第44話 単独ダンジョン攻略
B級クエスト区域【リーゼンティンゲの地下迷宮】は、商業都市ハーフェン・フェルトの北西に位置する遺跡である。
ちなみに、遺跡にモンスターが住みついてクエスト区域化するというのはよくあるケースだ。
こうした場所でのモンスターの駆除は、考古学的な研究においてその必要が大いに叫ばれているところでもある。
レベルの高い低いにかかわらず、これも世界で『冒険者』が果たしている大きな役割のひとつとも言えよう。
ヒヒーン!……
俺はダンジョンの前に着くと冒険者用の馬屋へ黒王丸を預けてから、『冒険者ギルド・ダンジョン前出張所』と書かれた小屋を訪ねた。
遺跡や建造物のクエスト区域の前には、こうしてギルドが『出張所』を設置している場合もあるのだ。
「エイガの領地です」
そう言って俺は窓口から受付のおねえさんへライセンスを差し出す。
「あれ?これはC級ライセンスではないですか。このダンジョンはB級クエスト区域ですよ?」
「昨日付けでB級に昇格したんだ。まだライセンス発行前だけど、新着報告リストに出ているはずだよ」
「ええと、エイガの領地様……あ、確かにありますね」
「だろ?じゃあ通るぜ」
こうして行こうとしたのだが、
「ちょっと待ってください」
と、受付の女は俺の腕をつかんだ。
「なに?」
「エイガの領地と言うわりにはあなた一人のようですが」
「今日は領民たちを休ませてるんだ」
「では、あなたも休むべきでは?」
むっ、けっこう出しゃばりな事務員だな。
「そんなのこっちの勝手だろ。パーティに欠席者がいようとクエスト違反にはならないはずだぜ」
「違反であろうとなかろうと、あまりに無茶な冒険を未然に防止するのも我々ギルドの役目です」
「無茶?」
「ええ。あなた一人でこのダンジョンへ潜入するのは危険すぎます」
「おいおい……」
そうやって彼女と言い合っていると、奥から上役らしき40男が出て来て言った。
「メリーくん。エイガ・ジャニエスと言えば【奇跡の5人】の元メンバーじゃないか。心配することないだろう」
「所長……。しかし、あの勇者パーティでも彼エイガ・ジャニエスだけは『あまり強くなかった』と聞いています。やはり危険です」
まあ、この事務員は真面目で言っているのであって、悪気があるというわけではなさそうだ。
ぷっ(笑)クスクスクス……
でも、彼女の言葉に反応して、クスクスいう周りの冒険者たちの笑いには悪意を感じざるをえない。
自分が強いワケではないのに、自分より強く名の知れた者の弱みをバカにして、自分がなにか一段上の存在になったかのような気分になって喜ぶ大勢……
くだらねー。
「すまないが、離してくれ」
「待ってください!あんな人たちから笑われたっていいじゃないですか。命あっての物種と言うでしょう?」
「……別にあんなのは気にしないよ。心配してくれてありがとな」
俺は笑ってそう言うと、事務員の女の手を取ってそっと膝の上へ戻してやった。
◇
カツーン、カツーン、カツーン……
暗いダンジョンへの入口。
石段を一人降りながら、俺は久々に心の中から『我』を呼び覚ました。
そう。
今日だけは誰の育成も関係ない。
俺個人が今どれだけ戦えるのか……。
そのことを確かめるために、俺だけの力で、俺だけの戦いをし、俺だけの勝利を勝ち取るのだ。
カツーン、カツーン……
やがて背後の日光も遠くなり、俺はこの身が地下迷宮の闇へと溶け込んでゆくのを感じた。
地下1階。
ダンジョンの基本は、下の階への『階段』を探すことだ。
ただし、下の階へ降りれば降りるほど出現するモンスターは強くなり、迷宮の構造も複雑になるのが一般的である。
そして、最下層にダンジョン・マスターの【ボス】が待ち構えているものだ。
この全長地下10階の【リーゼンティンゲの地下迷宮】もその例にもれない。
だから、地下1階だとまだ出現モンスターは弱かった。
遠雲の『領地の西側』に出て来たのに毛が生えた程度である。
俺はあらわれたモンスターをすべて剣の一撃で倒しつつ『階段』を探す。
カツーン、カツーン、カツーン……
それにしても、この見事な人工地下空間。
石畳の床と壁に施された耽美な装飾からは、古代人の技術レベルだけではなく文化レベルの高さも見て取れるというもの。
シュボ……!
