第23話 お風呂
あいかわらずのビキニアーマーに、すばらしい銀髪を風になびかせる世界1位の女グリコ・フォンタニエ。
腰に手を当て、胸を張り、突き出された両乳房だけが着陸の余韻でぷるるんと揺れていた。
「っ!!……」
意表を付かれた俺は、もう内心マジでビックリしていたのだけれど、それでコイツから『小物』と思われるのはなんだか悔しい。
俺は大声をあげて驚きたいのをなんとか堪え、あたかも『なんてことない』というような調子でゆったり浴槽へもたれかかり、
「フッ……。よくぞここまでたどり着いたな」
とだけ、呟いた。
じっさい、コイツにはそもそも俺が領主をやるだなんてことも教えていなかったはずなのに、どーしてココがわかったのだろう?
「ふっふっふ……。これを見たのだ」
と言いつつ、グリコはおもむろにビキニ・パンツの中へ手を突っ込む。
「おい!全年齢対象表現を逸脱する行為は困るぞ!!」
「案ずるな」
で、そのままモゾモゾとパンツの中を探ると、中から雑誌【冒険王】をヌッと取り出す。
どこにしまってあったんだよ!……とツッコみたいのはやまやまだったが、もうマジで面倒くせぇからヤメた。
そんなことよりも……
「お前、風呂に雑誌を持ってくんなよ。湿気でへりのところがウニャウニャになるだろ」
「こまかいことを気にするな。ほら。ここに載っていたのを見たのだ」
そう言って、グリコは冒険王を開いた。
アクアの記事だ。
なるほど、それを見たのか。
「キサマの言っていた『やりたいこと』というのはコレだったのだな」
「うん……。まあな」
「ふんっ。なかなか面白いではないか」
そう言いながら、どさくさに紛れて脚を湯船へ踏み入れようとするグリコ。
ちゃぷん……
かすかに湯が溢れる。
「おい、俺の風呂に侵入ってくんなよ」
「クッ……キサマ、あくまでビキニアーマーを排除しようというのだな!?」
「別にビキニアーマーを排除しようとしてんじゃねーよ!お前そのものを風呂から排除しようとしてんの!」
そう言ってムリヤリ入って来ようとするグリコを押し返そうとする俺。
ムギギギギギ……
掴み合いになり、力が均衡する。
しかし、グリコにしてはどこか力無いな。
「……た、頼む。この季節になるともう、【ウォラートゥス】で上空を飛んでくるとすごく身体が冷えるのだ」
カタカタカタカタ……
たしかに、よく見ると小刻みに震えてる。
「じゃあもうちょっと服着りゃイイじゃんか……」
意地っ張りなヤツめ。
寄せるように両肩を抱き、あの陶器のように透きとおった太ももにも鳥肌がポツポツと立っている。
ちょっと可哀想だ。
「はぁ……。しょうがねーな。ほら、入れよ」
「す、すまん」
しおらしくなったグリコは雑誌を俺に手渡して、再びゆっくりと脚を湯へ差し入れる。
ちゃぽん……
女は腰まで湯に浸かるとハッとしてひとたび静止し、蹲踞の姿勢のまま、長い髪を頭頂部へうず高くまとめあげていった。
こうしておろされていた銀髪が天へ翻ると、背筋からS字に連なる首がなまめかしく露出され、化石模型のような頸骨の陰影が燦然と明かになる。
ミルク色の肌に白銀の項がクッキリと境界をつくっている様は、女神を象ったブロンズ像を想起させるような確固たる美しさがあった。
「でも意外だわー。お前でも、他のヤツの情報とか気にすんのな」
「フツーは気にしない。基本、私は私のことにしか興味がないからな」
うわぁ……。正直だなー。
「しかし、ちょうど隣だったから、ふと目に入ったのだ」
「何が?」
「キサマの領地の記事が、だ」
「何と?」
「私の記事とだよ。私のコーナー『グリコの部屋』の。そのすぐ後ろにキサマの領地の記事が掲載されているだろう」
そう言われて冒険王を捲ると、確かにそのとおりであった。
隣に友達の記事があるのにまったく気づかなかったことをみると、俺の方こそ『自分のことにしか興味がない度』が高いのかなぁと少し反省させられる。
たけど……
「これ、読むヤツいんの?」
「いるとも!」
「うーん。でもさー。お前の毎日の体重と食事制限の経過なんか見て喜ぶヤツがいるとは思えないんだけど」
「失礼な。これでも私は『インフルエンサー(笑)』なのだぞ」
スイーツみたいに言うなって。
マジ怒られるから。
「じっさい、『グリコの部屋』は人気コーナーなのだ。ほら、筋肉トレーニングのメニューまで含めると、5ページもさかれている。対してキサマの領地の記事は1ページにも満たないではないか」
ほ、本当だ。言われてみれば。
「ぐぬぬぬぬ……」
なんだろうこの猛烈なくやしさは。
もしかしてコイツ。
それを俺に自慢したくて訪ねてきたんじゃないだろうな?
