第42話 ビール
ル・モンドの森のボス戦。
ダーク・クランプスの鉤爪が、俺の左上腕へミチミチ食い込んだ。
「うっ……」
肉へ突き刺さる鋭敏な痛み。
しかし、俺の【銅の剣】も敵の腹にヒットしている。
相討ちというわけだ。
そして俺の方が攻撃力があるので、ダーク・クランプスの身体はその物理力でふっ飛んでいった。
バキーン!!……
木の幹へ打ちつけられる敵。
「ぎゅ……ごるるる」
ダメージに苦しんでいる。
よし。この隙に……
と、俺は『狼煙』を取りだし、セットして火を付けた。
チリチリチリチリ…………ボン!……ピシューン!!
紅い煙が、鬱蒼とした木々の天井を突き抜けて行く。
「これでよし」
あの煙を西園寺カナ子が見て各グループを集め、ボス戦現場を150名で取り囲むという手筈になっているのだ。
俺はこれでひとまずホっとするが、
ジワ……ジワジワ……
ふと、袖がひたひた濡れて、熱いものが滴るのに気づく。
「な……なんじゃこりゃ!?」
手のひらをみれば手形が取れそうなくらい真っ赤だ。
俺はあわてて回復魔法をかけようとするが、
「悪い子はいねーか!!」
と、敵が攻めてきて回復している暇がない。
ガキーン!
再び交差する剣と鉤爪。
相手の攻撃には重みがある。
狼煙を上げている間に回復してしまったのか?
「ぃぎっ……」
一方。こちらは左腕が動かない。
剣は腕一本で操らなければならず、ヤツの鉤爪を捌くのでせいいっぱいだ。
カキーン!カキーン!
くっ……防御で捌いていると回復ができない。
カキーン!……カキン!カキーン!……キーン!!……キン、キン、キン、カーン!…………
こうしてどれほど打ち合っただろうか。
しだいに響き渡る金属音も遠く聞こえてくる。
ヤバイ。血を失いすぎているんだ。
と、そう思った時。
「!?」
ふと、剣が動かなくなる。
ギチっ、ギチギチ……
いつのまにか敵の鎖がぐるぐると柄に巻き付いて、俺の刃を制してしまっているのだ。
「く、くそっ……」
「ぐ、ぎゅるる……悪い子はいねーか!!」
ダーク・クランプスの鉤爪が光る。
くっ、いっそのこと倒しちまうか?
と頭をよぎったが……いや、いけない。
コイツはボスだから、倒すと【ボス・ボーナス】が付与される。
だから、できれば領民に倒してもらいたいのだ。
つまり、育成者の俺がここでしなきゃいけないのは、
『時間稼ぎ』
なのである。
ガキーン!……
俺は咄嗟に中級の防御魔法を展開させて、喉元へ向かって来たヤツの攻撃をギリギリ弾く。
ふー、危ねえ。
俺の防御魔法はしょせん中級なので、ティアナのように全身を守るようには展開できない。
具現化する盾も小さく、発動時間も短いので、相手の攻撃を完全に読んでいないと防御できないのだ。
ガキーン!ガキーン!
集中、集中だ。
そう心で唱えて防いではいるが、
やっぱり回復のためにもう一発くらい喰らわして距離を取りたい。
剣は捕らわれてしまっているから、攻撃魔法か武術になるが……加減が難しそうだ。
そう考えつつ、爆発系レベル3の攻撃魔法エクスプロジーを放とうとしたその時。
……カッ!!
「ひぐっ?」
木々の向こうから1本の矢が飛んで来て、ダーク・クランプスの腿に刺さる。
ボコ、ボコボコ……!
そして、魔鉱石の矢じりの効果だろう。
土系魔法レベル2の【ソルト】が発動するのだ。
「ぐお……」
ダーク・クランプスにダメージ。
まあ、中級でも中くらいの『戦闘力:17,000』あるダーク・クランプスに、レベル2の魔法ではあまり大きなダメージにはならないだろう。
しかし、それはあくまで単発ならということである。
カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!
ダーク・クランプスの顔、肩、腕、脚、背、腹、各部位に無数の矢が刺さった!
ボン!ボン!シュピーン!ボコボコ!キュイーン!ぼっ!
炎系レベル2【キラド】、爆発系レベル2【エクスプロ】、土系レベル2【ソルト】……などなど。
矢じりの魔法が次々に発動して虹色の光を放つ。
「ぐる、ぐお……」
カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!
