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第28話 岩窟

 山の中の岩窟がんくつは、暗く、ひんやりと冷たい。



 目の前にはランタンをともすアキラの背中。


 そのアキラの後ろを俺がついていき、そのまた後ろを五十嵐さんとガルシアが続く格好である。


 岩肌に映る4人分の影がやけに細長く揺らめいて、まるで悪魔のようだ。



「りょ、りょうしゅ。こっちだ……」


 そして、このアキラの掘った坑道はいくつか枝分えだわかれなどしているから、これはもう小型の地下迷宮ダンジョンのようなものだった。



 ザッザッザ……



 さて。そんなふうに足を進めていると、ふと、上着のすそがツーンと一定の力で後ろへ引っ張られているのに気づく。


 なんだ?


 それで振り返ってみると、五十嵐さんの真面目なほほがオレンジ色の光で立体的に照らされているのが目に飛び込んできた。


 俺の上着のすそをギュっと掴んで、そのレディ・スーツの肩をブルブル小刻みに震わせているのである。


「五十嵐さん、おしっこしたいの?」


 と、俺は小声でたずねる。



 女性へ向かってそんなふうに尋ねるのはデリカシーに欠けると思われるかもしれないが、これは仕方がないのだ。


 たとえば冒険者のダンジョン探索などでも、常についてまわる重大問題はトイレの問題である。


 野郎おとこだったらちょっと脇に寄ってチャチャっと済ましちまえばそれでイイけれど、女性はそう簡単にはいかない。


 だから世の中、『女冒険者のおもらし』という事故が後を絶たないのだ。


 それもプライドが高かったり、恥ずかしくて言い出せなかったりする女の子ほど我慢するものだから……事故後のパーティの気まずい空気を想像するだけでも背筋の凍る思いのする問題であると言えよう。


 こうした悲劇を未然に防ぐためにも、男性陣は女性のトイレ問題には常に気を払ってやらねばならぬのである。


 みんなの前でおもらししてプライドを傷つけられるよりも、事前にハッキリと聞いて、隠れて済ませられる岩影などを勧めてやったほうが、本人のためにもよほどイイのだ。



「……いえ」


 しかし、五十嵐さんは首を横に振る。


 本当か?我慢してんじゃねーの?


 俺は反射的に彼女のタイト・スカートの股間へ目が行くけれども、なるほど、岩を踏みしめるムチっとした太ももは別におしっこを我慢しているというふうでもない。


 じゃあなんで震えているんだ?


