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第5話 領地へ


 ……と、思ったけど前言撤回。



 と言うのも、商人から紹介された『黄鶴楼』って旅館は、いろんな意味でかなりの問題があったのだ。


 まあ、そのどこらへんに問題があったかというのを事細ことこまかに説明すると全年齢対象表現をはなはだしく逸脱いつだつする可能性が極めて高いので詳細は省くとするけれど……


 その帰結だけは言っておかなければならないだろう。



 ◇



 スカハマでの一泊。黄鶴楼の朝。


 頭上で、木枠に白紙を張った戸が、スー……と開く音がする。


 目を開けてみると、30がらみの旅館の女将おかみが、部屋に入り膝行しっこうしてくるのが見えた。


「おはようございます」


 朝だというのに、女将は華やかな染物そめものを召し、薄く脂肪ののった体躯たいくをなまめかしく装っている。


「まだ寝てたいよう」


 一方、俺は綿わた布団の中でヘロヘロだ。


「あら。昨晩はえらいハッスルしてはりましたのに。ウチの若い子たちもみんな驚いとったんどすえ」


「……うるせえよ」


「でも、9時に『西の船着き場』へ行かなあきませんねやろ?いいかげん起きないと」


「そうだった。いま何時?」


「もう8時どすえ」


 マジか! やべっ。


 俺は昨日深夜にわたって酷使こくしした肢体したいにムチを打ち、グググっと布団の上で起き上がった。


 うう、筋肉が痛い。


 もちろん酒も入ってるから頭はガンガンするし……


「お着替え、お手伝い致します」


 そう言って女将は女肉ごとしなだれかかってきて、俺の太ももまわりをやさしくなでつつ、寝巻ねまきをひらりとめくる。


 大人の女性ひとのいい香り。


 半端ねえ色気だ。


 その上、この女将。俺の【女神の瞳】で見ると、『回復系ウィザード』の職性があるのが笑えない。


 もし職性が開花しちまったらエンドレスじゃねえか。



 モゾモゾ……


「よせって、朝は体に悪いんだよ」


 と言いつつ、俺はさっとズボンを穿く。


「そうでっか……」


 女将は寂しそうにため息をつき、


「ほんなら、こちらお会計どす」


 と、伝票をさしだした。



 ええと。


 いち、じゅう、ひゃく、せん……


「5000000テール?って、いくら??」


「ボンドですと、500万ボンドくらいでっしゃろか」


「ごひゃっ……そんなにすんの?」


「ええ、ウチは高いんどす。それにガルシアはんのご紹介でしたので、昨晩はウチの者が総がかりで『おもてなし♡』させてもろたでしょう?」


「……ガルシアって誰だよ」


「なにゆうてはるの。ガルシアはんの名刺、持ってきはりましたやん」


 ああ、エクボの商人か。またアイツの名前忘れてたわ。


「じゃあこれ。ボンド紙幣だけど」


「あら、すんなり」


 ほっ……。


 念のため銀行で1000万ボンドおろしておいてよかった。


 それにしても、500万か……。


 くそ。


 たしかに夢のような旅館には違いなかったけど、今の俺にはかなり痛い出費だ。



 ◇



 さて、女将相手にモタモタしているとマジで時間に余裕がなくなった。


「旦那ぁ!」


 あわててスカハマの『西の船着き場』へ行くと、商人がエクボをつくって待っている。


「旦那ぁ……じゃねえよ。なんだよあの旅館は」


「まあいいじゃないスか。それよりもう船が出ちまうッスよ」


 と言うから、俺はあわてて板を渡ってその木船に乗った。


「あれ?お前もこっちなの?」


 気づくと商人も船に乗っている。


「ええ。そうなんス」


「ふーん」



 ザザーン……



 出航。


 透き通る水面みなも


 風を受ける木船の帆。



 綺麗な土地だな。


 なんだか二日酔いも筋肉痛も薄らいでゆく心地だ。


「……」


「……」


 こうしてしばらく俺たちは黙って自然を眺めていたのだけれど、ふいに商人が口を開いた。


「旦那、『黄鶴楼』の件はすいませんッス。あれは旦那をためしたんス」


「は?試した?」


「ええ。自分。もしかして旦那はパーティを解雇されたんじゃねーかなって思ったんスよ」


 ギク!……


「それで旦那も落ちぶれていくんだったら、悪いッスけどそんな人と付き合ってはいられない。こちらも商売なんスからね。そこであの旅館での支払いがどういくか見てみたかったんス。でも、ポンっと現金払いだったみたいスね。試したりしてごめんなさい」


