第31話 ル・モンドの森
食後。
みんなには先に船へ帰るように言って、俺は一人ハーフェン・フェルトの冒険者ギルド出先機関へ向かった。
「次の方、どうぞー」
受付のおねえさんに呼ばれたので俺は読んでいた雑誌をたたみ、カウンターへ向かう。
「これ、ライセンスです」
「はい。ええと、『エイガの領地』様ですね。依頼者もお探しですか?」
「ええ」
いきなりギルドからクエストを割り振ってもらえるとも思えないが、一応申請だけでもしておこう。
「それではこちらの用紙にご記入くださいね」
「はい。……あ、それから。【ル・モンドの森】のモンスター表もください」
「どうぞ」
俺は用紙へ記入をしながら、受付のおねえさんからもらったC級クエスト区域【ル・モンドの森】のモンスター表を横目で確認した。
◇◆ル・モンドの森 モンスター表◆◇
ポイズン・スライム
レッド・ゴブリン
バッド・ビー
森の影
荒ぶる岩石
大猿
バター・ウルフ
グリーン・オーク
化け大木
眠りキノコ
だいたいは昔と変わらず、同じラインナップのモンスターだ。
強さ的には『初級の上の方』から『中級の下の方』と言ったところ。
領民たち一人一人はまだ初級レベルの戦闘力しかないけれど、これくらいのモンスターであれば連携によって片づけていけると思う。
あの大猿だって、連携さえしっかりすればもう俺の力無しで倒すことができるはずだ。
「討伐モンスターによるアイテムドロップ率はどうですか?」
「このあたりはやはり金属系が豊富ですよ」
おねえさんはニッコリ笑って、壁に貼られた平均ドロップ率の表を指さした。
≪ル・モンドの森 只今の平均アイテムドロップ率17.6%≫
とある。
たしか昔は20%を超えていたと記憶するから少し辛くなってはいるけれど……まあ、17%もあれば十分採算は取れるだろう。
「ボスは発生してます?」
「ときどきですがあります。報告があればお知らせしますね」
「お願いします。あ、これ書けました」
こうして依頼者申請用紙も提出すると、俺は冒険者ギルド出先機関を去った。
◇
港に止めた船で、一晩だけ船中泊したその翌日。
俺は領民150名を引き連れて陸路を取り、ハーフェン・フェルトの東に広がる【ル・モンドの森】へと向かった。
ガラガラガラ……
船を出る時点で装備を済ませた領民たちは、チヨを先頭にみんなで食料、魔鉱石、回復薬などのアイテムを積んだ荷車を引く。
馬は黒王丸だけで今は板東義太郎に引かせていた。
ぞろぞろぞろ……
150名の行列は街を出て、荒野を越える。
空は黒に近いグレーで、今にも泣き出しそうだ。
雨になると厄介だな……。
そう思ったが、途中でポツ、ポツと降りはしたものの、ル・モンドの森へ辿り着くころには雨足も収まってくれたのは幸いだった。
どよ……どよどよ……
しかし、森へたどり着くと領民たちはあたかもその空模様のようなどよめき声を発する。
中には顔の青ざめている者もいた。
そう。
ル・モンドの森は魔性を帯びた大木がギチギチに密集していて、冒険者から【入口】とされているあの木々の隙間も、まるで洞穴のように暗い。
初めて見る者にとっては、とてつもなく怖ろしく思われるだろう。
俺だって最初来たときはそうだったもんな。
そこで、
「よし、一回ここでメシにしよう!」
と、断ち切るように号令をかける。
すると、この森の【入口】の前で領民たちはメシを炊き始め、森の様子に萎縮していたみんなの空気も少し和らいだようだ。
わいわい……ガヤガヤ……
さて、こうしてメシを食う領民たちを眺めながら俺は考えた。
現在。
総勢150名の領民部隊は以下のような構成になっている。
前衛剣士 41名
攻撃系魔法使い 60名
支援系 12名
回復系 12名
射手 24名
武闘家 1名
そして、この150名のグループ分けについて、いくつかバリエーションを用意してあるのだった。
もちろん。
俺たちは一人一人の力が強くないのだから、大勢で連携して戦わなければ未来はないだろう。
でも、だからと言って常に150人いっぺんに戦う『スペース』があるとは限らない。
たとえば、森やダンジョン、塔などであまり密集しすぎると、かえって味方を傷つけてしまうことにもなりかねないだろう。
こうした場合は、まず25名×6部隊に分かれるよう想定し、訓練している。
そして、これが合体して50名×3部隊や、100名と50名の変則2部隊へと移行し、そして対ボス級を想定した『総150名体勢』へと繋げる……というところまで、一応練習はしてきていた。
ただ、練習はしてきたけれどもそれが実戦でできるかはまた別の話だろうけどね。
「よし!A~Fの部隊に分かれようぜ!!」
俺は、メシを食い終わった領民たちにそう指示を出す。
みんなは6グループに分かれて固まると、サっと地面に座って俺の方を見た。
うん。
グループに分かれる行動スピードは訓練の甲斐もあってかさすがに速い。
俺は少し間を置いてから口を開いた。
「いいか?たしかにこの森のモンスターは『領地の西側』とは比べ物にならないくらい強い。けど、グループごと力を合わせれば、もう順当に倒せるモンスターなんだ!」
お、おう……と、領民たちはためらいがちに応える。
「でも、決して深追いするなよ。魔力の切れる前に支援系の離脱魔法で帰ってくればイイ」
そう言ってやるとだいぶ気が楽になったようだ。
隣どおし顔を見合わせてヘヘッと笑みを見せる者もある。
「よし。じゃあまずはAグループから行こうぜ!」
俺はそう言って、ル・モンドの森の【入口】へ足を進めた。
「へ?」
「領主さま?」
「ついて来てくださるんですか?」
「各グループ、最初だけだぜ。お前らが実戦でもちゃんと連携して戦えるか見たいしな」
Aグループの25名は少し安心したように微笑み、装備の金属音をカチャカチャたてながら立ち上がった。





