俺と領民たちを合わせて、今できうる最大の力を発揮してみたいのだ。
俺は黒王丸へ跨って言う。
「さあ、行こう!サーベル・タイガーは強ぇけど、俺たちがコイツを倒せばみんなびっくりするぜ!」
ヒヒーン!
馬が嘶くのと同時に、領民たちもオオ!……と気合いをあげて立ち上がった。





