第47話 買い出し
領民たちの休日の後。
俺は、これからしばらく150人部隊の経験値タメを【コルゾの荒地】というB級クエスト区域で行うことに決めた。
ここは船を泊めている商業都市ハーフェン・フェルトから少し距離があるのだけれど、あの入り組んだリーゼンティンゲの地下迷宮内部とはちがって、荒地のぶん『戦闘スペース』が広くとれる。
領民たち一人一人はまだ戦闘力5000を越えたばかりなので、戦闘力2万超えのモンスターたちを相手にするにはなるべく大人数で囲む方が望ましいと考えてのことだったが……
その初日、コルゾの荒地への道中のこと。
ある川の手前に、
≪このはしわたるべからず≫
と、橋の前に立て看板がしてあるのが見える。
「なんと書いてあるんだろう?」
俺はケルムト文化圏の文字が完全には読めないので、通りかかりの聖職者に尋ねてみると、
「このはしわたるべからずと書いてあります」
とおっしゃる。
「なるほど、じゃあ真ん中を通ればイイんだな」
そう思った俺は黒王丸に乗って橋の真ん中をパカラッパカラッと渡って行った。
「ふんふんふーん♪」
しかしその時、
ピキピキピキ……ボコーン!!
なんと!渡り始めてすぐに橋は脆くも崩れ去ってしまったのだ!
ひゅーん!
川へ堕ちてゆく俺と馬。
「わああぁぁぁ……」
ヒヒーン!!……(汗)
だが先日、【飛行魔法ウォラートゥス】を覚えていた黒王丸のおかげで、水面ぎりぎりのところで『ふわり』と飛びあがり、そのまま馬で岸まで飛んで返ってくることができたのだった。
「はぁはぁはぁ……あ、あぶねえ!!くそぉ。あの坊主、ウソを言ったな!」
さっきの聖職者を追いかけてとっちめてやろうかとも思ったが、川を見返るとそんな場合ではないと気が付く。
ぴちゃん……
無残に崩れ去った橋。
橋がなければ【コルゾの荒地】まで150名の領民を連れてゆくことができないぞ!?
「困った……」
そう途方に暮れていると、
「わっはっは、これくらいの橋ならばすぐに作ってみせるでごわす」
大工職性の山本ゴン吉さんがそんなふうに言う。
俺は「ホントかよ」と怪訝に思ったのだけれど、実際、彼は木村の者たちと協力してものの数時間で川に橋を架けてしまった。
「最近調子がイイのでごわす」
などと言いつつ、山本さんの金槌が青白く魔力で光っている。
そう。
戦闘に随行しているから、大工職性の彼にもずいぶん経験値が行っているのだ。
大工職性は領地でも育成しなきゃいけないと思っているけれど、やっぱり遠征部隊にも専属に大工の能力が必要そうだという見込みは当たっているようだった。
俺たちは大勢で山を越え、谷を越え……と、していかなければならないのだからな。
こうして簡易の橋まで架けられるようになっているのだから、他に『建設』できるものも増えているかもしれない。
さて、肝心の【コルゾの荒地】での戦闘。
ワイワイワイ……
領民たちはル・モンドの森の時とはうってかわって明るかった。
1日目はさすがに上手くいかないところも多かったが、2日目になるとすんなり新たなモンスターを倒せるようになっていったのである。
ラインナップは【ライオン・キャット】【レッドオーク】【トクソドン】【ブルー大蛇】などなど……
順に戦闘力2万5千、1万8千、2万2千、1万5千のモンスターたちである。
ワンランク上のモンスターに対してこれだけすぐ適応できるというのは、みんな『よその土地で戦う』ということそのものに慣れてきたところもあるのかもしれない。
また、森よりもスペースがあるので、75名単位でモンスターを囲んでいるのも大きいだろう。
戦闘力5000の戦力が75名で囲めば、たとえ相手がライオン・キャット4、5匹の群れだったとしてもこちらに分がある。
戦闘方法はダーク・クランプスをやっつけた時と同様。
全体の連携の指揮は、サムライ大将の坂東義太郎に執らせる。
で、そんな様子を、俺は黒王丸で空を飛びながら俯瞰して眺めていたのだった。
ワーワー!……ひゅーん……カキンカキーン!!