「というワケで人気が出るようアドバイスをしてやろうと思ってな。まずはキサマも、もっとこう……筋肉を前面に押し出してみたらいいんじゃないか?」
あ、そっちか。目的は。
「どう道を誤っても、そんなことにだけはならねーから」
「自信を持て。キサマもこう見るとなかなかイイ筋肉をしているぞ」
と言いながら、観察するような女の細長い指が、俺の上腕二頭筋から三角筋を経由して上部・大胸筋と鎖骨の境目をソソソっとなぞってゆく。
湯船の中では、あぐらをかいていた俺の太ももに、女のあたたかな太ももが重なり『ぶにゅり』と潰れた。
「チッ……。さわんじゃねえよ」
「そう言うな。私たち、筋肉友達ではないか」
「筋肉友達ではないよ!」
やれやれ。
たびたび大声を出したからだろうか。
なんだかのぼせてきた。
「はぁ……。じゃあ俺、もう出るわ」
「そうか」
俺が立ち上がると、女も出ようとする。
「あ、グリコ。お前はまだ入ってろよ。風邪ひかないように、ちゃんと温まってな」
「あっ……。う、うむ。ありがとう」
そう言って、グリコはブクブクブク……と口までを湯船に沈めていった。
◇
脱衣所に出ると、今度はグレーのタイト・スカートの女が鋭い目をして立っていた。
「わっ!なんだよ五十嵐さん」
もちろん俺は腰にタオルを巻いているのだから、全年齢的観点ではまったく一切なんの問題もないけれど、ビックリはするぜ。
「……お客様です」
と、五十嵐さんはチノパンとカットソーを俺へ手渡した。
なるほど。客が来たから寝巻じゃダメってことな。
「すまないね。秘書にメイドの仕事までさせて」
「いえ」
と、鋭い目をかすかに伏せる五十嵐さん。
「それにしても、また客かぁ」
「……また?」
「いや……」
その時。
風呂の方からカコーン!……と桶を落とした音が聞こえる。
「誰か?」
五十嵐さんは美しく眉を顰め、不審そうに風呂場をのぞこうとする。
「いや、誰もいないよ。ネコじゃないかな」
にゃーん♪……と世界最強のネコの鳴き声が風呂場から聞こえてきた。
「……」
「そ、それよりもお客なんだろ。はやく行かないと」
そう言って俺はササっと身体を拭いて服を着ると、がしがしとタオル・ドライで髪の毛を7分乾きのところまで持っていき、香水をほんの少し噴射してからツカツカと廊下へ出ていった。
「領地の人?」
「よその方です」
「アクアじゃなくて?」
「存じ上げない方でした」
「ふーん」
これまで隣の領地、冒険王の取材……と来たけど、次は何かなあ?
