第34話 鍛冶屋
初日の戦いをよく頑張った領民たちは先に船へ帰し、俺はひとり商業都市ハーフェン・フェルトの大通りへやって来ていた。
手持ちのカネがとうとう残り5万5千ボンドになってしまっているので、さっそく今日ル・モンドの森で入手したアイテムを売らなければならないのだ。
キラキラキラキラ☆
陽が沈み、10番星ぐらいが瞬き始める空の下。
街の煉瓦に反射した無数のランプの灯りは黄色に近いオレンジで、まるで街全体が燃えているみたいだった。
そんな大通りを、鎧やローブを纏った冒険パーティが盛んに行き来している。
みんな冒険で手に入れたアイテムをより高く売り、そしてよりよい装備を手に入れようと目をギラギラさせているのだ。
でも、本当にイイ店というのはそーゆうメインストリートそのものにはないものである。
俺は、この街で一番大きい4階建ての『冒険ショッピング・モール』をスルーし、その横から脇道へ逸れて、ひっそりとした細い坂道へと入っていった。
密集した煉瓦の建物群を縫うように進むと、やがて一軒のうら寂れた倉庫のような店へたどりつく。
倉庫の扉の横には、古びた木の看板に、
【ランティスの鍛冶屋】
と、男男した文字で書きなぐられていた。
「ランティスのジイさん……元気かなぁ」
この鍛冶屋は、俺とクロスが2人パーティだった頃にはよく世話になった店だ。
俺たちはいつも冒険で手に入れたアイテムをここで売っていたし、注文して武器を作ってもらったこともある。
店主のジイさんは、奥さんに逃げられてからも『泪の代わりに酒を呑む』ような寡黙でガンコな男だったけど、鍛冶の腕は立ったし、俺たちはけっこう目をかけてもらっていたんだと思う。
カン!カン!カン!カン!……
で、倉庫の前でふと耳を澄ませば、金属を叩く甲高い音がする。
「お!やってるな」
ふふっ。ランティスのジイさん、急に俺が来たらきっと驚くにちがいないぜ……
そんなふうに思いながら、俺はボコボコに凹んだ鉄の扉を人ひとり分だけ開けて中へ入った。
「あれ?」
カン!カン!カン!……
倉庫の中では、なるほど熱されて真っ赤になった金属が叩かれている。
しかし、その背中はジイさんのものではなかった。
女の背中である。
「おい、ちょっといいか?」
「今やってないよ。おとといきな」
声をかけると、不機嫌そうな女の声が跳ね返ってきた。
カン!カン!カン!……
女は振り向こうともせず、不機嫌そうに金槌を振り続ける。
こちらを向いているのは、シュシュでざっくりとまとめられた流麗な髪。
タンクトップの肩に浮かぶ無数の汗の粒。
その粒が決壊して滝のように流れ出したのがネイビー色のタンクトップの布地をピタピタ肌へ貼り付かせ、金槌を打ち下ろすたびに背筋の陰影が彫像のごとく強調されている。
やれやれ……
「おい、リヴ!俺だよ!」
「あぁ?……え!?」
そう言うと、ようやく女は手を止めて振り返る。
「そ、その代わり映えのしない顔は!! エイガじゃないかい!」
「あははは! テメ、ぶっころすぞ♪」
「ずいぶんと久しぶりだねえ!はっはっは」
そう笑いながら、俺たちは腕をガシっ!とぶつけ合う。
そう。
この女とも旧来の友達で、と言うのも彼女はランティスのジイさんのひとり娘なのだった。
「いつハーフェン・フェルトに来ていたんだい?」
リヴはタオルで胸元の汗を拭きながらそう尋ねる。
タンクトップの布地は乳房の形に沿って▼型の汗を宿していた。
「来たばかりだよ」
「クロスは?」
「うん、もうアイツとは一緒にやっていなくてな」
「……そうかい。でも冒険は続けているんだろう?」
「ああ。クロスは冒険者じゃあずいぶん上の方まで行ってるんだぜ。知らねえの?」
「あたし、世間様のことには疎くてねえ」
「今8位だってさ」
「へえ。クロスがそんなになっているなら、エイガはもっと上にいってるんだろ?」
うっ……。
当時の印象があるからか、そんなふうに早合点するリヴ。
「そ、そんなことより。ジイさんはどこだ?姿が見えないけど」
「あっ……そうだね。あんたたちがこのあたりからいなくなってからの話だったねえ」
「は?」
「お父ちゃん、去年の暮れにはもう……」
そう言いながら移す彼女の目線を追うと、そこには棚の上の位牌があった。
え?……ジイさん?
