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第43話 10ヶ月


「やあ。エイガ・ジャニエス。久しぶりだな」



 眠った五十嵐さんにギュウっと押しつぶされながら、俺はグリコの世界一のあしを見上げた。


 仰向あおむけで眺める美女の銀髪は、オーロラのごとく遥か遠くの上空でなびいているように見える。


「ほら、立て」


 上から五十嵐さんの肩を抱き起こすグリコ。


 俺はおかげでようやく上半身を起こすことができたが、


「うーん……」


 それでも五十嵐さんは眠ったままでぐったりするので、あわてて俺も彼女の身体からだを支えた。


「おっとっと……。とにかくベッドへ運んであげたいんだけど」


 そう頼むとうなづいてくれたので、俺が五十嵐さんの左肩を組み、グリコが右肩を組んで「よいしょ」と持ち上げて船室へ運んで行くのだった。



 ◇



「さんきゅ。グリコ」


「……礼には及ばん」


 さて、五十嵐さんを部屋のベッドへ寝かせると、俺は脇の丸椅子へ座って彼女の様子をうかがう。


「すぅ……すぅ」


 寝息に合わせて、横たわるポニーテールの漆黒が純白のシーツにそよぐのがやけに清らに見えた。



 それにしても、俺としたことが……。


 酒の弱い女性ひとに無理に飲ませる形になってしまった。


 ひょいっと受け取るものだから、てっきり飲みなれているとばかり思ったのだけど、逆にまったく飲んだことがなかったとは。


「ん……んん」


 部屋のあかりの下では、白い肌が酔いに紅潮しているのがハッキリわかる。


「ごめんな。五十嵐さん……」


 俺は、薄ピンク色に染まった五十嵐さんのほほへ夜風に冷えた手を当てた。


 頬肉が燃えるように熱い……。



「おい」


 そんなふうに考えていると声がかかるので何かと思えば、部屋にはまだグリコが腕を組んで仁王のごとく立っている。


 ん?


 なににらんでんだ?


「なんだよ」


「キサマ、さっきはずいぶんデレデレしていたようだな」


「デレデレって?」


「とぼけるな!この娘と嬉しそうにチュッチュとしていたじゃないか!」


 あっ、やっぱコイツ。


 さっきの見てたのか。


「……別に」


 見てたんなら酒の上での事故だってわかるだろうに。


「別に、じゃわからん。キサマ、やはりこの娘がイイのか?」


「うるせーな。お前にはカンケーねーだろ」


「関係なくない!」


 そう胸ぐらをつかんでくるグリコ。


「な……なにムキになってんだよ」


 とたじろぐが……


 その時、


『ひょっとして、グリコって俺のこと好きなんじゃねーの?』


 って、ちょっと思った俺を誰が責められよう。


 だってこんなに嫉妬してくるんだもん。


「お前……」


「むっ、なんだ」


「……いや」


 俺がちょっとギクシャクしていると、グリコは続ける。


「はぁ。たしかにこの娘……五十嵐はよい娘だと私も思う。しかし人生早まったものではないぞ。キサマのことを想っている女は他にもいるのだからな」


「だ……誰のこと言ってんの、それ」


 ためらいがちに聞く俺。


「言わねばわからんのか?……しょうがないやつだな」


 グリコはため息をつきながら銀髪をかきあげるとこう言った。


「モリエ・ラクストレームのことに決まっているだろう」


「……ふぇ?」


 俺はもうてっきりグリコに告られるのかと身構えてたのだけど、どうやらそうじゃないらしく、自分の自意識過剰を痛烈に恥ずかしく思うのと、予想だにしていなかった名前が急に出てきたので、まるでモンスターに不意打ちでも喰らったかのようにすっとんきょうな声を上げてしまった。



