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第46話 盗賊


 ハーフェン・フェルトが商業都市として栄えたのは、ケルムト文化圏を縦横に伸びる【ライヌ川】の河口に位置するからだと言われている。


 で、そのライヌ川沿いに『ハイル&クラオト』という俺のお気に入りの道具屋があった。


 小ぢんまりとした二階建てのレンガ造りで、一階では茶葉や薬草が販売され、二階が喫茶店になっている。


 俺はアクアをそこへ連れて窓ぎわの席へ着いた。


「いらっしゃいませ」


 ウエイトレスに注文を頼むと、二階席の窓からライヌ川の水面がキラキラと望めロマンチックだ。


 うん。


 急場で連れてきたにしてはなかなかのエスコートだろう。



 カリカリカリカリ……


 ただ、俺たちは別にデートへ来たのではない。


 目的は取材を受けることである。


「すごいじゃないですか!それでもうB級ライセンスを獲得しちゃったんですね」


 こうして茶をすすりつつ今回の遠征の内容を話すと、アクアはいちいち感心して声をあげた。


 メモを走るペンは、煙が出そうなくらい速い。


「まぁな……」


 俺はテーブルの上の灰皿を寄せ、タバコへ火を付ける。


「ただ、この先A級S級をめざすとなると、俺個人の力も成長していないと領民たちの戦闘を支えて行けない気もするんだよな」


「なるほど」


 さて、こうして話をしている最中。


 急にアクアの眉が怪訝けげんにゆがむ。


「どうした?」


 俺、何かおかしなことでも言ったか?


「……」


 そう思ったが、どうやら視線はこちらへ向いていない。


「どうしたんだ?」


 と、俺はもう一度聞く。


「エイガさん。女勇者パーティって知っていますか?」


「そりゃ知ってるさ。いつもランキングの上位に載ってるし」


「あっちにそのメンバー、盗賊のトルドが座っています」


「……へえ」


 女勇者パーティのエースだというので、名前だけは聞いたことがある。


 俺の背後の席か。


「すみませーん。注文追加お願いします」


 そこで、俺はウエイトレスを呼ぶ動作にまぎれて後ろを振り返った。


 カウンター席に男が二人座っている。


 黒のスーツにオールバックの男と、銀髪の少年。


「どっちがトルド?」


「スーツの方です」


「銀髪の方は?」


「そちらはわかりません」


「ふーん」


 アクアはレモンティへ二、三口をつけ、考え込むようにしてからまた呟く。


「それにしても、女勇者パーティのエースであるトルドがどうしてこんな街にいるんでしょうか」


「フツーに冒険で来てるんじゃないか?」


「たしかにケルムト文化圏はクエストが多発している地域ですけれど、S級のパーティがこなすようなクエスト区域はないでしょう。それこそ今度の魔王アニムスならば話は別ですけど……それはクロスさんたちが割り振られているわけですし」