「五十嵐さん……ひょっとして怖いの?」


「怖くなんかないです」


 即答である。


 なるほど。五十嵐さんは別に霊能力者じゃあないはずだけれど、まあ、そーゆー感覚って女の方が強かったりするもんな。


「はっはっは!大丈夫だって。オバケの1匹や2匹、どこにだっているもんなんだから」


「!!……っ(汗)」


 俺がそう励ましてやると、五十嵐さんはあわてるようにぴょーん!っと俺へ飛びついてきたのでマジびびる。


「ぐふっ……」


「オバケなんていません!オバケなんてウソです!」


「お……」


 重い、と言おうとしたがレディに対してさすがにそう言うのははばかられる。


「むぎぎ……」


 とにかくひっぺがそうとするけれど、タイト・スカートからムッチリ伸びる強いあしがガニ股に俺の胴体をホールドして、ビクともしない。


 ガタガタ、ブルブルブル……


 そして、背中から伝わってくる女の震え。


 ヤベ。なんか俺も怖くなってきた。


 首筋にピトピト当たる唇から吐く息さえ震えて、ほのかに冷たい気がする。


「……が、ガルシア!なんとかして!!」


「ひー、ひー。ま、待ってくださいっス……」


 しかし、ガルシアの足腰はあいかわらず軟弱でまったく役に立たなかった。



 ザッザッザ……



 けっきょく、俺はあれからずっと五十嵐さんをおんぶして進んでいったので、ただアキラの後ろをついていっただけなのにスゲー疲れたぜ。



「つ、着いたど」


 が、ようやくこの小型ダンジョンも行き止まり。


 つまり目的地である。



 キラ☆キラ☆キラ☆……キラン☆☆



 そのゴツゴツした岩壁には、8面体や12面体の魔力の結晶がジャキジャキと埋まっていた。


 薄ぼんやりと発光するエメラルド・グリーンが無数に乱反射して、暗い岩窟がんくつの奥をきらめきであふれ返らせている。


「おお……」


 そう。天然の魔鉱石まこうせきだ。


「っ!……」


「こりゃすげーっスね!」


 ブルブル震えていた五十嵐さんもオバケの恐怖なんて忘れたように背中から降りて、岩道いわみちに息もえだったガルシアのテンションも上がる。


 俺はふたりと顔を見合わせた。


 笑顔を隠せない。


「よし!じゃあ、ある程度サンプルで持っていこうぜ!頼む、アキラ」


「う、うん」


 アキラはうなずき、風呂敷から工具を取り出した。


 プシュー……


「!?」


 するとその『つるはし』には、青白い魔力光がまとわれているではないか。



 キュイーン!!……ぱぱっぱっぱぱぱ……



 そして、その『つるはし』の魔力光で、岩を高速に削るようにして行くアキラ。


 いつの間にこんな技を?


 小型地下迷宮もできあがるワケである。



 そう言えば。


 最近また後発組の75名を鍛えようと経験値ためしていたのだから、当然、育成スキル【レシーバー】をマークしていたアキラへも経験値が転送されているはずだったのだ。


 つまりアキラも【掘削者マインナー】としてのレベルが一段アップしたというワケだろう。



 ぱっ、ぱぱっ……バリバリ、キュイーン!!



 これから遠征へ出てさらに経験値を転送していったら、アキラがどう成長していくのか楽しみだな。




 ◇




「今、魔鉱石まこうせきがってるっスからねー。これで我々も大金持ちっスよ!!」


 やかたへ帰って、机にドッカリ置かれた魔鉱石を前に、ガルシアはそんなふうにはしゃいでいた。


「……ガルシア」


「なんスか?」


「俺は魔鉱石そのものを売ってカネにしようとは思ってないんだぜ」


「な、なんでっスか?」


「資源を資源のまま売って得るカネに頼ってたら、この領地に未来はねーと思うからさ……」


 と言いつつ俺はタバコに火をつける。


「フー……。昔、山村の魔鉱石が枯渇したって話をしただろ。だから当然『領地の西側』の魔鉱石も無尽蔵じゃあねーと思うんだよ」


「なるほど。そりゃそーッスね」


 ガルシアは机の上に積んだ魔鉱石を、まるでそれが札束ででもあるかのようにいつくしみ、でていた。


「じゃあコレ、どーすんッスか?」


「基本的にウチで出た魔鉱石は、ウチで使うことにしよう。それで魔鉱石を単純に売ってカネにするよりもデカイものを得ていくんだ」


「交易の元ダネにはなると思うんスけど」


「うん。狙いのある交易のためならよそに回してもイイと思う。だけど、交易は『俺たち自身ではどうしても生産できないもの』を手に入れるためにするんだぜ。単純に魔鉱石を売ったカネでむやみによそから安いものを買いまくっちまうと、領地の産業育成を阻害することにもなるだろうからな」


 そんなふうにガルシアと魔鉱石の今後について話し合っているとき。


「エイガ様。お手紙です」


 と、五十嵐さんが封筒を持ってやってきた。


 うーん。


 五十嵐さんもこうやって秘書然としていると、岩窟がんくつでオバケが怖くて飛び上がっていた人と同一人物には見えないなぁ。


「えーと、誰からだろ」


 何はともあれ、そう呟きつつ封筒を翻すと差出人にはこうあった。


【冒険者ギルド総本部】


 と。


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