第40話 矢じり(3)
ふわ、ふわふわ~
杏子の肉体に憑依していたはずの俺の魂は、いつの間にか森の木の上で彼女の頭を見下ろしていた。
おい!杏子!
「先生?……先生!!」
少女はそう叫び、まるであさっての方向を探している。
魂でいると、こんなにすぐそばにいても気づかないもんなんだなぁ。
そんなことを思った時。
ざ、ざざザザザ……
森の暗闇から、さらに濃い闇の塊のようなモノが大量に迫ってくるのを見る。
そう。
それは俺も、話に聞いたことくらいはあったからすぐに直感した。
あれは……人から『地獄』と呼ばれているモノだ。
ザ、ザザザザ……
そして俺は今、この魔性を帯びた森で無防備にも『生身の魂』を晒している。
ヤバイ……。
連れて行かれる。
嫌だ!逃げないと!
俺は魂のまま空中をモゴモゴと泳ぎ、なんとか地獄から逃れようとする。
ザザザザ……ザザ……ザザザ……
しかし、魔性を帯びた森の空気は、まるでスライムのプールのようにまとわりついて重たい。
これじゃダメだ。
こういうモノから逃れるには、もがいて逃げていても逃げきれない。
一瞬の、瞬発力のある気合いが必要なのだ。
せーの…………ッ!!!!
「っぷは!!……はー!はー!はー!……」
飛び起きると、俺はさっきの野原の光の下で自分の肉体へと戻っていた。
ドクン!ドクン!と動悸がする。
まるでひどい悪夢でも見ていたかのようだ。
「先生ー!」
そこで弓矢をかついだ杏子が駆けてくる。
「だいじょうぶですか?」
「あ……ああ」
美しい陽の光が少女の頬を照らすので、一瞬、ここが天国なのかと思った。
「さっきのポイズン・スライムは銅のメダルを落として行きました」
「そうか」
ってことは、さっきのは夢じゃない。
魔鉱石の【矢じり】は成功ってことだ。
さすがリヴだな。
その一方。
実戦的な育成で【憑依】を使う試みは、成功とは言えなかった。
杏子の身体で戦闘地域を移動することはできたが、モンスターへ攻撃を当てると魂が遊離してしまうのなら、すぐにさっきのような危機的状況へ追い込まれてしまう。
あれじゃあ、とても使えない。
もっと修行してからじゃねーと、魂がいくつあっても足りないな。
◇
「う、ううう……」
みんなのところへ引き返してもまだ眩暈がしたので、ル・モンドの森の前に建設した『仮小屋』で横になった。
この仮小屋は奥賀組の【大工】職性持ち、山本ゴン吉さんが建ててくれたものである。
「ふー……」
急ごしらえの吹きさらしだが、攻略しているクエスト区域を目前に屋根があり寝っ転がれる場所があるのはありがたかった。
ところで、山本さんの大工の能力は『木村』の者たちの能力と相性がよい。
つまり、これで俺たちは部隊がどこへ行っても現地で木を伐り、状況に応じた建設が可能になるということである。
今は小屋くらいしか作れないらしいけど、これから山本さんの成長と共に『建設』できるモノのグレードも上がっていくだろう。
で、その後。
その仮小屋でうつらうつらと微睡んでいると、
「エイガどの?」
と、覆面女子の手が俺の肩を触れた。
西園寺カナ子である。
「ん……なに?」
「あの魂を移す技、私にも使ってみてくださいまし」
憑依のことか?
