第33話 海女
「先生。モンスターです」
Cグループのエース、射手の杏子が俺の腕にそっと触れつつ言った。
「どんな連中だ?」
「レッド・ゴブリンが2匹」
ざわ……
杏子がそう答えると、Cグループの残り24名がざわめく。
そう。
俺の領地で海女をしていたこの少女は非常に視力がよく、彼女自身だけは森の暗闇の向こうを見通すことができるのだ。
海へ潜って暗い岩陰に潜む貝を見つける海女には、1『息が長い』2『心臓が強い』そして3『視力がよい』という三条件が必須とされるんだってさ。
「敵の急所まで見通せるか?」
杏子はコクリと頷くと、
「やってみます!」
と、おさげを揺らして、背負っていた弓を構える。
黒の漆塗りの長弓。
魔力を張り巡らせた弦……。
このように、杏子には特別よい装備をさせていた。
射手の力が発揮されるかは特に装備のよさに左右されるだろう、と考えてのことである。
ギリギリギリ……ひゅう!ひゅん!
少女の反った指からパっと弦が離され、矢が2本、音を立てて飛んでいった。
弓はダイナミックにバルルルンっとしなり、白いプリーツ・スカートが余韻にハラハラと靡く。
「先生!できました!!」
俺の視力では確認できないが、どうやらレッド・ゴブリンたちの急所を射たようだ。
「よしよし。よくやったぞ」
「ふふ♪」
俺の顔を見上げて微笑む杏子。
そう言えばレッド・ゴブリンの急所は股間だったけな。
まあ、ちょっとゾっとしないけど、このように急所があり『即死攻撃』が可能な相手なら、杏子はモンスターを一発で仕留めることもあるのである。
で、そのまま森を進んで行くとアイテム【さびた剣×3】が落ちていた。
これはレッド・ゴブリンたちのドロップアイテムだろう。
ザッザッザ……
また、さらに進むと、
「化け大木が3匹です」
と杏子が告げる。
この【化け大木】には急所がなく即死攻撃が不可能なモンスターだった。
「こういう場合は……まず、なるべく距離のあるうちに多くの矢を当てておけ。で、杏子の矢を射る方向を見て攻撃系魔法使いは攻撃準備だ。タイミングを誤るな」
ヒュンヒュンヒュン……
木々の暗闇へ向かって飛んで行く矢。
「先生。もう来ます」
「うん。ならお前は距離を取って、外から遊撃だ」
そう肩へ触って言うと、杏子は頷き、森の木をトトトンっと駆け登った。
平凡な17の少女とは思えない運動能力だが、彼女の装備している白いプリーツ・スカートは、【風のスカート】と言って身のこなしを軽くするアイテムなのである。
ガサガサガサ……
杏子が去るのとほぼ同時に、篝火の前へ【化け大木】3匹があらわれた。
オオオオオン……
根を足とし、枝を手とし、幹には人面の浮かぶおぞましい姿。
だが、すでにそれぞれ10本以上の矢が刺さっているから、動きは鈍くなっているようだ。
これに対するCグループの残り24名。
Cグループにも攻撃系魔法使い10名、前衛剣士7名がいるし、これを杏子以外の射手3名、回復系の2名、支援系の2名が援護するいつもの形だ。
それほど戦闘力の高いメンツではないものの、彼らはよく応戦した。
決定打こそなかったが、それで【化け大木】たちは足止めされて、茂みから飛んで来る杏子の矢はすべてモンスターへ命中したから、やがて3匹のモンスターは倒れた。
ピシューン……☆
モンスターの消滅に伴い、光の玉が3つ、ル・モンドの森の奥へ飛んで行く。
アイテムは【鉄の金槌】をドロップした。
やったー!!……と、Cグループは初めての『みんなで勝ち取った勝利』を喜ぶ。
「先生!」
喜び合っている中、エースの杏子も木の上から軽やかに飛び降りてくる。
ふわり♡
その着地と同時に【風のスカート】の横端がひるがえって、扇のように広がったプリーツの影に、尻の横の窪みから脚の付け根の杯のような骨盤のでっぱりにかけて、若い肌が瞬間チラリと露出した。
あれ? (側面しか見えていないけれど)布的なものが見えなかったけど……。
「杏子……」
「はい!」
と、少女は目を三日月にして微笑んでいる。
「お前……穿いてないのか?」
「??何をですか?」
キョトンっとして、ただまばたきをする杏子。
「パンツ穿いてないのかって聞いているんだ!」
「パンツって何ですか?」
……そうか。
たしかに、俺の領地の娘たちは着物の下にパンツを穿くという習慣がない。
海女の仕事に従事するときはチヨのようにふんどしを締めるようだけれど、スカートで隠れているのなら必要ない……みたいな感覚なのだろう。
「くっ……離脱魔法だ」
あまりに危険なので、Cグループはここで帰還させざるをえなかった。
◇
その後。
CグループにつづいてDグループである。
Dグループは領地の山で狩人をしていた射手の兵重さんを攻めの中心として組んだ25名で、戦い方はCグループのそれと似ていた。
ただ、この兵重さんは弓ではなくて銃を使うんだけどね。
その次のEグループには、エースというのは特にいない。
だが、全体的に戦闘力の高いメンバーでそろえたグループである。
バランスがよいため戦いとしては安定して、5戦5勝だった。
この中から特別な役割を担える者が出てくることも期待したいところだ。
そして最後のFグループは武闘家娘のチヨを中心とした25名。
それだけに木村から招集したメンバーを集めていて、6グループが合流して戦う時などは物資の補給にあたれる部隊に編制してある。
ただ、戦い方としては、やはり現状チヨが一番の戦闘力3021を誇っているので、彼女の鉄拳を攻めの中心としたものになった。
「こんちはー!」
「ーっす!!」
「ちはー!……ははは」
そして、他の冒険者とすれ違うと、こんなふうに人懐っこく挨拶してはしゃぐのもFグループの特徴であった。
木村の連中が外へ来るとこんな感じになるということである。
ちなみに。
普通、冒険者はすれ違っても挨拶なんてしない。
ハイキングじゃねーんだからな。
でも、木村の連中にはこういうドヤドヤとした集団感がナチュラルにあって、冒険者間の空気感なんてかまいやしない。
すれ違った冒険パーティの方もつい「ど、どうも……」と物怖じして答えてしまうような集団感。
たとえ領主であっても決して混じることはできない、彼らだけのリズム感。
それが羨ましくてたまらなくなるとき、俺は『思考の素朴な田舎の青年』へと転生して何の疑問も持たずに一生を送る……みたいな空想に、知らず知らずのうち耽っているのだった。
◇
カアー! カアー!……
こうしてAからFグループで一巡すると陽が暮れかかっている。
「よし。今日はここまでにしておこう」
「えー」
「もっと戦いたーい」
と不満をのたまう領民たち。
うん。
たしかに今日は俺が1グループずつ付き添っていたから戦闘回数は少なかったもんな。
「あわてなくても、明日からは本格的に一斉に森へ入って行くんだ。つまり各グループ俺の指示なしで、自分達で判断して戦うことになるんだぜ?」
「う……」
「そ、そうかぁ」
そうやって言うと、またちょっと自信なさそうにする領民たち。
でも……
どうやらみんなル・モンドの森への恐怖心だけは相当払拭できたみたいだった。





