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【5章挿話B】 冒険王編集者アクア・クリスティア



 ブラインド・カーテンからななめにれる陽。


 正午前のけだるい会社の空気。



 冒険王編集部のみんなはだいたい夜型で、この時間はまだあまり元気がありません。


 特にその日はまだ校了後間もなくて、出勤している同僚もチラホラ。


 あくびをしている人。


 他分野の雑誌をボンヤリ眺めている人。


 一番奥では編集長が禁煙パイプをくわえながら新聞を読んでいます。



 ガサゴソ……


 そんな中、私は机へ広げていた資料を急いでカバンへ詰め、席をたちました。



 ツカツカツカ……


「編集長!!」


「ど、どうしたんだ?クリスティアくん」


 私がバシンっ!と机をたたくと、編集長は飛び上がって禁煙パイプを落としそうになります。


「【エイガの領地】の遠征先がわかりました。ハーフェ……ええと、ハーフェン・フェルトです。今すぐ取材へ行かせてください」


「なるほど。ハーフェン・フェルト、ケルムト文化圏の街だったな」


「そうです。では行ってまいりますね!」


「ま……まあまあ、待ちたまえよ」


 一礼してきびすを返す私を、編集長は引き止めます。


「なんですか?」


「うん。たしかに……キミの【エイガの領地】の記事はたいへん評判だったよ。読者アンケートでも5位の人気があったほどだ。初級、中級の記事にしては本当に異例のことだね。キミの能力を評価してきた僕の目に狂いはなかったということかな。ハッハッハ」


「おそれいります……」


「しかし、この記事のクオリティでS級パーティを取り扱っていれば、もっと評判になっただろう」


「っ!……なにが言いたいんですか?」


 含みのある編集長の口ぶりにちょっとムっとする私。


「うん。キミには今後、あの勇者パーティ【奇跡の5人】の記事を担当してもらいたいと思っているんだ」


 奇跡の5人って……。


 エイガさんを解雇にしちゃったパーティじゃないですか!?


「ちょっと待ってください!私は……」


「わかってる。キミは『中級冒険者ファン』だったものな。しかしねぇ……それだけではキミ自身の編集者としての評価をあげるのは難しいんだ。これはキミのために言っていることなんだよ」


 たしかに、世の中の圧倒的大多数はランキング上位のS級パーティに注目するものですから、編集長の言うことは正しいです。


 でも……


「編集長!これでも私は【エイガの領地】の可能性を見て取材しているんです!」


「は?」


「【エイガの領地】はこれからもっと強くなります。だから今のうちから追いかけておきたいんです!」


「キミねえ。まさか【エイガの領地】が上級のクエストをこなすようになるとでも言うのかい」


「もちろんです!それこそ【奇跡の5人】を育てたあのエイガ・ジャニエスが育成するんですよ?きっと、いつかは魔王級だって……」


「魔王級?」


「はい!」


「ぷっ……ははははは(笑)」


 編集長はしばらく笑いっぱなしでした。


 そして、急に真顔になると、


「あんまり仕事を……いや、冒険をナメるんじゃない」


 と言って、もう取り合ってくれませんでした。




 ◇




 ふん!


 編集長のわからず屋!


 こうなったら【奇跡の5人】の取材も完璧にやって、プライベートの時間で【エイガの領地】を取材してみせます!



 そう思って、私はすぐに【奇跡の5人】が長期滞在しているという宿へ向かいました。


 彼らの宿は、冒険王編集部からそう遠くはありません。


 アポは取ってませんけど、時間がもったいないので早速押しかけちゃいますよ!


 そんなふうに宿の前で意気込んでいるとき。



「そうだモリエ。今日はブラジャーも買ってあげなきゃね」


「えー、そんなの恥ずかしいよー(汗)」


「ダメよ。おっぱい膨らんできているんだから」


「少年!ならばビキニ・アーマーにしてはどうだ?」


「却下」



 そんな『ガールズ・トーク』と言っていいのかよくわからない会話が聞こえてきたと思えば、なんと【奇跡の5人】のモリエ、ティアナの2人と、世界1位の女グリコ・フォンタニエがそろって宿から出てくるではないですか!