「じゃあ観光に来てるだけじゃねーの?ウチの船にもグリコが遊びに来てるぜ」


「あの人を基準にはできないんじゃないですか」


 まあ、そりゃそうか。



 そうこう話していると、やがて二人の男は席を立ち、俺たちの席を横切る。


 横目で見て、雰囲気のあるヤツらだなと思っていると、


「あれ?……」


 銀髪の少年の方が俺の顔を見て声をあげた。


「ねえ。キミは育成スキルで有名なエイガさんじゃあないか?」


「は?……まあ。そうだけど」


 ずいぶん不躾ぶしつけな口のきき方をするガキだな。


「僕、ファンなんだ。握手してよ」


「ほう?……」


 それでもファンは大事にする主義な俺は、握手に応じる。


「わあ!ありがとう」


 近くで見ると、銀髪はハッとするような美形で女と見まごうほどでもあったが、はだけた胸の様子から確かに少年だとわかった。


 歳はエマやデリーと同じくらいだろうか。



「ユウリさん。こちらは?」


 すると会計していたトルドが振り返る。


「エイガ・ジャニエスさんだよ。ほら、あの勇者パーティ奇跡の5人を育てたっていう」


「おお!あなたがあのスゴうでうわさの育成者」


 と言ってトルドも手を差し出してくるので握手する。


「イチ冒険者として期待してます。今度はあなたがどんなふうにパーティを育成するのかってね」


「そ、そりゃどうも」


「じゃあエイガさん、がんばってね」


 銀髪の少年がそう言うと、二人は店を出ていった。



「あやしいですね……」


 一方、アクアは顎に指を当てて押し黙っている。


「えー?イイ人たちじゃあないか」


 にぱぁー☆にぱぁー☆


「特にエイガさんのファンだと言うのがあやしいです……」


「……お前がそれを言うの?」


「ずっとエイガさんのファンである私だからこそわかるんですよ。同好の志なんて、これまで出会ったことがないんですから」


「そ、そうなのか」


「……私たちも出ましょう」


 アクアがそう言うので俺たちも店を出る。


 すると、ちょうど近くの船着きに国内船の便が着いたところらしく、川沿いの道は人であふれていた。



 ガヤガヤ…… ガヤガヤ


 商人風なのと冒険者風なのが多い。


「アクア、これからどうする?宿の予約がまだだったら案内してあげるけど」


 そんなふうに言うのだが、アクアは心ここにあらずといったふうである。


 で、彼女の視線をたどると、船着き場で先ほどの盗賊トルドと銀髪の少年がボソボソしゃべっているのが見えるのだった。


 まだ気になるのか?


「ゲーテブルク城行きの船は、じき出発だよー!!」


 そう船着きで船長が怒鳴ると、トルドと少年は船へ乗り込んでいった。


 彼ら、ゲーテブルク城へ行くのか?


「よいしょ」


 俺がそう思った時には、横でアクアがカバンを背負しょい直していた。


「……私、彼らを追います!」


「は?なんで?」


「記者のカンです!クロスさんたちには城でお会いしましょうと、よろしくお伝えください!」


「おい!待てよ」


 と言うが聞かず、アクアは駆けだす。


 なんてあわただしいヤツだろう。


 でも、記者ってのはそんなもんなのかもしれねーな。


 そう思ってダッフルコートの背を見送っていたのだけど、彼女はハタと振り返り、一度戻ってきて言った。


「これ……さっき約束したのにごめんなさい。お詫びに差し上げます」


 そう言って2枚の活動写真えいがのチケットを俺へ渡す。


「いいのか?」


「エイガさん、活動えいが観たことないんでしょ?」


「まあ……」


「その代わり早くS級になってザハルベルトでの通常上映に連れていってくださいね」


 そう微笑ほほえんで、アクアはまた船へ駆けていった。




 ◇




「そういうワケで、しばらく出張を頼むよ」


「承知いたしましたわ」


 俺は船へ帰ると西園寺カナ子を呼び出して、アクアとトルドの話をした。


 彼女にはしばらくゲーテブルク城へ行ってもらおうと思う。


「でも嬉しいですわ」


「何が?」


「だってエイガどの、大切な友達が心配なのでしょう。それをあたくしに任せていただけるということは、もうかなりの信用をいただいているということではありませんの?」


「別に、そういうワケじゃない。奥賀おうがの領主にちゃんとスパイとして仕えることが本来のスパイとして必要なことなら、その出向先の俺の命令にもちゃんと従う方が理に叶うと思ってるだろうな……と考えてるだけさ」


「オホホ、あいかわらずつれないのですわね」


 西園寺カナ子は紅の覆面からかいま見える美しい目を伏せて、いじけたフリをする。


 目元のホクロがみょうになまめかしい。


 まあ、そーゆー処女ビッチなところが信用できないんだけどな。



 トントン……


 その時、ドアの叩く音。


「エイガ様」


 五十嵐さんのようだ。


「で、では。あたくしはこれにて(汗)」


 と言って西園寺カナ子はドロンと消えてしまった。



 ガチャ……


「……」


 ドアを開けると、いつもと変わらないポニーテールに鋭い目が立っていて、ホッとする。



「お手紙です」


「そっか。ご苦労さま……お?」


 手紙はなんと、帝都の大臣からだった。


 しかし文面を見ても俺は極東文化圏の文字が読めない。


「何が書いてあるの?」


「年明けの議会のことが書かれています」


 ああ、そう言えば大臣、そんなようなことおっしゃってたな。


 用事があるなら欠席してもイイって、大臣自身が言っていた気がするけど。


「正味な話、行った方がイイのかなぁ、それ」


「エイガ様が遠雲とくもの領主となって一度目の議会ですから、開会式だけでも出席された方が無難かとは思います」


 うーん。


 じゃあそれまでに俺抜きでも領民部隊がB級クエスト区域で戦えるようにしないとな。


「一応出席するつもりだけどまた日にちが近づいたら追って連絡する……って返事しよう」


「はい」


 そう言って、五十嵐さんに代筆してもらう。


 カリカリカリカリ……


 あいかわらずの縦書きの難解な文字だが、今日は羽のついたペンとインクで書いている。


 デスクに姿勢よく腰をかけるタイトスカート。


 ジっと文字へ落とされる黒い瞳。


 かすかに開かれて無防備に揺れる唇……。



「そ……そう言えば五十嵐さん。昨日あれからだいじょうぶだった?」


「なにがですか?」


 と言ってにらむので、俺はそれ以上何も言わなかった。





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