俺は歩きながらタバコへ火を付ける。
フー……
しかし……こんな地下空間を作り出す大文明もこうしていつかは滅びるものなんだな。
そんなふうに儚く思われて、吐くタバコの煙にもため息が入り混じった。
「お、階段だ」
しばらく歩きまわると照明魔法【ライト】の光が地下2階への階段を照らす。
俺は上壁に頭をぶつけないよう、少し屈んでそれを降りていった。
ザッザッザッザ……
で、それから。
地下2階、3階、4階と進むにつれ地下迷宮は少しずつ複雑になり、モンスターの強さはル・モンドの森くらいの水準に達してくる。
やがて地下5階、6階になってくると、いよいよB級クエスト区域のモンスターがちらほら登場し始めて、ここからは俺でも『物理一撃で倒せる』とはいかない場合も出てくるのだった。
「!?……」
そして、地下7階への階段を降りてしばらく行く頃のことだ。
「わー、たすけてくれー!!」
ふと、ダンジョンの通路いっぱいで転がってくる巨大な岩石に追われる3人組パーティが、俺のいる方に逃げてくるのが見えた。
ゴロゴロゴロ……
あの岩石は【岩石ロック】というモンスターである。
このまま黙っていたら俺までぺしゃんこだ。
「伏せろ!!」
そう叫びつつ、俺は咄嗟に爆発魔法レベル3を放つ。
キュイーン……バン!バン!バン!!
岩石ロックは爆発魔法に砕け散った。
パラパラパラ……
「ひっ、ひぃ……」
一方。
3人組パーティは頭を抱えて伏せている。
全員無事のようだ。
「やれやれ」
俺はため息をつくと、彼らの前でしゃがんで言った。
「なあ。お前たちにはまだこの階はキツいんじゃないか?」
「は、はい……。そう思います」
「もう離脱した方がいい」
「はあ。しかし魔力がもう残っていませんで」
「なに?」
俺は頭をポリポリ掻いて続けた。
「しょうがねーな。俺が離脱魔法をかけてやんよ」
「本当ですか!?」
「ああ。そのかわり、これまで獲得したアイテムを渡すから、俺が帰るまで地上で待っていてくれないか?」
ここまで来ると獲得アイテムがけっこうかさばり戦闘の邪魔なのだ。
「それはもう!」
そう言うので、俺は荷物を託し3人パーティを離脱魔法で地上へ送ってやった。
荷物を持ち逃げされると思うかもしれないが、こういう場合の背信は冒険者界隈からの信用を失うし、互いのライセンスを見せあってもいるので、まずそのようなことにはならないのである。
こうして7階、8階、9階といくつかの『行き倒れパーティ』を救助しつつ進んで行く。
「ダンジョンは自分の実力をよく考えて進まなきゃダメだぜ。お前らみたいに無茶するヤツがいるから、あの事務員のおねえさんも心配するんだよ」
「すみません……」
そう言って『行き倒れパーティ』を離脱魔法で送り返しながら進んでいたのだけれど、それも9階までのことであった。
最下層の10階になると、他のパーティはぱたりと見なくなる。
「みんなここまではたどり着かなかったのか……」
そうつぶやきながら10階のフロアを歩いていたのだけれど、ふと、俺は足を止めた。
じゃり……
母指球で強く土を踏みしめる俺。
靴底の擦れる音が石壁に響く。
そして、軸となる左脚のハムストリングと大臀筋で瞬間的に筋骨へ力を発し、高速で腰を回転させると、肩、肘の連動力を利用しつつ銅の剣を振るった!
がおおおおお!!
その時!
壁の向こうに潜んでいた【ライオン・キャット】が襲いかかってくるちょうどそのタイミングで剣のスウィングが起き、魔獣のどてっ腹に刃が喰い込む。
手ごたえ……ありだ!
やったか?
しかし、その攻撃動作の隙をついて、もう一匹のライオン・キャットが俺の右足に噛みついてきた。
「ちっ……オラ!!」
俺は咄嗟に肘と膝で挟むように魔物の頭を潰す。
ぎゃおおおおおん!!
離れた!今だ!
俺はレベル3の火炎魔法を左右の手で放ち、その2匹へとどめを刺した。
「痛っ、てってって……」
戦闘後。
片足けんけんしつつ、すぐにライオン・キャットに噛まれた右脚へ回復魔法をかける。
ぱああああ……☆
ぐずぐずしていると、次に襲いかかってくるモンスターへの対応が後手になるからな。
回復は早めに、だ。
タッタッタッタ……
回復が済むと、俺はすぐに走りだした。
この地下10階にはボス【グリーン・ドラゴン】がいるとのこと。
今日の『力試し』の目当てはそいつだった。
だから、通常モンスターに力を削られないうちに早く『ボスの間』へたどり着きたいのである。
いきなりライオン・キャットが出たところを見ると、この10階は通常モンスターもそこそこ強いのが出るみたいだしな。
ギャー!!……キーキー!バサバサバサ……
走っていると、お次は【こうもりバット】があらわれた。
こいつは物理の一撃で倒せるが、群れて襲いかかってくるのが厄介だ。
一匹一匹すべて完璧に打ち落とさなければひどいダメージを喰う。
ビシ!バシ!……
しかし、やけに目が見えるな。
暗所にも関わらず、素早いコウモ・リバッドのスピードに眼球がついて行く。
遠雲の田舎で緑に囲まれていたからであろうか?
ピシュン!ピシ!ヒュン!!