 急なことにあっけに取られていましたが、こうはしていられません。


「あ、あの!ちょっと待ってください!」


「はい?」


「奇跡の5人とグリコさんには親交があるのですか?」


 と尋ねると、ティアナ・ファン・レールが怪訝そうな眉を向けます。


「ええと、あなたは?」


「あ、申し遅れました。私、こういうもので……」


 と言って、私は名刺を差し出しました。


 ティアナさんは名刺を一瞥いちべつだけしますが……


「申し訳ないけど、私たち今オフなの。取材ならまたアポを取っていらして」


 と、刺すように言います。


「そこをなんとか。少しだけでもいいんです!」


「……さっ、モリエ。いきましょう」


 ティアナさんは髪に手櫛てぐしを入れつつそっぽを向くと、答えずにツカツカと行ってしまいました。


「あっ、まってよー。ティアナおねえちゃん!」



 ううっ……。


 彼女のマスコミ嫌いはウワサどおりですね。


 どうしてなんでしょう?



 でも、間近で見るとすごい美人さんでした。


 ああいう女性ひとって、きっと悩みなんてひとつもないんだろうなぁ。



 ◇



 こうして残念ながらモリエ、ティアナの2人には取材できませんでしたが、めげずに宿へ入ると運よくクロス・アンドリューを発見しました。


 ロビーでコーヒーを飲んでいます。


「……」


 しかし、実物はイメージと少しちがいますね。


 もっと明るくて、それこそ悩みなんてひとつもなさそうなイメージでしたけど……



 寂しそうにつく頬杖。


 揺れる金髪の前で、物思いにふける瞳。



「あの……すみません」


「はあ?」


「よろしければ取材させていただきたいのですが」


 私が名刺を差し出すと、クロス・アンドリューは受け取って言いました。


「取材か……うん。いいよ。ちょうど予定も空いてしまったところだ」


「ほんとうですか?」


「ああ。どうぞ、そちらへ」


 そうクロスさんが中腰になって席を勧めてくれた時。


 ピラ、ピラ……


 彼のポッケから2枚のチケットが落ちました。


「あの。これ落ちましたよ。活動写真えいがのチケット?」


「え?ああ、それか。もういいんだ。キミに……ええと、アクアさんにあげるよ」


「え、でも……」


「今日を逃すとオレたちまたクエストへ出るからね。帰る頃にはもう活動写真えいがの機械が世界巡業へ出てしまうらしいんだ。せっかくのチケットだからアクアさん、恋人とでも行くがイイさ。ザハルベルトでやっているのは今週中だよ」


「私、恋人なんていません」


「へえ、意外だな。じゃあ友達と……」


 私、友達もいないんですけど……


 でも、そんなことを言うと取材前に気マズくなると思ったので、黙って受け取っておきました。


「では失礼しますね」


 私はそう断ってクロスさんの正面に座ると、メモとペンを取りだし、前傾姿勢を取ります。


 さ、取材ですよ!


 と気合いを入れるのですが、しかし……



「そのあたりは、何があっても一戦一戦こなしていくだけかな」


「……すみません。そこを、もう少し具体的に」


「うん。総じて申し上げるとつまり、オレたちの戦いはこれからだ、ということさ」


「……」


 クロスさんを実際に取材してみると、答えが抽象的でよくわかりません。


 取材に対する答えをパターン化して用意してあるのかもしれませんね。


 なんとか、の彼を引き出さないと……


「ええと。では、例えばこれからライバルになっていくと思われるパーティはいますか?」


「ライバル?」


 お? ぴくっとしましたよ?


「ライバル、か。そうだな……。魔法剣士のグリコ。賢者パーティ。女勇者パーティといったところかな」


 もう!


 ランキングの1位から3位を並べただけじゃないですか!