「急な病気でね。長く苦しまなかったのが救いさ」
「ま、マジかよ……」
急な知らせで、俺は少し途方に暮れてしまった。
「……お茶、淹れてくるね」
リヴは俺の肩へそっと手を触れると、女女した尻をよっこいしょと持ち上げて立ち上がり、炊事場で茶を淹れて、工具の散らばる机の上へそれを差し出した。
コトリ……
「そういうわけで。今はあたしがこの【ランティスの鍛冶屋】の女主人ってわけさ」
「そ……それが一番意外だよ。お前、『鍛冶屋なんてロクなもんじゃない』ってずっと言ってたじゃん」
確かに、女神の瞳で見ればリヴも【鍛冶屋】の潜在職性を持っているんだけどさ。
「ハハハっ。お父ちゃんひとり残して出て行かれない……って思っているうちにすっかり嫁に貰われ遅れてねぇ。もうこの鍛冶屋以外にやれることがないのさ」
リヴはそう言って髪をほどくと、タバコをくわえてオイル・ライターで火を付けた。
カチンっ!……シュボ!!
5年前まではよく貴族の子弟なんかがリヴへ求婚していたのを見たものだったけどな。
彼女目当てにこの鍛冶屋へ来ていた冒険者も多かった。
「でも、まだ遅いってことはないんじゃねーか?」
俺は、多少肌に衰えの見えるもののやっぱり美しいリヴの顔を見て言った。
腰は丈夫そうだし、タンクトップから弾け出そうな元気な乳房もまだ垂れた感じはない。
「友達としての贔屓目を抜きにしても、まだまだ女性として魅力的だと思うけど?」
「ハハっ、ありがとね。でも若い子には負けるさ。だったら無理に嫁へ出るよりはコイツを叩いてた方が向いてる気がしてね……」
そう言ってリヴは叩きかけの鉄剣をチラリと見る。
「そんなことよりアンタ、ここに来たからには用があったんじゃないのかい?」
ああ、そうだった。
「うん。ル・モンドの森で手に入れたアイテムを売りたくてさ。まだ金属の買い取りってやってるか?」
「まかしときな!モノを見せておくれよ」
リヴは鍛冶屋らしい粋な返事の仕方をする。
それで俺は『今日の獲得アイテム』を積んだ荷車を倉庫の中へ運び入れた。
「査定をするから、ちょいとお待ち」
「ああ、頼む」
リヴは椅子の向きを変え、また俺に背を向けて査定を始めた。
アイテムへ向かって前傾姿勢で、丸椅子へぷりっ♡と突き出すように乗せられた大きめの尻にはデニムの縫い目がミチミチと貼り付くみたいに沿っている。
そのジーパンの穿き口からのぞく地味なベージュのパンティには生活的な糸のほつれがあった。
「……」
手持無沙汰なので、俺は机の上のオイル・ライター取りタバコへ火を付ける。
カチン!……シュボ!!
