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第48話 どうのつるぎ


 茶葉と薬草の香でむせ返るようなハイル&クラオトの1階で。


 俺とティアナはしばらくにらみあった後、


「よ、よお」


「……ええ」


 とだけわしてすれ違った。


「ありがとうございましたー!」


 で、ティアナはそのままレジへ向かうと、会計を済ませて店を出ていってしまう。



「チッ、エマめ」


 一方。


 俺はさすがにエマが余計な気を回したのだとわかり、カゴの商品をすべて陳列棚ちんれつだなへ戻す。


 そう。


 アイツらのために買い出しなんてしてやる必要はなかったのだ。


 だって、メモにあったアイテムはぜんぶティアナのカゴに入っていたのだから。


「またお越しくださいませー!」


 けっきょく何も買わなかったが、俺も店を出る。


 チリンチリン……♪


「うっ……」


 すると、ガラス張りの店のドアの横に、去ったと思ったミンクのコートがツンっと待っているのを見て、俺の足は思わずかたまった。


「……行きましょう」


 そうメガネを正して道をツカツカ歩きだすティアナ。


 仕方ないので足早に追いかけていくと、彼女は半歩先を譲るように歩速をゆるめた。


「それ……よこせよ。持つから」


 俺は、ティアナの抱えている重そうな茶色の紙袋へ手をかける。


 店で買っていた勇者パーティの薬草類だ。


「……ありがと」


「別にいいよ」


 ずしり……


 こうして荷物を受け取るとき。


 冷たい風が金髪ブロンドの三つ編みを揺らして、


「ぁ……」


 と、唇から白い息がこぼれた。



「どうりで、寒いわけね」


 退廃的な色の空を見上げる青い瞳。


 かたむいたほほへ、チラチラと結晶が降りかかる。



「ゲーテブルク城行きの船はじきに出発だよー!!」


 白雪の舞い始める中、船着きの男の声が悲しく響いた。



「いけない」


 それでティアナはいた両手をヒラリと翻すと、防御魔力でかさを具現化する。


 キラキラキラ☆……パツン!



「入って」


「ああ?いいよ。こんくらい」


「その……雪が薬草へつもると劣化してしまうわ」


「……くくっ、なるほど」


 俺は彼女の防御魔法の傘へ頭をくぐり入れてから少し笑う。


 そーゆう、アイテムの品質保持とかにうるさいところ、変わってない。


「あいかわらずだな」


「なに、が……?」


「いや、いつもあのパーティのことを一番に考えてくれるところが、さ」


 俺は褒めたつもりで言ったのだ。


 けど、青い瞳はぷいっとれ、


「そうでもないのよ……」


 と消え入るように言う。


「?……どうした」


「んーん……」


 心配になって聞くが、それでもやっぱりティアナはもうひとつ俺の方へ身を寄せて、薬草に雪がかぶらないように努めた。


 ふわふわな毛皮に覆われた細い肩は俺の肩とあたたかくくっついて、二人分の歩みに魔法の傘が不規則に揺れる。


「……」


「……」


 それからしばらくは黙ったまま歩いた。


 川沿いの道。


 船の帆が堤防の上を滑降して俺たちを追い抜いてゆく。



 ところで俺たちは一体どこへ向かっているのだろう?……と、瞬間思ったが、まあ、ティアナの荷物を持ってやっているので、勇者パーティの泊まっているグラント・ホテルまで送ってやればイイかな。



