第49話 再会
リヴを領地に誘ったのは、遠雲の領民の一部を彼女に育成してもらい、技術者集団を形成できないかと考えてのことだった。
今のところウチの領地には金属系の工業がないけど、女神の瞳で見れば【鍛冶屋】職性の領民はいるのである。
「一太郎くんを教えてくれているようにやってくれれば、きっとうまく行くから」
「ふーん。あんたの領地かぁ」
リヴもまんざらではない様子だ。
「まあ、すぐに決めろとは言わないよ。よく考えてくれればいい」
「うん……」
俺とリヴがそんな話をしていた時。
ガラガラ……
ふいに、背後で店の鉄扉が開く音が聞こえる。
他の客かな?
そう思って振り返ると、
「やっぱここか!エイガ!」
と非常によく見知ったなつかしい顔が、俺の顔を見て嬉しそうな声で叫ぶ。
明るく、屈託のない、正義の表情。
堂々とした佇まい。
まっすぐ人の目を見て話す眼。
そう。
さっきまで記者に囲まれていた『勇者クロス』だ。
「おや!?めずらしい顔だね!」
でも、リヴのナチュラルな反応で、勇者クロスが『ただのクロス』に戻った気がした。
「おお!リヴねえさんか!ひさしぶりだなぁ」
「うん。寒かったろ。火あたりなー」
リヴがそう促すと、クロスは俺のすぐ隣に座って、同じストーブに手をかざす。
「エイガ、元気してたか?」
「まあ、それなりにな」
と俺は答える。
こうして見ると、やっぱり俺の知ってるクロスでホッとするけど、さすがに久しぶりでちょっとぎこちない感じになる……という距離感がムズ痒い。
「それにしてもなつかしいな。ここに通ってた頃って、まだオレとエイガの二人パーティだったもんな」
「ははっ、そうだな」
俺とクロスは、ここの先代ランティスのジイさんによく可愛がられていたのだった。
娘のリヴも男勝りで、三人で夜まで遊びに行ってると、ジイさんにスゲー怒られたりしたな。
「ところでクロス。今日はいきなりどうしたってんだい?」
「うん。今度ゲーテブルク城でクエストがあって寄ったんだ。エイガもこの街に来てるって聞いてたから、久しぶりに一緒に遊ぼうと思ってさ」
そう言って、クロスは俺の肩を組んだ。
俺はちょっとこっ恥ずかしくなって、それをタバコに火をつける動作でごまかす。
「ふふっ、あいかわらず仲イイんだね。じゃあビールでも飲むかい?」
「おお、頼むよ。あと、なんか食うものもあったら……。今日は取材ばっかで、腹へってさ」
「あははっ、しょうがないねえ」
そう頼まれると、リヴは机へ手をついて立ちあがる。
ブラジャーをつけないタンクトップの乳房が、その前傾姿勢で谷間を露出させつつ柔和にしなだれて、ジャラジャラと踊るネックチェーンがやけに厳つく見えた。
「……」
「……ん?」
で、ふと気づくと隣のクロスも俺と同じように眺めていたのだった。
「ぷっ……ははは!見るとこ変わってねえなお前」
「ククっ……そりゃお前だろ。はははは!……」
俺たちは二人顔を見合わせて笑った。
「?」
リヴは訝しげにチラリと振り返るが、そのまま給仕室へ向かったようだ。
「ははは……。ふう」
そして、一呼吸置いたあと。
俺はようやく、さっきからずっと頭に浮かんでいた疑問を投げかけた。
「……ところでクロス。お前、ティアナとはどうなってんだ」
◇
一年前。
「私、そろそろ冒険をやめようと思っているの」
と、ティアナが言い出して、勇者パーティが騒然としたことがあった。
当然だ。
これからいよいよA級からS級へという時にティアナに抜けられては、パーティはガタガタだからな。
で、それは一言でいえば俺のせいだった。
この時。
俺はすでに勇者パーティの冒険についていけなくなっていて、長くはこのパーティにいられそうもなかった。
それで、どうやらティアナも俺と一緒にパーティを離れるつもりらしいのである。
俺は、
『このままだと、俺の存在がティアナの才能を潰すことになる……』
と、そう思った。
そこで、ある雪の日。
俺はクエストの後にティアナを呼び出して、
「もう、別れよう」
と切り出したのだ。
「俺はもう、お前とは一緒にいられないから……」
「そんなこと気にする必要はないの」
ティアナは三つ編みひとつ動かさずに続ける。
「もしあなたがパーティにいられなくなったら、私もパーティを抜けるわ。あなたのいない冒険なんて……楽しくないもの」
女の唇から零れる息が霞のように白麗で、俺は深い深いため息をついた。
「……お前さ。なんか勘違いしてねーか?」
なるべく抑揚のない発音で続ける。
「パーティのことは関係ない。もう一緒にいられないのは……俺がもうお前に飽きたからだ」
「え……」
「お前と一緒にいても、もう楽しくない。面倒なだけだ。その上、パーティを抜けてもついて来る?そんなのハッキリ言って……め、迷惑なんだよ!」
そう怒鳴ると、そのお行儀よく並んだ小振りな胸がぴくんと跳ねて静止した。
……かと思えば次の瞬間、いつもは隙のない知的な頬へ幾粒もの涙が螺旋を描いて溢れ出す。
「……??」
泣き慣れないティアナは涙の扱い方がわからない様子で戸惑っていたけど、拭いてやるわけにはいかないし、心は苦しくてたまらないまま、俺はただその場に立ち尽くすことしかできなかった。
それから。
しばらくティアナとは顔を合わせることができなかった。
一方、この頃はちょうどA級からS級へと上がる時で、ティアナとクロスはギルドやマスコミへの対応もあり一緒に行動することが多くなっていく。
「オレさ。ティアナに告白したんだ」
クロスがそう言っていたのは、それから一月後のことだ。
「……で、どうだったんだよ」
「まだ返事はもらってないんだけどな。『今はクエストのことを最優先にしないと』って。ふふっ、アイツらしいよ」
「そうか」
……よかった。
ティアナはもう、パーティを抜けるつもりはないのだ。
そして、クロスなら……
他の誰でもないクロスなら、ティアナを幸せにしてやれるだろうって思った。
その後すぐ。
俺はパーティを解雇になったんだ。
◇
「ティアナなぁ……。ほら、アイツ。すげー真面目だろ?」
向こうの台所でビールを用意しているリヴの背中を二人で眺めながら、クロスはそう答えた。
「まあ、そうだな」
「パーティのことでかかりっきりでさ。この間なんて、『もう誰とも付き合う気はない』とか言うんだぜ」
「……お前らもうとっくに付き合ってんだと思ってたけど」
「そういう状況じゃなかったんだ。ティアナのヤツ、今はマジでクエストのことしか考えられないみたいでさ」
なるほど。さっきティアナが言ってたのはそういうことだったのか……。
「でも、いつまでもそんなことはないって俺は思う。人は愛なしでは生きられないんだから」
クロスがそんな恥ずかしいセリフを恥ずかしげもなく吐いた時、
「お待たせー♪」
と、リヴがビールとウィンナーを持って戻って来た。
「おお、サンキュ!」
カチャカチャカチャ……
旧知の友で酒を囲む感じ。
リヴとクロスと俺で、再会に乾杯する。
「ところで、ランティスのジイさんはどこにいるんだ?」
「お父ちゃんは……」
そこからは三人で昔話に華を咲かせ、あるいは故人に胸をよせつつ、俺たちは杯を重ねたのだった。