そう言えばこのオイル・ライター。
ランティスのジイさんが使っていたやつじゃん。
カッコいいので何度もねだったのだけど、けっきょく俺にはくれなかったやつだ。
『ふん。これは娘にやるんだ。オメーが娘ごと貰ってくれるってなら話は別だがな』
ジイさんがそんな冗談を言っていたのも思い出されてふと涙が出そうになったが、俺は男なので我慢する。
それで気をまぎらわそうと倉庫内を見渡すが、ジイさんがいないのに建物だけは当時と変わらない様子がかえって逆効果だ。
「……ん?」
ただ、ひとつだけ見慣れない張り紙がしてあって、ふと目が止まる。
≪弟子・募集≫
「なあ、リヴ」
「なにさ」
「これマジなの?」
そう言って弟子募集の張り紙を指さすと、リヴは背をよじって振り向き、目を見開いた。
「そ! それは……ええと、生前、父ちゃんが貼っていてね。なぁに。今となっちゃ単なる洒落さ。ははは」
あれだけ娘の才能に期待していたジイさんが、よそから弟子なんて募集するワケがない。
リヴのやつ……。
気丈にふるまってはいるが、やはり一日中がらんとした倉庫にひとりぼっちじゃあ寂しいんだろうな。
誰か一緒にいてくれる人が欲しいんだろう。
こんなところに張り紙したって誰も来やしないのに……。
「むっ、なにさ?」
「いや……」
俺はぼんやり彼女へ向けていた視線を、あわてて逸らせた。
◇
「お待たせ!済んだよ!」
俺が頬づえをつきながら考え込んでいると、リヴが急に大きな声を出すものだから一瞬ビクっとなる。
どうやら俺たちがル・モンドの森で獲得したアイテムの、買い取りの査定が済んだようだ。
「これなら……しめて22万ボンドってところだね」
「おお!なかなかになったな」
俺がそう喜ぶと、リヴは「ふふーん♪」っと胸を張ってちょっと威張る。
この店のイイところは、【さびた剣】や【チタンの金具】のようにアイテムとしては価値がないものでも、金属の原材料として買ってくれるところだった。
それはランティスのジイさんにさまざまな金属の加工技術があったからこそ成り立ったサービスだったのだろうけれど、どうやらその技術はリヴへも受け継がれているようである。
「ほかにもなにか用はあるかい?」
「ああ、それから……これを見てもらえるか?」
と言って、領地から採れた緑色のクリスタルを差し出す。
「おっ、魔鉱石だね。でも、ここらのモンスターは魔鉱石をドロップしないはずだけれど」
「ちょっと別ルートでな」
「へえ、それにしてもなかなかイイ純度の魔鉱石だよ」
「うん。それでさ、たとえばそいつで【矢じり】を作れたりしないかと思ってな」
「……そんなことしてどうするんだい?」
「魔鉱石の『第二用法』で魔法を込めて飛ばそうと思うんだ」
「ふーん。あいかわらず変わったことを考えるねえ」
そう言って魔鉱石を手に取るリヴ。
「まあ、とにかくやってみるね」
「ありがたい。頼んだぜ」
女鍛冶はこの変則的な注文を快く受けてくれた。
「さてと。じゃあ、そろそろ行くよ」
「え!? も、もう行っちまうのかい?」
「ああ。用も済んだしな」
俺はタバコを灰皿へひねり消しながら腰をあげる。
「そんなつれないこと言わずにさ、ちょっと飲んでおいきよ。積もる話もあるじゃないか」
「悪いけど。もう帰って寝るよ」
あとから考えれば、これがちょっと《そ》素っ気なかったのかもしれない。
でも、今日一日中冒険だったからスゲー疲れてて……
俺は机の上の22万ボンドをグシャっとつかむと席を後にした。
「じゃあな」
「ちょ……ちょいと!」
で、その後ろから女友達が俺の右手をつかんで止める。
「なんだよ?」
「アンタさ。帰って寝るくらいなら、今夜はここに泊まっておいき」
意味がわからなかった。
「は? 別に、船は近くだから帰って寝るって」
「そんなこと言わずに! 一晩だけでもいいからさ……」
女鍛冶はそう言うと同時に俺の手を強引に引っぱり、彼女の労働的な胸をむぎゅッと揉ませた。
ずしっ……
少し湿ったタンクトップの乳房はもっちりして重く、ネックレスの金属が指先にチラチラふれる。
「なっ、お、お前……??」
しかし俺がひどく困惑してばかりいると、次第とリヴは眉根を寄せて、俺の手から手をすべり落とす。
「ご……ごめん。今のは忘れておくれ」
誇り高い女鍛冶は、羞恥に目線を逸らせた。
それで俺はハッとする。
そう。
よく考えると、こいつにとって俺は『ずっと一人ぼっちだったところにようやく訪れた昔の友達』なんだ。
これまでよっぽど寂しかったんだろう。
友達の俺にあんなマネまでして引き止めようとしちまうくらいに……。
用が済んだからってさっさと帰ろうとなんかして、悪いことした。
「あのさ、リヴ。仲間が待ってるから泊まってはいけないんだけど……」
「っ……忘れてくれって言ったろ」
「ああ。でも、やっぱちょっと飲もうぜ。それで昔の話をするんだ。ジイさんの弔いにさ」
そう言って俺は、この大切な女友達の肩をポンと叩いて笑う。
「エイガ……」
「ビールある?」
「……うん」
リヴは寂しそうにほほえむと、炊事場へビールを取りに走っていった。
◇
リヴが眠ってしまった後。
帰るともうかなり夜はふけていたのだけれど、船の前では五十嵐さんが待ち構えていた。
「手数料を引いて……27万両は27万5千ボンドになりました」
手持ちのボンドが残り5万5千しかなくなっていたので、急遽五十嵐さんに残りの両をボンドへ両替してきてもらったのである。
「助かったぁ。ありがとね、五十嵐さん」
「……しかし、それでも残り33万ボンドです」
「だいじょうぶ!今日手に入れたアイテムを売って、22万ボンドになったから!」
これで合計55万ボンド。
これだけあれば今日ル・モンドの森で費やした矢や弾、回復薬、壊れた装備などは補充できる。
そうすれば、また明日のアイテム回収で資金は回っていくはず。
冒険さえ軌道に乗れば……カネなんてくだらねーもん勝手に増えていくものさ。
と、そう思ったときだ。
ワハハハハ!!