「そこらへんよぉく考えろ。モリエは今でこそまだ子供が抜けてないが、すぐにとびっきりの美人になるぞ」


 うん、その見立てには大いに賛成するけど……


「なんでそこで急にモリエが出てくんだよ」


「モリエ・ラクストレームがキサマを好きだからに決まっているだろう」


「は???」


「とぼけるな!いくらにぶいキサマでも、パーティを置いて領地まで追いかけてきてくれた少女の好意を悟れんほど鈍感ではないだろ」


 いやいや、あれはモリエがやさしいヤツだからで……と言い返そうとした時だった。



 ドンドンドン!!……


 部屋のドアが激しく叩かれる。


「誰だ?」


「旦那!自分ッス」


 ガルシアのようだ。


 ドアを開けてやる。


「早かったな。取引先、だいじょうぶだったのか?」


「ええ、意外と早く終わったんス」


「ウソをつけ。キサマさっき一緒に……む!もごご」


 グリコが何か言おうとする口をガルシアがあわてて抑えにかかる。


 なんだコイツら。


「で、帰ったら五十嵐さんが大変って聞いたんで……ほら、飲料水ッスよ」


「おう。ありがとな。起きたら飲ませよう」


 俺は飲料水の入ったピッチャーを枕元に置いて、いつ五十嵐さんが起きても飲めるようにしておく。


「そういうワケでグリコさん。あとは若い二人で……ということで、我々は出て行きましょうッス」


「ふん、そうは行くか」


「でも邪魔しちゃ悪いッスよぉ」


「なにおう?」


 などと二人が火花を散らしている意味がわからない。


 俺はヤツらを放って、うんうん唸る五十嵐さんのポニーテールをなでつつ介抱していたのだけれど、ふと気になって口をはさんでみる。


「そー言えばグリコ。お前そもそもなんでこんなところにいるんだ?」


「ん?……うむ。モリエたちが近々この街に来るというので会いに来たのだが……」


 グリコは、ギルドの掲示板で俺のル・モンドの森でのボス討伐を知ったのだと言う。


「先ほど甲板デッキでチラリと見たが……キサマの領民たちもかなり形になってきたようではないか」


 と、褒めてくれるのは嬉しいが……


「いやいや、そんなことより……。なんだって?クロスたちがハーフェン・フェルトに来るの?」


「なんだキサマ、知らんのか?」


 グリコは女らしいため息をはさんで続ける。


「この文化圏のゲーテブルク城に第6魔王アニムスの出現が【予言】されただろう。彼らはその魔王級討伐クエストを割り振られたのだ。じきにこの街へやってくる」


 !!


「そ……そうか。アイツらとうとう魔王級を……」


 そうつぶやくと、俺は心臓がバクバク高鳴り始めるのを感じる。


 そして、横たわった美しいポニーテールからするりと指を離し、俺は立ち上がった。


「ガルシア。あとは頼む」


「だ、旦那……」


 こうして俺は部屋から出ていった。




 ◇




 そういえば。


 俺がパーティを解雇になり、クロスたちがザハルベルトへ行くことなってもう10ヶ月弱だ。



 あれから、アイツらはどれだけ強くなったのだろう。


 その夜はそんなことばかりを考えていたが、だからと言って急になにかができるというワケでもない。


 目がえて、あまり眠ることができないというだけであった。



「……朝か」


 俺の領地はまだB級ライセンスを取得したばかり。


 魔王級なんてまだまだ雲の上だ。


 そう考えるとひどくあせってきて、早く冒険へ出なければと思うけれど、


『明日、明後日は休みにするから!』


 と、約束してしまっていたのだ。


 昨日の宴会でグロッキーな者も多い。


 くそっ……と思ったが、冒険にとって休養が大事なのも確かである。


 無理に引っ張り出してもいいことはないだろう。




 ヒヒーン!


 そこで俺は黒王丸へまたがり、早朝に船を離れた。



 パカラ、パカラ、パカラ……!



 ひとり馬で駆ける俺。


 向かうのは、新たに行けるようになったB級クエスト区域【リーゼンティンゲの地下迷宮ダンジョン】である。


 そう。


 領民が休日なら、今日は俺一人でさっさとダンジョンひとつ攻略してしまおうと思ったのである。


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