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第36話 商人




 湯けむりの向こうからこちらを見下ろす五十嵐さん。


「エイガ様」


「いや……その、これは……」


 俺はなんだか決まりが悪くて言葉が継げないでいたのだけれど……


「あれ?」


 ふと、風呂場に西園寺カナ子の姿がないことに気づく。


 いつの間に消えたんだ?


 まさにドロン……って印象。


「どうかされましたか」


「五十嵐さん、俺の他に誰か見なかった?」


「見ません。しかし……」


 と、五十嵐さんはくんくんと鼻をやる。


「女性の匂いがします」


 スゲーな。


 これも『およめさん』の才能のひとつなのだろうか?


「!……」


 うっ……。


 なんかいつも以上ににらんでくるので、話をそらした方がイイ気がするな。


「あっ……そ、それはそうとガルシアは?」


「……帰っています。船の外へいらしてほしいそうです」


「そうかわかった。泡を流したら行くよ」


 そう答えるとようやく五十嵐さんは風呂のドアを閉めてくれた。


「ほっ……」


 ジャバーン!!……


 西園寺カナ子のことは気になったけれど、とにかく今は明日のアイテムの準備の件が優先である。




 ◇




 船の前へ出ると、いくつかの木のコンテナが積まれていた。


 ガルシアはその前でなにやら帳簿らしきものをペラペラめくっている。


「旦那、とりあえず明日の冒険に必要そうなアイテムはこんなもんッスかね?」


 そう言うのでコンテナをのぞくと……なんと!中には回復薬や矢や剣がいっぱいに詰まっている!


「が、ガルシアお前……ついにやっちまったのか?」


「なにをッス?」


「俺のために盗んできてくれちゃったんだろ?」


「ちげーッスよ!人聞きの悪い!!」


「え?でも、お前だってカネねーって言ってたじゃん」


「カネなんかなくったって仕入れる方法を持ってるのが商人ッスよ」


「?」


 俺がタバコをくわえながら頭に疑問符を浮かべていると、ガルシアは帳簿をしまいつつ説明を続けた。


「ええと、具体的には『掛け』や『手形』で商品を仕入れたんス。つまり、商品を買うんスけど、支払いを後回しにしてもらうってことッスね」


「そんなことできんの?」


「場合によってはッスけど。ちょっとついてきてもらっていいッスか?」


 そう言ってガルシアはこの商業都市ハーフェン・フェルトの埠頭ふとうに立つ倉庫群の方へ歩いていった。


 海に向かってズラリと並ぶ倉庫たち。


 それぞれに俺ではわからない番号が振ってあって、コンテナを車輪で運ぶ労働者などがせっせと行き来している。


「ここッス」


 と言って、ガルシアはそのうちのひとつ『E-3』などと書かれた倉庫へ入ってゆく。


 俺もその後に続いた。



 ザッザッザ……



 明暗差もあって、倉庫の中はやけに薄暗く思える。


 床は硬くかためてあって、五十嵐さんのハイヒールが後ろでカツン、カツン……と広く響きわたった。



「だいたいここから向こうの区域が、今日発注して自分の所有になるアイテムッス。今さっき権利が移ったばっかッスけどね」


 ガルシアがそう指さす倉庫の区域には、さきほどの木のコンテナが数十と積まれているではないか。


「マジで!?こんなにいっぺんに買ってどーすんの?」


「今回は大量に発注することで支払い期日を後回しにしてもらったんス。仕入れ価格はぜんぶで900万ボンドッスね」


「……ずいぶんだな」


「ええ。あとはこの900万ボンドぶんのアイテムを1000万ボンドで売れば、商人の仕事は完了ッス。その差額で儲けるのが商人ッスからね」


 ガルシアは木のコンテナをコンコンっと軽妙に叩く。


「そこで旦那。ここからは仲間としてじゃなく、商人と領主で【取引】の話をしたいんスけど。いいッスか?」


「あ?……お、おう」


 俺は、なんだか活き活きするガルシアの勢いにされ気味だった。


「すなわち旦那。このアイテムぜんぶ、旦那に1000万ボンドで買って欲しいんッス。これでだいたい旦那が冒険で使いそうなアイテム1ヶ月ぶんに相当すると思うんスよ。どうせ使うもんなら自分からいっぺんに買ってくれてもいいでしょう?」


「そりゃ『どうせ使うもん』っていうのは、たしかだけどさ。1000万ボンドって……。今そんなカネねーよ」


「でも、この1000万ボンドぶんのアイテムがあれば冒険で1000万ボンド以上の売上が見込めるんスよね?」


「ま、まあな」


 1000万ボンドっていったらビビるけど、戦闘に必要なアイテムさえちゃんとあれば、きっと1カ月以内には採算が取れるようになると思う。


「だったら支払いはその後で問題ないんス。自分の支払いも後なんスからね」


「ツケで売ってくれるってことか?」


「まあ、おおむねそういうことッスけど……でも、ラーメン屋でラーメン代をツケにするみたいなワケにはいかねースね。商人として、今の旦那をそこまで信用することはできねーッスから」


 ……そりゃそうだよな。


 なんと言っても今の俺は一文無しだし。


「わかってくださいッス。『そこまで信用することはできない』っていうのは別に『旦那が悪いヤツで信用できない』って意味じゃねーんッスよ。もし、冒険に支障ししょうがあって旦那の支払いが遅れれば、自分も仕入元への支払いが遅れちまうことになるんス。そーなれば商人としての信用も失っちまいますし、仕入元のよそへの支払いも遅れてみんなに迷惑がかかるんッスからね」


「まあ……そりゃわかったけどさ。じゃあどーするっていうんだよ」


「要するに、期日までに支払いができなかった場合の担保たんぽが欲しいんス」


担保たんぽ?」


「ええ。五十嵐さん。お願いするッスよ」


 そう言うと、五十嵐さんはファイルから1枚の書類を取り出した。


「1カ月後までに1000万ボンドの支払いが履行されなければ、船中の財産をガルシアさんに処分させるむね書かれた契約書です」


「??」


「五十嵐さんに書いてもらった契約書は、つまり『もし冒険がうまく行かずに支払いが遅れたら、船に積んで来た魔鉱石や穀物をもらって売っちまうぜ』って意味ッス」


 なるほど。


 でもそうなった場合、今回の遠征は続行できなくなるな。


 またイチから準備して出直しってことになる。


 まあ、支払いができなかった場合の処置としてそれは文句ねえけど……



「でも、仲間どおしのカネの貸し借りってやっぱヤメておいた方がイイと思うんだよな」


 最後、懸念はそこに戻る。


「だから、商人と領主の【取引】と言ってるじゃないッスか。自分はただ商人として900万ボンドで仕入れたアイテムを1000万ボンドで売りたいだけスよ。担保があるんでこちらとしてはリスクもカバーできてるし、旦那に買ってもらえるとありがてーんスけど……」


 よく考えられていると思った。


 コイツは、どういう提案をすれば俺が「うん」と言えるかも計算して、ガルシア側としても『商売』が成り立つようマネジメントしてきたのである。


 なんかガルシアに乗せられてる気がしてしゃくにはさわったけど、


「エイガ様……」


 と、五十嵐さんもこの件に関してだけはガルシア寄りみたいだ。


 少なくとも、よくわからんスパイの一族から5000万ボンドも支援を受けるよりはマシ、か。


 はぁ……。


 俺はため息をついて、


「すまねえな、ガルシア」


 と言いつつ契約書を手に取った。


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