 そう考えて川沿いの道を曲がり大通りの方へ入ると、街中のシュベルツ劇場がレンガの半球をたたえて見えてきた。


「世界巡業、ここへも来るのね」


 で、劇場の前を通りかかった時、ティアナがそう呟く。


 ああ、活動写真のことだな。


「でも、お前ら活動写真なんていつも観てんだろ?」


 何と言ってもザハルベルトに呼ばれたS級パーティなんだから。


「いいえ。そう言えばまだ一度も観ていないわね」


「一度も?へえ。お前も相当忙しかったんだな」


「……」


 そうこう話しながら歩いていると、もうグラント・ホテルが見えてきた。


「そう言えば、これもらったんだった」


 そこで俺はアクアからもらったあの2枚のチケットを思い出す。


 ピラ……


聖夜クリスマスだから明後日あさってか……。ティアナ、一緒に行くか?」


「行くわ」


「行くのかよ!?」


 断ると思って冗談で聞いたのに。


「や、やっぱやめとけよ。クロスに悪いって」


「いいえ、いいえ!……悪いことなんかないの!」


「ぁあ?……なにそれ」


 ちょうど宿の前に着いたところで足が止まり、ティアナはこちらへ向き直って答えた。


「だって、私……もう誰とも付き合うつもりはないのだもの。あなたに『別れよう』って言われてから、ずっと……」


「……え」


 その時。


 ガヤガヤガヤ……


 宿のロビーから大勢が引き上げてくる気配がする。


 さっきクロスを囲んでいた記者たちが宿から出て来るのだ。


「……!」


 それを見たティアナは少しマスコミに怯えた様子で、三つ編みをキッと翻す。


「ティアナ!」


 でも、そんな時なのに、俺は咄嗟とっさに彼女の腕を掴んでしまったのだ。


 ヤバイ。


 以前スカハマで見た新聞記事が頭をよぎる。


 何してんだ、俺。


 記者たちがもう来るって。


「エイガ……」


聖夜クリスマス……午後1時。ハイル&クラオトで」


 俺はそれだけ伝えると腕を離し、その場を走り去る他なかった。




 ◇




 その後。


 さっきのティアナの様子が気にはなったけれど、どうしようもなく、気づくとただ雪の街を歩いていた。


「寒ぃ……。とにかく帰ろうかな」


 とも思ったが、ショッピングモールの角を通りかかった時。


 ランティスの鍛冶屋に大事な用事があったのを思い出して足早に向かった。




「さっ!これで、あんたの銅の剣は、【銅のつるぎ+3】になったよ」


 リヴがそんなふうに胸を張って威張いばっている。


 そう。


 先日の単独ダンジョン攻略の後、俺の銅のつるぎが見るからに痛んでいたので、打ち直してもらっていたのだ。


「マジで!?『+3』もついたの?」


「ふふーん、あたしを誰だと思っているんだい……と言いたいところだけれど、コレをやったのはあたしじゃない」


 そう言って、リヴはあちらで金属を打っている坊主頭へ目をやる。


 おお、一太郎くんか!



 カン!カン!カン!……カン!カン!!



 あんなに無気力そうだった彼が、こうも活き活きと金槌を振るっているなんて!


 時折、リヴのおっぱいをチラチラ見て情熱を追い焚きしている様子なのも、今は黙っていてやろう。


 乳の持ち主であるタンクトップの女親方の方はてんで視線に気づいてないようだし。


「……でも、リヴ!ちゃんと弟子の育成もしてくれてんだな!」


「ま、まあね……。あんたに頼まれたんだから、仕方ないだろ」


 照れくさそうに頬をかくリヴ。


 本当は弟子が欲しくってたまらなかったクセにな。


「それに、この銅のつるぎは金属のしんがしっかりしてるからね。っちゃんでもやれると思ったんだ」


 っちゃんって……一太郎くんのことか?