この女、杏子へ魂を移していたところを見ていたんだな。
「うーん。悪いけど。俺には西園寺さんの能力がよくわからないから、何か教えてあげることはできないよ」
「そうではございませんの。もし、私の身体に乗り移っていただければ、戦況をエイガどのご自身でご覧いただけるのでは……と思ったのですわ」
なるほど。
と、少し考えてみる。
つまり西園寺カナ子に憑依すれば、俺が女忍者の視点で森の戦況を視察できるってワケか。
さっきの感じからいくと、戦闘地域を『移動』して『視る』だけなら魂が遊離してしまうこともないだろう。
悪くないアイディアだ。
……でも、西園寺カナ子とあまり関わりを持ち過ぎるのは奥賀の領主に悪い気がするんだよな。
「おほほ。そんなに怪しまないでくださいまし。私たち一族はなにも奥賀へ害をなそうとするものではありませんのよ。もちろん遠雲へも」
「……」
「エイガどのさえよろしければ、顔だってお見せいたしますわ」
そう言って俺の手を取り、豊かな胸へと誘う西園寺カナ子。
紅い装束に女女した膨らみ。
布地には乳房のあたたかさが籠っていて、極東の湿っぽい風の吹く気がした。
「よせよ」
と、俺は女の手を弾く。
「エイガどの……。あんまりですわ」
すると覆面で表情は見せていないクセに、なぜかシュンっと落ち込んだ様子だけは上手なものだからマジ面倒くせえ。
「ごめんけど。今、具合が悪いんだ」
仕方がないのでそんなふうにだけ答えておいた。
陽が沈み、その日の冒険を終えてもまだ気分が優れなかったのだけれど、なんとかランティスの鍛冶屋へ田中一太郎くんを連れていった。
「弟子? ったく……。あんたの頼みじゃ断れないね」
リヴはそんなふうに言っていたけれども、弟子のできるのがまんざらでもない様子だ。
それから、魔鉱石の【矢じり】の成功を報告し、ガルシアを通して『買い取り』を他の業者へも委託する旨を伝える。
実際、その日の査定では獲得アイテムはすでに91万ボンドにまで上っていたから、ランティスの鍛冶屋での1日の買い取り額としてはもう無理だということだった。
「これからは買い取りよりも【矢じり】の開発で力を貸してもらいたいと思ってるよ」
「うん。あたしもそっちの方が楽しくてイイね」
まあ、鍛冶屋としてはそりゃそうだろう。
「あと一太郎くんのこと、くれぐれも頼むな。才能のある子だから」
「そこは自信はないんだけどねえ。人にものを教えるのなんて、きっと難しいんだろ?」
まあ、それは……確かにそのとおりだ。
◇
次の日になると、具合はおおよそ良くなっていた。
ので、西園寺カナ子が昨日申し出たことをやってみようと思う。
「かしこまりましたわ♪」
と言って装束を脱ぎだす女忍者。
「なにやってんの?」
「昨日の続きを……とおっしゃいますので、裸になりますの」
「そっちじゃねえよ!裸にはならなくてイイから横になって」
こうして仮小屋で西園寺カナ子へ【憑依】する俺。
「わぁ!本当に魂が挿入して来ますのね。驚きですわ!」
「挿入とか言うな!」
ところで。
彼女は【憑依】を驚きだと言うけれど、女忍者のいろいろな能力の方が俺からしてみれば驚きであった。
シュン……
動きの速さは、風のスカートを穿いた杏子より数倍上である。
跳躍力もすさまじく、ル・モンドの森の木から木へとあっという間に飛び移ってゆく。
時には凧を揚げてそこから隙間の野原へ降り立ったり、双眼鏡のような器具で暗闇を見通したりなどしていた。
「こうした術は、本当は一族の門外秘なのですわよ。エイガどのには特別に一部お見せしておりますの」
「そうか。ありがとうな……。じゃあそのついでに顔も見せてくれよ」
「それとこれとは別ですわ」
などと言いながら、領民150名の戦いぶりを視ていると、もうずいぶん次元が変わっている様子がつかめてくる。
わかりやすく言えば、もはや最初のエース級の水準に150名すべてが達しているのである。
中でも、各グループに2名ずついる支援系魔導士12名全員が索敵魔法【サーチ】を使えるようになっているのが、暗闇が厄介なル・モンドの森においてはデカかった。
加えて、Aグループのナオは、【サーチル】というサーチの上位魔法を使えるようになっている。
これはサーチよりも遠くのモンスターまで感知することができるので、より広い範囲からモンスターを索敵でき、戦闘回数を増やすこともできるワケだ。
サーチルは今のところナオしか使えないけれども、やがて他の支援系魔導士も使えるようになっていくだろう。
それから、冒険者の初級と中級を分けるライン『戦闘力5000』を超えた領民も出て来た。
チヨ、エリコさん、杏子、ナオ、兵重さんの順で中級の仲間入りを果たしたのである。
世の中こんなスピードで中級入りを果たしてしまう冒険者はまれだけど、各6グループの戦闘による経験値がすべて150名全員へ獲得される上に、それが全部2倍なのだから不思議なことではない。
しかし、戦闘力5000を超えてくるとレベルを上げるために必要とされる経験値も上がるので、この森で戦っている限りあまり戦闘力も上がっていかなくなる。
「チヨ」
俺はFグループのチヨの前へ降り立った。
「?」
しかし、首をかしげるチヨ。
ああ、そうか。
西園寺カナ子に憑依しているんだった。
「俺だよ。俺、俺」
そう主張しつつも、なんだか詐欺みたいだなと思ったけど、
