第45話 チケット
ダメだ。
グリーン・ドラゴンを倒すのに127ターンもかかっているようじゃあ……。
ヒヒーン!
黒王丸の嘶きを聞きながら、俺はそんなふうに考える。
グリーン・ドラゴンの戦闘力は47,000だから、まあそこそこ強いモンスターと言っていい。
でも倒すのにこれだけ時間がかかったのは、『攻撃力』と『防御力』があまり伸びていないからだ。
逆に、なぜか伸びていたのは『すばやさ』と『視力』である。
これはダンジョンを進むのに役に立った。
でも、グリーン・ドラゴンくらいのモンスターはもう少しスムーズに倒せるようにならないと、この先A級、S級で領民を率いて行くとき不安なんだよな。
パカラッ!パカラッ!パカラッ!……
俺はそうなふうに考えながらハーフェン・フェルトの街へ戻ると、冒険者ギルド出先機関へむかった。
今日のボス討伐を報告に行くためだ。
ただ、B級からA級への昇格は単にこうしてボスを倒すだけでは認められない。
A級ライセンスは、ギルドの『審査』によって「上級の力がある」と認められたパーティだけが獲得できるのだ。
そう。
これが冒険者にとって上級への『壁』が大きく立ちはだかるゆえんである。
その証拠に、冒険者全体でC級は80%、B級は19%、A級は1%、S級は上位0.01%以下……と言われている。
この割合を見ても、A級ライセンスの獲得がいかに難関であるかがうかがい知れよう。
ただ、ひとつひとつの功績を積みあげていくことでしかA級への道はないことは確かなので、今日のグリーン・ドラゴン討伐についてもきちんと報告することは大切なのである。
「承りました。エイガの領地がリーゼンティンゲの地下迷宮を攻略……と」
ざわざわ……
「おい、エイガ・ジャニエスがひとりでグリーン・ドラゴンを倒しちまったらしいぜ」
「アイツ、弱いんじゃなかったのかよ……」
俺が事務員へ報告するのをその後ろで聞いていた連中が驚愕の声をあげている。
つーか、ダンジョン前の出張所でも思ったけど、いったい俺は世間でどれだけ弱いと思われてたんだろう?
世の中の印象ってのは極端だよな。
さて、そんなふうに考えながら冒険者ギルド出先機関を出たときだ。
「エイガさん!待って!」
軒先で、ふと、後ろから女の声がかかるので足を止める。
「?」
振り返ってみると、元気のよい笑顔とボブ・ヘアーが溌剌として華やかに舞うのがパっと目に飛び込んできた。
「よかったぁ、会えた!やっぱり冒険者を探すには冒険者ギルド、ですね!」
「お前は……」
「さっそく!取材させてください!」
そう。
冒険王の編集者アクア・クリスティアである。
◇
アクアと前に会った時は夏で薄着だったのが、今はダッフル・コートを羽織っているのに、季節の移ろいを感じさせられる。
「しゅ、取材はいいけど。いつからこの街に?」
「来たばかりです!エイガさんがこの商業都市ハーフェン・フェルトにいらっしゃることは聞いていましたので!」
アクアは俺の腕にしがみつきながら勢いよく続ける。
「と、とにかく、どこか店へ入ろうか」
「はい」
いくら取材だからと言って道端で女性と立ち話というわけにはいかないしな。
「こっちだ」
俺は彼女の手を取ると武骨なギルド界隈を抜け、大通りの方へ誘った。
「アクア。この街は初めてか?」
「ええ」
「じゃあ俺の知ってる喫茶店でいい?」
「そうしていただけると助かります。全然地理がわからないので」
「よしきた」
こうしてアクアを連れてハーフェン・フェルトの大通りを歩いて行く。
整然とした石畳の歩道を、新進気鋭な女記者のヒールがカツカツ音を立てれば、道行く人々はハっとしてこちらを振り返った。
「それにしても……あんたのところの編集部もよく俺みたいなヤツのところに取材へ行くのをポンポン許可するよな」
「実は編集長の許可は下りてないんですけれどね」
「そうなのか?」
「ええ。本当は私、今は【奇跡の5人】の担当になっているんです」
「へえ!じゃあアイツらがこの街に来るってのは本当なんだな」
そんなふうに喋りながら大通りを歩いて行くと、向こうに大聖堂が見え、その手前の交差点を右に曲がるように女を促す。
で、その交差点の角には『シュベルツ劇場』というレンガをドーム型に組んだ美しい劇場があるのだけれど、それはその前を通りかかったときだった。
「あ、これ……」
アクアが演劇場の告知板を見て足を止めたのだ。
見ると、
≪聖夜、活動写真来る≫
とある。
「へえ!活動写真が世界巡業か!聖夜と言えばもう来週じゃん」
「そう言えば私このチケットもっているんですよ」
アクアはチケットを2枚、バッグから取り出して見せてくれる。
「よかったらエイガさん、一緒に行きませんか?」
「え!!イイの!?」
と、アクアの手を握る俺。
「よ、予想以上に食いつきますね……!エイガさん、そんなに活動写真が好きだったんですか?」
「好きっていうか……」
俺はまた告知板を見上げて続ける。
「ザハルベルトへ行ったことのない俺は、活動写真を観たことがないんだ。だから……憧れ、かな」
「……そうですか」
アクアもまた告知板を見上げた。
「このチケット、使いましょう。来週ですね」
そう言って、俺たちはまた歩きだした。
いつも応援ありがとうございます!
更新遅れぎみですみません(汗)
先週で一応リアルの方が落ち着いたので、もう少しテンポ上げて書いて行きたいと思っています。
次回もお楽しみにいただければ嬉しいです。