魔法を籠めた矢が数十と飛び、前衛が隊列を組んでドっと攻めかかる。
それにしても、こうして空から戦闘を見るとずいぶんと状況が把握しやすいな。
少なくとも、見通しのよい【コルゾの荒地】ならば、西園寺カナ子の不在を黒王丸での飛行でカバーできそうだ。
俺は、魔法の使いどころや前衛の飛び出すタイミング、陣形などで気が付いた点を発見すると馬で地上へ下りたち、一つ一つ指導やアドバイスを施していった。
◇
「旦那。今日の便でティアナさんたちがこの街にやってきたらしいッスよ」
さて、その日の晩メシの時。
ガルシアがそんなことを言う。
「ふーん」
「……」
俺と五十嵐さんは特に反応もせずムシャムシャとご飯を食べ続けた。
「やっぱり気になるっスか?」
「あ!?……別に、フツーにメシ食ってるじゃん、俺」
そう答えるのだが、ガルシアは眉を下げて続けた。
「奇跡の5人が泊まるのは『グラント・ホテル』って宿らしいっスよ。しばらくこの商業都市で装備やアイテムを整えるらしいっス」
「……なるほど。だからグリコがいないのか」
昨日までこの船に泊まり、メシも一緒に食っていたグリコが今日はいない。
モリエのところへ行ったのだろう。
まったく猫みたいなヤツだな。
「そんなことより、今日の味噌入りスープウマいね。誰が当番だっけ」
「……」
こうして五十嵐さんが鋭い目を恥ずかしそうに伏せて小さく手を挙げると、ガルシアもそれ以上クロスたちの話をすることはなくなった。
次の日。
朝起きると少し頭痛がする。
コルゾの荒地へ領民たちを連れていったが、特に戦闘には問題がなさそうなので、あとは坂東義太郎に任せて午後いちに早退することにした。
「エイガ殿。お大事に、でござるよ」
「ああ……」
黒王丸の逞しい背へしな垂れる俺。
ヒヒーン!!……
しかし、馬で空を飛んでいるとガンガンしていた頭も次第に晴れて、ハーフェン・フェルトの街へ着くころにはすっかりよくなってしまった。
引き返そうかとも思ったがそれもバツが悪い。
「まあ、少し街で遊んで行こうかな」
そう思って、通りで馬を下ろす。
そんな時に、
『クロスのヤツ、玉突きにでも誘ったら来るかな……』
と、頭をよぎったのだった。
そう。
別に俺たちはケンカをして別々になったワケじゃないんだから、一緒に遊ぶくらい不自然じゃないはず。
ガルシアの言っていたグラント・ホテルもすぐそばだ。
そう思い、俺はその宿へ向かった。
「いらっしゃいませ」
しかし、ドア・ボーイの先達を受けて中へ入ってみると、どうにもロビーの様子がおかしい。
ざわざわざわ……ガヤガヤ……どっ!!
