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第4話 スカハマ



 船は4泊5日だった。



 船中はただでさえ退屈なのにひとりぼっちだから、俺は本を読んだり、ケチな博打ばくちを打ったりなどして時間を潰していたのだけれど……



「あれ?旦那?エイガ様じゃねースか?」



 そう声をかけられたのは、食堂でカレー・ライスを食べているときであった。



 振り返ると……なるほど見覚えがある。


 そのエクボの目立つニヤケづら


 としは俺の2つ3つ下だっけ。


 そう。


 コイツは冒険者時代に馴染みのあった『旅の商人』だ。


 名前はなんだっけな?



「いやあ、やっぱり!『奇跡の5人』のエイガ様だ。奇遇ッスねー!」


 大声で近寄ってきて、なれなれしく俺の隣の席に座る商人。



 あっ。ちなみに、彼の言う【奇跡の5人】って恥ずかしい名前は、勇者パーティの異名である。


 ただし、その『5人』というのは前述の勇者クロス、ティアナ、エマ、デリー、そして俺……と言いたいところだがそうではない。


 パーティにはもうひとり【攻撃的ウィザード】の『モリエ』という天才がいて、最後のひとりはそいつのことなのだ。


 つまり、俺は『奇跡』の中に入っていないというワケ。


 超ウケる(泣)



 でも……そう言えばモリエのやつ。


 このあいだは単独遠征で別行動だったからよかったものの、ヤツが帰ってきて『俺の解雇』って事実を知ったら、またパーティにひと嵐吹くんだろうなぁ。



 ざわ……ざわざわ



 さて、そうこう考えていると、なにやら食堂がざわめいているのに気づく。



「おい、あの人。『奇跡の5人』の人だってよ」


「え、マジで?あの勇者の?サイン貰ってこようかな」


「アタシ、デリー君のファンなのよねー」



 よく聞くとこんな調子だ。



「おい、お前。他の客さわがすんじゃねーよ。マジで」


 俺は横に座ったエクボの商人をギロリとにらむ。


「いいじゃねースか。本当のことなんスから」


「チッ……。お前、俺が5人に含まれてないこと知ってんだろ」


「知ってますよー。だから幻の六人目シックスマンなんでしょ」


 いや、意味わかんねーから。


「ところで旦那。ひとりなんスか?ティアナさんは?」


「……ひとりだよ。今はただの観光客さ」


「へえ。冒険者も観光なんてするんスね。


「まあな」


「せっかくのおやすみなのに、ティアナさんと一緒じゃないんすか?」


 ティアナ、ティアナと繰り返すから、なに言ってんだコイツ……と思ったけど、すぐにハッと気づいた。


「ああ……。ティアナのやつ、今はクロスと付き合ってるんだぜ」


「え!?旦那、フラれちゃったんスか?」


 それで俺の方がフラれたって決めつけてんのがマジでしゃくにさわったけど、ティアナの名誉のために世間的にはそういうことにしておいた方がいいと思って黙っておいた。


「なるほど旦那、傷心旅行ってわけっスかぁ。じゃあ邪魔しないほうがいいスかねー。なにか仕事がないかと思ったんスけど……」


 と言って席を立とうとする商人。


「待て」


「はい?」


 俺はヤツの腕をつかんだ。


 そう。


 コイツはバカっぽいけど、商人としての才能はあるのだ。


 ほら。俺の育成スキル【女神の瞳】で見ても、ちゃんと『商人』の職性がある。



 ところで、世の中こうして『実際にやっている職業』と『生まれもった職性』が合致しているケースというのは実は少ない。


 例えば、『漁師』の職性を持ったヤツが『木こり』をやっていたり、『酒造り』の職性を持ったヤツが『神官』をやっていたりするものである。



 まあ、コイツの場合バカっぽいから、たまたま商人になって、たまたま商人の職性があった……ってだけなんだろうけれど、母数を多く取れば世の中そんな幸運の持ち主も中にはいるというわけだろう。



 いずれにせよ、パーティを解雇になった俺だが、パーティ所属時代にきずいたよそとの人間関係は活用しても反則じゃないはずだ。


 もし仮にこれから【領主】をやるとしたら、こういうヤツとの人脈がけっこう役に立つんじゃねーかなって思うし。



「まあ、そうあわてんなよ。世間話くらい付き合えって」


「え、その……」


 しかし、なにやら乗り気じゃなさそうな商人。


「なに?なんか文句あんの?」


「いや。自分、フラれ話をうじうじされるとかキモいんで勘弁っス」


「キモいとか言うな!……つーか、そんなんしねえって。実は今回、観光つってもワケありでな。お前に頼みたいことも出てくるかもしれねーんだ」


「なんだ、仕事の話っスか。それならそうと早く言ってくだせえよ」


 とモミ手する商人。


 変わり身、早えなぁ。



 それからの船中は、だいたいこの商人との付き合いで過ごした。


 彼は極東へ何度か足を運んでいるらしく土地の知識があったし、いい話相手にもなった。


 博打ばくち玉突ビリヤードきなどで意外と趣味も合ったので、けっこう仲良くもなったしね。


 でも、コイツ。名前なんだっけ……




 ◇




 ボー……



 こうして船は、極東の港町【スカハマ】に着いた。


 船を降りてしばらく街を行くと、なるほど見覚えがある。


 木と紙の家屋かおく


 道行く人々は、一枚布にえりを合わせて帯をめる複雑な衣服を身に着けている。


 みんな髪型にかなりのこだわりがあるらしく、特に女性は黒い髪をって結い上げ、そこらへんの町娘の髪飾りまでもが繊細かつ可憐であった。


 そう。


 こんな少し独特な文化の香りがするところだったな。



 まあ、それはそうと。


 本来であれば領地へおもむく前に【極東の帝都】へ行って挨拶やら手続きやら済ませるべきなんだろうけど、俺はまだ領地を治めるって決めたわけじゃねーので、今回はあくまで『観光客』というていで通そうと思う。


 だから、【スカハマ】から【帝都】へは立ち寄らず、そのまま【領地】へ向かうことにした。


「旦那の目的地は、なんてとこなんスか?」


「ええと、【遠雲とくも】って地域らしいんだけど」


「らしいって……遠雲とくもと言えば、旦那たちが【ギドラの大蛇オロチ】をやっつけたとこじゃないスか」


 なるほど。


 パーティはあのクエストのあった地域を、そのまま【領地】として譲られたってことか。


 まあ。極東の王も関係のない土地を急に譲ったりはしないだろうから、よく考えればそうに決まってるよな。



「でも道中覚えてねえなあ……。ここからだとどーやって行けばいいんだ?」


「また船っスよ。国内船スね。でも……」


 と言いつつ、商人はメモ帳をペラペラとめくる。


「今日はもう船は出てないスから、【スカハマ】で一泊したほうがいいっスよ。これ、自分の名刺なんで、『黄鶴楼』って旅館へ行くといいスよ。それで明日、9時の船があるんで、国内船用の『西の船着き』へ行くっス」


「……お、おう。お前は?」


「自分も一泊するっスよ。でも、仕事があるんでもう失礼するっス」


 と言って商人は去った。



 ……アイツ、使えるな。



 と思いつつ、俺はヤツの名刺で名前を確認しておいた。


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