さらに矢、矢、矢。
ダーク・クランプスには爆発系が効くと、誰かが気づいたのか。
矢じりの発動は、爆発魔法で統一され始める。
ボン!ボン!ボン!ボン!……
ひとつひとつは小規模だが、連続して起こる爆発が、まるで大きなひとつの爆発であるかのように見えた。
ボン!ボン!ボボボーボボーボボン!!
「ぎゅお……ぐぎががが」
かなり喰らったようだが……しかし、まだダーク・クランプスは倒れない。
しぶといな。
「今でござる!」
その時。
坂東義太郎の声がすると、前衛系の領民たちが木々から飛び出してきて、一斉に敵へ向かっていった。
おおおおおおお……
持っているのは竹槍ではない。
ちゃんとした槍であり、剣であり、ふんどしだった。
なるほど。
こうして見ると、たしかにいっちょ前な冒険者の顔に見えなくもないな。
「ぎょ、ぎょおお……」
ぴ、ぴきぴき、ビシ……ピシューン!!
前衛が総攻撃を仕掛けたところで、ダーク・クランプスはようやく光の玉となった。
カッ!カッ!カッ!カ!
が、敵は倒れたのに、まだ矢を放つ俺の領民たち。
マジかよ!?
なんて慈悲のない領民たち。
今度『死ねばみな仏』って冒険者の格言を教えてやらなきゃいけないな。
ピ……ピシューン(汗)
かわいそうに。
かつてダーク・クランプスだったその光の玉は、逃げるように森の奥へ消えていった。
◇
「りょ、領主さま!……」
その後、回復班が駆けつけてきて、ダメージを手当てしてくれた。
「う、うう……。さんきゅ」
回復が終わると俺は一応後遺症がないかと思って左腕をぐるぐる回すが、特に問題はなさそうだ。
ああ、痛かった。
ヒヒーン……
で、その時。
ビビって途中で逃げてしまった黒王丸が申し訳なさそうに戻ってきたのである。
「黒王丸……」
こういう時に甘い顔をするのはよくない。
次も敵前でビビって勝手に逃げるようじゃマジ困るからな。
「……ふん」
ので、今日一日は乗ってやらないことにする。
口も効いてやらない。
ヒヒーン(泣)
うっ……。ちょっと可哀想に思ったが、そこは心を鬼にしなければ。
そう思ったのだが、しかし……
ダーク・クランプスを倒した経験値によって、黒王丸の戦闘力は6200に達し、
【飛行魔法:ウォラートゥス】
を覚えたようだった。
マジか!?
それで、やっぱり今すぐこの馬に乗って空を飛んでみたいという気持ちにすごくなったが……
それはグッと堪えて、領民たちと共に離脱魔法で帰った。
さて、ハーフェン・フェルトの冒険者ギルド出先機関で、
【ル・モンドの森、ボス討伐】
が認定されると、賞状、トロフィ、賞金1500万ボンドなどが渡された。
そして、
「エイガの領地さま、おめでとうございます。ボス討伐によって【B級ライセンス】が発行されますので、後日郵送いたしますね」
と、受付のおねえさんが言う。
B級ライセンス!
そう。
これで俺たちはB級クエスト区域へ行けるんだ。
「かんぱーい!!」
そこでその夜。
俺はひさびさにみんなへビールを振る舞うことにした。
「明日、明後日は休みにするから!みんなどんどん飲め♪ははは」
「旦那、ごきげんッスねえ」
とガルシア。
「まあな。実際、お前と2人で遠雲へ来た時は、こんなに早くB級になれるだなんて思ってもみなかったよ」
そう言うとガルシアも感慨深げにしていたけれど、アイテムの売りさばき先と取引があるらしく、去っていった。
ワハハハハ!……
俺はひとり、船の甲板の上で騒ぐ領民たちを眺める。
本当、ビールが性に合うようでよかったよな。
そう思いながら、俺はビール・ジョッキを持って、離れたところでチビチビやろうと思った。
領主は、領民たちの賑わいの中へ直接混じり合ってはならないのだから……
「やれやれ」
甲板の操舵室の裏に、小さなスペースがある。
あそこで独り祝勝会といこう。
と、思ったのだけど、
「……」
そこには先客があった。
カクッと張ったレディ・スーツの肩。
むちっとしたタイト・スカートの尻。
清楚な黒髪ポニーテールは、船上の港風にリボンのごとくはためいている。
「あ、五十嵐さん。おつかれさま」
「……おつかれさまです」
甲板の手すりに手をかけたまま、鋭い目がこちらを睨んだ。
「なにしてんの?」
「いえ……なにも」
「ここイイかな?」
「はい」
「……」
「……」
あいかわらず会話を続かせようという意思のない人だ。
まあ、さすがにもう彼女の沈黙には慣れたけどね。
勝手にビールでも飲むか……
そうジョッキを傾けようとした時、ハッと思い付く。
「そうだ五十嵐さん。ビール、飲む?」
俺はそう言って、ジョッキを五十嵐さんへ差し出した。
そう。
そう言えば、前にもウィスキーを飲ませてみようとしたことがあったな。
あの時は結局飲まなかったけど、『酒が入れば喋るんじゃないか』って思ったんだった。
例えば、掘削者のアキラは吃りが弱まったし、勇者パーティの前衛剣士デリーはあれで酔うとベラベラ喋りだすのである。
「……いただきます」
五十嵐さんはそう返事して、ジョッキを手に取った。
お?積極的?