妙に人だかりができている。
「何事だ?」
ひょいと人垣を覗くと、一人の立派な男が記者に囲まれてインタビューを受けていた。
「え?く、クロス……」
そう。
その記者に取り囲まれたスターじみた男が、あのクロスだったのだ。
「あれ!?エイガ先輩じゃないですかぁー??」
そんなふうに愕然として突っ立っていると、後ろから声をかけられてハっとする。
振り返ると、なつかしいかな……
勇者パーティの若年組、エマとデリーだった。
「先輩、なにしに来たんですかぁ?」
「別に……ただ近くにいたから、クロスとどっか遊びに行こうと思っただけだよ」
「あははは!ちょーウケるww先輩、まだクロス先輩と遊ぼうとか思ってるんですかぁ?」
「あ?」
「見てくださいよ。新たな街を訪れると、ああしていつも記者が押しかけるんです。クロス先輩は今や『時の人』なんですから」
エマは意外とサイズのあるドレスの胸をムンっと張り、栗色の意地の悪そうなポニーテールをぴょんと跳ねさせて続ける。
「つまり。もうクロス先輩は、エイガ先輩の相手なんてしているヒマはないんですよ。まあ。召使としてなら相手にしてくれるかもしれないですけどねーww」
「エマ……」
「デリー、黙っててください」
止めようとするデリーの手をペシっと払うエマ。
「ところで先輩。本当に召使をしてくれるってゆーなら、ちょぉっと買い出しに行ってきて来てくれませんかぁw」
「買い出し?」
「アタシたちいろいろ忙しくてぇ、本来の目的であるアイテムの買い出しへ行っている余裕がないんですぅ」
「エマ、さっき退屈で死にそうって……ぎっ!」
エマがデリーの足を踏んづけた。
そして、紙っ切れにサササと書き、それを俺に突き渡してくる。
「これが必要なもののメモです。場所は『ハイル&クラオト』ってお茶とか薬草とか売っている有名なお店ですよ。先輩、知ってるでしょ?」
知っている。
先日アクアと行った店の1階だ。
そんなふうに考えていると、
「ヒソヒソヒソ……(ったく、クロス先輩のことばっかじゃなくて、ちょっとはツンデレ先輩のこと考えてあげないと可哀想じゃないですか)」
と、エマは俺には聞こえない小さな声でデリーへ向かってヒソヒソ言ってる。
デリーはデリーで俺の顔を見てウンウンと頷いていた。
「あ!?なんだよ。言いたいことがあるならハッキリ言えよ」
「うっひっひ(笑)まっ、いーじゃないですかwwそういうワケでお願いしますよー」
チッ、あいかわらず感じ悪いな。
「あ、おい!カネは?」
「領収書もらってきてくださーいwwそれから急がないと間に合わないんで早く行ってきてくださいね!」
そう言ってエマは走り去り、デリーもその後を追いかけて行った。
「なに言ってんだ。あの店は夜までやってるっつーの……」
そうため息をついて振り返ると、人だかりはまだクロスを囲んでいた。
◇
俺は、エマの口が悪いのも知っているが、根はイイヤツだということも知っている。
だから、本当にただ俺を召使あつかいしておちょくりたいので買い出しを頼んだ……というワケではないことくらいは察しがついた。
ただ、実際どういうつもりなのかはよくわからない。
20代も後半になると、10代後半の少女の気持ちなんて複雑怪奇すぎてマジ意味不明になってくるのである。
「いらっしゃい」
そういうワケで、俺は愚直にもマジで『ハイル&クラオト』へ買い出しに来たのだった。
まあ、アイツらも本当に忙しいのかもしれないしな。
「ええと。ポーションが99個と毒消しが80個。それから紅茶……って、アールグレイなんて飲むヤツいねーじゃねえか」
そんなふうにエマから受け取ったメモを見ながら品物をカゴへ詰める。
でも、勇者パーティで紅茶を飲むヤツはティアナだけで、アイツが飲むのはアールグレイじゃない。
ミルクティによく合うアッサム紅茶だ。
エマのヤツ、自分がカフェオレしか飲まないからって適当に書いたな。
そう思って紅茶の棚へ足を向けた時。
「……」
ファー付きのミンクのコートの女が、百合の茎のように美しく傾斜した背筋をして、棚の前で茶葉を選んでいるのが目に入る。
後ろ姿だけで非常に魅力のあることがわかる女性で少し怯んだが、その棚にちょうどティアナの好む茶葉があるので、俺は、
「ちょっとすみません」
と言って手を伸ばす。
「え……」
「え?」
女の首が返り、ファー付き帽から金髪の三つ編みが華やぐと、赤いメガネの向こうから青い瞳が俺の顔をジっと見つめた。