船の方でそんな笑い声が起こるのを聞く。
「なんだ?」
「っ……」
五十嵐さんが睨むので、急いで甲板へ向かう。
どっ!!ワハハハ!……ピーヒャラーピーヒャラー……
すると、俺の領民たちがみんな顔を真っ赤にしてヤンヤとはしゃいでいるではないか。
「な、なんじゃこりゃ……」
領民たちはめいめい樽の蛇口をひねりビールを汲んで、ごきゅごきゅと飲み干している。
異国の酒なのに、妙に性に合うみたいだ。
……そうだ、忘れてた。
初戦の後、150人みんなへビールをふるまうって話になっていたんだっけ。
誰かが気を効かせて仕入れてきたってことか?
そのとき。
「いやあ。エイガ殿の気前のよさには頭が下がるでござる」
そんなふうに坂東義太郎が声をかけてきた。
「しかし、戦う者たちの士気を保つにはこれが一番でござろうな」
「お、おう……。そーでござる」
しどろもどろになりながらも、なんとかそう答える俺。
「でも、エイガどの……」
と、今度はその後ろの西園寺カナ子が尋ねる。
彼女は坂東義太郎の部下で、紅色の装束で顔まで覆った怪しい女だ。
「大盤振る舞いは楽しくて結構ですけれど、お金の方は大丈夫でございますの?この遠征でずいぶん費用をお使いのようですけれど……」
彼女は布に隠された口元を抑えつつ尋ねる。
「うっ、それは……」
ところで。
実を言うと、この奥賀の連中の前ではあまり俺の弱いところは露呈したくない。
奥賀の領主に『汽船造り』へ着手してもらうためにも、なるべく『俺のサポートが頼りになる』と思ってもらうことが大切だからだ。
彼らは起こったことを自分の領主へ報告するだろうし……。
「だ、だだ……大丈夫さ。俺だってイチ領主なんだぜ?こんなカネでケチケチしなきゃならねーほど貧乏じゃねーよ」
「はっ、失礼しました。それはそうですわよね。あたくしったら……」
西園寺カナ子はサッと片膝を着いて恭しく頭を下げた。
「では、こちらは遠慮なくお渡しいたします」
「なにこれ?」
「お酒屋の請求書ですわ」
「お、おう……。あ~あ♪俺って、請求書を見ると胸がスカっとするんだよなぁ」
こうして俺はなるべく余裕めかして請求書を受け取る。
「では、これにて御免」
と坂東義太郎。
「う、ううう……」
で、奥賀組が去ってからギリギリと請求書を翻すが、目を開けない俺。
いや、しかし……。
いくら150人といってもたかがビールだ。
55万ボンドあって支払えないなんてことにはなるまい……と、自分に言い聞かせながらカッと目を見開くと、
≪お支払 計55万ボンド≫
とあった。
おお、支払えるぞ!
支払えるけど……
「あ、明日から、どーしよう」
「……エイガ様」
五十嵐さんは、途方に暮れる俺の肩へそっと指を触れてくれたけど、彼女でさえ『睨みながら眉を下げる』という器用な顔をして困った様子だった。
こうして、勇者パーティ解雇当時には2200万ボンドあった俺の資金も、とうとう『0』になってしまったのである。
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