俺は【こうもりバット】の13匹を13連打で倒し、また駆けだした。
それからこの地下10階で遭遇したのは【蜘蛛男】【ダーク・クランプス】【レッド・オーク】【石人形】などで、どれも戦闘力15,000から25,000の『中級』としてはそこそこ強い部類のモンスターである。
「はぁはぁはぁはぁ……」
こうして俺は最下層の地下10階のモンスターを43匹倒して、とうとうボスの間へたどり着くのだった。
◇
ゴゴゴゴゴ……
俺は手持ちの回復薬でできるだけの回復をし、魔鉱石で魔力を満タンにすると、『ボスの間』の扉を開けた。
ぎゃおおおおん!!
コントラバスの鳴り損なったような不協和音。
かつてはこの遺跡の支配者が掛けていたであろう立派な玉座に、今は緑の肌のドラゴンが大蛇のごとく横たわっている。
ドスン……ドスン……
高くしつらえられた王間の天井も、グリーン・ドラゴンが立ち上がれば頭をぶつほどである。
ぎゃおお!ぐるるるる……
大きな口、牙。
そして、赤い瞳がギラ☆っと光ると、グリーン・ドラゴンはその大口から炎を吐きだした!
ぼわっ!……
「っ!……」
俺は咄嗟にヤツの足元へ飛び込んで炎をかわす。
ギャリリリ!!……
それと同時に剣を突き立て即座に攻撃した。
グリーン・ドラゴンの肌は硬いが、全力で打ったので、ヤツは図体ごと吹っ飛ぶ。
ぎゃおおおん!……
しかし同時に。
ドラゴンの鞭のような尻尾が俺の脇腹を襲い、それはかわすことができなかった。
「ごはっ!……」
瞬間、気を失ってしまいそうになるほどの衝撃。
回復をしたかったが、石壁に打ち付けられた敵に隙があるので攻撃が先だ。
「ううう……フィヨルディ!」
俺はレベル3の氷系魔法を放つが、グリーン・ドラゴンの方も炎を吐き、技は相殺されてしまう。
タッタッタッタ……
しかし、それは目眩ましのような効力を発揮し、これによって再びヤツとの間合いを詰めることができた。
俺は飛び上がって剣を打ち下ろすが……
グリーン・ドラゴンの方もこれには対応し、その牙を俺の身へ向ける。
ガキーン!!
眼前に襲いかかってきたドラゴンの牙であったが、俺は局所的に守備魔法を展開しダメージを最小限に抑えつつ、剣での物理攻撃を強行しようとした。
が……
ぎゃおおおおん!
ヤツは突如ものすごい力で首を振り、その遠心力で俺の身体は部屋の反対側まで吹っ飛ばされてしまう。
「はあはあはあ……」
距離ができて睨み合いになったので、俺はひとまず回復魔法で体勢を立て直す。
ぱあああああ……☆
敵へ与えたダメージはまだわずかだ。
……
…………
3時間後。
どれだけ打ち合っただろうか。
攻撃しては回復、回復しては攻撃……の繰り返しで少しずつダメージを与え続け、ようやくグリーン・ドラゴンも弱り始めた。
「おらあああ!!」
ぎゃおおおおおおおん……
最後に、ヤツの歯茎へ銅の剣が突き刺さると、尋常でないほど苦しみだし、とうとう倒れてしまった。
ドスーン……
こうして、グリーン・ドラゴンは光の玉になって、地下の天井を抜けていったのだ。
「ぜーぜーぜー……」
つ、疲れた。
とにかく離脱魔法でこのダンジョンを抜けよう。
キラキラキラキラ☆☆
「あ、エイガさんだ」
「エイガさーん!」
「エイガさん、あれから何階まで行ったんですか?」
地上へ戻ると、さっき救出した『行き倒れパーティ』の連中が駆け寄ってきた。
「そんなことより、預けておいた獲得アイテムを寄こせよ」
「あ、すんません」
「こちらです」
こうして彼らから獲得アイテムを返してもらっているとき。
「あの……エイガ・ジャニエスさん」
と女の声がするので振り返ると、出張所の受付のおねえさんであった。
「すみません。私、さっき……あんまり強くないだなんて言ってしまって(汗)」
「おい、ねえちゃん。どうしたってんだ?」
と、行き倒れパーティの一人が尋ねる。
「今報告があったのですが……エイガさんは地下10階まで到達し、ダンジョンのボスを倒してしまったそうなんです」
「な!」
「ここのボスはグリーン・ドラゴンだぞ?」
「それをたった一人で??」
「なんてヤツだ……」
騒然とする辺りの冒険者たち。
ちっ……うるせーな。
俺は少しイラ立って、
「いいから!はやく預けてた獲得アイテムを寄こせったら!」
と怒鳴ってしまった。
「は、はい(汗)」
「今すぐ!」
カチャカチャ、カチャカチャ……
俺は獲得アイテムを黒王丸に括りつけると、鐙を踏んで早々に馬上の人となる。
「おい。エイガさん、なんで機嫌悪そうなんだ?ボスまで倒したというのに」
「さあ」
というヒソヒソ声が背後から聞こえてきたが、俺はそのまま馬を走らせた。