スタスタスタ……
そんなふうに考えつつ、客間へ足を踏み入れたとき。
「っ!!……」
その一歩で俺の足はピタリと静止した。
さすがに後ろ姿でもわかる。
あの、びっくりするほどサラサラなショートヘア。
華奢な肩に純白のブラウスを纏い、少年のようなチェックの半ズボンからしなやかな脚がすらりと伸びている。
「あっ!!……」
その脚が、踊り子のようにクルリと回った。
「師匠!……お師匠ー!!」
グリコが冒険王の記事でここを突き止めたのなら、当然コイツが来ることも予想しておくべきだったんだ。
「モリエ……っ!」
小さな身体が勢いよく駆け寄ってきて、そのキュっとした唇がかすかに俺の胸元に衝突する。
でも、さすがにもう以前のように抱きついては来ないで、ただ寄り添うように目の前で立つだけだ。
服の裾を掴んでくるところにだけ、かすかに甘えを残している。
そう。
もうモリエも15歳で、男も女もない……という時期は終わっているのだ。
「師匠……」
そう言えば、俺はコイツを見つけたらすぐ頭ごなしに叱りつけて、もう俺のことなんか嫌いにさしてやるのが一番だ……という作戦を立てていたはずだった。
「よかった……。無事だったんだな」
「うん」
しかし、俺は自分で思っていたほど、そんな出来上がった大人にはなりきれていなかったのである。
俺は、あのパーティの中でこうしてマジで追いかけて来てくれるヤツがいたことに……不覚にもすげー救われた気持ちになっていたのだ。
なさけないことに涙の零れるのを幾波か我慢してから、俺は言った。
「心配したんだぜ」
「……ごめんなさい」
しょんぼりさせてしまったので、俺は『もうひょっとしたら嫌がるかな』と思いながらも、ためらいがちに頭をなでてみる。
「ふふっ」
サラサラと指に伝う髪の感触のあと、あの無邪気な笑顔がぱっと咲いた。
◇
「へえ。この子があの攻撃的ウィザードのモリエちゃんっスかぁ」
と、ガルシアが言った。
「お前、モリエと会ったことなかったっけ?」
「ないっスよー。自分が面識あるのは、エイガの旦那と、クロスの旦那と、ティアナさんだけっス」
まあ。ウチの若年組(モリエ、エマ、デリー)は商人と話したがらなかったからな。
「でも、こんなに可愛い子だったんっスねー」
子供好きのガルシアはエクボをつくってやさしくモリエへ微笑みかけた。
「!!……」
しかし、それがまるでRORIKONのようだったからであろうか、モリエは怯えるように俺の服の裾を掴んで背後に隠れてしまった。
可哀想なガルシア……。
「エイガ様。お客様です」
そこで五十嵐さんが来客を告げる。
また客か……と思えば、なんのことはない。
「やあ。エイガ・ジャニエス!久しぶりだな!!」
グリコが玄関からやってきただけだった。
「よお、グリコ。久しぶりだねえ」
と、俺も答える。
その時。
そのやり取りに、俺の背後に隠れていたモリエがハっと反応する気配を感じた。
「っ!!」
「ん?……あっ!!キサマ……」
珍しくグリコが目を見開いて驚いている。
「なにグリコ。モリエを知ってんの?」
モリエもいよいよ、あのグリコ・フォンタニエから注目されるほど知名度があがってきたか、と喜ばしく思っていたのだけれど……
「キサマは……あのときの少年じゃないか!」
その場は、ガルシアも、そしてあの五十嵐さんすら『え?……』という表情になって固まった。
「ほら、少年!キサマの好きな腹筋だぞぉおお」
「ちがうっ!!ボクは……ふぁ♡ ふぁぁああ♡♡♡」
えー。
なんか面倒くせーなぁと思って見ていたけれど、モリエもまんざらではない……どころか非常に心地よさそうにしているので、とりあえず放っておこう。
それよりも……
「これ、送っておいて」
その隙に、俺はメモをひとつ五十嵐さんに手渡した。
「……よろしいのですか?」
「ああ」
五十嵐さんは少しの間俺を睨むと、踵を返して部屋を出ていった。