 こうなったら、怒られるかもしれないですけどピンポイントなところを聞いてみましょう。


「たとえば、【エイガの領地】はどうですか?」


「なに?」


 穏やかだったクロスさんの表情が、瞬間こわばります。


「……そういう興味本意の質問に答えるつもりはない」


「え?」


「オレとエイガは別にケンカして別々になったんじゃない。あまりに戦闘レベルが離れすぎてしまったから、別々にやって行った方がお互いのためだっただけだ。それはエイガも理解しているはずだし、オレもエイガのことは今でも親友として尊敬している」


 ようやくのクロスさんが見えてきました。


 でも、聞きたいのはそんなことじゃありません。


「その点についてはエイガさんから聞いています」


「?……アクアさんは、エイガと会ったことが?」


「取材しました。紙面で特集を組んだので」


「へえ。あの記事はアクアさんが……」


「ええ。ですから、私の質問もそういう意味ではないんです」


「そういう意味ではない?」


「はい。そのまま【エイガの領地】を今後のライバルとしてどう思うか、という意味です」


「は?……あはははっ」


 クロスさんは脚を組み換えながら軽く笑います。


「あの記事はオレも読んだよ。たしかに『領地を単位にクエストをこなす』という発想はぶっ飛んでる。アイツらしくて面白いと思うよ。……だが、冒険というのは選ばれた才能のスパークがモノを言う世界だ。 いくら頭数をそろえたからと言ってそれで上を目指すのは難しいだろう」


「そうでしょうか?」


「ああ。エイガだってそのくらいわかってるはずさ。おそらく、もう冒険は自分のレベルに合わせて趣味でやっていこうと思っているんじゃないかな。アイツは自分自身を客観的に見ることのできる現実主義者だから」


「……」


 その現実主義者めかした大人の皮を一枚めくれば、子供みたいな『負けず嫌い』が詰まっているのがエイガさんだと思うんですけど……


 長い付き合いらしいのに、そこらへんわからなかったんでしょうか?



 で、それから。


 エイガさんの話をした後のクロスさんはずいぶんと饒舌じょうぜつになって、取材は先ほどよりもずいぶんはかどっていきました。




 ◇




 一ヶ月後。


「はぁ……」


 たしかに、やってみれば【奇跡の5人】の取材もやり甲斐はありました。


 でも、それと平行して【エイガの領地】を取材するのはやはり難しいようです。


 なんと言っても、ケルムト文化圏まで足を運ぶのはそれなりに日数がかかりますからね……。



 が、しかし。


 そんなある日のことでした。



「クリスティア君!朗報だよ!」


「はぁ。なんですか?」


 編集長の言うことなので、私は大して期待していなかったのですけれど……


「奇跡の5人に【魔王級】のクエストが割り振られたんだ!」


「っ!……いよいよですか」


 モリエ・ラクストレームも帰ってきたのですから、時間の問題だとは思っていましたけどね。


「それで、内容はどうなんですか?」


「うむ。ゲーテブルク城に第6魔王アニムスの出現が【予言】されていただろう。その討伐パーティに選ばれたらしい」


「!!……ゲーテブルク城?」


「ははは、キミに取材を担当してもらってすぐ魔王級のクエストが割り振られるなんて。僕の目に狂いはなかったということかな。ははは!」



 そんなふうに言う編集長は放っておいて、私はひとりでガッツポーズしていました。


 だって、『ゲーテブルク城』はケルムト文化圏のお城。


 ハーフェン・フェルトを流れる川の、上流に位置するお城ですよ。



 つまり……


 これで【奇跡の5人】と【エイガの領地】の両方を取材できるってことです!





これで5章が〆となります。

次回から6章で、エイガ視点に戻ってまいります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 奇跡とエイガが鉢合わせそう
[良い点] 話の展開やストーリー性、キャラクターの個性はなかなか良い [気になる点] 文章の繋ぎ方や擬音の後に使っている♡や♪に違和感がある感じ。もっと良い作品になる伸び代はあるので努力を続けて欲しい…
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