ごく、ごく、ごく、ごく……
「おー!」
なにやら勢いがある。
ビールとは言え、一気に飲んでいく女の細い喉。
「……っ」
「やるじゃん。五十嵐さん、よくお酒飲むの?」
「いいえ、初めてです」
「……えっ!?」
俺は空になったジョッキを受け取るとちょっと心配になってしばらく彼女の横顔を見つめていた。
しかし、顔色までは薄暗くてあまりわからない。
港の灯が美しい頬のラインを紫に照らし、黒い瞳は夜空のようでチラチラと星が瞬いている。
「……」
いつもと変わらないか。
やっぱ喋らないし。
そう思って目を切り、俺も港灯りを眺め始めたのだが……その時。
ぷに……
なにか、あたたかく弾力のあるものが唇に触れた。
ハッとして横を向くと、こんな発音が聞かれる。
「好きです」
その言葉以上に驚いたのは……
五十嵐さんが、笑ったのだ!
チュっ♡
「好き」
「……!!」
形のよいキュっとした唇が、俺の唇をつっつく。
チュっ♡
「好きです」
チュっ♡チュっ♡
「好き♪」
そう言ってはニコっと微笑む五十嵐さんは、まるで普通の可愛い女の人のようであった。
チュっ♡チュっ♡チュっ♡チュっ♡
「や、やめろよ(汗)」
「やめません。だって好きなんだもん♪」
チュっ♡チュっ♡
「ヤメっ……唇はダメだって!」
「どうして?」
「だって五十嵐さん、酔っぱらってるじゃん」
「え?私、酔ってるんですか?」
そう言って女の体重が俺へのしかかって来た。
「おい!いいかげんに……」
バタバタ……
そう甲板にふたりして倒れこむと、
「くー、くー..zzZZ」
女は完全に眠っていた。
「はぁ……。重いよ五十嵐さん」
のしかかってくる女の唇が、顎の下にぷちゅぷちゅとぶつかっている。
さっき、どんなんだったかな……
反射的にそう思って、俺は首を少しだけ下げ、彼女のかすかにめくれあがったような上唇を、軽く唇で弾いてみる。
ぷるん……
ぴとっとしてあたたかく、跳ねるような張りがあった。
俺はほぼ無意識のうちにレディ・スーツの背をきつく抱き、鼻先で女の顔の角度をコントロールしようとしたのだけれど、
「うーん……」
と酔った女の顔は力なく、俺の顔をすべり落ちていってしまった。
「……あっ」
俺はそこで我に返る。
何やってんだ俺は……。
「……俺も疲れてんだな。もう寝よう」
と呟いて、女の身を抱き起こそうとする。
でも、眠った人間はぐてっとして重い。
「ふふっ♪むふふふ……ZZZZ」
少し太めの脚はムチムチと俺の太ももに絡み、意外とサイズのある乳が俺の胸へしなだれて、シャツ越しにもブラジャーの刺繍の凸凹が察知された。
「ちょっと五十嵐さん!一回起きて!」
と言っても全然起きない。
「ZZZZ……ふっ、ふふ♡」
ああ、面倒くせえ。
「大変そうだな。手伝おうか?」
「どうもすみません……って、え?」
その時。
ふと、俺たちを見下ろす人影があるのに気づく。
声の方へ首をやると……
「やあ。エイガ・ジャニエス。久しぶりだな」
世界で一番強い銀髪ビキニ・アーマーの美女がこちらへ手を差し出してくるのが目に入った。
お読みくださりありがとうございます!
次回もお楽しみに!
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