 コイツでもこんな可愛らしく人を呼ぶことができるんだな。


 こちらがそんなふうに感心していると、


「……それにしても、あんたのそいつは、まったくレアものだねえ」


 と、しみじみ呟くリヴ。


「あ?なにが?」


「そのつるぎさ。形状から見てなにか祭祀さいし的な目的で作られたものなんだろう?」


「ん?まあ、そうと言えばそうかな」


 俺が遠雲とくもの領主になる儀式で大王からたまわったものだから、そりゃあ神聖ホーリーなものだろう。


「でも、しょせん銅のつるぎだぜ?」


「そんなステータス上の肩書きなんて関係ないね。こりゃあ叩けばもっとよくなるさ。あたしにかかれば『+25』より上はいくよ」


「まっ!……マジ!?」


 +25の剣なんて聞いたことがない。


 鍛冶屋の打ち直しで武器に付加されるレベルなんて、クロスの『正義のつるぎ+5』くらいがせいぜいかと思ってたけど。


「まあ、銅のつるぎそのものは初級の武器だけどさ。そこに『神聖な意味合い』があって金属のしんがよけりゃあ、鍛えられるレベルの『上限』も高い。コイツはそういう神聖さからいったら二千年級のバケモノさ。元々の武器としての威力は初級でも、これから中級レベルにも上級レベルにもなるよ」


「上級レベル!?……つまり、『上級レベルの強さを持った初級武器』ってこと?」


「ああ」


「そ、それは上級の装備ができないヤツでも装備できるのか?」


「もちろんさ。いくら『+』が付いて強くても、初級装備は初級装備だからね」


「……!!」


 なんと……


 これは、才能的に上級の武器が装備できない俺が、『上級レベルの強さ』の武器を使える初めての可能性だった。


 祭祀さいし的には崇高すうこうだが、戦闘的には『初級』の武器を育成して『上級レベルの強さ』にする……か。


「だからあんた。武器をあんなにぞんざいに扱っちゃいけないんだよ」


「え?」


「あの銅のつるぎ、あんたが『今日ダンジョン攻略したから』って言って持ってきた時は『-2』になってたからね」


「マジで!?」


「マジだよぉ。気をつけなー」


 確かに。


 俺は育成対象の装備にはこだわりを持ってきたつもりだし、領民の風紀パンツに至るまで最大限の考慮をしてきたけれど……


 自分の武器については、おろそかにしているところがあったかもしれない。


 これまであの銅のつるぎを使ってたのも、領主に任命くださる儀式の時に下賜されるものだから『お、剣代一本浮いてラッキー』とか思って、それから壊れもしないのでずっと使っていただけだし。


「でも、この銅の剣、リヴが叩けば『+25以上』までいくんだろ?だったらさっさとそうしてくれよ」


「ったく……。あんたって人は、剣心けんゴコロがわかってないね」


「はぁ?」


 けんゴコロ??


 コイツ頭沸騰してんのか?


「剣っていうのは持ち主に使い込まれながら徐々に育ててゆくもんなんだよ。使っては叩き、叩いては使ってしてこそ、金属がしんから育ってゆく。そりゃあたしが打てばこの銅の剣に『+25』付加させるのはワケないさ。でも……」


 リヴはほどかれた長い髪をかきあげながら、オイル・ライターでタバコの火をつけると、続けた。


「あまり急激に成長させた剣は、その先の成長の可能性が奪われちまう。コイツはそんな『ただのちょいとイイ武器』で終わらしちまうのには惜しい素材だ。適正な育成スピードでじっくり育てた方がイイんだよ」


「ふーん、剣心ねえ。俺も女心ならけっこうわかる方なんだがな」


「……それは聞かなかったことにしてあげるよ」


 と言って、リヴは意味不明なため息をついた。


「で、今のところは『+3』くらいが適正な育成スピードなんだ。そのレベルならもうっちゃんでも打てるはずだから、やらせてみたってワケさ」


 なるほど。


 剣の育成と弟子の育成を同時にやっちまおうって目論みだったワケか。


 それで成功してんだから、プロ顔負けの育成プランだ。


「お前、なかなか先生が板についてんじゃんか」


「が……ガラでもないって言いたいんだろ?笑いたければ笑えばいいさ」


 と言ってデニムのお尻をモジモジさせるリヴを見て、俺はかねてから考えていた話を持ちかけようと決心した。


「……なあ、リヴ。お前、よかったら俺の領地に来ないか?」



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