「ひょっとして……領主さま?」
と、素朴に答えてしまうので、俺はこのふんどし娘が少し心配になった。
「チヨはさ。もうこの森のモンスターなら一人で倒せるくらいの力はあると思うよ」
「そうなのかい?」
「うん。でも、それにしちゃ攻撃を喰らいすぎだ。武闘家なんだから身のこなしで躱せると思う。もっと敵を見て、余分なダメージは喰らわないようにするんだ」
「ふーん。敵を見るかぁ」
そう言ってチヨがシャドー武道を始めたのを見て、俺はまた木から木へと飛び移ってゆく。
「こりゃ便利だな」
「ですわね。おほほほほ」
俺は西園寺カナ子の肉体で、A~Fグループの戦闘現場を回り、能力の上昇に伴って変えるべき戦い方など指導していった。
この日は獲得アイテムが232万ボンドに達した日。
その次の日は567万ボンド。
で、1437万ボンドまで行ったのは、その次の日であった。
ここで各グループの装備に、魔鉱石製の【矢じり】が導入されたのだ。
この矢じりがあると、
『攻撃魔法の威力を、矢の射程の長さで放つことができる』
のである。
だから、レベル2以上の攻撃魔法、射手の腕、索敵魔法サーチが揃えば、ル・モンド森のモンスターならば以下の手順で簡単に倒せてしまう。
1 支援系魔導士がサーチ系の魔法で索敵する。
2 攻撃系魔法使いが矢じりへ魔法を込める。
3 最後に射手がモンスターを射る。
この三手順で次々とモンスターが狩られていく様を、俺は女忍者の肉体になって視察していたのだけれど、これはもう圧巻であった。
サーチの光。
魔法の光。
矢の軌道。
モンスターが消滅する光。
闇に染まっているはずの森で、こんなにもさまざまな色彩の光が放たれているのは美しくも妙な光景である。
で、この日。
領民150名は1437万ボンドぶんの獲得アイテムを達成するに至るまで、モンスターを狩って、狩って、狩りまくったのだった。
◇
夜。
ハーフェン・フェルトのビリヤード場で。
「ヒャッハー!この調子でイケばみんなで億万長者ッスよ!!」
などと、浮かれていたのはガルシアだった。
この日の獲得アイテムが一体いくらになるのかはこの時点ではまだ明らかではなかったのだけれど、『これなら1000万ボンドは超えることは間違いない』というガルシアの見立てはすでにあったのだ。
「はぁ……」
しかし、俺はタバコの煙と共にため息をつく。
「旦那、どうしたんスか?こんなに儲かってるのにため息なんて。利益が逃げていっちゃうッスよ」
「あのさ。俺たちは別にカネ儲けに来たワケじゃねーんだよ」
カキーン!!……ガコン、ガコン、ガコン!
俺はナイン・ボールのブレイクを突いて3つポケットした。
「そりゃそーッスけど、儲からないよりは儲かった方がいいじゃないッスか。この調子でやっていけば、10日で1億ッスよ?」
「1億だろうがなんだろうが、毎日これだけの魔鉱石を費やしてたら船に積んできたぶんはすぐなくなっちゃうだろ」
そう。
新しい矢じりの原材料である魔鉱石は、船からの持ち出しで作ってもらっているのである。
「それに今の領民たちの戦闘力から言ってル・モンドの森のモンスターはもう弱いんだよ。だから、あそこのモンスターの経験値じゃあ、あまり戦闘力が上がっていかなくなってる。それで魔鉱石をあんなに費やすのはもったいないし、サーチと【矢じり】だけで倒せちゃうと前衛と回復系の訓練にならねーしな」
つまり、魔鉱石は減りまくる、戦闘力は上がらない、カネは儲かる……じゃあ冒険と育成にはあまり進みがないのである。
「じゃあどーすんッスか?」
「うん。ル・モンドの森ってC級クエスト区域なんだけど、これからはB級クエスト区域でのモンスター狩りをしたいと思う。【魔鉱石の矢じり】って戦法は、より強いモンスターを倒すために考えたんだからな。でも……」
カーン!!……
俺は8番ボールで外し、苦虫をかみつぶしながら言う。
「俺たちのライセンスは、まだC級ライセンスなんだよ」
「じゃあB級ライセンスをもらえばイイじゃないッスか」
「簡単に言うけどな。B級ライセンスをもらうためには、C級でボスを倒すか、クライアントのあるクエストをこなすか、どちらかしなきゃいけねーんだ」
その実力はあると思うんだけど、こればっかりは機会が巡ってくるかどうかだからな……。
「なるほどッス……」
……カコーン!
そう呟きつつ、ガルシアが見事9番ボールを落とした。
その時。
カラン、カラン……カラン♪
店に、タイトスカートの美人が入って来て一瞬「お!」と思ったら五十嵐さんだった。
彼女には今日、ハーフェン・フェルトの冒険者ギルド出先機関へ行ってきてもらっていたのである。
「……」
「どうだった五十嵐さん。クエスト、割り振ってもらえた?」
そう聞くと、五十嵐さんはこちらを睨みながら首を横に振る。
「そうか」
「でも……」
そう言って彼女が差し出したチラシにはこう書かれていた。
≪ル・モンドの森 ボス発生≫
いつも応援いただきありがとうございます!
毎日更新ができずに心苦しいのですが、現状2、3日に1度のペースでは更新できるように頑張っています。
この話も11月の終わりに始めたので、そろそろ四半期が切れますが、これからも長期で続けていこうと気合いを入れ直してもいます。
何卒、今後ともご覧いただければ嬉しいです。