「……」



 船は岸づたいに東へ進んだ。


 途中で【帝都】らしき都市が遠くに見えたが、あとは地形的に山が目立つようだ。



 で、領地の【遠雲とくも】までは3日かかるらしい。


 その間、木船はところどころの港へ停まった。


 そのたびに冒険者ふうの連中がポツポツ降りてゆくところを見ると、この極東にもけっこうクエストが発生してるようである。


 まあ、【ギドラの大蛇オロチクラスのクエストまでは、そう起こらないのだろうけど。



 その後、木船は途中で2泊停泊した。


 東へ北へ。


 北へ東へ……


 こうして、ようやく目的の領地【遠雲】も間近というとき。


「あのさ……」


 俺はエクボの商人へこう声をかけた。


「お前のカンは当たってるよ」


「へ?なんのことッスか?」


「俺、勇者パーティを解雇になったんだ」


「っ!やっぱそうだったんスね……」


「これから行くのは退職金がわりにパーティから譲りうけた【領地】なんだよ」


「領地?」


 俺はそこらへんの事情を、とうとう商人に話してやった。


「……なるほど」


「でさ。俺、領地を経営するならお前みたいなヤツが部下に欲しいとは思ってたんだ」


「じ、自分ッスか!?自分はそんな……」


「っても、まだ俺自身もヤルって決めたわけじゃねーんだけど」


「そーなんスか?」


「うん。それは現地を見てから決めようと思って。観光の『ワケ』ってのはつまりそういうことさ。今はまだそんな不確定な段階だし……それに、俺はもう勇者パーティとはなんの関係もない。だから、そんなヤツに付き合いきれないってんなら、お前はなにも【遠雲】で降りることはないだろうから、もっと商売っけのありそうな大きな港で降りればいいさ。でも、もしよかったらもう少し俺についてきてくれないか?」


「……」


 商人は答えなかった。


 やっぱり勇者パーティと関係がない俺には価値なんてないんだろうか……。




 さて。


 しばらくすると、とうとう木船は到着する。


「ここが遠雲とくもか」


 ティアナの資料によるとこの港から俺の資産になるらしいけれど……資産というにはあまりにもあまりな港だった。


 野ざらしに毛の生えたような舟だまり。


 その舟だって、今着いた木船以外はボートみたいな小舟がちらほら浮かぶばかり。


 こんなに酷かったかなぁ。


 土地の玄関とも言える港がこのありさまじゃあ、まして【領地】そのものは……推して知るべきだろう。


 はぁ……


 俺は肩を落としながら板を渡り、木船から降りた。


「あーあ。ひどい港ッスねえ」


「!?」


 後ろから声がして、俺はハッと振り返る。


「なにお前。ついてきてくれんの?」


「まあ……元冒険者が領主なんて、面白そうじゃないッスか。旦那がヤル気になればッスけど」


「シーガル……ありがとな」


 あ。俺、コイツの名前覚えれたじゃん!


 やっぱ信頼関係と共に名前って自然に覚えてゆくもんなんだな。


「エイガの旦那……」


 ところが商人は例のエクボを苦々しく浮かべてこう言った。


「自分、『ガルシア』っス」


「おしい!」


「おしくはねーッスよ!!」



 まあ、なにはともあれ。


 こうしていよいよ、俺の【領地】になるかもしれない遠雲の地へと足を踏み入れるのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 名前その日見たのに忘れてるのは さすがに失礼過ぎるんだよなあ(¯―¯٥)
[一言] 終盤の伝説レベルの武器の半額……店が高すぎるのか使える人間が少ないからそれなりに武器が安いのか……
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