第38話 矢じり(1)
話は少しさかのぼる。
ランティスの鍛冶屋へその日の獲得アイテムを持っていくと、
「これなら56万ボンドで引き取るよ。いいかい?」
と言われた日のことだ。
「ああ。いつもありがとうな」
「ハハハ、何言ってんだい。水くさいね」
そう言ってリヴが胸をぷりっと張ると、おっぱいの丸みに薄く張り付いたタンクトップの上で少しゴツめの銀のネックレスがしゃらら……と金属質な音を奏でた。
「明日も頼むよ」
「ああ。あっ……でも、これ以上あんたのところの獲得アイテムが増えると、とてもじゃないけど捌ききれないかもしれないねえ」
「そ、そうか。まあ。そりゃ、そういうこともあるよな」
なんと言ってもこの店はリヴ一人でやっているんだし。
でもそうなると、これからは他にも獲得アイテムを売り捌く経路が必要になってくるかもしれないな。
そこらへんはガルシアに相談してみるか。
パラパラパラパラ……
こうして、俺は56万ボンドを数えると席を立った。
「じゃあ、そろそろ行くよ」
「あ、ちょいと」
それをリヴは、腕をつかんでとどめる。
「なに?」
「ほら、頼まれてたヤツ。試作品だけど一応1束ぶん作ってみたよ」
そう言ってリヴは机の上へケースを取り出した。
ケースが開かれると、透明なグリーンに鋭い形状のモノが20個ほど並んでいる。
そう。
頼んでいた魔鉱石製の【矢じり】だ!
「おお!すげえぜリヴ!さすがランティスのジイさんの娘だな!」
「ふん……。よしてくれよ。好きでこうなったんじゃないんだからさ」
リヴは長い髪を炎のようにかき上げて、ぷいっとタバコをくわえる。
「それに試作品って言ってるだろ。使ってみないと矢が刺さった時に魔法がちゃんと発動するか、あたしにもまだわからないんだよ」
「そうなのか?」
「ああ。フツー魔鉱石の『第2用法』は魔鉱石中の魔力エネルギーを核にして、そこへいろいろな魔法を保存して持ち運ぶ用法だろ?」
「でも、魔鉱石を『魔法の持ち運び』に利用する実用性って、ほぼねーじゃん」
というのも、保存した魔法は時間と共に威力が劣化するからである。
同じように荷物になるならば、他の通常アイテムで代用した方が実用的というもの。
「だから、『第2用法』そのものがマイナーな使用方法なんだよ。ましてや、魔鉱石を【矢じり】にして飛ばすだなんてたぶん誰もやったことがないだろうさ。……まあ、面白いとは思うから作ってみたんだけどねえ」
リヴはケースから矢じりをひとつ摘まんで続ける。
「ポイントは、矢がモンスターへ当たった時、込められた魔法が解き放たれるかってところさ。仕掛けは矢先にしつらえてあるけど、それが実戦でちゃんと機能するかどうか……ちょいと実験してきて欲しいってワケさ」
そう言うので矢じりをよく見てみると、先端は三つに尖り、その中央が丸いガラス玉になっている。
モンスターに矢が当たると、そのガラス玉が割れ、モンスターの魔性に反応して魔法が発動する……という仕掛けなのだそうだ。
「なるほど。じゃあさっそく明日使ってみるわ」
「うん。どうなったか教えとくれよ?」
「ああ、もちろん」
そう言ってケースを閉じると、俺は今度こそ立ち上がって店を出ていく。
ガラガラガラ……
明日の楽しみがひとつ増えて、なんだか月明かりの狭い夜道がソワソワ感じられた。
◇
「了解ッス。知り合いにアイテム買い取りの業者がいくつかあるんで、問題なく捌けると思うッスよ」
船へ帰ると、まずガルシアに獲得アイテムの売り捌き経路の相談をする。
「助かるよ」
「でも、旦那がいつも行っているところ……鍛冶屋さんッスか?あそこみたいに何でもかんでも引き取ってくれる業者ってなかなかないんスよね。自分にはル・モンドの森で獲得したアイテムすべてを捌くのは無理ッス。商品として流通するものじゃないと」
たしかに、リヴの『アイテムから原材料を抽出する技術』はランティスのジイさん直伝で、簡単によその業者が真似できるものとも思えない。
それに、この魔鉱石製の【矢じり】が使えたら大量に生産してもらいたいし……
あの店にもう少し人手があってくれれば、こちらとしてもありがたいんだけれどな。
そんなふうに考えながら船のトイレへ向かうと、ふと、奥賀組のひとり田中一太郎くんと出くわした。
チャパチャパチャパ……
彼は手を洗った後に振り向くと、ハンカチを取り出しながら俺に気づいたようで、のそりとその坊主頭を下げる。
「……どうも」
その額の生え際の、芝生の際ようにびっしり生え揃った感じが10代めいて、若々しくもぶっきらぼうな印象を醸していた。
そう言えば。
この田中一太郎くんは【鍛冶屋】職性なのだから、いつかリヴのところへ弟子入りさせようと思っていたのだった。
彼が金属の取り扱いに長けるようになれば、奥賀へ汽船作りに関する技術力を提供できることになるからな。
ただ、これまでそうしなかったのは、できれば俺の経験値転送スキル【レシーバー】をマークしてから……と思っていたからである。
そう。
今のところ、俺の【レシーバー】の枠は3つで、使いきってしまっている状態なのだ。
生産者のイサオさん、霊能力者の吉岡将平、掘削者のアキラ。
遠雲は遠く離れているけれども、遠征で獲得した経験値も彼らに転送されているはずだった。
しかし、この3人で『枠』は使い切ってしまっているので、一太郎くんのような才能へ新たにレシーバーをマークしたくてもできない状況にある。
俺も育成スキルそのものの修行で『枠』を増やそうとはしているのだけれど、他のスキルを磨く必要性の方が喫緊で、【レシーバー】まではあまり修行の手が回っていないのが実情だった。
「では失礼します」
と、そう言って去ろうとする一太郎くんを見て、まあ『ランティスの鍛冶屋』の人手不足な状況もあるし、とにかくレシーバー無しでもリヴのところへ預けてみようか……と思った。
「ちょっとまって、一太郎くん。キミに頼みたいことがあるんだけど」
「はぁ、自分ですか?」
「うん。明日の冒険が終わった後、ついて来てくれよ」
「……」
「どうした?」
「あの……。自分は弱いですし、お役に立てるとも思えません。お手伝いなら坂東くんに頼んだ方がいいと思います」
坂東義太郎とは主従関係のはずだが、彼は『坂東くん』と呼ぶのである。
どういう関係性か知らんけど、小さい頃からの付き合いでもあるのだろう。
はぁ……。
俺はため息をついて言った。
「あのさ。世の中たしかに能力の優劣ってあるけど、みんながみんな同じ系統の能力をモノサシにする必要はないと思うんだぜ」
こんな口にするのもチープで基礎的な道徳をあえて言って聞かさなければならないほど、彼の首筋はまだ青臭いのである。
「どういうことですか?」
「坂東くんは坂東くん。キミはキミってことさ。まあ、たしかにキミは男だから『戦い』の能力が高いヤツに憧れを持つのは当然かもしれんけど……」
「……はあ」
「まあ。とにかく明日は頼むよ」
そう言って、俺は一太郎くんの肩をポンと叩き、トイレへ入った。





